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報復の航路【第二作 ルー・ブレス】9・10巻「完結編」  作者: セキユズル
第四章「——君が生きてる限り、おれの心は自由だ」
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第四章② 法廷Part2

 裁判官は手元の書類へ視線を落として口を開く。


「被告人、アントワーヌ・ブーケ。本日ここにおいて、あなた自身の行動について述べる機会を与える。真実を語る責任を自覚し、慎重に答えなさい」


 アントワーヌは鎖を鳴らして立ち上がった。金属の音だけで妙に胸がざわつく。ルキフェルはアントワーヌに視線を向ける。あの男はまだ立つのか。あれだけ全部を失って、まだ。

 その時、法廷関係者の一人がルキフェルの席の横へ来て低く告げる。


「……お前だな。証言の準備だ、来い」


 ルキフェルは一瞬だけ目を細める。


 ——来たか。


 ルキフェルの隣でマテオが舌打ちし、ジャスパーが肩を竦める。


「チッ……」

「とうとう主役交代か」

「気をつけて」


 ニールが低く言うと、コリンは不安そうにルキフェルを見上げた。


「……無理しないでよ」


 ルキフェルは頷いて重い腰を持ち上げた。法廷の空気は相変わらず重いが、今この場の視線は殆どアントワーヌへ向いていた。被告人、反逆者、ゼフィランサスの名を背負った男。誰もが彼の次の言葉を待っている。その隙間を抜けるように、ルキフェルは法廷を後にした。重厚な扉が閉まった途端に法廷の熱気が遠ざかる。石造りの廊下は冷えているが、遮断されているわけではない。扉の向こうからアントワーヌの声が微かに聞こえていた。


「私は……故郷と仲間たちのために動いた」


 ルキフェルが足を止め、監視兵が怪訝そうに振り返った。


「どうした」

「……いや」


 ルキフェルは再び歩き出すが、耳はどうしてもあの声を拾ってしまう。


「ゼフィランサスを奪われ、未来を失った人々の怨念を——」


 ルキフェルは廊下を歩きながら目を伏せた。あいつ、本当に全部背負うつもりなのか。島の人間たちの痛みも、ゼフィランサスの死も、踏みにじられた怒りも。全部、まるで自分だけ代わりに沈めばいいと思っているみたいに。


 一方、法廷の中ではアントワーヌが証言台に立っていた。鎖に繋がれたまま、背筋だけを崩さずに裁判席を見上げている。


「私にとっての家族は……国籍も、肌の色も違う、あの島の仲間たちでした」


 アントワーヌの言葉が落ちた瞬間、傍聴席の空気が変わった。ざわめきとも違う、理解できないものを前にした沈黙。レオンが顔を歪め、目を潤ませた。


「……っ」

「落ち着け」

「だって、あいつ本気で……」


 レオンの隣でイヴォンが彼の肩に手を置き、証言台を見つめた。軍人として戦場を知っているからこそ分かる。今のアントワーヌは命を守るために喋っていない。全部失う覚悟で立っている。


「ゼフィランサスは仲間であり、家族であり……尊敬する指導者でした」


 アントワーヌは続ける。声は震えていないが、その奥にあるものは隠しきれていなかった。怒り、悲しみ、喪失。そして、戻れない場所へ来てしまった人間の覚悟。


 その時、アントワーヌの脳裏に別の顔が過ぎった。亜麻色の髪、真っ直ぐな瞳。

 ソフィー、血の繋がった妹。けれど、もう遅い。今さら「家族」の形を変えることはできない。

 自分はもう、戻れないところまで来ている。だからアントワーヌは続けた。


「私たちにとって、家族とは血ではありません。共に生き、共に守り、共に失う覚悟を持つこと」


 法廷関係者のペンが止まり、静まり返った空気の中でアントワーヌは裁判席を見据えた。


「……心のつながりこそが家族です」


 レオンがとうとう俯いて肩を震わせ、イヴォンは肩を掴む手を強めた。アントワーヌが語っているものが、綺麗事ではないと知っていた。実際に命を預け合ってきた人間の言葉だと分かってしまった。


