第五章④ 公開処刑の続き
ルイ二十五世が目をガン開き、シルヴェストルも青ざめている。アルマンは穏やかに笑うも、笑みを消して懐から一枚の書面を取り出す。
「さて……私がこの場をお借りして申し上げたいのは、かつて戦友であったボナパルト副司令官から、重大な言伝を預かっておりまして」
アルマンは書面を開いて厳かに読み上げた。
「去年の冬。大海賊エドガー・ロジャース率いる海賊同盟との戦争において、その裏で旧ブルボン派が暗躍し、海賊たちへ資金提供及び拠点提供を行っていたことが判明した。海賊を扇動した目的は、現体制側への国家転覆であると海軍上層部は判断。更なる調査を行った結果、ダラス家の関与が発覚。当初は旧ブルボン派とダラス家が協力関係にあるものと考えられていたが、より詳細な調査の結果、ダラス家そのものが旧ブルボン派であると断定した」
どよめきに悲鳴、罵声が重なって鏡の回廊が揺れる。
「我々はかつての友のため、そして民衆のため。ダラス家を告発するに至った……とのことです。ちなみに、私の方でも海軍側から資料を預かっております」
アルマンは最後まで読み上げると書面を閉じた。ティエン、ヴィクトル、グレゴワール、三人とも額に汗を浮かべて険しい顔をしている。
——聞いてない。
ルイ二十五世はすっかり頭を抱えていた。こめかみが痛い、嫌な汗が流れる。そして、シルヴェストルは今までで一番大量の汗を流していた。今、海軍最後の重鎮までもが自分を殺しに来ている。シルヴェストルは荒々しく息を吐き、怒鳴り声を鏡の回廊に轟かせる。
「よく出来た紙芝居だな! 出来過ぎとも言える! だが、俺はまだ信じんぞ!」
「お前、この期に及んでまだそんなこと言えるのかよ! 醜いぞ!」
ヴィクトルがうるさいだけの空砲を放ち、周囲の貴族たちも堰を切ったように声を上げ始める。
「旧ブルボン派め!」
「よくも我々を騙したな!」
「国王陛下の信頼に泥を塗りおって!」
「待て……もし今日この場が無かったら、あの男に王宮そのものを乗っ取られていたのか?」
ある貴族が青ざめた顔で呟、ざわりと恐怖が広がる。
「恐ろしい、信じられん……」
「まさかそこまで……」
「黙れ!」
シルヴェストルが血走った目が周囲を睨む。
「国王陛下と、国家に尽力してきた男への仕打ちがこれか! 無礼者めが……!」
その時、シルヴェストルの脳裏に一つの答えが閃くとティエンを指差した。
「そうか、貴様だな!」
「何が?」
ティエンが首を傾げると、シルヴェストルは煽るように捲し立てる。
「ブルボン王朝復活! 家名の復権! 王座への返り咲き! 貴様が全て仕組んだのだろう!」
「え?」
ティエンが素っ頓狂な声を出した。鏡の回廊が騒然となるもシルヴェストルは顔を熱ったまま続ける。
「そうだ、そうに決まっている! でなければ、わざわざこんな芝居を打つ理由が無い!」
「うーん……しょうがないなあ。じゃあオレの友達、紹介するよ」
ティエンは頬を指で掻くもクルリと振り返り、回廊の入口近く——開け放たれたままの扉に向かって呼びかける。
「出ておいで、君の力が必要だ!」
静寂。やがて扉の隙間から恐る恐る顔が覗き、意を決したように一人の若者が足を踏み出す。礼装姿に慣れないヒール付きの靴。カツカツと不規則気味な靴音が反響する。若者の目が泳いで肩が強張っている。どう見ても場違いだった。
「誰だ?」
「見たことがないぞ」
「どこかの若い貴族か?」
貴族たちが囁き合う一方、シルヴェストルは彼の顔を見た瞬間、一瞬安堵した。
——ピエールだ。……違う。よく見ろ。あれはピエールではない。
「……ダミアン」
シルヴェストルのこめかみに青筋が浮き、拳が震え出した。やがて、若者——ダミアンがティエンの隣に辿り着くと、ティエンは彼の肩を抱いて犬歯を見せる。
