第二章② ルキフェル
翌日、ルキフェルはアントワーヌの牢へ向かう途中でエリオットと出くわした。
「父さんも?」
「ああ。俺も聞きたいことがある」
二人は並んで牢へ向かい、アントワーヌの前に立った。アントワーヌは顔を上げ、二人の姿を見ると掠れた声を漏らす。
「今日は親子揃ってか」
エリオットは牢番を下がらせ、重い鍵の音が響いた。三人だけの空間が残され、エリオットがアントワーヌを見つめながら切り出す。
「アントワーヌ。あの事件の日、記録上では君も消息不明となっている。……事件現場にいたのか?」
アントワーヌが重々しく頷くと、ルキフェルは身を強張らせた。エリオットは目を細めてアントワーヌに訊ねる。
「何があったのか、君が見て聞いたことをできる限り詳しく話してほしい」
アントワーヌは俯いて眉間に皺を寄せた後、溜め息混じりに語る。
「……約束をしていたんです。ラウルと夜になったら抜け出して、ゼフィランサスに会いに行こうって」
ルキフェルは目を見張って首を傾げた。
「約束?」
「ああ」
アントワーヌはどこか遠くを見るように目を細め、ルキフェルは言葉を失うと胸の奥で何かが軋んだ。覚えていないけれど、響きが妙に痛い。アントワーヌはポツリポツリと話を続けた。庭でエリオットとゼフィランサスが決裂した日、怯えるラウルと模造剣、父を怖がりながらも、ゼフィランサスに礼を言いたいとラウルが望んだこと。そして夜、アントワーヌは叔父の目を盗んで宿を抜け出した。月明かりの下、屋敷へ向かった。そこで感じたものは血の匂い、こじ開けられた門、赤黒い染み、裏口から出てくる剣を持った大人たち。
「あいつらは普通に話していました。人を殺したあとの顔じゃなかった。仕事を終えたみたいに淡々としていた」
アントワーヌの声が低くなり、エリオットの表情が強張る。アントワーヌはルキフェルに目を向けて言う。
「そのあと、ゼフィランサスが出てきた。……お前を抱えていた。顔はよく見えなかったけど……ラウルだって分かった」
ルキフェルの喉が小さく鳴り、アントワーヌは膝の上で拳を握ってエリオットを見た。
「男たちはゼフィランサスに言ったんです。『助力に感謝する』と。それから……『お前が提案した細工の件も、この後ちゃんとやっておく』と」
「細工……?」
エリオットが腕を組んで低く反芻し、ルキフェルは眉間の皺を深くして問う。
「その細工って、なんだよ」
アントワーヌは首を横に振って答える。
「分からない。ゼフィランサスに聞いても、いつものように笑って丸め込まれた」
ルキフェルは思わず唇を引き結んだ。エリオットの脳裏には一つの疑念が形を持ちはじめている。アントワーヌは疲れたように溜め息を吐くと壁に背を預けた。
「おれもゼフィランサスについていった。あの男への憧れと君への心配、半分ずつ抱えて……まさか、お前が記憶を失うとは」
ルキフェルの胸に波のような悲しみが押し寄せて、アントワーヌから顔を背けた。夜の約束が胸の奥でバラバラに沈んでいく。
「……俺は、お前との約束も忘れてたんだな」
「忘れたかったわけじゃないだろ」
アントワーヌも目を伏せ、二人して鉄格子の影が落ちる床を見つめていた。エリオットはしばし唸った後、ルキフェルへ視線を向けて告げる。
「ラウル。そろそろ、アルフォンスがブレスト港から戻る頃だ。……君が言っていたな、彼が今日来ると」
「……ああ」
ルキフェルは一瞬戸惑ったように目を瞬かせると、エリオットは微笑を浮かべて言う。
「執務室で待っていなさい。今頃、アルフォンスが連れてきているはずだ。君が案内する方がいい」
「……わかった」
ルキフェルはアントワーヌを一度だけ見てから頷くと踵を返した。鉄扉が開き、閉じる音が重く響いて足音が遠ざかる。ルキフェルの気配が消えたのを確認してからエリオットはアントワーヌへ向き直って険しい目つきで問う。
