64. 事前準備
ファルナから戻った翌日。
僕たちはガドさんたちを集め、昨日セナたちと決めたことを伝えた。
畑は今の三倍以上まで広げられるように土地を整え、最初に使う場所から順番に耕していく。水路や農道も作り直し、家畜を飼う場所も広げる。そこへキアが連れてきたカルウスやグラウス、ラプルスの飼育場所まで加わり、倉庫や共同で寝泊まりできる建物も必要になった。
話を聞いていたガドさんは、途中から黙って腕を組んでいた。
「……忙しくなりそうだな」
「昨日ファルナへ着いた時は、畑を広げる相談だけのつもりだったんですけどね」
ガドさんは気にした様子もなく、隣にいるギランさんと顔を見合わせる。
「リーヴァから工事に出せるドゥルガは十三人くらいか」
「ああ。だがそれだけでやるには広すぎるな」
ギランさんが指を折りながら人数を数える。
「ダグラにも声をかけるか?」
「お願いします。どれくらい来てもらえれば足りそうですか?」
「……二十人もいればいい」
工事にかかる日数も聞いてみると、今度はすぐに返事が返ってくる。
「一月半は見ておけ」
「そんなに?」
リシアが驚いたように聞く。
「水路も道も建物もやるんだろ。そのくらいはかかる」
前にダグラへ続く道を作った時は、二十人を超えるドゥルガ人が集まって三日で道を通していた。
改めて今回の作業規模の大きさが分かる。
「じゃあ俺が里に行ってくるぞ」
ギランさんが立ち上がる。
「前に来た連中なら話も早いだろ」
「お願いします」
ギランさんがダグラへ向かうことになり、話はひとまずまとまった。
隣では、リシアが少し難しい顔をしている。
「ねえ、エイル」
「どうしたの?」
「食料、先に用意しておいたほうが良くない?」
前の道路工事を思い出した。
予定よりドゥルガ人がよく食べて、途中からナギさんたちに毎日魚を多めに譲ってもらったことがある。
「足りない分は街で買ってくる?」
「そうだね。保存できるものを多めに用意しておきたいな」
その日のうちにナギさんにも相談すると、工事中は漁へ出る人数を調整して、いつもより多く魚を確保してくれることになった。
「前みたいに途中で言われるより、最初から分かってる方が楽だな」
ナギさんは笑いながら了承してくれた。
その後、街へ持っていく物についてミレアさんたちにも聞いてみることにした。
作業場では、ちょうどマティアさんが出来上がった布を重ねているところだった。
「街へ行くんですか?」
「はい。工事で使う食料をまとめて買ってこようと思ってます」
話を聞いたマティアさんは、奥に置いてある布を確認してから、そのうち十二反をこちらへ運んできた。
「これなら持っていって大丈夫ですよ。まだ作っていない服の分は別に取ってありますから」
「こんなにあるんですか?」
ミレアさんが一人で作っていた頃には考えられない量だ。
十二反の布があれば、かなりの食料に替えられるかもしれない。
今回街へ行くのは、僕とリシア、ナギさん。
そこへグレナさん、マティアさん、フィアも加わった。この三人は街へ行くのは初めてだ。
「勉強会もだいぶやったし、そろそろ街に行ってみても大丈夫だとおもうの」
リシアがそう言うと、フィアがすぐに食いついた。
「やった! 一回ラウル人の街を見てみたかったんだよね」
「私も、街の建物を少し見てみたかったんだ」
グレナさんも乗り気だった。
マティアさんにとっても、自分たちの布が実際にどう売られるのかを見る機会になる。
移動にはグラウスを四頭、カルウスを二頭使うことにした。
行きのグラウスにはアルネアの布と帰りの荷物を入れるための袋や籠を積む。荷物が軽いうちは人も乗れるので、カルウスと合わせれば六人とも無理なく移動できる。
出発の日、並んだ六人を見て少し不思議な気分になった。
僕とリシアはセリオン人。