「礼儀がなってなくて、すみません。——彼はピエール・ダラス。ダラス家三男です」
「ああ! あの放蕩息子か、聞いたことがあるぞ!」
「兄たちは立派に職務へ就いているのに、三男だけは狩猟仲間を率いて遊び歩いているとか!」
「なんだ、意外と真面目そうな顔じゃないか」
好き勝手な噂話が飛び交う中、ダミアンは身を強張らせた。鬼のような顔で睨んでくるシルヴェストル、視線が合うだけで胃が痛い。逃げたい、帰りたい、助けてほしい。すると、ダミアンの耳元でティエンが小声で囁く。
「大丈夫」
ダミアンは思わず横目で見ると、ティエンは草食動物のような穏やかな顔をしていた。
「ここまで来たんだ。あと少し」
一方、二人の少し後方でグレゴワールが目を細めている。脳裏に浮かぶのは二日前の野営地。焚き火の前、弟がオレンジ髪を揺らしていた。
——あ。最後の切り札として、ダミアンくんも連れて行きましょう。絶対面白いことになりますから。
グレゴワールは盛大なため息を吐いた。面白いこと。あの弟は根本的に性格悪いが、認めざるを得なかった。この場において、ダミアンは最高の一手だったから。
鏡の回廊に沈黙が落ち、全員の視線がダミアンに集まっている。ダミアンは唾を飲み込むと呼吸を整え始めた。喉が渇いて手が震える、膝も震えている。長兄は恐ろしいが、もう逃げられない。逃げたくない。ダミアンは恐る恐る顔を上げて掠れた声を漏らす。
「あの……ボク、世間じゃ放蕩息子だと思われてるけど……」
周囲の貴族たちが耳を澄ませている、あちこちで頷く者もいた。ダミアンは首を振って唇を震わす。
「本当は違うんです。ボクは兄上の命令で動いていました。夢蛇も、あの戦争も……全部、自分たちダラス家が仕組んだことです。何年も前から、ずっと……ボクは、ずっと兄上たちの影として生きてきました」
ざわざわと周囲が蠢く。ヴィクトルは眉を顰め、グレゴワールも目を伏せた。ティエンはダミアンの隣でシルヴェストルを見据えている。ダミアンは俯くも、涙目でシルヴェストルを見つめた。幼い頃から恐れていた兄、絶対的な存在、逆らえなかった人間。
「けど、もう耐えられません。兄上……ごめんなさい……」
ダミアンの頬に涙が一筋伝う。シルヴェストルは絶句した。目の前で喋っているのは、世間には存在しないはずの弟。ずっと隠してきた弟、自分たちだけが知る秘密。その秘密が王宮のド真ん中で、国王の前で、貴族たちの前で全てを暴露している。シルヴェストルの唇が震えたが、言葉にならない。ティエンは一歩前に出てダミアンに目を向ける。
「聞いたでしょう? 彼は認めた、ダラス家が犯してきた数々の罪を」
ティエンはシルヴェストルを冷めた目で見据える。
「お前はどうなの? まさか、まだ認めないつもり?」
小さな騒めきが充満する中、玉座に沈み込んでいたルイ二十五世は、重い溜息を吐いて顔を上げる。
「信じられん……戦争も、過去の事件も……まるで夢物語だが、幻覚剤は少なくとも事実なのだな? なんせ、警察まで関与しているのだから」
「は、はい……」
警察からの報告書を抱えていた職員が青ざめた顔で頷く。
「ただ、その……調査報告書も同封されておりまして……少々、おかしな記述が……」
「貸してみろ」
職員の言葉が途切れがちになり、ヴィクトルが書類をひったくるように受け取って数ページめくり、抑揚も節もつけずに読み上げる。
「ドミニク・ダラス司法解剖記録。血管異常、神経損傷、瞳孔の著しい変形、蛇のような縦長の瞳孔を確認。さらに、全身に爬虫類の鱗状変質を確認」
沈黙。数秒後、鏡の回廊が戦慄した。
「なっ……」
「鱗……?」
「人間に?」
「そんな馬鹿な……」
アルマンでさえ思わず呟く。
「まさかの人外パターンですか」
彼の突拍子もない一言で余計空気が悪くなった。ダミアンは思わず目を見開く。
——一族の呪いが、露見してる……?