「……裏口の鍵、開いていたんだな」
アントワーヌは一瞬息を呑むも記憶を掬うように言葉を紡いでいく。
「はい。ラウルが……小間使いに頼んで開けておいて、おれが侵入する計画でした」
エリオットは目を伏せて思考を過去へ沈ませると再び顔を上げた。
「……そうか。ラウルの付きの小間使いは……子どもだったな。大人ではなく」
「ええ。珍しいと思って覚えています。家族ぐるみで仕えていた者たちでしたよね」
アントワーヌが首を傾げて語ると、エリオットの記憶が形を成して遠く曖昧だった像が輪郭を帯びていく。
「……いたな。男の子が一人、名前はたしか——」
「おれも思い出しました。ラウルは……アンリと呼んでいました」
アントワーヌが弾かれたように顔を上げ、背を丸めて膝を抱え直した。
「あの子も……殺されたんですよね」
エリオットが悲愴な面持ちになり、アントワーヌはぽつりと呟く。
「裏口のことを聞きたくて、彼を遠ざけたんですね」
「……ああ」
エリオットの震えた声には、父の迷いと当主としての決断が同時に滲んでいた。すべてを告げれば、あの夜の引き金が自分だったと責める。それでも真実から逃がすことが果たして守ることになるのか、答えはまだ出ていない。ただひとつ確かなのは、アンリという名が今、過去と現在を繋ぐ鍵として浮かび上がった。エリオットは踵を返し、鉄扉へ向かいながら呟く。
「まだ終わっていないな」
捜査のことか、それとも父としての責務のことか誰にも分からなかった。
柔らかな日差しの差し込むホールに、貴族出身の隊員たちを中心とした面々が手紙を読んでいた。空気は一瞬張り詰めたものの、彼らの表情には怒りや動揺ではなく、どこか諦めと予想通りの色が混じっている。
「……ふん、思った通り」
シャルルは手紙を軽く握りつぶすようにして呟く。実家からの怒りの文面と勘当の通知が書かれているのは明白だが、彼の瞳に驚きの色はない。
「まあ、想定内よね」
「やっぱり、こうなるんだな」
リラも淡々と言い、ダヴィットは肩をすくめて苦笑する。
「……当然ですね。私たちは自分で覚悟して加担したんですもの」
リゼーヌは手紙に目を落としつつも凛とした落ち着きを崩さない。彼女の横でサミュエルは手紙を折りたたんだ。紙の質が違う。封蝋の押し方も書式も。差出人は執事、短い文面で事件の知らせを受けたこと、当主不在のまま屋敷に留まることはできないと判断したこと、使用人一同、屋敷を離れたことが報告されていた。マルセイユの屋敷、朝になると整えられる食卓がもう誰にも使われていない。サミュエルの指先がピクリ震える。
当然の帰結だ。当主が謀反に関わっただけで家は終わる。誰も責められない。残った者たちは自分の身を守るために去るしかない。分かっていたはずだったが、それでも胸の奥に空洞が生まれる。あの選択に意味はあったか一瞬だけ問いが浮かぶが、サミュエルはすぐに打ち消した。あった。迷いはそこにだけは持ち込まない。あの場で止めなければ、もっと多くが壊れていた。サミュエルは手紙を懐に収めた。もう戻らないものを仕舞い込むように。彼の様子に誰も気づかない、あるいは気づいていても触れない。それがこの場の暗黙だった。
「やっと縁が切れた。せいせいする」
ロザリーは手紙を机の上に置いて皮肉交じりに笑う。全員が加担の代償として受け入れるべき結果だと知っていたから。ソフィーは少し間を置き、柔らかな声で尋ねた。
「皆さんは……これから、どうしたいとかありますか?」
シャルルは手紙を机に置き、遠くを見るように瞳を泳がせる。
「ぼくは……どうだろうな。とりあえず、溜めたままで手をつけていなかった本でも読もうか。この先のことは、今は考える気になれん」
リラは小さく肩をすくめて笑った。
