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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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10. 商人の目



翌朝。


「起きろ。出発するぞ」


エドガーの声で目を覚ました。

窓の外を見ると、昨日と同じように朝日が街を照らしている。


「……もう朝?」

隣ではリシアが毛布にくるまったまま、眠そうに目をこすっていた。


「昨日も早かったけど、今日も早いね」

「商人は朝が早いんだよ」

部屋の外からエドガーの声が聞こえる。


僕たちは急いで身支度を整え、宿の外へ出た。


外では、エドガーがすでに荷車の準備をしていた。


「おはようございます」

「おう。よく眠れたか?」

「はい」

「それならよかった」


エドガーは荷車の荷台を指差した。


「今日も荷物を積むぞ」

「はい!」


昨日よりも、少しだけ手際よく動ける。

木箱を運び、袋を積み、荷崩れしないように並べていく。


「その箱は右だ」

「はい」

「その袋は下にしろ。軽いものを上にすると、揺れたときに落ちやすい」

「分かりました」


昨日までなら、ただ言われた通りに運んでいただけだった。

でも今日は、どうしてそこに置くのかまで少し分かる。


そんな小さなことが、なんだか嬉しかった。


「……昨日よりずいぶんマシになったな」

エドガーが笑う。


「本当ですか?」

「ああ。商人は荷物を積むのも仕事だからな」

「じゃあ、私たちも商人になってきた?」

リシアが尋ねる。


「まだまだだ」

エドガーは笑いながら荷車に乗り込んだ。



「商人ってのは、荷物を運ぶだけじゃない」

「じゃあ、何をするんですか?」

僕が尋ねると、エドガーは少し考えた。


「……人を見る」

「人?」

「ああ」

エドガーは手綱を握る。

馬が歩き始めた。


街を出る。


昨日と同じ街道を進んでいく。


しばらくすると、エドガーが前方を指差した。


「エイル」

「はい?」

「あの荷車を見てみろ」

前方から、一台の荷車がこちらへ向かってきていた。


「何が分かる?」

「……荷車が大きい?」

「それだけか?」


僕は目を凝らす。


荷車には大きな木箱が積まれている。

御者は一人。

服は少し汚れている。

車輪には泥がついていた。


「……遠くから来た?」

「どうしてそう思った?」

「車輪に泥がついてるから……」

「悪くない」


エドガーは頷いた。


「ただ、それだけじゃない」

「じゃあ……」


僕はもう一度、荷車を見る。


「荷物が多いから……たくさん売るものを持ってる?」

「それもあるな」

「……分からないです」


エドガーは笑った。


「最初から分かる奴なんていない」

そして、荷車とすれ違った。


「商人はな、商品だけ見てちゃいけない、人も見るんだ」

エドガーは続ける。


「どこから来たのか。何を持っているのか。何を欲しがっているのか」

「それが分かれば、商売がしやすいんですか?」

「ああ」

「……人のことを、そんなに見るんだ」


リシアが少し不思議そうに言う。


エドガーは苦笑した。


「別に悪い意味じゃないぞ。相手のことを知れば、相手が何を必要としているのか分かる」

手綱を握りながら、エドガーが続ける。


「それが分かれば、俺たちが持っているものを売れる」

「なるほど……」


僕は街道の先を見る。

村にいた頃は、人のことをこんな風に考えたことはなかった。


誰が何を欲しがっているのか。

誰が何を持っているのか。

そんなことを考える必要がなかったからだ。


でも、ここでは違う。


人が違えば、必要なものも違う。

街が違えば、足りないものも違う。

その間を繋ぐのが、商人なのかもしれない。





昼前。


街道沿いの小さな休憩所で、エドガーが荷車を止めた。


「少し休むぞ」


僕たちは荷台から降りる。


そのときだった。


「誰か、手を貸してくれ!」

少し離れたところから声が聞こえた。


見ると、一台の荷車が道端に止まっている。

荷車の横では、三十代くらいの男が困った顔をしていた。


「どうしたんですか?」

リシアが尋ねる。


「車輪が壊れちまってな」

男が車輪を指差す。


木製の車輪の一部が割れていた。


「見せてみろ」

エドガーが近づく。

男が少し驚いた顔をする。


「直せるのか?」

「部品が合えばな」

