第一章④ Montage
アンジュ、ブルボン家の屋敷に一通の書簡が届いたのは、事件発生から二日後のことだった。王国海軍の印章、封蝋が無機質なまでに整っているだけで嫌な予感はした。フィルマンは執事から封筒を受け取ると紙一枚のはずなのに妙に重い。彼はすぐさま封を切って中身を広げると目を見張った。
【緊急通達】
王国海軍ブレスト司令部より通達する。
先日、同司令部においてマクシミリアン・ブーケを主導とする一部部隊による謀反行為が発生した。
これに伴い同部隊は解体され、関係者は拘束・保護の対象として現在厳重に管理下に置かれている。ついては、当該部隊に所属していた貴殿の子息(娘)についても、同様の措置が取られていることをここに通知する。なお本件に関する詳細は現在調査中につき、追って正式な報告を行うものとする。以上。
王国海軍 ブレスト司令部
「……謀反だと」
フィルマンは手紙をぐしゃりと歪ませて肩を震わせた。
「ふざけるな。ブルボン家の娘が、反逆者だと……?」
フィルマンが机を叩きそうになる手を辛うじて止めた時、背後から震える声がした。
「父上、それは」
フィルマンが振り返るとヴィクトルが立っていた。彼は偶然、実家に戻っていたばかり。フィルマンは通達を差し出すとヴィクトルは怪訝な顔で受け取り、読み進めるうちに顔を強張らせて何度も同じ行を往復する。
「……は、捕縛? スザンヌが……?」
ヴィクトルは手紙を胸に抱えて崩れるように座り込んだ。フィルマンは息子から視線を外して拳を震わせる。
「……ブルボン家の名に泥を塗るつもりか……」
怒りと屈辱で頭が熱く腫れ上がるように痛い。フィルマンは窓の外に目を向けた。
「……どうする」
幼い頃の娘の姿が雲の切れ間から見えた気がした。笑っていた顔、まっすぐな目、何事にも怯まない強さ。今は謀反の一員として扱われている。名誉を守るのか、父として娘を守るのか。どちらも簡単には選べなかった。
一方、パリ郊外。ヴィトン家の屋敷でも同様の書簡が届いていた。応接間に響くのは怒号、書簡を握り潰しながらシャルルの父が叫ぶ。
「ふざけるなッ! 謀反だと!? あの馬鹿が!」
彼は机を叩いて椅子を蹴り、息を荒げて吐き捨てた
「許さん、あいつは勘当だ! ヴィトン家の恥晒しめ! あんな髪のやつ、二度と見たくない!!」
グレゴワールは険しい顔で父を見て胸中で呟く。
……今度こそ、知らぬ存ぜぬでは通らないな。
これまでは奇異の目で見られてきた。噂、好奇、距離を置いた視線。だが、これからは違う。明確な非難になる。ヴィトン家そのものに向けられる視線を、彼は理解していた。父の怒号は止まらず、元々静謐を湛えていたグレゴワールの顔は益々彫刻と化していった。
シャネル家、広い食堂の長卓を囲む親族たちは唸り声を上げていた。通達は回され、全員が目を通している。
「……勘当だな」
リラもダヴィットもすでに両親を亡くしている。だからこそ、守るべき家の判断は容赦がなかった。
「これ以上、名に傷をつけるわけにはいかない」
ボルド家、リゼーヌの母親の声が鋭く響き、冷え切った目で書簡を見下ろしている。
「恥をかかされたのよ、娘だろうと関係ないわ。……許せるわけがない」
父の目の中に絶望の色が移ろう。リゼーヌの名はその場で切り捨てられた。
クレマン家、老いた夫婦が並んで座っている。二人とも書簡を読み終えると長い沈黙が落ち、母親が震える声で呟く。
「……あの子は」
「……分かっている。だが……家の名がある」
父は首を横に振り、母は目を閉じると涙が一筋頬を伝った。
「……ごめんなさい」
誰に向けたものかも分からない謝罪、それでも決断は覆らなかった。
そして、マルセイユ。バティーユ家の屋敷は空気が違っていた。怒号も涙もない、混乱が屋敷中に浸透していく。
「……どうする?」
使用人の一人が小声で訊き、別の者が答える。
「当主がこうなった以上……ここにいても、もう……」
バティーユ家は終わった、屋敷に残る理由はもうない。次の勤め先を探さなければ。使用人たちは動き始め、荷をまとめて衣服を畳み、小さな私物を箱に入れていった。長年仕えてきた屋敷を去る準備、足音と布の擦れる音が屋敷内に響く。やがて一人、また一人と屋敷を後にしていった。扉が開いて閉じるの繰り返し。気づけば広い屋敷はもぬけの殻だ。家具だけが残る空間、人の気配はもうない。玄関ホールに一つの肖像画が飾られている。若い頃のサミュエル、隣には名も知らぬ若い女。穏やかに微笑む二人の姿が誰もいない空間に残されていた。
——まるで、去っていく者たちを見送るかのように。