ダミアンは思わず後ずさるも、ティエンが彼に歩み寄って小声で告げる。
「安心して。夢蛇の過剰摂取による副作用だと思わせればいい。記録だけ読んでも、誰も爬虫類人間とは思わないだろ」
突如、鏡の回廊に乾いた高笑いが反響した。ティエンが振り返るとシルヴェストルが額に手を当てて口元を吊り上げている。
「なんだそれは、鱗の肌!? 警察は本気で書いているのか!」
「いや、ほんとにそのまま読んだだけだ」
ヴィクトルは怪訝な顔で書類の文面をヒラヒラさせ、隣にいる職員も何度も首を縦に振っている。ヴィクトルは再び紙面に視線を落とした。
「それと押収した証拠品についても記載がある。遺体の近くには幻覚剤摂取に用いられたとみられる注射器。付着液体も分析済み。さらに使用人の証言によると、シルヴェストル・ダラス本人による秘密裏の埋葬命令があったそうだ」
シルヴェストルの顔がみるみるうちに引き攣り、回廊中にそろそろ限界を迎えたガラガラ声が響めく。
「隠蔽だ!」
「弟の死まで隠したのか!」
ティエンがシルヴェストルに指を突き付けて声を上げる。
「ていうか! 弟が死んだことを知っていたなら、なんで何も言わなかったんだ! それこそ、何か隠蔽するためだろう。夢蛇の密輸を隠すためだ!」
シルヴェストルが憎悪に目を光らせてわなわなと声を震わせる。
「夢蛇? 何度聞いても知らん。弟は心臓発作で死んだだけだ」
「無理があるだろ。司法解剖記録も証拠品もある。警察は夢蛇の常習癖があると判断。何より、実物の夢蛇を警察が押収。公的文書にそう書いてあるんだけど?」
ヴィクトルが呆れ混じりに指摘すると、シルヴェストルは血涙を絞って髪を掻き乱す。
「ええい、王の前で恥晒しな真似を! ドミニクに鱗の肌? 頭の悪い嘘はやめろ!」
「じゃあ、見せるしかないね」
ティエンが怪訝な顔で懐に手を入れ、一本の注射器を掲げた。揺れる青い液体が、回廊に差し込む昼の光で煌めく。
「皆さん、これが実物の夢蛇です。決して夢物語ではありません」
シルヴェストルは身も心も凍りついた。見覚えがある。あるどころではない。ドミニクの死体の側に落ちていたものと同じだ。
「貴様、なぜそれを……」
「ピエールが預かってくれたものです」
ティエンはさらりと言った。本当は違うが、今はどうでもいい。隣でダミアンが勇気を振り絞って声を枯らす。
「兄ドミニクは、それで夢蛇を摂取していました! 常習癖も間違いありません! 兄は……夢蛇がないと意欲が上がらないんです!」
悲鳴が飛び交って広がる中、ティエンは数歩歩き出すと足元近くに注射器を置き、カラリと小さな音が響せて離れる。
「嘘だと言うなら証明してよ。これで何も起きなかったら、全部嘘ってことだ」
シルヴェストルは注射器を見下ろした。
今すぐ踏み潰したい、粉々に砕きたい。だが、できない。ここで壊せばさらに疑われ、さらに追い詰められる。そして、本当に恐ろしいのは別だ。夢蛇を摂取すれば、自分は見てはいけないものを見る。理屈ではない、本能が告げている。だから、今まで一度も手を出さなかった。ドミニクが狂っていく様を見ていたから。なのに、逃げ道が消えていく。夢蛇にリュミエール家、海賊戦争とダミアン。全てが暴かれた。今、試されているのは自分自身だ。後には引けない、注射器が蛇の牙のように見えた。
シルヴェストルの手が震え、思わず脇腹を押さえる。衣服の下、誰にも知られてはならない鱗の肌が隠れている。
昔からそうだ。恥だった、呪いだった。だから隠してきたが、今ここで退くわけにはいかない。ダラス家当主として、王の側近として。何より、自分自身の誇りが許さなかった。
シルヴェストルは床に置かれた注射器を慎重に拾い上げる。青い液体が揺れ、鏡の回廊が静まり返った。誰も声を出さない。ティエンもヴィクトルも、グレゴワールもダミアンも固唾を飲んで見守っている。長い沈黙の末、シルヴェストルは袖を捲って吐き捨てる。