「私は……海のそばで少しでも穏やかに過ごせればいいわ」
「まあ、俺も似たようなもんだな。しばらくはゆっくりしたい」
ダヴィットはリラの横で苦笑しながら肩を叩き、サミュエルは天を仰いで呟く。
「……自由に動けるなら、今はそれでいい」
リゼーヌは軽く手を組んで凛とした表情で答える。
「私は……家族の呪縛から離れて、やりたいことを見つけたいです。春の星空観察とか」
スザンヌは少し首を傾げて微笑みを混ぜながら言う。
「ふふ、まずは実家に顔を出さずに済む日々を楽しみたいですわ」
ロザリーはやや誇らしげに腕を組み替えながら言った。
「私はもう、何も縛られない。これからは自分のために生きるだけよ」
重苦しい空気が少しずつ溶けていった後、ソフィーは思い出したように言葉を紡ぐ。
「そういえば、叔父から手紙が届きました。グウェナエルさんの葬儀と墓の用意を、ただちに行なったそうです」
隊員たちは彼女の報告に頷き、リラがそっと息を吐いて目を伏せながらも微笑する。
「ありがとう、隊長とグウェナエルの元に駆けつけてくれて」
シャルルは肩をすくめて柔らかい目でソフィーを見つめた。
「グウェンも、最期に君と逢えてよかったと思うよ」
「ええ、安心して旅立って行きました」
ソフィーの言葉に隊員たちは一瞬沈黙し、ダヴィットは拳を軽く握って言う。
「……俺たちがここまで来られたのも、グウェナエルのおかげだな」
隊員たちは互いに言葉少なに頷き合い、シャルルは辺りを見回してから仲間に笑いかけた。
「さて、ここで解散しますか。あんまり集まってると変な疑いをかけられる」
ロザリーはまだ少し笑みを浮かべながら立ち上がった。
「これで本当に一区切りね」
隊員たちがそれぞれの方向へ散っていったあと、スザンヌは一人で廊下を歩いていった。自分たちは牢から出られたものの、未だ拘束下にあって用意された一室に収容されている。
あの日、キール通りの宿舎は即座に封鎖されて調査の手が入った。私物の大半は押収されたが、危険性のない小物や装飾品、そして娯楽用の書物だけは返却された。スザンヌの脳裏に先ほどのシャルルの言葉がよぎる。
——溜めたままの本でも読もうか。
スザンヌは読みかけの一冊を思いながら歩みを進めた時、曲がり角を曲がったところでルキフェルと肩をぶつけた。
「……っ、ごめんなさい」
「すまない」
反射的に謝罪が重なり、互いに顔を上げて時間が止まった。スザンヌはまずルキフェルの翡翠の瞳に吸い寄せられた。見慣れているはずなのに、どこか遠い色。ルキフェル本人だと認識した瞬間、スザンヌの呼吸が浅くなった。ルキフェルもスザンヌを一目見て目を見開くと心臓がドクンと鈍く鳴った。言葉をかけるべきか、名前を呼ぶべきか。逡巡を断ち切るように、ルキフェルは距離を取ると踵を返し、足早に廊下を横切って階段へ向かった。スザンヌは呆然と立ち尽くし、呼び止めることもできず彼の背中を見送った。やがてルキフェルの姿が階段の向こうへ消えると、スザンヌは目を伏せて唇を噛んだ。
——やっぱり。
覚えていないのだろう。自分のことも、あの時間も。そう思えばすべて辻褄が合う。視線が重なった時、何かを探すような気配があった気がして期待した自分が情けなかった。
「……仕方ない、か」
諦めるには十分すぎるほどの理由がある。それでも、胸の奥に残る温度は簡単に消えてくれなかった。スザンヌは顔を上げて歩き出した。部屋へ戻って読みかけの本を開くために、もう一度何もなかった日常に戻るために。
ルキフェルはエリオットの執務室に入ると、すでにアルフォンスとレオンの姿があった。
「……行こう」