エドガーは荷車を確認する。

それから自分の荷車へ戻り、積んでいた木箱の一つを開けた。

中から木製の部品を取り出す。


「これなら使える」

「本当か?」

「ああ」


エドガーは手早く修理を始めた。

僕たちも言われた通りに手伝う。


しばらくして、壊れていた車輪が動くようになった。


「助かった!」

男は何度も頭を下げる。


「本当にありがとう」

「礼はいい」

エドガーは立ち上がった。


「ただし、部品代はもらうぞ」

「あぁ、もちろんだ!」


僕は少し驚いた。


「エドガーさん」

「ん?」

「助けたのに、お金を取るんですか?」


エドガーは一瞬きょとんとしたあとに、軽く笑う。


「俺だって生活しなきゃならんからな」

エドガーは修理に使った部品を指差す。


「これは俺が金を払って仕入れたものだ。それを渡したんだから、その分の金をもらう」


エドガーは男を見る。

「相手は困っていた、そして俺は必要なものを持っていたから貨幣と交換した」


僕は少し考える。


「……それが商売?」

「ああ」

エドガーは頷いた。


「商売ってのは、相手を騙して金を取ることじゃない。自分にも相手にも、得になることを探すんだ」


その言葉が、妙に心に残った。





その日の夜。


宿の食堂で、三人で食事をしていた。

リシアがエドガーに尋ねる。


「エドガーさんは、どうして商人になったの?」

「どうしてって?」

「ずっと商人だったんですか?」

エドガーは少しだけ黙った。


「いや」

やがて、昔を思い出すように笑う。


「俺も最初から商人だったわけじゃないさ、若い頃は色んな仕事をした。色んな街にも行った」

エドガーは手に持っているパンを皿に置く。

「その中で、商売を覚えたんだ。失敗もしたし、騙されたこともある」

「嫌にならなかったんですか?」

リシアが不思議そうに尋ねる。


「何度もなったさ」

エドガーは笑った。


「それでも、知らない街へ行くのは楽しかった。知らないものを見るのも、知らない人と話すのもな」



僕はその言葉を聞いて、ふと考えた。


知らない街。

知らない人。

知らない暮らし。


僕たちは村を出てから、毎日そんなものばかり見ている。


怖いこともある。

知らないことばかりで不安になることもある。


それでも――


少しだけ、面白いと思い始めていた。





その夜。


宿の部屋。

ベッドに横になりながら、僕はリシアに話しかけた。


「ねえ、リシア」

「なに?」

「今日、色んな街の話を聞いたけどさ」

「うん」

「この世界には、僕たちが知らない場所がたくさんあるんだね」

「そうだね」


リシアが天井を見上げる。


「私たちの村より大きな街もあったし」

「うん」

「もっと大きな街もあるのかな」

「きっとある」


少し沈黙したあと、リシアが続ける。


「……エイルは、これからどうしたい?」

「どうって?」

「ずっとエドガーさんの元で働き続ける?」


僕は答えられなかった。


村はもうない。

帰る場所もない。


だからといって、どこかの街で暮らせばいいとも思えなかった。


しばらく考えてから、僕は口を開いた。


「……自分たちで作りたい」

「何を?」

「僕たちが住む場所」


リシアが僕を見る。


「誰かに追い出されず、誰にも怯えなくていい場所」

僕は続ける。


「みんなが、自分の家だって思える場所」


まだ十歳の僕には、それがどれほど難しいことなのか分からなかった。

村を作るなんて、考えたこともない。


ただ――


もう、誰かに奪われるのは嫌だった。


リシアはしばらく僕を見つめていた。

そして、少しだけ笑う。


「じゃあ、私も一緒に作る」

「……うん」


僕も笑った。



翌朝。


エドガーが地図を広げていた。


「次はここへ行く」

指差した先には、いくつかの街が記されている。


「この先に少し大きな街がある。ここでは珍しい商品も多く集まる。しばらく滞在することになるだろうな」


僕は地図を覗き込む。


見たことのない名前。

見たことのない道。

その先に、まだ知らない人たちがいる。


僕は地図を見つめながら思った。


この旅で、もっと色んなことを知ろう。

色んな街を見よう。

色んな人と出会おう。



そしていつか――



自分たちが安心して暮らせる場所を見つける。


それがいつになるのかは、まだ分からない。



けれど。


僕たちの旅は、始まったばかりだった。



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