「……いいだろう。証明してやる」
針が腕に突き刺さって液体が流れ込む。数秒、何も起きない。だが五秒、十秒経つと異変が始まった。悪寒、全身の毛穴が開く、胃が捻れて視界が揺れる。
「っ……!」
こめかみが脈打つ。鼓動が速い。いや、速すぎる。世界の輪郭が歪み始めた。鏡に天井、人々が溶けていく。そして、視界の端を何かが這った。——黒い蛇だ。一匹、二匹、三匹、無数。黒い蛇たちが鏡の回廊を埋め尽くしていく。
「違う……違う……!」
シルヴェストルは首を振ったが、蛇は消えない。人々の身体から光が見えた。白い光に青い光に赤い光。まるで魂そのもの。天眼視が発動すると世界が反転し、気づけば辺り一面に鏡で囲われた空間に立っていた。ティエンと向き合っている。ティエンの顔は今と同じだが、どこか若い。気楽そうに笑っている。
「王冠? ——興味ないから」
「は……?」
シルヴェストルの呼吸が止まるも、ティエンはケタケタと笑って続ける。
「だって面倒じゃん。王様とか責任重いし、自由なくなるし、そんなもの欲しがる理由ある?」
鏡の世界にミシミシと亀裂が入った。シルヴェストルの脳裏に甦るはブルボン王朝復活、代々受け継いできた悲願。一族の全て、人生の全てを目の前の若者は笑って捨てた。
「嘘だ」
「本気だよ? オレ、そんなもののために生きてないし」
鏡の世界に地割れが起こり、シルヴェストルの足元が揺らぐ。
「違う、違う!」
「違わない。最初からそうだったよ」
その瞬間、鏡がパリンと次々に割れ、破片が音を立てて崩れ落ちていく。
「アアアアアアアアアアアアッ!!」
絶叫が響き、回廊の鏡が震え出した。シルヴェストルの皮膚が裂け、鱗が急速に広がっていく。顔が歪んで指が変形し、全身が爬虫類めいた形へ変質していった。
「うわああああああっ!!」
「逃げろ!!」
「化け物だ!!」
貴族たちが悲鳴を上げ、回廊中が大混乱になる。逃げ惑う人々、倒れる者、泣き叫ぶ者。シルヴェストルは笑っていた。泣きながら、笑いながら、意味の無い言葉を叫びながら。やがて巨体が崩れ落ち、二度と動くことはなかった。そして、玉座の方も何か落ちる音がした。
「余は……何を……」
ルイ二十五世は空虚な目で崩れ落ち、シルヴェストルを見つめている。鏡の回廊は混乱の渦中にあった。
「逃げろ!」
「医者を呼べ、国王陛下が!」
「近付くな!」
「まだ生きているのか!?」
靴音と無数の声が反響し続けている。ティエンは青ざめた顔で立ち尽くしていた。目の前にはシルヴェストルだったものがある。鱗、変形した手足、見開かれたままの目。そして動かない身体。ティエンは呆然と見下ろしていると、後頭部に衝撃が走った。
「痛っ!」
ティエンが振り向くと、ヴィクトルとグレゴワールが険しい顔をしていた。
「何をぼーっとしてるんだ。今一番危ない場所だぞ」
「そうだ。君、今この場に居ると面倒事の中心になる」
「え?」
「え? じゃない」
二人同時に言い放ち、ティエンは肩を竦める。少し離れた場所で固まっていたダミアンが、ビクッと身体を震わせた。顔色は真っ白、今にも倒れそうである。グレゴワールは彼を一目見て判断した。
「ひとまず、ダミアンを野営地に連れ帰る」
ティエンもヴィクトルも頷いた。反論は無い、今のダミアンを王宮へ残す方が危険だった。グレゴワールはダミアンの肩に手を置く。
「歩けるか」
「はい……」
「歩けなくても歩いてくれ」
「は、はい……」
すっかり半泣きである。グレゴワールは溜息を吐いた。
「馬車を呼ぼう」
グレゴワールは回廊を早歩きで後にした。ダミアンも慌てて彼の後を追う去り際、一度だけ振り返る。シルヴェストルの亡骸、崩れ落ちた国王、大混乱の王宮。ダミアンは悲痛な面持ちで頭を下げると足早に去っていった。やがて、宮殿の外でグレゴワールは馬車を呼び止める。