 一方、法廷の廊下では待機室へ向かう途中で、ルキフェルが再び足を止めた。扉越しに声が聞こえる。


「私が戦ったのは家族のためです」


 ルキフェルは目を閉じた。フランソワ、リュウ。マテオ、ジャスパー、ニール、コリン。船団の仲間たち。そして、スザンヌの顔まで浮かんだ。胸の奥が嫌に重い。法廷の中でアントワーヌは選び取った家族を語っている。なのに、自分は守れなかった命ばかり思い出してしまう。


「理不尽に奪われた者たちのために」


 かすかに聞こえたアントワーヌの声が、ルキフェルの胸へ突き刺さる。ルキフェルは息を吐いた。今、法廷の中にいる男は海軍と戦っているんじゃない。この世界そのものへ、最後まで抗っている。


 法廷の空気はすでに限界まで張り詰めていた。アントワーヌの証言が終わったあとも余韻は消えていない。誰もが息を潜めていた沈黙の中で、裁判官の低い声が法廷へ落ちる。


「——本案件には、実に奇妙な存在も関わっている。五鬼衆改め、五人組の海賊を代表し、一人を証言台に立たせよう」


 その瞬間、廊下側の重厚な扉が軋む音を立てて徐々に開いていく。ルキフェルは扉の前に立っていた。呼吸が浅い、喉の奥が妙に熱かった。


「入れ」


 法廷関係者に促される。足が重いのに、逃げ場はない。扉が限界まで開いた瞬間、法廷の空気が一気に押し寄せてきた。


 ——見られる。


 胃の奥が冷たくなる。ルキフェルは慎重な足取りで法廷へ足を踏み入れた。視線、視線、視線。まるで無数の針みたいだ。民衆、海軍関係者、裁判官、書記官。誰もが自分を見ている。深い傷の残る顔を、包帯の巻かれた右腕を、海賊を。怪物を見るような目もあった。恐怖と好奇が混ざった目、その視線が息苦しい。肺が上手く動かない、過呼吸を起こしそうになるが、ここで乱れるわけにはいかなかった。


 ルキフェルはゆっくり息を吸って証言台へ歩いていく。一歩、また一歩と石床に靴音が響いた。ルキフェルの視界の端に仲間たちが見える。マテオが険しい顔で見て、ジャスパーは腕を組んでいる。ニールとコリンは明らかに落ち着かない様子だった。さらに傍聴席の奥、レオンが心配そうに見下ろしている。そして、アントワーヌは瞬きを減らして堪えていた。彼の視線を感じた瞬間、ルキフェルの胸の奥が嫌な音を立てた。が、もっと嫌だったのは民衆の視線だ。


「あれが海賊か」

「傷だらけだな……」

「本当に人殺しなのか?」

「化け物みたいな目だ」


 息苦しい、吐き気すらする。ルキフェルは能面みたいな表情のまま、額から一筋の汗を垂らして証言台へ辿り着いた。手が冷たい、心臓がうるさい。

 裁判官がルキフェルを見下ろすように裁判官席から告げる。


「これより、今回の事件について証言を求める」


 ルキフェルは頭を下げた。喉が渇いているが、それでも口を開いて声を絞り出す。


「……俺たちは、かつて大海賊フランソワの直轄部下だった。俺の役目はクォーターマスターだ。……マクシミリアン隊との因縁もあるが、ここでは割愛する」


 法廷がざわつく音だけで鼓動が速くなるが、止まれない。声は抑えたつもりだったが、内側では心臓が暴れている。視線が痛い、法廷全体が自分の言葉を待っている。ルキフェルは一瞬目を閉じて深呼吸した。大丈夫だ、まだ平静を保てる。そして、ルキフェルは再び目を開けて裁判官を見据えた。


