第三章⑤ 五人組
その後、エリオット自ら五人を徒刑所内の宿泊区画へ案内した。牢とは違う。来客や来賓用なのだろう、小さいながらも清潔な部屋だった。ベッド、机、燭台。最低限だが、人間として扱われている空間が却って落ち着かない。
「早速、明日から尋問が始まる。辛いとは思うが、耐えて乗り切ってくれ」
エリオットが扉を閉めると、コリンが部屋を見回しながら呟く。
「……ほんとにここ使っていいの? もう色々と怖いんだけど」
「分かる」
ジャスパーが苦笑した。ニールは窓の外を確認し、マテオは部屋へ入った瞬間からずっと眉間に皺を寄せていた。ルキフェルは扉近くで立ち尽くしたまま動かない。頭の中で、さっきの話が何度も反響している。ルキフェルが深いため息を吐くと突然、脇腹に衝撃が入った。
「おい」
ルキフェルが顔を上げると、マテオが腕を組んで睨んでくる。
「辛気臭え顔して突っ立ってんじゃねえよ」
「……別に」
「別にじゃねえ、顔に出てる」
ルキフェルは舌打ちしてマテオから顔を逸らす。彼の沈黙を見て、ジャスパーが間に割って入るように声を上げる。
「ま、今日は考えんのやめとけ。どうせ明日も地獄だろうし」
「縁起悪いこと言わないで」
コリンが即座に返した。彼らのやり取りを聞きながら、ルキフェルは壁へ背を預ける。ニールが皆を振り返って小声で切り出した。
「……尋問だよね。多分、向こうは僕らの素性を探ってくる」
「そりゃそうだろ」
マテオが欠伸をしながら言い、ジャスパーはベッドへ腰掛けて指を組んだ。
「問題は、どこまで知られてるか」
ルキフェルが窓の外を見ている横で、コリンが不安そうに口を開く。
「……どうするの?」
ニールは顎に手を当てて思案すると人差し指を一本立てた。
「ルキフェル以外、フランス語は話さない方がいい」
「お、というと?」
コリンが目を瞬かせ、ニールは続けた。
「僕らはカスティーリャ語だけで押し切る。スペイン圏の海賊ってことにしておいた方が都合いい」
「なるほどねぇ。フランス海軍側から見りゃ、外国の海賊の方が扱いやすいってわけか」
ジャスパーがベッドに身を沈めて天井を仰ぎ、ニールは彼を流し目で見ながら言う。
「少なくとも余計な詮索は減る。今はルキフェルの問題だけでも厄介なんだ。これ以上、僕らの過去まで掘り返されるのはまずい」
マテオが鼻を鳴らした。
「オレは最初からそのつもりだった」
「いや、マテオは本当に喋れないだけでしょ」
「うるせえ」
コリンが即座に突っ込み、マテオが怪訝な顔をすると珍しく空気が緩んだ。が、ルキフェルだけは笑わず目を伏せてため息を吐く。
——結局、自分が原因だ。
レオパード家、裁判、王宮。すべてが自分を中心に動いている。そんな事実がずっと胸に沈澱していた。結局、トゥーロンで迎えた最初の夜は誰一人としてまともに眠れずに朝を迎える。
三日間、五人組の海賊たちは徒刑所内の宿泊部屋と、事情聴取室を行き来する生活を強いられていた。
「次、お前だ」
朝になれば監視兵がやって来る。短い命令と共に誰かが連れて行かれ、数時間後には疲れ切った顔で戻ってくるの繰り返し。事情聴取は想像以上にしつこかった。狭い部屋で机を挟み、役人や法廷関係者たちが並ぶ。記録係が羽根ペンを走らせる音がやけに耳についた。最初に呼ばれたのはジャスパーだ。
「貴様らはいつブレストへ来た?」
「何度も言ってるでしょ。おれたちは船で来たんだよ」
ジャスパーは椅子へ深く腰掛けたまま、面倒臭そうにカスティーリャ語で答える。
「その前はどこにいた」
「海」
「具体的に答えろ」
「だから海だって」
通訳役の兵士が眉間へ皺を寄せる。ジャスパーは終始へラリとした態度を崩さなかったが、琥珀色の瞳だけは一切笑っていない。質問の流れ、探られている部分を彼はずっと観察していた。
コリンは最初から不機嫌に椅子の上で脚を揺らし、苛立ったようにカスティーリャ語を吐き出す。
「だから、すでに戦い合ってたの! 犠牲も出てた! ぼくたちが行った時にはもう滅茶苦茶だったんだから!」
「その場で何を見た」
「血。剣。怒鳴り声。あと海軍」
「具体性に欠けるな」
「知らないよ、そんなの!」
役人の一人が露骨に顔を顰め、コリンは頬を膨らませるが、彼もまた決定的な部分には一切触れない。ルキフェルの出生、屋上での真実だけは絶対に口を割らない。ニールは最もまともだった。
「呼びかけても止まらなかった。僕らも剣を交えました。でも、誰一人として斬ってはいません」
「証明できるか」
「できません」
ニールの受け答えは淡々としているが、彼の冷静さが逆に役人たちを困らせた。
「君たちは海賊なのだろう」
「そうです」
「ならば何故、海軍へ協力した」
「協力したつもりはありません。止めたかっただけです」
ニールは真っ直ぐ相手を見て答え、記録係の羽根ペンの動きを止まらせた。役人たちは互いに顔を見合わせる。海賊らしくないが、嘘とも断定できない。そんな曖昧さが彼らを余計に苛立たせている。
マテオに関しては聴取自体が途中から半分喧嘩だった。
「だから、何言ってるかわかんねえって!」
通訳役の兵士が悲鳴のような声を上げ、マテオは腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「知らん」
カスティーリャ語しか通じない、しかも本人に協力する気が薄い。役人たちは何度も質問を変え、通訳を挟み直して疲弊していく。彼らの様子を見ながら、マテオは終始不機嫌そうだった。苛立っている。仲間が裁かれていることにも、ルキフェルが追い詰められていることにも。そして何より、この閉塞感そのものに。最後に呼ばれたのは、ルキフェルだった。彼は部屋へ入った瞬間、空気が変わって役人たちの目が違うものになる。海賊を見る目ではない、レオパード家の子息を見る目だった。
「……あの日、大元帥と被告人マクシミリアン・ブーケの元へ向かったと聞いている。事実か?」
ルキフェルは沈黙したあと「事実だ」とだけ答えた。
「何故向かった」
「……止めに来ただけだ」
「何を?」
「争いを」
「何故止めようとした?」
「……これ以上、死人を出したくなかった」
役人たちが顔を見合わせる。また同じだ。核心へ近づきそうになると答えが曖昧になる。
「屋上では何が起きていた?」
「戦ってた」
「誰と誰が」
「……色々だ」
記録係が露骨に困った顔をした。ルキフェル自身、分かっていた。まともな証言になっていないことくらい。だが、言えるわけがない。アントワーヌの秘密も、自分の出生も、エリオットとの関係も。すべて、この裁判だけでは終わらない話だからだ。役人の一人が疲れ切ったように額を押さえる。
「……また同じ答えか」
ルキフェルは何も言わず目を伏せるだけだった。
こうして三日が過ぎ、トゥーロンの裁判所が彼らを厳かな静寂へと誘って行く。




