65. 第二の大工事
ファルナの大改修が始まる朝。
空がまだ明るくなりきらないうちから、リーヴァの広場には人が集まり始めていた。荷台を付けたグラウスの周りでは、道具や食料を積み込む人たちが忙しく動いている。
「その袋はこっち。魚は潰れないように上に載せて」
リシアが荷物を確かめながら声をかける。昨日街から買ってきた穀物や豆も、一部はさっそくファルナへ運ぶことになった。全部を一度に持っていくのではなく、必要な分を少しずつ運びながら使っていく。ナギさんたちは夜明け前から海に出ていて、最初の魚はもう届いていた。
「今日から毎日こんな感じになるのかな」
隣で荷物を持ち上げていたフィアが、広場を見回して言う。
「しばらくはそうなりそうですね」
「楽しそうだからいいけどね」
笑いながら袋を抱え、フィアはそのままグラウスの荷台へ向かった。
工事へ向かう人もいれば、リーヴァに残る人もいる。漁に出る人、森で食べられるものを集める人、炊事の支度をする人、ファルナとリーヴァの間を何度も往復する人。全員が同じ仕事をするわけではない。今日から一月半、工事に行かない人たちも、それぞれの場所からファルナを支えることになる。
準備が整ったところで、僕たちも出発した。
ファルナの入口に着くと、そこはもう普段の景色ではなかった。ダグラから来た人たちが、道の脇に荷物を置いて集まっている。数えてみると、本当に多い。
「……二十七人いるね」
同じことを考えていたらしく、リシアが小声で言った。
僕たちに気づいたギランさんが、大きく手を振る。
「遅かったな!」
「こっちはリーヴァから来たんですよ」
「分かってる分かってる!」
声まで大きい。その周りでは、前の道路工事で見た顔が何人も笑っていた。
「今日は魚あるんだろうな?」
「前より人数多いぞ。足りるのか?」
口々に飛んでくる声に、少し離れたところにいたナギさんが笑って答える。
「今日は朝から獲ってきたよ。心配しなくてもちゃんとある」
「よし!」
本気で喜んでいる。ギランさんが肩を揺らした。
「だから言っただろ。前の連中が喋りすぎたんだよ」
「食べ物の話ばっかりじゃないですか」
僕が言うと、近くにいたドゥルガ人が笑った。
「ちゃんと仕事の話もしてたぞ。働いた分はきっちり返してくれるってな」
その言葉に、胸のあたりが少し暖かくなる。
美味しい食事の話に混じって、そんなことまでダグラへ伝わっていたらしい。前に一緒に働いたことが、そのまま次の仕事につながっている。
セナはすでにファルナ側の人たちを集めていた。
「全員揃ったな」
集まった顔を見渡す。
ダグラから来た二十七人に、リーヴァから参加するドゥルガ人十三人も加わっている。そこへ男性アルネア人やフェル人、それに僕たちまで集まり、普段のファルナでは見ない人数になっていた。
「細かいことは現場で決める。フェルは土地を見ながら場所を示してくれ。ドゥルガはそれに合わせて開いていこう」
ガドさんも横で頷く。
「水路と道は先に通す。建物は手が空いたところから始めるぞ」
「よし、やるか!」
誰かが声を上げ、あちこちから返事が重なった。
前の道路工事の時にも、似た空気があった。みんなで一つのことを始める時にだけ生まれる、どこか浮ついた熱気だ。その中に自分もいると思うと、身体が自然と軽くなった。
人の輪がほどけ、それぞれの持ち場へ散っていく。ガドさんたちは水路の方へ、ギランさんたちは大きな木の残る場所へ。フィアとルダはフェル人たちを連れ、畑にする範囲をもう一度確かめている。キアは朝からカルウスやグラウスの様子を見ながら、飼育に使う土地をセナと確認していた。
僕とリシアは、近くで手が足りないところを手伝うことにした。
最初に向かったのは水路の予定地だった。何人ものドゥルガ人がもう地面を掘り始めていて、少し先では切り倒した木を動かす支度が進んでいる。
「そっち、もう少し上げて」
声の方を見ると、メイルさんたち男性アルネア人が太い木材の周りに集まっていた。何本もの糸が幹に巻かれ、ずれないように固定されている。ドゥルガ人が糸の張りを確かめ、「よし、このまま引けるぞ」と声をかけた。グラウスがゆっくり歩き出すと、大きな木材が地面を滑っていく。
「もう普通に使ってるんですね」
思わず口にすると、メイルさんが振り返った。
「便利なんだよ。太くすれば切れにくいし、濡れてもあんまり変わらないから」
それだけ言うと、メイルさんは次の木材へ向かった。周りのドゥルガ人たちも、糸を使うことにすっかり慣れているようだった。
少し離れた場所では、グレナさんが石を積む位置を確かめている。
「そこはもう少し詰めた方がいいねえ。そのままだと後で動くよ」
「こっちか?」
「ああ。そこならいいよ」
街にいた時とは違い、こちらは完全にいつもの仕事の顔だ。僕も運べる石を拾い、近くの山へ積んでいった。
昼が近づいても、作業が止まる気配はない。腹が空いた人や、ちょうど区切りのついた人から順に炊事場へ向かっている。僕もリシアと少し遅れて食べに行くと、仮の炊事場にはすでに何人も座っていた。大鍋から湯気が上がり、その横では次の鍋が火にかけられている。
「まだ食べてない人、こっちね!」
炊事担当の人の声に押されるように器を受け取った直後、ドゥルガ人が六人ほどまとまってやってきた。