「俺たちが、あの現場にいた理由は一つしかない。——マクシミリアンの復讐を、止めるためだ」


 静寂の中、検察官がルキフェルの横顔を見ながら問いかける。


「海賊。事件当日、屋上で何があったのか。証言してください」


 ルキフェルの喉がひくりと動いた。脳裏にあの夜が蘇る。血の匂い、風、怒号、アントワーヌの目。


「……マクシミリアンと対峙し、言葉を交わした。その末に戦うしかなかった」


 言いながら、自分でも心拍が上がっていくのが分かる。ここで余計なことを言えば終わる。自分もアントワーヌも、全部。


「その言葉とは何ですか。ここで述べなさい」


 検察官がさらに踏み込んできて、ルキフェルの呼吸が止まった。

 言えるわけがない。自分の出生、レオパード家、アントワーヌの秘密、ゼフィランサスが全部繋がっている。ここで口にした瞬間、何もかも崩れる。法廷中の視線が突き刺さって心臓がうるさい。

 その時、ルキフェルの脳裏にエリオットの声が響いた。


 ——黙秘権は知ってるか。語らない権利もある。


 ルキフェルはゆっくりと顔を上げて参考人席をチラリと見た。エリオットが真剣な眼差しで見つめている。顔には深い懸念の雲がかかっているが、茶色い瞳の奥に知的な光が灯っている。彼の視線を受け止めた瞬間、ルキフェルは翡翠の瞳に暗い水の揺れるような光を湛えた。

 守る。自分もアントワーヌも、仲間たちも。

 ルキフェルはエリオットから視線を外し、裁判席を見上げて鋭い語気で放つ。


「——言えない」


 ルキフェルの透き通るように澄んだ声が隅々まで行き渡ると、口跡良く伝わった言葉に法廷がどよめいた。


「黙秘するつもりか! それは被告人を庇うためでは——」

「証人には証言拒否の権利があります」


 検察官がルキフェルを睨んで声を荒げるが、弁護人が即座に割って入った。裁判官はルキフェルを暫し見つめ、騒ぎがひと段落したところで頷く。


「その通りだ。……ルキフェル。あなたには沈黙する権利がある。ただし、その沈黙が事件の重さを消すものではないことは理解しておきなさい」


 ルキフェルは頷くと証言台を降りた。背中に視線が刺さる。冷たい、重い。語らなかったことへの疑念と恐怖と好奇が痛い。ルキフェルは足を引き摺るように歩き、何とか参考人席に腰を下ろした。


「……よく倒れなかったな」

「顔色、死人みたいだったけど」


 マテオが流し目でルキフェルを見て、ジャスパーが鼻を鳴らす。


「でも、ちゃんと守り切ったね」

「大丈夫?」


 ニールはため息混じりに励まし、コリンが不安そうにルキフェルの顔を覗き込む。ルキフェルは顔を伏せた。心臓がまだ速い。喉も苦しい。


「……ああ」


 法廷がガヤガヤしそうになった瞬間、エリオットが立ち上がって証言台近くまで歩むと、片手を上げて裁判官を見上げた。


「今回の事件は、単純な法の問題ではありません。関係者の背景、動機、積み重ねられた過去。いずれも極めて複雑です。彼らの処遇については後日、別途審議の場を設けるべきでしょう」


 ルキフェルは喉を鳴らした。分かってしまう。あれは大元帥としての発言でもあるが、同時に息子を守るために立っている声でもあった。

 裁判官の視線がエリオットへ向いて何かを思い出したような顔を浮かべる。


「あっ」


 血筋、レオパード家、前夜に耳にした断片。裁判官は咳払いし、すぐに表情を引き締めると法廷に対して宣言した。


「……ルキフェルへの尋問は、ここまでとする」


 木槌が鳴る音がやけに遠く聞こえる。ルキフェルは俯いたまま呼吸を整えていた。表情は変わらない。少なくとも、外から見れば。

 彼の証言姿を、アントワーヌは目を伏せて思い返していた。


 ——言わなかった、あいつは。自分の秘密も、屋上で交わした会話も。


 アントワーヌは胸の奥から息を抜いて目を閉じた。

 ラウル、いやルキフェル。自分の前から消えたまま、もう二度と会えないと思っていた存在が今、自分の秘密を守るために彼らの視線の中へ立っていた。感謝と同時に胸の奥がひどく痛んだ。巻き込んでしまった。本来なら、海の向こうで自由に生きていられたはずの男を、自分の復讐へ。だが、後悔はなかった。もう戻れない。覚悟はとっくに決まっている。隊員たちを巻き込んで人が死んだ。グウェナエルも失われた。ソフィーの涙も見た上で、自分はここに立っている。ならば、最後まで背負うしかない。

