61. リーヴァで過ごす三日間
約束していた二日後、アルネア人たちは十人揃ってリーヴァへやってきた。
道の向こうに一行の姿を見つけると、僕の隣にいたミレアさんが真っ先に駆け出していく。
先頭を歩いていたマティアさんが、手を振りながらこちらへ歩いてくる。だいぶ大荷物に見えるが、数日分の着替えなどを持ってきているようだった。
メイルさんは村へ入る前に、周囲を見回していた。
「ここがリーヴァか。随分と建物が多いな」
「実は少し前に全部作り直したばかりなんです」
僕が答えると、今度は道の幅や建物の並び方まで眺め始める。
「これもドゥルガ人が?」
「そうですよ。家だけじゃなくて、道や倉庫も一緒に整備してもらいました」
「へえ……」
話を聞きながらメイルは周りを見渡す。作業場が気になったのか、荷物を持ったまま向かおうとしている。
「メイルさん、まず荷物を置いてからにしてくださいね」
ミレアさんに釘を刺されると、メイルさんは苦笑しながら一行の後ろへ戻った。
滞在中は、以前僕たちが大人数で暮らしていた共有の建物を使ってもらうことになっている。
今では集会や勉強会にも使っているけれど、元々は複数人で暮らしていた家なので問題ないだろう。荷物を置いて一息ついたところで、ミレアさんが村の中を案内することになった。
「ここが今の居住区です。以前まではあちこちに家が建っていたのですが、今はみなさんここに集まって暮らしてます」
新しく並んだ家々を見ながら、マティアさんたちはゆっくり道を歩いていく。
建物の中では三人から四人ほどが暮らし、それぞれに自分で使える部屋がある。その話を聞いたアルネア人の女性が、不思議そうに近くの家を眺めた。
「ミレアだけじゃなくて、みんな一人ずつ部屋を持ってるの?」
「そうですよ。最近いらっしゃったネレイス人のみなさんも自分たちの部屋をお持ちですね」
「へえ……それはいいね」
ミレアさんの糸が変わった話を聞いているからか、何人かはそのまま家の中まで見てみたそうにしていた。
ちょうど外に出てきたフィアがそれに気づき、自分たちの家なら見ていいと言ってくれたので、中へ入らせてもらうことになった。
共有の部屋からそれぞれの個室へ続く造りを見たマティアさんは、思っていたより熱心に壁や戸を確かめている。
「完全に別々の部屋で暮らすわけじゃないんだね」
「うん。ご飯を食べたりするときはみんな一緒だね。寝る時に自分の部屋に戻ってるかなー」
フィアの説明を聞いて、マティアさんが納得したように頷く。
その後は倉庫や炊事場を回り、村の外側にいるグラウスやカルウスを見たところで、初めて見る人たちが随分驚いている。ちょうど、グラウスがガトさんたちと一緒に木材を運んでいるところだった。
カルウスたちが人を乗せたり荷物を運んだりしている光景は珍しいらしい。特に大きなグラウスが荷台を引いている姿には、何人かが足を止めて見入っていた。
メイルさんだけは、グラウスが引く荷台よりも、荷物を固定している縄の方をじっと見ていた。
「なにか気になるのか?」
珍しくガドさんから声をかけると、メイルが答える。
「この荷台に使われてる縄って、定期的に交換したりしてるのか?」
「たまにな。どうしても重い荷物を運んだり、雨に濡れると傷んでしまう」
ガドさんの話を聞いてから、メイルさんがバッグから白い紐のようなものを取り出す。
「俺たち男のアルネア人の糸は硬くて布には向かないんだけど、かなり切れにくい。それに水もあまり吸わずに撥いてくれるんだ」
ガドさんは渡された糸を指に掛けて引っ張る。糸は簡単には切れず、形を保っていた。
「ほう、強いな」
「だろ?もし使えそうなら、あんた達の物作りのときに使ってみてくれないか? 詳しい奴らの感想聞きたいんだ」