「パリ郊外まで」
ダミアンはグレゴワールに促されるまま乗り込み、二人はヴェルサイユ宮殿を後にする。一方、ヴィクトルは馬車を見届けると宮殿の入口を見上げた。中からは未だ騒ぎ声が聞こえる。彼の隣でティエンが呟く。
「……大変だな」
「他人事みたいに言うな。半分くらい君のせいだぞ」
「えぇ?」
「えぇ、じゃない」
ヴィクトルがピシャリと言い放ち、ティエンは苦笑した。が、すぐに笑みを消して宮殿の方を見る。全て崩れたが、まだ終わっていない。今から始まるのは後始末だ。ヴィクトルは息を吐いてティエンを見やる。
「行こう」
「どこへ?」
「王宮を落ち着かせる」
「それ、一番面倒な仕事じゃん」
「だからだよ。誰かがやらないといけない」
ヴィクトルが宮殿内へと歩き出し、ティエンは肩を竦めて彼の後を追った。こうしてグレゴワールとダミアンは野営地へ、ヴィクトルとティエンは王宮の鎮静へ、それぞれの役目を抱えながら動き始めた。
ダラス家が滅びたこの日、フランス王国は混乱の渦に巻き込まれる。
夕方、グレゴワールとダミアンはパリ郊外で馬車を降りた。ここから先は徒歩、野営地までの道を二人で進む。ダミアンは終始無言だった。何度か口を開きかけては閉じ、結局一言も発しない。グレゴワールも無理に話しかけなかった。今日は色々ありすぎた。無理もない。やがて森の奥に野営地が見えてくると、夕食の支度が始まっていた。焚き火に湯気に鍋の匂いが森の香りに紛れて漂っている。東洋人たちは二人を見つけるなり表情を引き締めた。
「帰ってきた」
「どうだった?」
「王宮は?」
誰もが結果を知りたがっている。グレゴワールは軽く手を上げて真っ直ぐ野営地の奥へ向かう。
「後で話します」
一方、ダミアンはようやく我に返ったように呟いた。
「……水」
「あっ、持ってくる!」
チャンが慌てて立ち上がって天幕に駆け込む。数分後、両手でコップを抱えたダミアンが水を飲んでいた。ごくごく、ごくごくと急速に中身を空にしていく。
「大丈夫?」
ペネロペが聞くとダミアンは頷いた。が、顔色はまだ悪い。誰が見ても限界だった。
その頃、シャルルはジャスパーと焚き火の近くで地図を広げて話していた。そこへ、グレゴワールがやってきてシャルルが顔を上げる。
「お帰りなさい。どうでした?」
グレゴワールは腕を組んで唸った。どう説明するべきか。数秒悩み、結局一番短い言葉を選ぶ。
「玉座の前で真実を明かしたら、シルヴェストルが死んだ」
しばし沈黙。焚き火がぱちりと鳴り、シャルルとジャスパーが瞬きをした。
「……ん?」
「え?」
数秒、誰も動かない中でシャルルがグレゴワールに問いかける。
「えっと……死んだ?」
「死んだ」
「捕まったとかじゃなく?」
「死んだ」
「処刑とかでもなく?」
「死んだ」
また沈黙が落ち、ジャスパーが頭を掻く。
「……どういう死に方?」
「長くなる」
「だろうね」
シャルルは片眼鏡を押し上げて理解を諦めた顔をする。
「夜中になったら、皆に知らせましょうか」
「そうしてくれ」
グレゴワールがこくりと頷いた時、ジャスパーは辺りを見回して聞く。
「あの坊ちゃん達は?」
「帰りは遅くなりそうだ。王宮が大変なことになっているから」
グレゴワールが淡々と返すとシャルルの背に嫌な汗が伝った。
「どれくらい?」
「国王陛下が壊れかけている」
シャルルが思わず方眼鏡を外し、ジャスパーは空を見上げて目を瞑る。
「……大変だな」
「大変だ」
三人ともそれ以上何も言えなかった。焚き火がパチパチと音を立てて燃えている。シルヴェストルは死んだ。長年追い続けた敵も消えた。なのに、誰も達成感を感じていない。むしろ、これから何が起きるのか分からない。晩飯前の時間にそぐわない空気が、夕暮れの野営地に漂っていた。




