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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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8. 商人の仕事



翌朝。


目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。


「……」


一瞬、どこにいるのか分からなかった。


木で作られた天井。

小さな窓から差し込む朝の光。

隣を見ると、リシアがまだ眠っている。


昨日までとは違う場所。

それを思い出した瞬間、胸の奥が少しだけ重くなった。


村はもうない。


それでも――


「起きたか?」

扉の向こうから声がした。

その声で、隣で眠っているリシアがもぞもぞと起き始める。


「……エドガーさん?」

「ああ。朝飯ができてるぞ」


僕とリシアは顔を見合わせる。


「……行こう」

「うん」


部屋を出ると、簡素な食事が用意されていた。


パンとスープ。

それに小さな干し肉が添えられている。


「遠慮せず食え。腹が減ってちゃ仕事にならん」


エドガーはそう言って、自分もパンをかじる。

僕たちは顔を見合わせたあと、夢中で食べ始めた。


「……おかわり、あるぞ」

「……いいんですか?」

「もちろんだ」

エドガーは笑った。


「働いてもらうんだ。飯くらい腹いっぱい食わせるさ」

その言葉が、妙に嬉しかった。






朝食を終えると、エドガーに連れられて街の中を歩いた。

昨日はただ人の多さに圧倒されていたが、改めて見ると、街には様々な店が並んでいる。


パン屋。

肉屋。

服を売る店。

道具を並べる店。


そして、大きな荷車が何台も行き交っていた。


「ここだ」

エドガーが足を止めた。


そこにあったのは、少し古びた建物だった。


大きな扉を開ける。

中には、たくさんの荷物が積まれていた。


袋。

木箱。

布で包まれた荷物。


見たことのないものばかりだ。


「ここが俺の仕事場だ」

「……これ、全部エドガーさんの?」

「まさか」

エドガーが笑う。


「俺が買ったものもあるが、預かってるものもある。商人ってのは、自分で作ったものを売るだけが仕事じゃないからな」


エドガーは一つの木箱を指差した。

「これは塩」


次に別の袋を指差す。

「こっちは乾燥させた香草だ」


さらに布で包まれた箱。

「これは遠くの街で作られた布」


僕は一つ一つを眺める。


「……こんなに、色んなものを売るんですか?」

「必要とする人がいるからな」


エドガーは肩をすくめる。


「商人ってのは、物を作るんじゃない。必要な場所へ、必要な物を運ぶ仕事だ」

「必要な場所へ……」

「そうだ」


エドガーは頷いた。

「例えば、この街じゃ塩が手に入りやすい。だから余った分を別の街へ持っていく。逆に、向こうの街でしか作れないものがあれば、今度はそれをこっちへ持ってくる」


僕は少し考える。


「商人って… 街と街を繋ぐ仕事なんですね」

「おっ」

エドガーが少し驚いた顔をする。


「なかなか分かってるじゃないか」


僕は少し照れくさくなった。





「じゃあ、まずこれを頼む」


エドガーが木箱を開ける。

中には小さな袋がいくつも入っていた。


「数を数えて、同じ種類ごとに分けてくれ」

「はい」


僕とリシアは並んで作業を始めた。


しかし――


「……これ、何が書いてあるの?」

「えっと…分からない…」

「どうしよう…僕も分からない…」


二人で顔を見合わせる。


エドガーが振り返った。


「お前たち、数は分かるよな?」

「はい」

「じゃあ何で止まってる?」

「この記号が……」


僕が指差したのは、袋に書かれた数字だった。


エドガーは一瞬黙った。


「……ああ」

そして、頭を抱えた。


「そういや、お前たちは文字も数字もほとんど知らないんだったな」

「すみません……」

「謝るな。知らないなら覚えればいい」


エドガーは紙を一枚取り出し、簡単な数字を書いていく。


「これは一。これは二。三、四、五……」


