11. 知らない種族
朝。
街を出た僕たちは、再び街道を歩いていた。
エドガーの荷車には、昨日仕入れた商品が積まれている。
僕とリシアは、その横を歩きながら荷物を確認していた。
「エイル、その箱はそっちじゃない」
「え?」
「布はこっちだ。湿気を吸うと傷む」
「……分かりました」
言われた通りに箱を移動させる。
最初は何も分からなかった。
どの商品が重いのか。
どれを上に積んではいけないのか。
どの商品が壊れやすいのか。
でも、エドガーと旅を始めてから、少しずつ覚えてきた。
「商人って、思ってたより大変なんですね」
リシアが荷車を見ながら呟く。
「そうか?」
前を歩いていたエドガーが振り返る。
「荷物を運んで、売って、それで終わりじゃないんですよね」
「よく分かってきたじゃないか」
エドガーは笑った。
「同じ商品でも、街によって値段が違う。季節によっても変わる。どこで何が不足しているか、それを考えて商品を運ぶんだ」
僕は少しだけ考えた。
村にいた頃には、そんなことを考えたこともなかった。
必要なものは、村の中で作る。
それが当たり前だった。
街には村にないものがたくさんある。
そして、それらは誰かが遠くから運んできたものだった。
世界は、自分が思っていたよりずっと広い。
そんなことを、少しずつ知っていった。
昼を少し過ぎた頃。
街道の向こうから、何人かの人影が見えてきた。
荷車を引く商人たちではない。
ゆっくりと歩いている。
近づくにつれて、その姿がはっきりしてきた。
人間とは少し違う。
獣の耳を持つ者。
人間より大きな身体をした者。
肌の色が違う者。
様々な姿をした者たちが、一つの集団になって歩いていた。
僕は思わず足を止める。
「……あの人たちも、亜人?」
エドガーが一瞬だけこちらを見る。
ほんのわずかに間があった。
「…そうだな」
それだけだった。
僕はもう一度、その人たちを見る。
彼らは街道の端を歩いていた。
その横を、人間の商人たちが通り過ぎていく。
誰も声をかけない。
中には、露骨に顔をしかめている人もいた。
「……どうして、あの人たちは端を歩いてるんですか?」
エドガーは少し黙った。
「別に、そういう決まりがあるわけじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「……そういう空気があるんだろうな」
「空気?」
「人間の中には、亜人を嫌う奴も多い」
僕の胸が少し痛んだ。
昨日、街で聞いた言葉を思い出す。
――亜人の集落が襲われた。
――王国軍が関わっている。
僕は俯いた。
「……亜人って、みんな嫌われているんですか?」
「そうでもない」
エドガーはすぐに答えた。
「種族によっても違うし、人によっても違う」
「……そうなんですね」
「人間だって同じだろ」
エドガーは前を向いたまま続けた。
「良い奴もいれば、悪い奴もいる。それだけだ」
その言葉を聞いて、僕は少しだけ安心した。
エドガーはまた歩き始める。
ふと、僕は少し不思議に思った。
エドガーは、僕たちのことをほとんと詮索してこない。
どこから来たのか。
親はどうしたのか。
なぜ二人で暮らしているのか。
僕たちは王国に暮らしている人と比べると、耳の形や髪の色が違うように感じる。
それにエドガーが気づいてないとは思えない。
まるで、僕たちが話したくないことには触れないようにしているみたいだった。
リシアを見る。
リシアもエドガーの背中を見つめていた。
そして、小さく笑った。
「……いい人だね」
「うん」
僕も頷いた。
その日の夕方。
僕たちは一つの街へ到着した。
これまで訪れた街よりも大きい。
街門をくぐった瞬間、様々な匂いが混ざり合って鼻を刺激した。
焼いた肉。
魚。
香辛料。
木材。
そして、どこか甘い匂い。
「ここでは何を売るんですか?」
僕が聞くと、エドガーは荷車を止めながら答えた。
「今回は布と日用品が中心だな」
「また明日も仕事?」
「もちろん」
エドガーは笑った。
「商人ってのは、休んでばかりじゃ食っていけないんだ」
「大変ですね」
「何言ってんだ、お前たちも手伝ってくれるんだろ?」
「もちろんです」
僕とリシアは頷いた。
荷物を下ろし、宿へ向かう。
その途中だった。
ふと、街の一角に僕たちと同じくらいの子供が一人で立っていた。
何かを売っているらしい。
エドガーは特に気にせず通り過ぎようとした。
けれど。
僕は、その人だかりの少なさに気づいた。
人がたくさん通り過ぎるのに、誰も商品を買っていない。
「……エドガー」
「ん?」
「あそこ、何を売ってるんでしょうか?」
エドガーが目を向ける。
「糸だな」
「糸?」
僕は少し興味を持った。
人の流れの間から覗いてみる。
そこには、一人の少女が座っていた。
周りの人間とは明らかに違う特徴を持っていた。
黒くて長い髪。
肌には、細い糸が絡み合ったような黒い模様が浮かんでいる。
その前に並べられているのは、粗末な糸の束。
細かったり。
太かったり。
ところどころ毛羽立っていたり。
あまり綺麗とは言えない。
少女は、それでも一生懸命に声をかけていた。
「糸……いかがですか」
通り過ぎる人に、何度も頭を下げる。
けれど、誰も足を止めない。
一人の男が糸を手に取った。
「……これじゃあな」
「す、すみません……」
男は首を振って、そのまま立ち去った。
少女は落ち込んだ様子を見せながらも、また別の客へ声をかける。
「糸、いかがですか……」
僕は、その姿から目を離せなかった。
「……あまり売れてないみたいですね」
エドガーが少女を見た。
「まあな」
「そんなに悪い糸なのでしょうか?」
エドガーが目を細める。
「……遠目から見た感じだが、あまり良くない」
「そうなんですか?」
「ああ。糸として使えなくはない。ただ、これならもっと安い糸が他にもある」
僕は少女を見る。
売れない。
それでも、彼女は諦めていない。
何度断られても、また糸を並べ直している。
エドガーは僕を見る。
「買うのか?」
「……」
僕は袋の中を確認した。
ガルドからもらった硬貨がまだ少し残っている。
これを使えば、食事もできる。
宿代にもなる。
それでも――
僕は少女の前へ歩き出した。
「これ」
少女が顔を上げる。
「……はい?」
「この糸、見せてもらってもいい?」
少女は驚いたように目を見開いた。
「……はい! もちろん、です」
僕は糸を手に取った。
荒い。
思ったより太さもバラバラで、でこぼこしている。
でも、触ってみると不思議な感触があった。
「これ……どうやって作ったの?」
少女は少しだけ戸惑う。
それから、自分の指先を見せた。
「……ここから、出します」
「ここから?」
僕は目を丸くした。
少女の指先には、本当に細い糸が一本だけ伸びていた。
それは、蜘蛛の糸のように細かった。
「このままだと細すぎて使えないので……お湯で柔らかくしてから、何本もまとめて練るんです」
「……すごい」
少女は少し恥ずかしそうに俯いた。
「でも……これくらいしか、作れなくて」
その声には、諦めが混じっていた。
僕はもう一度、手の中の糸を見る。
「これ、全部ください」
少女が顔を上げた。
「……え?」
「僕に買わせてください」
少女は、信じられないものを見るような顔をしていた。




