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チャレンジ作品!

トイレにカミがいない時代

掲載日:2026/08/11

「パパぁぁぁ~、助けてぇぇ。お尻が痛い──!」

「は?」


 泣きながら部屋に飛び込んで来た息子に、ジョセフは目を丸くした。


「待て待て待て、どうしたんだ、テッド。尻がどうしたって?」

「血が出てるの。見て」

「っつ」


 休日とて、妻は親しい婦人たちと出かけている。

 母親不在で父を頼った息子に落ち着くよう(なだ)め、寝台で患部を出させた。


 見るなり、ジョセフは唸る。

「これは……、切れてるな。一体何があったんだ?」

「うっ、ううう、うううう」

「テッド、泣いてちゃわからない」

「あの、あのね、前にパパが古代ギリシャの話をしてくれたでしょう?」


 つっかえ、つっかえ、テッドは話し始めた。


「昔はお尻を、陶器の破片や石で拭いたって」

「!」

「それでね、その話をしたら友達が嘘つき扱いしてくるから……」

「まさかお前」

「ちゃんと拭けるって証明しようと、試してみたんだぁぁぁぁ」


 再び号泣する息子を前に、ジョセフは天を仰いだ。

 説明が、足りなかった。


 現在──十九世紀アメリカ──では、実を取り、乾燥させた《トウモロコシの芯》をお尻拭きとして用いていた。(特に開拓民、農家で)

 他には古新聞、雑誌、植物の葉なども使われる。が。


(石なら丸く滑らかなものでないと……。硬いから肌を傷つけるぞ)


 古代ギリシャ語の出土品について話しをした際、二七〇〇年前のカップにしゃがんで「ペッソイ」を使う様子が描かれていると伝えた。

「ペッソイ」とは、小石や陶器片。


 自分としては、"その場面をカップの絵にする感性はどうなのだ"という思いだったが、テッドは目を輝かせ、やたら食いついていた。主に尻を拭く動作の方に。


(この年頃の少年は、そういう話題に興味津々だと、あの時気づくべきだったな)


 そして注釈を添えるべきだった。

 用を足したあと陶器を使うギリシャ式は、切れ痔や出血、炎症などトラブルを招きやすかったと。

 それはそう。

 硬い陶器と柔らかい尻。相性が良いとは思えない。

 模倣に適した手段ではないのだ。

 なのに実践するなど誰が思おう。だから子どもは油断がならない。


(どうせ真似るなら、中世貴族のようにレースや絹の切れ端に(なら)えば良かったのに)


 もしくは古代中国のように紙が良かった。木片や海藻を使う国もある。

 砂漠では砂が、寒冷地では雪がそれぞれ使われているというが、それにしたって……、石を選ぼうとは。


 えぐえぐと嘆くテッドに消毒と薬を施しながら、ジョセフは言った。


「しばらくは柔らかい布にアロエを含ませて、傷口を拭くと良い。アロエには炎症を抑える薬効成分と保湿成分があるからな」

「やだ……、面倒……」

「こら。早く治りたくないのか!」

「それはそうだけど……。あーあ、アロエが沁み込んだ布があれば良いのに。そうだ、パパ作ってよ。発明家でしょ」

「確かにパパは発明もしているが、どちらかといえば実業家でな」

「じゃあ発明して、事業で売り出したら?」

「お前、そう簡単に……。ほら、薬は塗ったぞ。さっさとズボンを()け」

「ねえ、パパ。これ、いつ治るかなぁ」

「俺にはわからん」


 1857年。

 ジョセフ・ゲイティ(Joseph Gayetty)は、痔に悩む人に向けて、アロエを含ませた医療用ペーパーを開発した。

 トイレットペーパー、初の工業生産である。それはシート状で、五〇〇枚一袋で販売された。


 しかし残念なことに、ジョセフのペーパーは普及しなかった。

 わざわざトイレ用の紙を買うという発想が、当時の人々になかったからだ。


 けれども20年後。ロール状で切り取り線が入ったトイレットペーパーが開発されると、室内型トイレの普及に伴って、需要が高まっていく。

 屋外トイレでは手近にあるものを使っていたが、ホテル等の屋内で、尻を拭くための道具は用意されたペーパーが主となったからだ。

 時代背景に後押しされ、トイレットペーパーは広く人々に求められていくことになる。


 さらに1990年代には、再びアロエ成分配合のペーパーが登場。

 今度は「斬新だ」と注目を浴びて、大いにウケたらしい。


 ジョセフは、あらゆる意味で早すぎた(・・・・)のだ。


 時代を先どった彼は、実利こそ得られなかったが、トイレットペーパーの開発者として歴史に名を刻んだ。



「んまぁぁ、テッド。お尻、どうかしたの? 変な動きして」

「あっ、ママ。やっ、ちょっと痛くて──」

「えっ?」

「ううん。何でもないんだ。平気。問題ない」



(あいつ、俺のところに来たのは、母親が留守だったからではなく、それなりに恥ずかしかったからなのか)

 息子なりの恥じらいに、ジョセフは(あき)れつつ苦笑する。

 ほどなくして、テッドの患部はちゃんと治った。


「僕もう、陶器は使わないよ!」

 ──だよね?





 ―おしまい―






 お読みいただき有難うございます!

 いや、「何で急にトイレットペーパー?」とか言われそうなのですが、いま私アルファポリス様の「第1回児童書大賞」に「短編集」https://www.alphapolis.co.jp/novel/790065991/31073779で参加していまして。

 収録する短編が足りなくなってきたので書き下ろそうと思い、「子ども好きそうな話題…トイレ・ネタとか?」という安易な発想でこの短編生みました(;´∀`)


 ジョセフ・ゲイティ(Joseph Gayetty)が開発したという点だけ史実で、テッド他エピソードはすべて創作です。

 ジョセフがトイレットペーパーを開発した1857年、日本ではハリスが来航し(ペリーは4年前に来た)、幕末の動乱期。日本でははじめ、洋館やホテルで使用するためのトイレットペーパーを、海外からの輸入していたそうです。

 洋館って鹿鳴館とか、そういうのかな、ってドキドキしつつ。


 なろう様では現在「なろう異世界ファンタジーフェス! 2026」開催中で、今日連載始めないと5日間連続更新は達成できないというのに…。

 うーん、うーん。

 参加の皆様、応援していますヾ(*´∀`*)ノ




※紙は水がないと作れないので、砂漠では砂だけでなく、小石も使用されていたよう。拾ってすぐだと熱いので、ポケットに入れて持ち歩き、使用したら捨てて強い日差しで消毒……。だったそうです。

 古代ローマでは海綿など。諸々本文に書ききれず、注釈で失礼します。

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普段は異世界恋愛が多いです!

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『実は身を引くつもりです。』
『余命一日。婚約破棄なら、ご勝手に!』
『求婚理由は、知りたくなかった』
― 新着の感想 ―
テッド…クマのぬいぐるみを思い出しました。 カミとカタカナで書かれていてのでどっちだろうと思いました。 オイルショック…何故トイレットペーパーに関係あるんだろうと 思っていましたがそういう事だった…
活動報告からきました。 ほへー、勉強になるなぁ…… そして、児童文学で5万ポイントに届こうとしているのめちゃくちゃ凄いですね!!
学校の図書室に置かれてる歴史漫画にありそう( ˘ω˘ )
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