ナギさんはネレイス人で、グレナさんはドゥルガ人。フィアはフェル人、マティアさんはアルネア人だ。
見た目はまったく違うが、着ている服にはどこか共通した雰囲気があった。
どれもアルネアの布で作られ、身体や仕事に合わせて仕立てが変えられている。
「こうして並ぶと、みんな同じ村の人って感じがするね」
フィアが自分の袖を見ながら言う。
「実際、同じ村ですからね」
そんな話をしながら、僕たちはそのまま街へと出発した。
今回もグラウスがいるので途中の休憩場所で一晩過ごす。早朝には出発し、翌日の午後には街の門が見えてきた。
門番がこちらを見る。
最初にグラウスへ目が行き、そのあとに六人を順番に見ていた。
「今日はまた大所帯だな」
以前にも何度か顔を見たことのある人だった。
「布を売るのと、食料の買い付けです」
「そうか。荷獣はいつもの場所に繋いどけよ」
それだけ言って通してくれる。
グレナさんが門を抜けたところで小さく笑った。
「もっと色々聞かれると思ってたんだけどねえ」
「何度か来てますからね」
グラウスとカルウスを外に繋いで街の中へ入ると、三人の視線がそれぞれ違う方向へ動き始めた。
フィアは露店に積まれた野菜や穀物を見つけるたびに足が遅くなり、マティアさんは道行く人の服をよく見ている。グレナさんは建物の壁や柱ばかり見上げていた。
「この辺は石の使い方がダグラと全然違うねえ」
「グレナさん、前見て歩かないとぶつかりますよ」
そんな話をしながら通りを歩いていると、向こう側にいた男がこちらを見た。
目が合うより先に、胸の奥へ嫌な感覚が流れてくる。
最近はずっとリーヴァにいたから忘れていた感覚だった。
男はこちらを睨みながら何か小さく呟いている。
隣を歩いていたリシアも気づいているようで、ほんの少し眉を寄せた。
「こっちから行こうか」
「そうだね」
僕たちは道の反対側へ寄り、そのまま歩いていく。
男が追ってくる様子はない。
幸い、他のラウル人からは強い悪意を感じずに街を散策することができた。
その後、少し遠回りをしながら最初に向かったのは、以前ミレアさんの布を持ち込んだ店だ。
扉を開けると、奥にいた店主がこちらを見る。
「ああ、お前たちか。久しぶりじゃないか」
僕とリシアを見たあと、後ろにいる人たちへ視線を移した。
「今日は随分賑やかだな」
「色々と買い出しが多くて手伝ってもらってます。もちろん布も持ってきましたよ」
「そうか、見せてみろ」
店の台へ十二反すべて並べると、店主が眉を上げた。
「おお、だいぶ増えたな」
「作れる人が増えてきましたので」
マティアさんも台の近くへ寄り、店主が布を広げるのを見ている。
何枚か確かめた店主が、今度は彼女へ目を向けた。
「これはあんたが作ったのか?」
「糸は何人かで作っていますが、仕立ては私がした物も含まれてますね」
「なるほどな。前に見た布より綺麗な仕立てだ」
マティアさんは少し嬉しそうにお礼を言う。
店主は十二反を順番に確認してから、値段を出した。
「一反、金貨一枚と銀貨六枚でどうだ」
リシアがこちらを見る。
以前の試験販売でも高く評価されていたので、僕たちに断る理由はなかった。
「それでお願いします」
十二反で、金貨十九枚と銀貨二枚。
店主が数えた貨幣をリシアも確認し、袋へ収める。
アルネア人の布に、これだけの価値が付いた。
マティアさんも袋の中を見て驚いている。
「こ、こんなになるんですね……」
「ああ。この出来なら妥当だ」
店主が布を畳み直しながら答える。
「次も持って来られるのか?」
マティアさんは少し考えてから答える。
「勿論です。頑張らせていただきます」
「そうか、次に来る時も寄ってくれ」
店を出たあと、マティアさんは一度だけ振り返った。
今回売った十二反が、これから街のどこへ渡っていくのかはまだ分からないが、必要としてくれている人がいることに感動しているようだった。
