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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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12. 糸を売る少女



「これ、全部ください」


少女が顔を上げた。


「……え?」

「僕に買わせてください」

少女は、しばらく何も言わなかった。


まるで、僕の言葉の意味が分からないようだった。


「……全部、ですか?」

「はい」

僕は頷いた。


少女は目の前に並べた糸を見渡す。

細いもの。

太いもの。

ところどころ毛羽立ったもの。


どれも、さっきまで誰にも見向きもされなかったものだ。


「……本当に?」

「はい」

少女は何度か僕の顔を見た。


「……ありがとうございます」


小さな声だった。

けれど、その声にはさっきまでなかった喜びがあった。


少女は糸を一つずつ丁寧にまとめ始める。

その様子を見ていると、後ろからエドガーの声が聞こえた。


「エイル」

「はい?」

「本当に全部買うのか?」

「もちろんです」

「一応言っておくが、商品として見れば、あまり質のいい糸じゃないぞ」

「……分かっています」


僕は手の中の糸を見る。


「それでも、僕はこの糸を買いたいと思ったんです」


エドガーはしばらく僕を見つめた。

やがて、小さく息を吐く。


「……まあ、お前の金だ。好きにするといい」

「ありがとうございます」


僕は袋から硬貨を取り出した。


ガルドからもらったもの。

あの夜からずっと、大切に持っていたお金だった。

それを一枚ずつ数えて、少女へ渡す。

少女は受け取った硬貨を何度も確認していた。


「……こんなに」

「足りませんか?」

「い、いえ!」


少女は慌てて首を振る。


「十分です。こんなにたくさん買っていただいたのは、初めてなので……」

その言葉を聞いて、僕は少しだけ胸が痛くなった。


「……そうなんですね」

少女は頷いた。


「いつも、少ししか売れなくて…」

「…それでも、この仕事を続けていたんですね」

「はい」

少女は少しだけ笑った。


「糸を作るのが、私の仕事ですから」


     





宿に戻ると、エドガーは買った糸を机の上に広げた。


「改めて見ても、やっぱり均一じゃないな」


一本を指でつまみ、軽く引っ張る。


「強度もそれほど高くない」

「そんなに悪いんですか?」

「普通の糸と比べればな」

エドガーは糸を眺める。


「だが……」

「?」

「作り方そのものは面白い」

僕は顔を上げた。


「どういうことですか?」

「さっきの娘、指先から糸を出していただろ?」

「はい」

「俺はああいうのを見るのは初めてだ。少なくとも、普通の人間にはできない」


リシアが糸を見ながら呟く。


「亜人だから……ですか?」

「おそらくな」

エドガーはそれ以上、詳しくは言わなかった。


僕は糸を一本手に取る。

さっき少女が見せてくれた糸は、蜘蛛の糸みたいに細かった。


「細い糸を何本もまとめて、普通の糸にしているんですよね」

「ああ」

「だったら……」


僕は糸を指先で転がす。


「もっとたくさん作れたら、もっと丈夫な糸も作れるんでしょうか?」


エドガーは少し考えた。


「理屈ではそうかもしれないな。だか、あの少女を見るに一度にたくさんの糸は作れないんじゃないか?」

エドガーは肩をすくめながら続ける。


「まあ、俺も詳しく話した訳ではないからただの憶測だがな」

「……そうですね」


僕は頷き、糸をしまった。


この時の僕には、それ以上のことは分からなかった。


ただ、アルネア人にとっては、これが当たり前の糸なのだと思った。


     