ガドさんはもう一度糸を確かめてから、短く頷いた。
「他のやつらにも伝えておく。後で糸を持ってきてくれ」
それだけのやり取りだったけれど、メイルさんはかなり嬉しそうだった。
「まだ案内の途中ですよ」
少し離れたところからミレアさんに呼ばれ、メイルさんは名残惜しそうにガドさんの作業場を離れた。
最後に向かったのは、ミレアさんの織物の作業場だった。
中へ入ると、マティアさんは一番に大きな織機へ近づいた。
「よくこんな立派な織機を作ってもらえたね」
「ガドさんたちにかなり頑張ってもらいました」
作業場の奥には新しく作る服のために準備している布や、まだ撚る前の糸も置かれている。新しい服の作成が追いついていないようだった。
マティアさんは途中まで仕立ててある一着を手に取り、縫い目や裁ち方をしばらく眺める。
「ミレア、ずいぶん上手くなったね」
「本当ですか?」
「集落にいたときよりずっとね。ただ、ここはもう少し布を残しておいた方が直しやすいかな。子供用なら特に、あとから大きさを変えることもあるでしょう?」
「なるほど……」
さっそく二人で服の話が始まってしまい、他の女性たちも近くへ集まっていく。
ミレアさんがマティアさんや他のアルネア人に来てほしいと言っていた理由も分かった気がする。ミレアさん一人で考えていた時とは違い、一着の服を見ただけでもいくつも意見が出てくる。
一方、メイルさんは服よりも、壁際に置いてある糸や道具を眺めていた。
「女の糸って、やっぱり俺たちのとは全然違うよな」
メイルさんは一本ずつ手に取って確かめている。
「同じアルネアの糸なのに、こっちは柔らかくて、俺たちのは硬い。何が違うんだろうな」
「そういうものなんじゃないの?」
「そういうもの、で終わらせてたらつまらないだろ」
メイルさんは真剣にそれぞれ糸を見比べている。
なんだかキアと同じような雰囲気を感じる。二人を合わせてみたら意外と意気投合するかもしれない。
村を一通り回り終える頃には夕方になっていた。
その日の食事は、いつも通り広場の近くでみんなと一緒に取ることになった。
ネレイス人が獲ってきた魚を焼いたものに、野菜を入れた汁物、そこへトアたちが獲ってきた肉を使った料理も並んでいる。
「魚がこんなに普通に食卓に並ぶんだね」
マティアさんが焼いた魚をほぐしながら言う。
「ネレイスのみなさんが毎日獲ってきてくださるので、定期的に食べれるようになりましたね」
ミレアさんも自分の皿へ魚を取りながら答える。
「ラプルスたちが狩りを手伝ってくれるようになって、お肉を食べる機会も増えたんですよ」
「へえ。みんな随分いいもの食べてたんだね」
「はい、お母さんにも自慢してきました」
食事が終わったあともアルネア人たちはしばらく広場に残り、その日に見たものについて話していた。
翌朝、僕が共有の建物へ様子を見に行くと、何人かはすでに起きて外へ出ていた。
「よく眠れましたか?」
「うん。おいしいご飯も食べさせてもらったし、ぐっすりだったよ」
マティアさんは軽く身体を伸ばしてから、少し不思議そうに肩を回す。
「昨日結構歩いたのに、あんまり疲れが残ってないんだよね」
「そうなんですね。慣れていない環境ですし、逆に疲れるかと思ってました」
そんな話をしながら朝食を済ませる。
今日はそれぞれ興味のある仕事を見に行くことになった。
マティアさんを含めた女性たちの多くはミレアさんの作業場へ向かい、実際に糸や布を扱ってみるらしい。男性の何人かはメイルさんについてガドさんたちのところへ行き、残りは村の中を自由に見て回っていた。
僕も昼前に織物の作業場を覗いてみると、昨日とは随分様子が違っていた。
ミレアさんが一人で使っていた大きな机を何人も囲み、糸を撚る人と布を扱う人、それから服を仕立てる人に自然と分かれている。