次に向かったのは食料を扱っている店だった。
ここも以前に何度か利用している。
店主は僕たちを見るなり、
「今日は何を買うんだ?」
と声をかけてきた。
「かなり多いです」
リシアが答えると、店主が少し嫌そうな顔をする。
「先に言っとくが、店ごと持って帰るのはなしだぞ」
「そこまでは買いませんよ」
リシアが笑い、フィアと一緒に店の中を見て回る。
工事の間も魚や野菜はリーヴァとファルナから入ってくる。
街で買うのは、長く置いておけて腹に溜まるものが中心だ。
穀物を二十四袋。
豆を十二袋。
油を八壺。
干した果物や木の実を八籠。
酢を四壺。
料理に使う香辛料も、いくつかまとめて買う。
店主は途中から真顔になっていた。
「お前ら、何人食わせるんだ?」
「工事する人だけでもかなり集まります」
「何を作る気だよ……」
フィアはそんな会話を聞きながら、袋の中の穀物を覗き込んでいる。
「こっちの麦、粒が大きいね」
「北の方から来たやつだ。少し高いぞ」
「じゃあ全部それじゃなくていいかな。こっちと混ぜよう」
いつの間にかフィアまで普通に店主と話し始めていた。
店主が最後に、
「塩は?」
と聞く。
ナギさんがすぐに首を振った。
「塩はいらないよ。海で作ってるから」
「ああ、お前は海の方だったな」
注文した品を全部合わせると、金貨二十枚と銀貨六枚になった。
さっき布を売って受け取ったのは、金貨十九枚と銀貨二枚。
リシアが袋の中を確認する。
「金貨一枚と銀貨四枚足りないね。共有のお金から出そう」
持ってきていた共有資金を足し、代金を支払う。
布の売上だけでは届かなかったものの、これだけの食料を買って共有資金から出したのは金貨一枚と銀貨四枚だけだった。
「積むのに時間かかるぞ。裏で用意させるから、しばらくその辺見てこい」
店主が店の奥へ声をかける。
僕たちが出ようとすると、後ろからもう一度呼び止められた。
「次もこんだけ欲しいなら、来る前に言ってくれよ。急に来られても揃わないからな」
「分かりました。またお願いします」
店主はもう返事をせず、奥から運ばれてきた袋の数を確認し始めた。
次も来ることを前提に話されている。
それが少しだけ嬉しかった。
荷物の準備を待つ間、近くの店を見て回ることにした。
リシアとフィアは、さっきの店で見つけた別の穀物について話しながら少し先を歩いている。
その時、マティアさんが一軒の店の前で足を止めた。
「エイルさん」
呼ばれてそちらを見る。
店先には何冊かの本が並んでいた。
文字の書かれたものに混じって、何も書かれていない紙を綴じた本も置かれている。
丈夫そうな表紙が付いていて、木板を何枚も持ち歩くよりずっと使いやすそうだった。
マティアさんが一冊を手に取る。
「これ、リシアさんにどうでしょう?」
言われて、すぐに意味が分かった。
リシアは今までずっと木板に記録を書いている。
村の人数。
食料。
売上。
共有資金。
最近は勉強会の内容まで増え、使っている板の数もかなり多くなっていた。
「いいねえ。あの子、いつも板を抱えて歩いてるからね」
グレナさんも本を覗き込む。
ナギさんは値段を見た。
「銀貨八枚か。結構するな」
簡単に買える値段ではない。
それでも三人とも、本を戻そうとはしなかった。
「買いませんか?」
マティアさんが僕を見る。
「僕もそう思います」
少し離れたところにいるフィアにも、リシアに聞こえないよう声をかける。
事情を聞いたフィアは、迷うことなく頷いた。
「絶対喜ぶよ。それに、毎日使うものだし」
僕たちはリシアが気づく前に、その本を一冊買った。
代金の銀貨八枚も共有資金から出す。
これで今回、街で使った共有資金は合わせて金貨二枚と銀貨二枚になった。
十二反の布が、工事のための大量の食料と、リシアへ贈る一冊の本に変わった。
食料の積み込みが終わる頃には、グラウス四頭の荷台がほとんど埋まっていた。
