第16話 当たり前
「(なんだろう。何かが、足りない)」
栞凛が帰ったあと、そんなようなことを思っていた。
隣からのうるさい声、なぜか突っかかってくる手、今まであった当たり前が、今はない。
「(本でも読もう)」
僕はそう思い、本を開いた。いつものあれだ。
開いた、は、いいものの、内容が頭に入ってこない。
「(いつもなら、すらすら入ってくるのに、なぜだ?)」
環境は、いつもとほとんど、変わらないはずなのに。
「あいつ、寂しそうだぜ?」
「やっぱそういう関係じゃね?」
外野がうるさい。いつもより、するりと耳に入ってくる。いつもと、真逆だ。
なにかが気持ち悪い。感触が悪い。
「(気にしないでおくか)」
栞凛のことは気にせず、僕は授業を受けることにした。
******
放課後、僕は1人で帰っていた。
帰り道、栞凛の家の前を通ることにした。
「(ま、行かなくていいか)」
僕はそのまま家の前を素通りしようとした。
「やっぱり、大輝、くん。来たんだ」
声がする。体調不良のはずの栞凛の声がする。
僕は思わず振り返った。
「え、なんでいるの?」
「来るかなって。今親は薬買いに行ってるから」
親いるいないの問題ではなく、体調不良なのに外に出ても大丈夫なのか?
「(こいつ、アホか? わけわからない)」
「今、わけわからん、って思った、でしょ?」
僕の考えは、栞凛に見透かされていた。
「まあ、そうだけど」
「ほらね。やっぱり」
栞凛は自慢げにドヤ顔した。
「で、何か用?」
「ん? 別に用は、ないけど。大輝くん、の、顔が見たくて」
「無駄だよ。超絶無駄だよ。その行為」
「私にとっては、無駄じゃないからね」
なんだそのよくわからない発言は。謎すぎる。
「やば、クラクラしてきたかも⋯⋯」
栞凛は頭を抱えだした。
「こんなときに外へ出るから」
「ふらふら⋯⋯する」
栞凛はたちながらその場を右往左往し始めた。まるで酔っぱらったおじさんだ。
「大輝、くん。たす、けて」
「え、僕?」
僕は周りを見渡した。
あたりには誰もいない。助けを求めるのは無理そうだ。
「中、まで、おんぶ⋯⋯」
「(は? またおんぶかよ)え、また?」
「とにかく、助けて」
僕は仕方なく、カバンを道路の端に置いた。
その瞬間、背中におもりが乗っかった。
「あ、やばい、あの車、親かも⋯⋯」
「は? え?」
栞凛は、向こうから走ってくる白い車を指さした。
「こんなとこ、見られたら、やばい」
そう言いながらも、僕の前で結ばれた手は、絶対にほどけないほどに固くなっている。
「離す気、ある?」
「ない」
その車は、1車線の道路をまっすぐこちらに向かって走ってきている。
「やっぱ、あれ、親だ」
「え、じゃあ離して」
「大丈夫、言い訳は思いついてるからさ」
なにが大丈夫なのか。どこも大丈夫じゃないだろう。本当にまずいと思ってるように感じられなかった。
「ねえ、どうするの?」
いや、こっちが聞きたい。そもそもこいつが最初だ。最後もこいつにやってもらわないと気がすまない。
「知らない。僕に聞かないで」
「じゃあ誰に聞けって言うの?」
「知らないし」
もう、逃れられない。その車は、家の前で止まった。
そして、窓が開かれた。
「あ、あはは〜」
栞凛は誤魔化そうと、変な笑い方をする。そんな笑い方で逃れられるわけがない。
その後、一瞬の沈黙が流れ、先に口を開いたのは栞凛の親だった。
「誰? うちの栞凛にどういうつもり?」
完全に目が合っている。もちろん僕へ聞いているのだろう。