「すごいですね」
僕が声をかけると、ミレアさんが顔を上げて笑う。
「やっぱり何人かいると全然違いますね。あっという間に作業が進むので助かります」
マティアさんも手を動かしながら頷いた。
「ミレアは今まで糸を作って、布にして、仕立てるところまでほとんど一人でやってたんでしょう?よく頑張ってたね」
話しながらもマティアさんの手は止まらず、昨日見た服の続きを仕立てている。
しばらく見ていると、別の女性が糸を作る手を止めて、指を軽く握った。
「どうしました?」
「いや……なんか変だなと思って」
痛めたのかと心配したけれど、本人は首を傾げながらもう一度指を動かしている。
「いつもなら、こんなに糸を出すと体がしんどくなってくるんだよね」
隣にいたアルネア人も、自分の指先を眺めた。
「言われてみれば、私も今日は楽かも」
「まあ、昨日は特に仕事もしてなかったしね。体力が有り余ってるだけかも」
結論は出なかったが、二人はそこまで気にせずに作業を再開する。
昼食を挟み、今度はメイルさんの様子を見に行った。
ガドさんたちの作業場では、何本かの木材が地面へ並べられている。その横でメイルさんが自分の糸を使い、木材同士を縛っていた。
「何をしてるんですか?」
「普通の縄と比べてみてるんだ」
メイルさんはそう答えながら、結び目を強く引く。
「細くて強いのは分かったが、木に直接巻いた時にどれくらい食い込むか見てたんだ。ただ糸の強度が強ければいいってわけじゃないからな」
近くで見ていたガドさんも、自分で結び目を確かめている。
「この糸だと細すぎると木を傷める」
「やっぱりそうか。だったら何本かまとめて太くするか、間に何か挟んだ方がいいな」
メイルさんたちが試行錯誤している時、魚を入れた籠を運んでいるナギさんが近づいてきた。
「何だ、その糸?」
「俺の糸だ。アルネアの男はこういう丈夫な糸を出せるんだよ」
メイルさんが短く渡すと、ナギさんは指で軽く撫でて確認し、興味深そうに眺める。
「丈夫そうな紐だな。これは船の修理とかにも使えるのか?」
「使えると思うぞ。その糸は水も多少撥いてくれるからな」
メイルさんがナギさんへ顔を向けて、話を続ける。
「実際に使っている船を今度見せてくれないか?」
「いいぞ。明日の朝なら漁に出る前に見られると思う」
初めは建築を見たいと言っていたはずなのに、一日も経たないうちに今度は船へ興味を持っている。
アルネア人の中で、メイルさんが一番楽しんでいるように見えた。
その日の夜も、食卓には魚と肉、それに野菜を使った料理が並んだ。
見学に来たアルネア人たちも昨日と同じように食事をとっていたが、食べ終わると全員でなにかを話し合っていた。
「どうかしましたか?」
ミレアさんが聞くと、マティアさんは上手く言葉にできないようで少し考える。
「いや、大したことじゃないんだ。いつもと同じくらいの食事量のはずなんだけど、やけにお腹が満たされているというか……」
「もしかして食べすぎちゃいました?」
リシアが聞くと、マティアさんは首を横に振った。
「そうじゃないんだよね。お腹が苦しいわけではないからさ」
近くに座っていた別のアルネア人も口を挟む。
「私も昨日からちょっと思ってた。いつもと同じくらいしか食べてないのに、妙に満足するんだよね」
「分かる。なんか、しっかりご飯を食べたぞって感じがする」
何人かが同じようなことを言い始める。
ミレアさんは何か心当たりがあるらしく、少し考え込んでいた。
「私も……最初の頃、似たような感じがあったかもしれません」
「最初の頃?」
「リーヴァで暮らし始めた頃です。前より疲れにくくなった気はしてたんですけど、静かな部屋で休めるようになったからだと思っていました」