穀物や豆の袋が重ねられ、その間に油や酢の壺を固定していく。
行きに積んでいた布はもうない。
帰りはグラウスに人が乗る余裕がほとんどなくなったので、僕たちは歩きながら、二頭のカルウスを交代で使うことになった。
街を出る前、フィアが何度も振り返っている。
「どうでした?」
聞いてみると、少し考えてから笑った。
「面白かった。また来たいな。知らない作物も結構あったし」
グレナさんも満足そうだった。
「今度は道具屋をもっとゆっくり見たいねえ」
「私は布のお店も見てみたいです」
マティアさんまで次の話をしている。
初めて街へ来た時の僕たちとは、ずいぶん違う気がした。
街の中には僕たちを嫌う人もいる。
普通に話してくれる人もいる。
何度か来ているうちに、顔を覚えてくれた人までできた。
それくらいの距離が、今はちょうどよかった。
帰りも途中で一泊し、翌日の夕方にリーヴァへ着いた。
広場へ入ると、グラウスの荷物を見た人たちがすぐに集まってくる。
「すごい量だな」
「これ全部食べ物?」
「油もあるぞ!」
次々に荷物を下ろしていると、ダグラへ行っていたギランさんがこちらへやってきた。
「帰ったか!」
「ギランさんも戻ってたんですね。どうでした?」
聞くと、ギランさんが妙に楽しそうに笑う。
「人は集まったぞ」
「二十人ですか?」
「二十七人だ」
リシアの手が止まった。
「……二十人お願いしたんですよね?」
「ああ。前に道路を作りに来た連中が、里で余計なことを喋りすぎたらしい」
「余計なこと?」
ナギさんが聞く。
「魚がうまかったとか、毎日腹いっぱい食えたとか、帰りに食料まで持たせてもらったとかだな。前回来なかった連中まで行きたいって言い出した」
ギランさんは豪快に笑った。
「断るほどでもないから、来たい奴は連れてくることにしたぞ」
リシアが積み上がった穀物の袋を見る。
しばらく眺めたあと、僕の方を向いた。
「……いっぱい買ってきて正解だったね」
「本当にそうだね」
二十七人のドゥルガ人に、リーヴァから参加する人たちまで加わる。
今日買ってきた量でも、のんびり使ってはいられなさそうだった。
荷物を倉庫へ運び終えた頃には、辺りも暗くなっていた。
リシアが最後の袋を確認しているところへ近づく。
「リシア」
「ん?」
僕が包んでいた本を差し出すと、リシアは不思議そうに受け取った。
表紙を見た途端、目を大きくする。
「えっ……これ、買ったの?」
「うん。リシアに」
「私にって……」
リシアは慌てたように本と僕を見比べた。
「これ、かなり高かったでしょ? 私なら今までの板で十分だよ」
予想していた通りの反応だった。
「そう言うと思った」
ナギさんが横から笑う。
「みんなで決めたんだ。いつも記録ばっかり任せてるから、そのくらい使えって」
「ナギさんまで……」
「私も賛成したよ」
フィアが手を上げる。
グレナさんも笑いながら頷いた。
「毎日使うものなんだから、遠慮しなくていいじゃないか」
マティアさんもリシアを見る。
「これから記録することは、もっと増えると思います。使ってください」
リシアはしばらく何も言わず、本を抱えていた。
「……共有のお金から出したんだよね?」
「銀貨八枚」
「八枚も!?」
また返そうとするように本を持ち上げたので、僕は首を振る。
「もう買ってきたんだから、使ってよ」
「……もう」
困ったように僕たちを見る。
その顔は、少しだけ笑っていた。
リシアは本を両手で持ち直し、表紙を大事そうに撫でる。
「ありがとう。大切に使うね」
今まで何枚もの木板に分かれていたリシアの記録が、これからはこの一冊にも残っていく。
ファルナの工事が始まれば、書くことはまた増えるだろう。
ダグラから二十七人が来るのは、二日後。
その日から、一月半にわたる大工事が始まる。