ルキフェルは手短に言って踵を返し、レオンも彼の後に続いた。廊下を進み、石造りの階段を降りていく。ルキフェルが牢へと辿り着いた時、すでにエリオットの姿はなかった。静まり返った空間に鉄の匂いと湿り気が漂っている。ルキフェルは扉前で一歩退いてレオンに視線で促すと、レオンが牢の奥へ目を向けるなり息を呑んだ。アントワーヌは牢の中で足を伸ばして寛いでいた。黒髪だったはずの頭は灰色へと変わっている。やつれた頬、削げ落ちたような輪郭。かつての面影を辿ることすら難しいが、アントワーヌの耳元に見覚えのあるものが揺れて光った。ゼフィランサスのイヤリングを見た瞬間、レオンは目を見張って掠れた声を漏らす。
「……アントワーヌ……?」
アントワーヌは弾かれたように顔を上げ、レオンを凝視すると何かが堰を切ったように溢れ出して躊躇なく駆け寄った。
「……レオン……!」
本当は会いたくなかった。こんな姿を見せるくらいなら、そう思っていたはずなのに目の前に現れた瞬間、そんな理屈はすべて消えた。牢内で互いの腕が伸びて抱き合った。
「……っ……!」
アントワーヌの喉が詰まって声にならない嗚咽が漏れ、やがて堪えきれない涙へと変わった。レオンはアントワーヌの背を抱き寄せた。
「……もういい。もう、背負わなくていい。抱えなくていい。……お前は、十分やった」
アントワーヌの肩がびくりと震え、レオンは抱きしめる力を強めた。
「こうして、また会えた。成長した姿を見ることができて十分だ」
「……っ……ごめ……」
「いい、謝るな」
アントワーヌがレオンの肩に顔を埋めた。嗚咽が石壁に反響する。ルキフェルは扉の外から二人の様子を見ていた。これでよかったのだろうか、そんな考えがよぎる。他に何かしてやれることはないか、もっとできることがあったのではないか、と思考を巡らせていると声がかかった。
「……ありがとう」
ルキフェルが顔を上げるとレオンが微笑を浮かべてこちらを見ていた。ルキフェルはレオンの顔と腕の中にいるアントワーヌを交互に見て胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
——今はこれでいい。
ルキフェルの視界が知らずに滲み、拭うこともせず扉からそっと身を引いた。最後に抱き合う影を一度だけ振り返り、ルキフェルは入口で待機していた牢番とアルフォンスに視線を向けて、「彼のこと、頼んだ」と言い残して廊下を歩き出した。向かう先は決まっている、エリオットの執務室だ。
ルキフェルは執務室の扉を叩くも応答はなかった。気の流れも読んでみたが、中にも人の気配はない。
「……いないか」
ルキフェルは踵を返し、しばらく城内を歩き回った。石造りの廊下、複雑に入り組んだ階段、見慣れない通路。行き交う海軍員たちがルキフェルにちらりと視線を向けてくる。奇異なものを見る目、噂を確かめるような目。ルキフェルは無視して足を進め、やがて城壁の通路に出ると視界が開けて強い風が吹き抜けた。城外でラド・ド・ブレストの海原が広がっている。城壁通路の縁にエリオットが立っている。塀に肘をつき、遠くを見つめる背中にルキフェルは近づいて声をかける。
「さっきはありがとう。レオンとアントワーヌ、会わせてくれて」
エリオットは海を見たまま息を吐いた。
「アントワーヌにとっては、ゼフィールたちが家族だったのだろうか」
「……え?」
エリオットの呟きのような言葉が風にさらわれ、ルキフェルの耳には届ききらなかった。ルキフェルが聞き返す間もなく、エリオットが彼に向き直ると真っ直ぐにルキフェルの目を見る。
「王宮に手紙を送った。君を正式な後継者として迎えるために。……もう一度、家族にならないか」
一瞬頭が真っ白になり、ルキフェルはか細い声で問いかける。
「家族……? 俺たち、もう家族じゃないのか」
エリオットの胸がドキリと音を立てるも、すぐさま意を決したような面持ちで言う。
「ラウル。家族になるには、君の存在を世間に認められなければならない。……それも貴族たちに」