確か、ミレアさんの糸の品質があがってきたのも同じ時期だったように思える。なんとなく、集中して作業できる部屋や個室のおかげかと思っていたが、もしかすると食事の影響も大きかったのかもしれない。
その日の夜はそれ以上答えも出ず、アルネア人たちも共有の建物へ戻っていった。
三日目の朝。
僕が起きて共有の建物へ向かうと、すでにマティアさんたちが外で話していた。
昨日までとは違い、十人全員が集まっている。
「おはようございます。今日はみなさんどちらに向かわれるんですか?」
声をかけると、マティアさんが僕の方を向いて笑う。
「おはよう。その前にエイルに話しておきたいことがあるの」
少し遅れてリシアとミレアさんもやってくると、マティアさんは周りのみんなを一度見てから話し始めた。
「昨日の夜から、みんなで相談してたんだけどね。私たち、リーヴァで暮らしたいと思ってる」
ミレアさんが目を見開く。
「最初は何日か様子を見てから考えるつもりだったけど、思ってた以上に暮らしやすかったからさ。全員同じ意見だよ」
別のアルネアの女性も笑いながら続ける。
「自分の部屋が持てるのもいいし、ミレアの仕事なら私たちにもできるでしょう? ミレア一人でやってたら限界もあるだろうしね」
「私は自分の糸の変化をもう少し確かめてみたいな。昨日だけでもいつもと少し違ったし」
メイルさんは聞くまでもないようで、僕たちの後ろにある作業場の方を見ていた。
「俺はまだ試したいことが山ほどある。ガドのところもそうだし、今日はナギに船を見せてもらう約束もしたからな」
「メイルさんはもう住むつもりだったんですね」
ミレアさんが笑う。
「昨日の昼には半分くらい決めてた」
「早すぎません?」
みんながメイルさんに笑ったあと、マティアさんが少しだけ真面目な表情に戻る。
「それと、食事のことも気になってるんだよね」
「やっぱり昨日の?」
「うん。何が違うのかは分からないけど、今朝起きても身体が軽いし、昨日は結構糸を出したのに疲れがほとんど残ってないの。ここで何日か暮らしてみて、普段の食事と何か違うんじゃないかってみんなで話してた」
森の集落でも食べるものに困っているわけではないと聞いている。それでも何か違うのだとしたら、料理の量ではなく中身なのかもしれない。
「ミレアさんもずっとここで食べてるもんね」
リシアが言うと、ミレアさんも自分の手を見る。
「そうですね……糸が良くなったのも、自分の部屋だけが理由じゃないのかもしれません」
「前の集落と食事で違うものっていうと、魚や肉が多いことかな?」
何が関係しているのかは、まだ誰にも分からない。
それでも、アルネア人のみんながリーヴァで数日過ごして感じた変化は、ここで暮らしてみたいと思うには十分だったようだ。
「分かりました。それなら、僕たちは大歓迎です」
僕が答えると、リシアも嬉しそうに頷く。
「家を建てる場所も残っていますからね。何人で一緒に暮らすかだけ決めてもらえれば、ガドさんたちにも相談できますよ」
「その前に一度荷物を取りに戻らないとね」
マティアさんがそう言うと、何人かも頷いた。
ミレアさんはしばらくみんなの顔を見回していたが、やがて我慢できなくなったように笑った。
「……みなさんとまた一緒に暮らせるんですね」
「今度はミレアに仕事を教えてもらうこともありそうね」
マティアさんがそう返すと、ミレアさんは少し照れながらも嬉しそうに頷いていた。
その横では、話が終わるのを待っていたメイルさんがナギさんを探してすでに海の方を見ている。
「話は決まったんだろ? じゃあ俺、船見てきていいか?」
ミレアさんが呆れたように笑うと、メイルさんは気にする様子もなく海の方へ歩き始めた。