 アントワーヌはゆっくり視線を上げた。裁判官、検察官、民衆。そして遠くの参考人席。ルキフェルの横顔が見える。


 ……ありがとう。


 一方、参考人席の空気はどこか張り詰めたままだった。ジョルジュとサミュエルが頷き合っている。


「……堂々としてたな」

「海賊なのに全然怯えて見えなかった。普通なら、あの空気だけで潰れる」

「肝据わってるよねぇ」


 ペネロペが感心したように囁き、周囲も頷いていた。法廷で堂々としていた海賊。秘密を抱えながらも沈黙を貫いた男。そんな風に見えているのだろうが、スザンヌだけは違って見えていた。彼女はじっとルキフェルの横顔を見つめている。


 無理をしていた。息の整え方、指先の力の入り方、視線を伏せるタイミング。全部、十年前を思い出す。あの日、海で助けてくれた少年。傷だらけの顔を見られまいとして必死に隠そうとしていた。見られることを恐れていた。今のルキフェルは、あの時と同じだった。表面だけ静かで、本当はひどく脆い。スザンヌは思わず唇を噛んだ。胸の奥が妙に騒がしくて苦しい隊長のことも気になる。リーダーとして自分たちを導いてきた人が、これからどんな裁きが下るのか。考えるだけで怖い。なのに、どうしてもルキフェルを見てしまう。

 諦めたはずだった。何度も、この想いは終わったのだと自分に言い聞かせてきた。海賊と海軍、立場も生き方も違う。それでも、さっき証言台へ向かう姿も、苦しそうに呼吸していたことも、それでも立ち続けたことも目に焼き付いて離れない。

 スザンヌはそっと目を伏せた。放っておけない。隊長もルキフェルも、どちらも。


 裁判官は長い沈黙のあと静かに書類を閉じた。彼の動作一つで法廷の空気が変わる。もうすぐ終わると誰もが本能的にそう悟った。


「本件は、被告人マクシミリアン・ブーケ及びその部隊による、大元帥暗殺未遂並びに襲撃事件である」


 裁判官の低く重い声が法廷に響いた。ルキフェルは膝に肘をついて指を組んでいる。彼の隣ではマテオが腕を組み、苛立ったように靴先を鳴らしていた。ジャスパーは眉間に深い皺を寄せ、ニールは目を伏せ、コリンが落ち着かなげに指を弄っている。裁判官の言葉は厳かに続いていく。国家反逆、復讐、被害、秩序、そして罪。一つ一つの単語が石みたいに重かった。


「——被告人マクシミリアン・ブーケに対し、死刑を言い渡す」


 その瞬間、法廷の空気が止まって弾けた。ルキフェルは一瞬呼吸を忘れて心臓が激しく動悸していく。


 死刑。今、確かにそう言った。頭では理解していたはずだった。この裁判が始まった時から、最悪の結末など分かりきっていた。国家反逆に大元帥暗殺未遂、生きて終わるはずがない。それでも実際に裁きが下された瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。

