63. ファルナのこれから
翌朝。
僕とリシアは、フィアとルダと一緒にファルナへ向かった。
道が整ってからは、以前よりずっと歩きやすい。途中の休憩場所で一度足を止めたくらいで、昼前には見慣れた畑が見えてきた。
村の入口では、セナが何人かのフェル人と荷物を運んでいる。
「エイルたちか。今日はずいぶん揃って来たな」
僕たちを見るなり荷物を下ろし、こちらへ歩いてくる。
「食料のことで相談があって来ました。リーヴァの人数が増えて、食料の減りがかなり早くなってるみたいなんです」
セナは納得したように頷き、畑へ顔を向けた。
「そういうことか。ここで立ち話をしても仕方ないな。見ながら話そう」
近くで働いていた人たちにも声をかけ、みんなで畑へ向かう。
ファルナの畑では、何人もの人が作業をしていた。
村に残っているフェル人たちが今も手入れを続けていて、リーヴァにもここから食料を運んでもらっている。
「広げるなら、この先ですかね」
畑の外側には、まだ草地や木の残っている場所が続いている。
僕が見ている横で、フィアは今使っている畑の方へ入っていった。
「ここ、去年は何を作ってたの?」
「麦だな」
作業をしていた男性が腰を伸ばす。
「一昨年も?」
「たしか麦だったと思うぞ」
「じゃあ、今年は豆にしたほうがいいね。麦は向こうに移した方がよさそう」
フィアは隣の畑まで歩き、土の様子を見ている。
「こっちは去年休ませてたよね?」
「ああ。家畜を入れてた」
「なら、今年は使えそうだね」
ルダも畑の間を歩きながら、フィアが見ていた場所を覗き込む。
「今年使わない場所は、家畜を入れておけばいいな。この辺なら柵も動かしやすい」
「そうだね。草もだいぶありそうだし」
同じ場所で作り続けるより、育てるものを変えたり、しばらく休ませたりした方が作物の出来が安定するらしい。理由までは分からなくても、フェル人の間では昔からそうやって畑を使ってきたという。
「ここは水捌けが悪いぞ」
少し離れた場所から声が飛んできた。
見ると、一人の男性が畑の端を指している。
「雨が何日か続くと、この辺だけなかなか乾かないんだ」
フィアがそちらへ向かい、地面の高さを見ながら少し先まで歩いていく。
「向こうまで水路を伸ばせば水を逃がせそうだね。広げる時に一緒に掘ってもらおうか」
「畑の間の道も広げたいな」
今度はルダが口を挟む。
「収穫が増えたら、今の幅じゃ運ぶのが面倒になる。グラウスが通れた方がいい」
セナがその言葉を聞きながら周囲を見回す。
「水路と道か。そこまでやるなら、先に畑の形を決めた方がよさそうだな……。どこまで広げる?」
セナがフィアを見る。
フィアはその場で答えず、畑の外まで歩いていった。
僕たちも後を追う。
草の生えた平地を抜け、森が少し近くなったところで足を止める。
「この辺りまでは使えると思う」
そこから横へ歩き、別の場所でも立ち止まった。
「向こう側も耕せそうだし……ここまで取れば、しばらく困らないかな」
「ずいぶん広いね」
リシアが畑の方を振り返る。
今使われている場所と比べると、かなりの広さだった。
「今の三倍は軽く超えると思うよ」
フィアはそう言ってから、僕たちの顔を見て笑う。
「全部すぐ畑にするつもりじゃないからね。最初に使うのはこの辺まででいいと思う」
手前側の土地を指し、その先へ視線を移していく。
「奥は木と石だけ先に片づけておけば、必要になった時にすぐ広げられるでしょ」
フィアの言葉にセナが頷く。
「人が増えるたびに一から開いていたら、そのたびに道まで変えることになるしね。それなら最初に広く見ておいた方が確かにいいかも」
リシアはしばらく周囲を見ていた。
「今のリーヴァを見てると、余裕はあるくらいでちょうどいい気がする」
それには僕も同意する。
少し前まで三十人ほどだった場所が、今では七十人を超えている。
この先も同じように人が増えるなら、今の人数だけを見て畑を作るより、その先まで考えておいた方がよさそうだった。
畑の範囲を見終えて村の方へ戻っている途中、ルダが家畜を飼っている柵の前で立ち止まった。
「セナ。この辺は残してくれ」
「家畜用か?」
「ああ。畑を増やすなら、こっちも少し広げたい」
ルダは柵の向こうを見ながら、隣の草地まで歩いていく。
「将来を見越すなら家畜ももう少し欲しい。休ませてる畑にも連れていくだろうし、ここから動かしやすくしておきたい」
セナがさっき見てきた土地と見比べる。
「ならこの辺りを通り道にする?」
「ああ。それがいい」
二人がそのまま場所を見始め、フィアも加わる。
「餌用に使える場所も近くにあると楽だよ。収穫した後の残りだけじゃ足りなくなるかもしれないし」
話しているうちに、畑と家畜の場所が自然につながっていく。
ここまで大きく広げるとなると、今後食料を作る中心はファルナになりそうだ。
「リーヴァの畑は今のまま残しましょうか」
僕が言うと、セナはすぐに頷く。
「その方がいい。近くで採れた方が便利なものもあるだろう。こっちは量が必要なものを中心にすればいい」