「腹減った!」
「さっきも誰か同じこと言ってなかった?」
「別の奴だ!」
笑い声が起こる。入れ替わるように、食べ終えたフェル人たちが立ち上がって畑へ戻っていった。
僕たちが来る前から、ずっとこんな調子だったらしい。
「炊事場の方が忙しそうだね」
鍋の向こうを見ながら、リシアが言う。確かに火は一度も消えていない。作って、食べてもらい、器を洗って、また作る。工事をしている人たちと同じくらい、こちらも休む暇がなさそうだった。
そこへ荷を積んだグラウスが一頭戻ってくる。
「魚来たよー!」
外から声が飛び、炊事場にいた人たちがすぐに出ていった。ナギさんたちが朝に獲った魚を、海辺から運んできたらしい。荷を降ろしたグラウスは少し休ませてから、空になった籠を積んでリーヴァへ戻るという。朝から何度も同じ道を行き来しているのだ。
魚を降ろしたグラウスがまたリーヴァへ戻っていくのを見ていると、工事場の外でも一日中仕事が続いているのが分かる。
食事を終えて戻ると、朝には何もなかった場所に長い溝ができていた。
「早……」
声が漏れる。水路を掘っていたドゥルガ人たちは、もうかなり先まで進んでいた。別の場所では何本もの木が倒され、使えるものと薪に回すものに分けられている。
「エイル!」
フィアに呼ばれて向かうと、畑の外側で何人かのフェル人が地面に目印を付けていた。
「ここから向こうまで、最初に使う畑にするよ」
「朝より随分広く見えますね」
「木がなくなると全然違うでしょ?」
その通りだった。昨日まで森と草地だった場所が、少しずつ一つの大きな土地につながっていく。その先ではルダが、家畜を連れて通れる道を確かめていた。さらに遠くには、カルウスを何頭か連れて草地を歩くキアの姿が見える。工事に使うグラウスと休ませるグラウスを、今日は分けているらしい。頭数が増えたからこそできる使い方だった。
午後になると、建物の方でも作業が始まった。最初に手を付けるのは、みんなが寝泊まりする共有建物だという。
「これを先に作るんですね」
ガドさんに尋ねると、短く頷く。
「今日から使う奴もいる。屋根だけでも早く欲しい」
完成にはまだ時間がかかる。それまでは、ファルナの空いている家や以前使っていた建物に分かれて泊まることになるそうだ。
基礎の場所では、グレナさんたちが石を並べていた。ここでも男性アルネア人の糸が使われている。重い木材を一度固定してから位置を合わせるのに向いているらしく、ドゥルガ人たちもすっかり扱いを覚えていた。
「そっち緩めてくれ」
「これくらい?」
「もう少し」
「はいよ」
メイルさんが糸を緩めると、木材がゆっくり動いて収まる。誰も珍しがっていない。それが何となく嬉しかった。
日が傾き始める頃、セナの声が響く。
「今日はここまでにしよう!」
あちこちで動いていた手が、少しずつ止まっていく。道具を片づけ、運びかけの資材をまとめる。朝から聞こえていた木を切る音や石を動かす音が消えると、急に静かになったように感じた。
手についた土を払いながら周囲を見渡す。朝まで木が立っていた場所は大きく開け、水路の溝は先へ伸び、共有建物の土台は形が見え始めていた。たった一日の仕事とは思えない。
「終わったー!」
少し離れたところからフィアの声がして、みんなが炊事場の方へ向かい始める。昼と違って、今度は誰も仕事に戻らない。
夕食は、広場に長い板を並べて囲むことになった。全員分の椅子はないので、丸太や木箱まで使っている。大鍋がいくつも並び、魚を焼く匂いが辺りに広がっていた。
「待ってたぞ!」
朝から魚の話ばかりしていたドゥルガ人が、さっそく焼き魚を受け取っている。ナギさんが呆れたように笑った。
「ちゃんと仕事したんだろうな?」
「見ただろ! あの木、俺が運んだんだぞ!」
「一人で?」
「……四人で」
周りから笑い声が上がる。
僕たちも料理を受け取り、空いている場所に座った。近くにはガドさんやセナ、ギランさんたちがいる。
「初日だけで随分進んだな」
セナが食事をしながら言うと、ガドさんは魚を食べつつ、暗くなり始めた現場へ目をやった。
「人数が多い」
「二十人って言ったのはお前だろ」
ギランさんがすぐに返す。
「二十人頼んだ」
「来たのは二十七人だな!」
「お前が連れてきたんだろう」
「来たいって言うんだから仕方ない!」
また笑いが起きた。昼間は別々の場所で働いていた人たちが、今は同じ場所に集まっている。ドゥルガ人も、フェル人も、アルネア人も、リーヴァから来た人たちも一緒だ。炊事をしていた人たちも、ようやく鍋の前を離れて食事を始めていた。
「これ、毎日やるの?」
フィアが楽しそうに聞く。セナは少し考えてから答えた。
「夜くらいは一緒に食べた方がいいだろう。昼は無理だがな」
誰も異論はないようだった。
僕も焼いた魚を食べながら、歩き回った足を伸ばす。身体は重いのに、周りも同じはずなのに、どの顔もどこか楽しそうだ。前にみんなで道路を作った時にも、こんな空気があった気がする。あの時より人は増え、やることも増えた。
明日になれば、また朝からそれぞれの仕事へ散っていく。一月半後にここがどんな姿になっているのか、今はまだ想像しきれない。
今日の昼に掘られていた溝の先は、夕暮れの中でもまだ続いて見えた。




