第38話 否定できない
「やっと、見つけた⋯⋯」
ゾンビのような歩き方で、なにかが近づいてくる。
「『逃げないでね』、って言ったよね?」
そこにいるのは、雰囲気だだ下がりの栞凛だった。
「どうして、逃げるの?」
「逃げてないけど?」
逃げてはない。本当に、スーパーに行っただけ。
「もう、逃さないよ?」
「ちょ、ちょっと、どした?」
マジでゾンビになってる。なんか、もう、同じだろこれ。
「大輝くん、もう、逃さないからね?」
「え、待って、誤解!」
僕は今夜の食材が入ったマイバックを抱えて逃げ出そうとした。
「逃さない、って言ったから」
ゾンビに腕を掴まれた。
やばい、めっちゃ痛いんだけど。
「痛い! 痛いって!」
「絶対、逃さない⋯⋯」
腕を握る力がだんだん強くなっていく。
待って、そのままだとマジで骨折れる。
「待って、僕が悪かったから。だから、離して」
もう無理。こんな怪力に握られ続けたら、もう粉砕骨折は免れない。
「やだ。離さない。何してた? 私から逃げて」
ただ、少し握る力が弱まった、ような気がする。
「今日の夕飯の買い出しだよ。なんにもなかったから」
そう言うと、栞凛はポカンとした表情で僕を見てきた。数回、瞬きを繰り返す。
「え? そうなの?」
そうだよ。どういう誤解をしてるんだこいつ。
「なーんだあ! だったら最初から言ってよお!」
栞凛は急に上機嫌になった。
もう情緒不安定やんこいつ。
「私のために、買い出しに行ってくれたんでしょ? あくまで、私のために、ね?」
「あ、う、うん」
ここで否定したら、多分僕死ぬ。精神的に。
「よかったあ! なら一緒に行ったのに〜」
「そ、そうだね⋯⋯」
別に、僕がどっか行ったって、いいじゃないすか。他に行く場所もあるまいし。
「じゃあ! 早く帰ろう! おー!」
「お、おー」
ちょっと、今知った。こいつ、マジで怖い。
「ねー、何作るの?」
キッチンの向こう側で首を揺らしながら聞いてくる。
「ハンバーグのつもり。まだ作れる方だから」
「私試食担当ね!」
絶対食べたいだけだよね、それ?
そう思いつつ、僕は作っていく。
「ねー、大輝くんはさ、好きな料理とかあるの?」
しばらくハンバーグを作っていると、栞凛が聞いてきた。
好きな料理かあ。ないなあ。
「まあ、強いて言うなら、和食がいいかな。魚とか」
「和食かあ。できるかな⋯⋯」
できる? って、え、何を?
「じゃあさ、魚って、何がいいの? 刺し身?」
別に、こだわりはないなあ。
僕は2つのハンバーグを焼きながら考えた。
「まあ、刺し身より、切り身かな。サバとか好き」
「サバ、か。この季節あるかな⋯⋯」
こんな真夏に、サバが出回るわけない。
「サバは真夏にはあんまなかったかな。確か」
「ないんだ〜」
なぜか肩を落とし、なぜか落胆し、なぜかため息を吐く栞凛がいる。
そもそもなんでサバの話になってんだ?
「じゃあ、サバは無理か⋯⋯」
だから、さっきからその小言はなんのあれ? なんか意味ありげ?
まあ、気にしない。気にしたら負けだ。
「ううん! ありがと! なんでもないから!」
「あ、うん」
とりあえずハンバーグを盛り付け、机へ運んだ。
「じゃあ、いただきます」
「いっただきまーす!」
栞凛は元気よくご飯を食べ始めた。
「う〜ん! なにこれえ! めっちゃ美味しいんだけど!?」
「別に、普通だよ。授業でやった通りに」
それを、栞凛は否定する。
「ううん! だって、大輝くんが作ったから! 料理上手いね!」
あの、僕、そこまで自信ないよ?
「じゃあ、私も、頑張ろ。喜んでくれるかな」
何を頑張る? 喜ぶって、誰の話?
僕の頭は、疑問符でパンパンに膨れ上がっていた。




