62. 新たな問題
アルネア人のみんなが正式にリーヴァへ移り住んでから、一週間ほどが経った。
十人分の荷物を運び終える頃には新しい家も完成し、今では村で暮らす人も七十人を超えている。
人が増えたことで村の中は以前より賑やかになった。その変化は建物や行き交う人数だけではなく、住人たちの身なりにも現れている。
朝、家を出て広場へ向かっていると、新しい服を着た人と何度もすれ違った。
畑へ向かうフェル人の服は作業の邪魔にならないよう裾が短く、ネレイス人の服も袖を少し詰めて動きやすくしてある。身体の大きなドゥルガ人は肩や腕の辺りに余裕を持たせてもらっていて、元になっている形は似ていても着る人の仕事や身体に合わせて少しずつ違っていた。
「フィアも新しい服をもらったんですね」
向こうから歩いてきたフィアに、僕は声をかける。
「そうなの!前のもまだ着られるけど、こっちの方が畑で動きやすいんだよね」
フィアは嬉しそうに袖を持ち上げてみせ、そのまま畑の方へ向かっていった。
少し前までは、服が破れてもミレアさんの手が空くまで待つことが珍しくなかった。今では村を歩いている人の半分以上が、新しく作ってもらった服を一着は持っている。
十人のアルネア人が加わったことで、服作りの速さは目に見えて変わっていた。
織物の作業場へ顔を出すと、今日も何人ものアルネア人が手を動かしている。
以前はミレアさんが一人で使っていた大きな机を数人で囲み、マティアさんは仕立て途中の服を手にしながら隣の女性へ縫い方を教えていた。
「こっちは少し残しておいて。ぴったりに作っちゃうと、あとで直しにくくなるから」
「これくらい?」
「うん、それなら大丈夫」
少し離れた場所では、ミレアさんたちが出来上がった糸をまとめている。
「おはようございます、エイルさん」
「おはようございます。随分進みましたね」
「はい、みなさんのおかげです。そうだ、これ見てください」
ミレアさんから一本の糸を渡された。
指先で触れてみると、とても滑らかな質感の糸だった。
「ミレアさんの糸ですか?」
「違いますよ。ミナさんのです」
名前を呼ばれた女性が振り返り、自分の糸を僕が持っていることに気づいて少し笑った。
「こっちに来て三日くらいした頃から変わり始めたみたいですよ」
「そうだったんですね。他のみなさんも変わってきたんですか?」
「はい。女性だけじゃなくて、メイルさんや男性のみなさんも変化があったみたいです」
男性のアルネア人にも、糸を作った後の疲れが軽くなったと感じる人がいるらしい。
自分だけの部屋で落ち着いて休めるようになったことが関係しているのか、食事が変わった影響なのか、その両方なのか。今のところ理由までは分かっていない。
原因が分かるには、もう少し時間がかかりそうだ。少なくとも、ミレアさんだけに起きた変化ではないことははっきりしてきた。
男性のアルネア人の糸の使い道についても、この一週間で様々な試行錯誤があったらしい。
作業場を出た先では、メイルさんが太さの違う何本もの糸を並べ、ガドさんと話している。
「今度のやつはどうだった?」
「荷物を縛るには使いやすい。雨に濡れてもほとんど変化がなかった」
その言葉を聞いたメイルさんが満足そうに頷く。
細いままでも普通の縄より強く、水を吸いにくい。荷物を固定するほか、屋外で長く使う場所との相性も良かった。ナギさんたちにも何種類か渡してあり、船で使う縄としても試してもらっているらしい。
試していくうちに、使いにくい場面も少しずつ分かってきた。
「最初に渡した細いやつは駄目だったな。強く締めたら木に食い込んだし、結び目も固くなりすぎた」
メイルさんが地面に置かれた木材を指差す。
「太く撚った方はどうだ?」
「こっちなら使える。ただ、何度も結んだりほどいたりするなら普通の縄の方が扱いやすい」
「じゃあ、それぞれ使う場所を変えた方がよさそうだな」
使える場所と使えない場所を聞いても、メイルさんは少しも残念そうには見えない。並べた糸を一本ずつ確かめながら、次はどの太さを試すか考えている。