翌日。


エドガーたちは商品の売買のため、街の中を歩いていた。


この街にはしばらく滞在する予定だった。


次の街へ向かうための商品を揃えたり、今持っている商品を売ったりする必要があるらしい。


「エイル、これを店主に届けてきてくれ」

「分かりました」

「リシアはこっちを頼む」

「はい」


僕たちはそれぞれ別のお店へ、荷物を届けに向かった。


そして、エドガーから頼まれた仕事を終え、店を出る。


その帰り道だった。


昨日の少女を見かけた。


「……あ」


少女も僕に気づいたらしい。


「あの……」


少女がこちらへ近づいてくる。


「昨日は、ありがとうございました」

「いえ」

「買っていただいた糸……大丈夫でしたか?」

「まだ使っていません」

「そうですか……」


少女は少し安心したように笑った。


「僕、エイルです」

昨日はちゃんと名乗っていなかった。


「私はミレアです」

それが、少女の名前だった。

ミレアは少し恥ずかしそうに呟いた。


「エイルさんたちは、この街にしばらくいるんですか?」

「はい。エドガーさんが仕事を終えるまで、しばらく」

「そうなんですね」

「ミレアさんは、この街に住んでいるんですか?」

「いいえ。私は森の集落から来ています」

「集落?」

「はい。アルネア人の集落です」


僕は少し驚いた。


「アルネア人……」

初めて聞く名前だった。


ミレアは頷く。


「私たちは、みんな糸を作って暮らしているんです」

「みんな、指から糸が出るんですか?」

「はい」


そう言って、ミレアは自分の指先を見せた。

その先から、細い糸が一本伸びてくる。

僕は思わず見入ってしまった。


「すごい……」


ミレアは少し照れたように笑う。


「アルネア人ならこれくらい誰でもできますよ」

俯きながら、小さな声でそう呟く。


今まで、僕たちは同じ集落の人間としか関わってこなかった。



だからこそ、自分には何ができるのだろう。


そんなことを考えると、少しだけワクワクした。


     




それから数日。


僕たちは何度かミレアと顔を合わせた。

ミレアは街で糸を売っていた。

僕たちは仕事の合間に話をするようになった。


「アルネア人の集落って、どんなところなんですか?」

「森の中です。木がたくさんあって……静かなところですよ」


僕は自分たちの集落を思い出す。

少し寂しい気持ちになる。


「作物を育てたり、木の実を採ったり……たまに他の集落の人達と色々と交換したりしてました」


そう言って、指先から出した糸を見つめる。


「私たちが作る糸や紐を必要としてくれる方たちがいたので、みんな頑張って糸を作っていました」


ミレアは、なんだか嬉しそうな顔をしていた。




     


数日後。


エドガーの仕事も一段落し、そろそろ次の街へ向かうことになった。


荷車に荷物を積み込む。

僕とリシアも手伝っていた。


「エイル、これを頼む」

「はい」


最後の荷物を積み終えたところで、街の入口に人影が見えた。


ミレアだった。

僕は駆け寄った。


「ミレアさん、見送りに来てくれたんですか?」

「はい、色々とお世話になったので」

ミレアは少し笑った。


「こちらこそ、ありがとうございました」

僕は頭を下げた。


「糸、大切に使います」

「……はい」


ミレアは少しだけ俯いた。

そして、顔を上げる。


「また……会えますか?」

思わず、僕もミレアを見る。


「……きっと会えますよ」

自分でも、なぜそんなことを言ったのか分からなかった。


ミレアは少し驚いたあと、笑った。


「……次会う時には、もっと素敵な糸を作れるようにがんばりますね!」


エドガーが荷車から声をかける。


「エイル、そろそろ行くぞ」

「はい!」


僕はミレアに手を振った。


「それじゃあ!」

「お気をつけて」

僕とリシアは荷車へ戻った。


荷車がゆっくりと動き出す。

街を離れていく。

僕は振り返った。


ミレアはまだ、そこに立っていた。

小さく手を振っている。

僕も手を振り返す。


やがて、街並みの向こうに姿が見えなくなった。


「……気になるのか?」

隣からエドガーが言った。


「え?」

「いや」

エドガーは前を向いたまま笑っている。


「何でもない」


僕は少し考えた。


そして、もう一度後ろを見る。


「……また会える気がするんです」

「そうか」

エドガーは笑った。



「商人をやってるとな、妙な縁で再会することもある」



僕はその言葉を聞きながら、荷車に揺られていた。


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