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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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9. 初めての旅



翌朝。


「起きろ。そろそろ出るぞ」

エドガーの声で目を覚ました。


窓から差し込む光は、まだ少し薄い。

昨日の疲れが残っていて、まだベッドが恋しい。


「……もう朝?」

隣でリシアが眠そうに目をこする。

「うん。エドガーさん、もう準備してるみたい」

僕たちは急いで身支度を整え、外へ出た。


家の前には、昨日見た荷車が止まっている。

荷台にはいくつもの木箱や袋が積まれていた。


「おはようございます」

「おう。よく眠れたか?」

「はい」


エドガーは荷車の荷物を確認している。


「今日は隣町まで行く。そう遠くはないが、歩けば多少時間がかかる。子供が歩いて行くならなおさらな」


エドガーは笑った。

「だから荷車を使うんだ」


僕は荷車を眺める。

村では、荷物を運ぶときは人が背負うか、小さな台車を使うくらいだった。

これほど大きな荷車を使って、街と街を行き来するということ自体が新鮮だった。


「二人とも、荷物を積むのを手伝ってくれ」

「はい!」


僕とリシアは荷台の横に並んだ。

木箱を一つ持ち上げる。


「……重い」

「無理するなよ」


エドガーが笑う。


「重いものは二人で持て」

僕とリシアは顔を見合わせる。


「せーの!」

二人で木箱を持ち上げる。

昨日よりも少しだけ、身体が動く気がした。


村を出てから、ずっと走っていた。

逃げるために。


でも今日は違う。


自分たちの意思で歩く。


それだけのことが、少し不思議だった。





荷物を積み終えると、エドガーが御者台に座った。


「ほら、乗れ」

「僕たちも?」

「歩いて行くつもりか?」

「……乗ります」


僕とリシアは荷台の端に腰を下ろした。

エドガーが手綱を握る。


「じゃあ、行くぞ」

馬がゆっくりと歩き始める。


街の門を抜ける。


昨日までなら、街の外へ出ることすら怖かっただろう。

でも、リシアとエドガーが一緒にいる。

それだけで、少しだけ安心できた。


門を抜けると、景色が変わった。


街の外には畑が広がっている。

その向こうには森。

さらに遠くには、霞んだ山々が見えた。


「……広い」

思わず呟く。


「そうか?」

エドガーは前を向いたまま答える。


「お前たちは街の外をほとんど知らなかったんだったな」

「はい」

「だったら、これから色々見ればいい」


エドガーはそう言った。


「世界は思ってるよりずっと広いぞ」






街道をしばらく進む。


途中で何台もの荷車とすれ違った。


商人らしき人。

農作物を運ぶ人。

旅人。

兵士。


様々な人が同じ道を使っている。


僕はその光景を眺めながら、ふと疑問に思った。


「エドガーさん」

「ん?」

「どうして、みんな同じ道を通るんですか?」


エドガーは少し考える。

「簡単に言えば、この道を使ったほうが安全で早いからだ」

エドガーは街道の先を指差す。

「街と街は道で繋がっている。だから人も物も、この道を通って動く。そして、この道を歩いていれば兵士も巡回してくれているから、盗賊なんかに襲われる心配も少ない。それに、道が整備してあるおかげで荷台が運びやすいからな。」


「じゃあ、道を作ることが街を繋げることになるの?」

「その通り。この道のおかげで商人は仕事ができていると言っても過言じゃないな」


僕はその言葉を聞きながら、街道を眺めた。


今まで僕は、商人という仕事を知らなかった。


村では必要なもののほとんどが村の中にあった。

食べ物も。

道具も。

服も。


足りないものがあれば、大人たちが何とかしていた。


でも、この街では違う。


誰かが作ったものを、別の誰かが運ぶ。

そうやって人々の暮らしが繋がっている。


「……面白い」

僕が呟くと、エドガーが振り返った。


「何がだ?」

「みんな住んでいる場所が違っても、物を通して繋がってるんだなって」


エドガーは少し驚いたような顔をした。


「……そうだな」

そして、満足そうに笑った。


「少しは商人らしくなってきたじゃないか」







昼前。


街道沿いの小さな休憩所で荷車を止めた。


「ここで昼飯にするぞ」

エドガーが荷台からパンと干し肉を取り出す。


「隣町までは、あと少しだ」

僕とリシアは並んで座り、パンを食べ始めた。


すると、休憩所に別の商人が入ってきた。


「おう、エドガーじゃないか」

「久しぶりだな」


二人は顔見知りらしい。

少し話をしたあと、男が荷車の荷物について尋ねる。


「今回は何を持ってきた?」

「布と香草、それから塩だ」

「塩か。最近こっちは少し高くなってるぞ」

「そうなのか?」

「ああ。先月より仕入れが減ってるらしい」


エドガーは少し考え込む。


「……なるほどな」


僕は二人の会話を聞いていた。


値段。

どこで作られているのか。

どれくらい手に入るのか。

どれくらい欲しがる人がいるのか。


商人は、そんなことまで考えているらしい。






午後。


ようやく隣町が見えてきた。

街の規模は、昨日の街よりずっと小さい。

それでも、僕にとっては十分に大きかった。


「着いたぞ」

門を抜ける。


エドガーは荷車を一軒の建物の前へ止めた。


「ここが今日の取引先だ」

店の中から、恰幅のいい男が出てくる。


「エドガーさん、待ってましたよ」

「約束の品だ」

二人は荷物を確認しながら話を始める。

僕とリシアは少し離れたところで見ていた。


やがて取引が終わる。

エドガーが受け取った袋を確認する。


「これでよし」

「毎度ありがとうございます」


店主が頭を下げる。

エドガーも軽く手を上げた。


「じゃあ、次はそっちの商品を見せてもらおうか」

僕は思わずエドガーを見る。


「……エドガーさん」

「ん?」

「売ったら終わりじゃないんですね」


エドガーは笑った。


「それじゃあ商人は一日で終わっちまうだろ」

エドガーは店の中へ入っていく。


「売ったら、次に買うんだ」

「買ったら?」

「また別の場所で売る」

「……ずっと?」

「ああ」


エドガーは振り返る。


「それが商人ってもんだ」


僕はその言葉を聞いて、少しだけ笑った。


世界は広い。


そして、その広い世界を、人と物が行き交っている。


昨日まで何も知らなかった僕には、それがとても新鮮だった。





その日の夜。


取引を終えたエドガーと僕たちは、街の小さな宿に泊まった。


ベッドに横になる。


「今日は疲れたね」

リシアが呟く。


「うん」

でも、不思議と嫌な疲れではなかった。


「……明日は何するのかな」

「また仕事じゃない?」

「そっか」

リシアが笑う。


「なんだか、ちょっと楽しみ」


僕も頷いた。




村を失った悲しみが消えたわけじゃない。


父さんも母さんも。

村長も。

村のみんなも。


今でも思い出す。


それでも。

僕たちは進まなければいけない。


そのために、今は知らないことを知る。


できないことを、できるようにする。


そしていつか――


自分たちが安心して暮らせる場所を見つける。


そんなことを考えながら、僕は目を閉じた。



明日もまた、知らない場所へ行く。



それだけが、今の僕には少し楽しみだった。


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