 幼馴染が、アントワーヌが国に殺される。その現実が遅れて身体の内側へ流れ込んでくる。


 ルキフェルは弾かれたように視線を上げた。被告席にアントワーヌがいる。叫びもしない、暴れもしない。静謐に判決を受け止めていた姿が余計に苦しかった。


「……ふざけやがって」


 マテオが舌打ちしたが、声に勢いがない。ジャスパーは奥歯を噛み締め、ニールは目をギュッと閉じて息を吐き、コリンが震える声を漏らす。


「……うそ」


 レオンが崩れるように肩を震わせて嗚咽を漏らす。


「アントワーヌ……っ」


 イヴォンがそんな彼の肩を支えるが、彼自身も表情を失っていた。


 被告席では、隊員たちもそれぞれ違う形で判決を受け止めていた。

 ダヴィットは唇を噛んで拳を握り締めている。副隊長として、最後まで立っていなければならない。そう分かっているのに視界の奥が滲む。

 リラは俯いたまま震えていた。副官として泣いてはいけないと思っているが、肩が小刻みに揺れていた。

 シャルルは片眼鏡の奥で目を閉じる。歴史を愛してきた男だった。英雄譚も国家も、栄光も。だが今、自分が見ているのは歴史ではない。一人の人間が壊れていく瞬間だ。

 ジョルジュは青ざめた顔で呆然とし、アニータは唇を押さえて必死に呼吸を整えている。

 リゼーヌは目を伏せたまま口を閉ざし、スザンヌはアントワーヌを見たあとにルキフェルへ視線を向けて息を呑んだ。ルキフェルの顔から血の気が引いている。翡翠色の瞳が被告席を見つめている。何かを失う瞬間を目の前で見せつけられているみたいに、いや実際に失おうとしているのだ。


 ——また守れなかった。


 ルキフェルの胸の奥で何度も自分の声が反響していた。フランソワ、アラン。失ってきた。手を伸ばしても届かなかった。止めたかった。復讐を、連鎖を。なのに、結局また自分の目の前で誰かが死ぬ。しかも、今度は幼馴染だ。あの夜に自分を見つけ、名前の綴りを教えて共にふざけ合った少年。長い年月の果てに再会した相手。それが今、国に殺されようとしている。泣きそうだったが、泣けなかった。ただただ息が詰まりそうなほど苦しかった。


 一方、エリオットもまたアントワーヌを見つめている。才能を認め、信頼もしていた。だからこそ、自分専用の部隊まで与えた。あの若い隊長なら海軍を変えられるかもしれない、とどこかで期待していた。が、ゼフィランサスという亡霊を抱えたまま復讐へ堕ちた。エリオットは深く息を吐く。法の裁きは下された。それでも、この青年をただの反逆者として切り捨てられない自分がいる。


 被告席、アントワーヌは前を見据えていた。死刑という言葉を聞いた瞬間、不思議なほど心は静かだった。怖くないわけじゃない。死にたくない。本当は、まだ。けれど、どこかで理解していた。自分が歩いた道の先にあるのは、こういう終わりだと。脳裏を過ぎるはゼフィランサス、島、笑い声、潮風。フランス海軍、ソフィー、隊員たち。ルキフェル。全部を抱えたまま、ここまで来た。そして今、ようやく終わる。復讐に燃え続けた人生が、胸の奥に残っていた炎が燃え尽きていく感覚があった。静かだった、驚くほどに。


 ——ああ、これで終われる。


 その時、アントワーヌは視線を感じて振り返るとルキフェルと目が合った。ルキフェルの壊れそうな顔を見るなり、アントワーヌは困ったように微笑む。


 ——そんな顔するなよ。お前は生きろ。今度こそ、復讐じゃなく誰かのために。誰かと一緒に生きてくれ。


 その時、裁判官が木槌を振り下ろして乾いた音を響かせた。


「被告人マクシミリアン・ブーケの死刑は後日執行する。——これをもって、本法廷を閉廷する」


 裁判官の重い音が響き渡った瞬間、張り詰めていた空気が一気に崩れて民衆が騒めき始める。すすり泣きと怒号、押し殺した声。兵士たちが動き出し、アントワーヌが立ち上がらされる。拘束具の鎖が鳴り、隊員たちの間に動揺が走った。


「隊長……!」


 ジョルジュの声が震え、リラが咄嗟に顔を上げた。ダヴィットは歯を食いしばる。シャルルは何か言おうとして結局声にならなかった。ルキフェルは立ち上がれなかった。身体が重い、遠ざかっていく幼馴染の背中を見つめることしかできない。何も持ち得ないはずの掌が半端に開いている。砂を上から垂らせば、サラサラと溢れ落ちそうだった。

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