「じゃあ、今後はファルナから運ぶ量がかなり増えそうだね」
リシアが道の方を見る。
「せっかく広げた道も、早速使うことになりそう」
前にみんなで整備した道が、こんなに早く重要になるとは思っていなかった。
村へ戻る途中、セナが不意に足を止めた。
「人を呼ぶなら寝る場所もいるな。収穫の時期なんかだと、リーヴァから手伝いに来てもらって、夕方になったら何時間も歩いて帰れとは言えないだろ」
「ああ……確かに」
リシアもすぐに気づいたらしい。
「前に道路を作った時みたいに、泊まれる建物があれば楽そうだね」
「そうだな。毎日使わなくても、何日か続けて作業する時には助かる」
セナが村の空いている場所を見る。
「大きめの共有の家を一つ建てるか」
「ご飯を食べられる場所も欲しいね」
「倉庫も今のままじゃ足りなくなるぞ」
セナがしばらく黙り込み、最後に僕を見る。
「エイル」
「……はい」
「ガドに頼むことが増えてきたな」
思わず笑ってしまう。
「帰ったらすぐに相談してみます」
話が大きくなってきたと思っていると、森の方から枝の折れる音が続けて聞こえてきた。
家畜たちが一斉に顔を上げる。
「……何か来るぞ」
ルダが森へ目を向けた。
僕たちも足を止める。
少しして、木々の間から複数のカルウスが姿を見せた。
「……多くない?」
リシアが小さく呟く。
カルウスが次々と森から出てきたかと思うと、その間を何匹ものラプルスが走り抜けていく。
さらに奥からはグラウスが一頭、二頭と姿を現し、その後ろにも続いている。
畑にいた人たちまで手を止め、いつの間にかみんな森の方を見ていた。
「何だ、これ……」
セナが呟くと、群れの中に人影が見えた。
キアだ。
正直、みんな何となく予想はついていたと思う。
「なんだ、エイルもいたのか」
「……今度は何頭連れてきたの?」
恐る恐る僕が質問すると、キアが一度振り返る。
「カルウスが六頭、グラウスが六頭。ラプルスは十五匹だったかな」
「十五!?」
フィアの声に、近くのラプルスが何匹かこちらを向いた。
「フィア、急に大声出すな。まだ慣れてない子もいる」
キアにそう言われ、フィアはラプルスからそっと距離を取る。
セナは頭数を数えるように群れを眺めている。
「よくここまで連れてきたな」
「今まで色々と試してたからね。前よりはだいぶコツを掴んできたよ」
キアは近寄ってきたカルウスの首を撫でる。
「それで、セナに相談があるんだ」
キアは動物たちの様子を一度確認してから、セナへ向き直った。
セナは嫌な予感でもしたのか、少し身構えている。
「この子たちが暮らせる新しい場所が欲しい」
「……やっぱりか」
セナが額に手を当てる。
「リーヴァだとさすがにあの数は狭いと思う。ファルナなら広い土地があるし、できればこっちで飼いたい」
セナは僕たちがさっきまで歩いていた草地を見る。
「ちょうどファルナの改修を考えてたところだったし、まあいいか……。ちなみにどの辺りがいい?」
キアは少し考え、村の遠くを指差す。
「カルウスとグラウスは、あの辺りが使えると助かる」
畑から少し離れた広い草地を指す。
「ラプルスはどうするんだ?」
「あの子たちはもう少し離して生活させたいかな。家畜の近くだとどうしても落ち着かないと思う」
「もともと肉食だしな。なら森側にするか?」
「その方が助かるかも」
二人で立地を見ながら話し始める。
キアはしばらく周囲を見たあと、もう一度セナへ向き直る。
「あと、少し広めに土地をとってほしい」
「ん?これだけあれば十分じゃないか?」
「実は、この子達をここで繁殖させたいんだ」
セナがキアを見る。
「カルウスたちをか?」
「ああ。これから必要になるなら、子供から育てられるようにしたい」
キアの表情が少しだけ明るくなる。
動物の話になると、普段より言葉が増えるのは相変わらずだった。
「生まれた子なら最初から人の近くで育てられるし、俺もその方がやりやすい」
「……それなら、いっそのことこっちに住んだ方がいいんじゃない?」
フィアが口を挟むと、キアは一瞬だけ考えるとすぐに頷いた。
セナが小さく息を吐く。
「分かった。家も一軒追加だな」
「助かるよ、ありがとう」
キアは満足そうに答え、また動物たちの方へ戻っていった。
農地だけでなく、家畜やカルウスたちの飼育場所も必要になった。倉庫に共同の宿泊場所、さらにキアの家まで加わり、最初に考えていたよりずっと大掛かりな話になっている。
セナはしばらく黙って周囲を見ていた。
「……これ、ガドたちだけに頼む規模じゃないな」
「そうですね。僕もそう思います」
道路工事の時には、ダグラから大勢のドゥルガ人が来てくれた。
今回も力を借りないと難しそうだった。
「ガドさんに相談して、必要ならダグラにもお願いしてみます」
「ああ。頼む」
セナは広げる予定の畑を見たあと、キアが連れてきた動物たちへ目を移す。
「ファルナも、随分変わりそうだな」
その言葉につられて、僕も村の周囲を見渡した。
これからしばらく、忙しい日々が続きそうだった。