集落にいた頃は、丈夫な紐として使われることがほとんどだった男性の糸が、ここではガドさんたちの建築やナギさんたちの船にまで持ち込まれている。
メイルさんにとっては、それだけでも十分面白いらしい。
夕方になると、炊事場から料理の匂いが広がり始めた。
僕とリシアも器を持って食事を受け取りに行く。
以前なら、この時間になるとほとんどの住人が広場へ集まっていた。
料理は今までと同じように大鍋でまとめて作っている。ここ最近は、受け取った料理をどこで食べるかが人によって少しずつ変わってきた。
ネレイス人の家族が器を持って自分たちの家へ帰っていく。その少し後ろでは、何人かのドゥルガ人が料理を持ったまま共有建物へ向かっていた。広場にも以前から使っている長椅子があり、そこにはフェル人やアルネア人が何人か座って食事を始めている。
「ナギさんたちは今日は家ですか?」
料理を取り分けていた人に尋ねる。
「子供たちが先に腹減ったって言うから、さっき持って帰ったよ」
七十人を超える人が毎日同じ時間に集まるとなれば、それだけで広場はいっぱいになる。
家族で食べる人もいれば、仕事仲間とそのまま食べる人もいる。人数が増えるにつれて自然に今の形へ変わってきたようだった。
僕たちも今日は家へ持って帰ることにして、料理を受け取る。
その時、大鍋の横にいた女性が空になった籠を持ち上げた。
「最近、本当に食材がなくなるの早くなったね」
「そんなに変わりましたか?」
「全然違うわね。今日は途中で追加の食料を取りに行ったのよ。これだけ人が増えたら仕方ないけどね」
鍋を覗いてみると、以前使っていたものより随分大きいものを使っている。
十人増えれば、その分だけ食べる量も増えるのは仕方ないことだ。僕はその程度に考えて、その日は料理を持って家へ戻った。
翌日の昼過ぎ、リシアが僕を呼びに来た。
「エイル、倉庫まで来てくれる?」
「何かあったの?」
「食べ物のこと。ちょっと見てほしくて」
一緒に食料倉庫へ向かう。
中では野菜や穀物、干した魚などが種類ごとに置かれ、リシアは記録に使っている板と見比べながら残っている量を確認していた。
「昨日炊事場でも聞いたんだけど、やっぱり減るペースがかなり早くなってる」
リシアが板に残した数字を指で追っていく。
「ネレイスのみんなが来て、その後にドゥルガの人たちも増えたでしょう? 今度はアルネアの人たちが十人増えたし。全員合わせるとかなり消費量が増えてるね」
以前なら倉庫にこれだけ食料が残っていればしばらく心配なかったが、今は七十人以上が住んでいる。
「しばらくは足りると思う。でもこれからも人が増えるなら、今のうちに何か考えておいた方がいいと思う」
「そうだね。フィアたちに相談してみようか」
「私もそれがいいと思う」
その日のうちにフィアとルダにも来てもらい、倉庫の残りを見ながら話すことになった。
事情を聞いたフィアは、食料を眺めながらしばらく考え込んでいる。
「畑をもう少し広げた方がいいですかね?」
僕が尋ねると、フィアはすぐには答えず、倉庫の外へ目を向けた。
「うーん… もし広げるなら、リーヴァじゃなくてファルナの方がいいかも」
「ファルナですか?」
「うん。向こうには元々畑があるし、農業をやってる人も残ってるからね。じつは、畑にできる場所も向こうのほうが広いんだ。本格的に畑を広げるつもりなら、向こうのほうがいいと思う」
ルダもその意見には賛成らしい。
「家畜も増やすならファルナの方が扱いやすいな。リーヴァの近くに全部集めていったら、そのうち場所がなくなる」
「それなら、一度ファルナへ行って相談してみませんか?」
「そうしよう。セナにも話を聞いた方がいいね」
フィアが答え、リシアも頷いた。
食べ物が足りなくなってから慌てるより、余裕があるうちに動いた方がいい。
翌日、さっそく僕たちはファルナへ向かうことになった。
リーヴァの畑を広げる代わりに、ファルナの畑を少し大きくする。
その時は、まだそれくらいの話になると思っていた。