僕とリシアは真剣に紙を見つめた。


村では、物を数えることはあっても、こうして記号として数字を書くことはなかった。


それだけでも新鮮だった。


「商人はな、数を間違えたら大損する」


エドガーは笑う。


「一個足りないだけでも、積み重なれば大きな損になる。だから数字はちゃんと覚えろ」

「はい」


僕は紙に何度も数字を書いた。






昼頃。


一通りの仕事を終えたところで、エドガーが客の対応を始めた。


「エドガーさん、この前買った香草なんだがな」

店に入ってきた男が、不満そうな顔をしている。


「どうした?」

「前より高くなってないか?」

エドガーは眉を上げた。


「そうか?」

「そうだよ。前は銅貨八枚だっただろ」


エドガーは棚から帳簿を取り出した。

「ちょっと待ってくれ」

ページをめくる。


「……前回も銀貨一枚だな」

「いや、そんなはずは――」


男が言葉を濁す。

僕はその男の顔を見た。


「……その人、嘘(・)を(・)つ(・)い(・)て(・)る(・)」


思わず口から出た。


男がこちらを見る。

「なんだ、このガキは」


エドガーも僕を見る。

「エイル?」


しまった。

僕は慌てて口を閉じた。

男は不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「子供のくせに何を――」

「まあまあ」

エドガーが間に入った。

そして帳簿を閉じる。


「今回は迷惑料として銅貨八枚でいい。次からは帳簿通り銀貨一枚。これで勘弁してくれ」

「……ちっ」


男は不満そうに店を出ていった。

扉が閉まる。


エドガーはしばらく黙っていた。


「……エイル」

「はい」

「どうして分かった?」


僕は答えに困った。


「……顔を見たら」

「顔?」

「なんとなく……嘘をついてるって」


エドガーは僕の顔をじっと見る。


でも、それ以上は聞かなかった。


「そうか」

それだけ言って、仕事に戻った。


ただ、その目には少しだけ考え込むような色が浮かんでいた。





夕方。


仕事を終えると、僕たちはエドガーの用意してくれた食事を三人で囲んだ。


「今日はどうだった?」

「疲れました」

リシアが即答すると、エドガーが笑った。


「ははは。最初はそんなもんだ」


僕も小さく笑う。


昨日までは、明日のことなんて考えられなかった。


村を失って。

逃げて。

追われているかもしれなくて。

ただ、生きることだけを考えていた。


でも今は違う。


今日覚えた数字。

今日運んだ荷物。

今日出会った人。


ほんの少しだけど、知らなかった世界を知ることができた。


「……エドガーさん」

「ん?」

「商人って、色んな街に行くんですよね?」

「ああ」


「……僕も、色んな場所を見てみたいです」


エドガーは少し意外そうな顔をした。


そして、にやりと笑う。


「そうか」

エドガーは椅子に背を預ける。


「だったら明日から、もう少し商人らしい仕事をしてみるか」

「商人らしい仕事?」

「ああ」


エドガーは窓の外を見る。


「明日はこの街を出る」

「……!」


リシアが目を輝かせる。


「どこに行くんですか?」

「隣の街だ」


エドガーは笑った。


「荷物を届けに行く。ついでに向こうから商品を仕入れてくる」

僕は思わず身を乗り出した。


「街の外……」

「怖いか?」

「……少し」


正直に答える。

エドガーは笑った。

「それでいい。怖いって思える奴のほうが、旅では長生きする」


そして、立ち上がる。


「明日の朝は早いぞ。今日はもう寝ろ」

「はい!」


僕とリシアは顔を見合わせる。


村を出てから初めてだった。

明日の朝が来るのが、少しだけ楽しみだと思えたのは。


僕たちは、まだ何も知らない。

この街の外に、どんな世界が広がっているのか。

どんな人たちがいるのか。


そして――


自分たちが、これからどんな人生を歩むことになるのか。


何も知らないまま。


僕たちはエドガーとともに、新しい一歩を踏み出そうとしていた。


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