ルキフェルはエリオットから目を逸らして眉間に皺を寄せた。貴族、後継者、家を背負うということ。どれも自分には遠いものだったはずの言葉だ。エリオットの声が重く落ちる。
「この国では、海賊は悪だ。君が海賊だった事実を今更消すつもりはない、君が歩んだ人生だからな。……ただ、過去も含めて丸ごと見られることになる。これだけは伝えたかった」
ルキフェルの胸の奥で何かが揺れた。フランソワ、リュウ、仲間たち。そして、今まで過ごしてきたすべて。
——すべて見られる、か。
未知の恐怖に足がすくみそうになるが、ルキフェルは目を泳がせたあとエリオットを見つめて不安にせき立てられるように心の内を明かす。
「……父さんの気持ちは、わかる。やっと思い出せて、こうして一緒にいられて……俺が海賊でも、家族として見てくれるのが嬉しい。けど、後継者とか家を背負うとか、今はまだ追いついてなくて……少し、整理する時間をもらってもいいかな」
エリオットはルキフェルの瞳の揺らぎを見つけると、彼に歩み寄って両肩に掴んだ。
「ラウル。たとえ貴族社会が君を責めようと俺は味方だ。昔と同じ……いや、それ以上に。共に戦う覚悟だ」
ルキフェルは引き潮の後の潮鳴りの響きのように胸を打つと、弱々しく頷いた。エリオットは彼の肩から手を離して息を吐くと口元を緩める。
「この話はまだ内密にしてくれ。仲間にも、な。……さて、お茶でも飲もうか。東方の茶葉がまだ残っているはず」
ルキフェルは目を瞬かせて頷き、二人並んで城壁通路を後にした。執務室へ戻るとエリオットは手慣れた様子で茶を淹れ始め、テーブルに並べたカップに湯気が立ち上る。エリオットから差し出されたカップを受け取り、ルキフェルは口に運んだ。カップの持ち手に指先が自然と揃う。持ち方も角度も無駄がない。洗練された所作だが、彼の頭は少しもすっきりしなかった。むしろ湯気のように次々と浮かび上がる。不安、迷い、選択が消えずに漂い続ける。ルキフェルはカップを見つめたまま息を吐いた。紅茶の香りがやけに薄く感じられる。
その後、ルキフェルはエリオットに軽く別れを告げて仲間のもとへ戻った。彼らはほとんど部屋の外へ出ない。出れば海軍員たちの視線に晒されるから。必要最低限、食事を取りに厨房へ向かう時以外は狭い空間で時間を潰していた。ルキフェルが扉を開けるとジャスパーは椅子にだらりと体を預け、マテオは机に肘をつき、ニールは本をめくっていた。コリンが窓辺に乗って膝を抱えている。ルキフェルは部屋の中央まで進んだところで告げる。
「大元帥が王宮に手紙を送ったとさ」
「へえ」
ジャスパーが気の抜けた声を漏らし、ニールとマテオがほぼ同時に顔を上げる。
「それだけ?」
「他にはあんのか」
ルキフェルは彼らから視線を逸らして頷いた。
「……ああ」
「ふーん」
マテオは肩をすくめて再び机に視線を落とし、ニールもページをめくる手を止めない。ジャスパーはあくびを一つ噛み殺した。各々が元の時間へ戻っていくが一人だけ、コリンは窓辺からルキフェルを瞬きもせず見ている。
「……なんだよ」
ルキフェルが眉を顰めると、コリンは首を傾げてぽつりと言う。
「散歩したいな。たまには海、感じたいし。一人で歩いても、つまんないんだよね」
ルキフェルは一瞬黙り、息を吐いて苦笑した。
「……仕方ねえな」
「やった」
コリンは窓辺から飛び降りるように床に足をつけた。コリンがスタスタと扉へ向かい、ルキフェルも彼の後を追う。すれ違いざま、マテオがちらりと視線を寄越した。ニールは次のページをめくり、ジャスパーは片目を開けて軽く手を振った。コリンが扉を開けると、廊下の空気が少しだけ冷たく感じられる。二人は部屋の外へ出て、背後で扉が閉まる音がバタンと廊下に反響した。




