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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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7. 街の片隅で



人混みの中を、僕とリシアは歩いていた。

さっき聞いた男たちの会話が、頭から離れない。


 ――亜人の集落が襲われた。

 ――王国軍が関わっている。


僕たちのことを知っている人が、この街にもいるかもしれない。

そう考えると、すれ違う一人一人が怖く見える。


「……エイル」

リシアが小さな声で呼ぶ。


「なに?」

「手、離さないでね」

僕は握っていた手に、少しだけ力を込めた。


村では、こんなことを考えたことなんてなかった。

誰が敵で、誰が味方なのか。

誰を信じていいのか。

そんなことを考える必要すらなかった。


でも、今は違う。


僕たちには、帰る場所がない。


それどころか、追われているかもしれない。


しばらく歩いたところで、リシアが立ち止まった。


「……これから、どうするの?」

「……」


答えられなかった。

僕だって知りたい。

どこへ行けばいいのか。

何をすればいいのか。


村に戻ることはできない。

この街にずっといることもできない。

それでも、今すぐどこかへ行くあてもなかった。


「……とりあえず」

僕は言葉を探す。


「まずは、今日を生き延びなきゃ」


リシアは少しだけ考えてから、頷いた。


「……うん」


まずは、生きる。

それだけで精一杯だった。


     



街の中を歩き回って、ようやく分かった。

この街で暮らすには、お金がいる。


食べ物を買うにも。

寝る場所を借りるにも。

何をするにも、お金が必要だった。


「宿……高いね」

宿屋の前で、リシアが小さく呟く。

ガルドからもらった銀貨はある。

でも、これを使い続ければいつかなくなる。


なくなったら、どうなる?


その先のことを考えると、怖くなった。


「仕事……探してみる?」

「子供二人で?」

「聞くだけ聞いてみよう」


僕たちは何軒かの店を回った。


けれど、結果は同じだった。


「親御さんはどうした?」

「子供だけじゃ雇えないよ」

「危ない仕事だから、帰りな」

誰も僕たちを悪く言っているわけではない。



どうしていいのか分からなかった。

村では、子供が一人で生きていく必要なんてなかった。


大人がいて。

家があって。

食べるものがあった。

それが、当たり前だった。


その当たり前が、今は全部なくなっている。




夕方になった。


結局、仕事も寝る場所も見つからないまま、僕たちは街の外れまで来ていた。


「今日は、ここで寝るしかないかな」

人通りの少ない建物の陰を見ながら言う。


リシアが頷いた。

「……うん」



その時だった。


「おい、君たち」


後ろから声をかけられた。

振り返る。

そこには、見知らぬ男が立っていた。

年齢は三十代くらいだろうか。

人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている。


「こんなところで何してるんだ?」

「……」

「親とはぐれたのか?」

 

僕は黙った。


男はしゃがみ込み、僕たちと目線を合わせる。


「心配しなくていい。俺が安全な場所へ連れていってやる」


優しい声だった。

僕は男の顔を見る。



…あぁ、嘘(・)だ(・)。



「エイル」

リシアが僕の服を掴んだ。

なにか感じ取ったのだろう。


リシアは男から目を逸らした。


僕はもう一度、男を見る。


「大丈夫です。自分たちで何とかします」

「そうか?」

男の笑顔が少しだけ崩れた。


「子供だけじゃ大変だぞ」

「それでも、大丈夫です」

男はしばらく僕たちを見つめていた。


冷や汗が止まらない。


「…(・)怒(・)っ(・)て(・)る(・)」

リシアが耳元で小さく囁く。


このままだと、何をされるかわからない…

僕はリシアの手を引っ張り、路地裏に急いで走り出す。


「あ!こらまて…!」


男の足音が聞こえなくなるまで、僕たちは走り続けた。


     



夜。


街の外れにある建物の陰で、僕たちは身を寄せていた。


空を見上げる。

村にいた頃なら、とっくに眠っている時間だった。


「……村にいた時は、こんなこと考えたことなかったね」

リシアが呟く。

「うん」

「これからどうしよう…」

「……分からない」


正直に答える。

しばらく沈黙が続いた。


やがて、僕は口を開いた。


「…でも、生きなきゃ」


父さん、母さん、リシアの両親、村長、村のみんな。

みんなの顔が浮かんでくる。


僕は拳を握る。

リシアは何も言わなかった。

ただ、僕の手を握った。



その手は、まだ少し震えていた。


     



翌朝。


僕たちは再び街へ出た。

昨夜のこともあり、不安が付き纏う。

周りの人達の顔色を伺うようにしながら歩いている。


そんな時だった。


「おっと!」


前方から声が聞こえた。

荷物を積んだ荷車の横で、一人の男がしゃがみ込んでいる。

どうやら荷物が落ちたらしい。


僕はリシアと顔を見合わせる。


「手伝おう」

「うん」

 二人で駆け寄る。


「おじさん、これ?」

「おお、悪いな」


僕は落ちた袋を拾い上げる。

思っていたよりずっと重い。


「よいしょ……」

「おいおい、大丈夫か?」

「大丈夫です」


なんとか二人で荷車まで運ぶ。

男は僕たちを見て、少し驚いたような顔をした。


「助かったよ、腰を痛めてたから拾うのが大変でなぁ」

男は荷物を確認しながら、ふと僕たちを見る。


「……君たち、親はどうした?」

僕の体が固まった。

男はすぐに何かを察したのか、それ以上は聞かなかった。


「悪かったな。変なこと聞いちまった」

「……いえ」

男は荷車に腰を預ける。


「それにしても、子供二人でこんなところを歩いてるなんて珍しいな」

「……」


「仕事でも探してるのか?」


 僕は少し迷った。

「……はい」

「そうか」


 男は顎に手を当てる。


「十歳くらいか?」

「……そうです」

「なるほどな」

 男は僕たちをじっと見た。


「名前は?」

僕とリシアは顔を見合せた。

お互い、この男性に怪しい雰囲気は感じられなかった。

「僕はエイル。こっちはリシア」

「そうか、俺はエドガーだ」


エドガーは少し考えたあと、口を開く。

「仕事を探してるなら、俺のところで働いてみるか?」

「……僕たちが?」

「ああ」


リシアが不安そうに僕を見る。

僕もエドガーを見る。


…嘘(・)は(・)な(・)い(・)。


少なくとも、騙そうとしているようには感じなかった。


リシアも、しばらくエドガーを見つめている。

そして、小さく頷いた。


「…ぜひ、よろしくお願いします」


エドガーは笑った。

「よし、決まりだ」

「でも、僕たち……何もできません」

「最初から何でもできる奴なんていないさ」

エドガーは荷車を指差した。


「荷物運びくらいならできるだろ?」


エドガーは歩き出す。


「それと――」


少し振り返る。


「飯くらいは食わせてやる。寝る場所も何とかしてやる」


僕は思わずリシアを見る。

リシアも僕を見て、少しだけ笑った。


村を出てから初めてだった。


明日のことを考えてもいいと思えたのは。



僕たちは、エドガーの後を追って歩き出した。


人で溢れた街の中へ。


まだ何も知らない僕たちの、新しい生活へ。




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