60. アルネアの集落へ、再び
ミレアさんがアルネア人の仲間へ声をかけたいと話した翌日、僕とリシアも一緒に彼女が以前暮らしていた集落へ向かうことになった。
今回はカルウスたちにお願いして連れていってもらう。
道を進みながら、ミレアさんが今回声をかけたい人について話してくれた。
「マティアさんという方がいらっしゃって、服を仕立てるのがとても上手なんです。面倒見の良い方で、小さい頃からよくお世話になっていたんです」
「そうなんですね。ミレアさんより服作りが上手なんですか?」
「もちろんですよ!私が服を作るようになったのはリーヴァへ行ってからですしね」
そう言って笑ったあと、ミレアさんはもう一人の名前を挙げた。
「メイルさんにも声をかけてみたいです。男の人なので、私たちとは糸の特徴がかなり違うんですよ」
「たしか…男性の方が丈夫な糸を作れるんでしたっけ?」
「はい。でも、硬いので衣類にはあまり向かないんです。集落でも物を縛ったりとか、主に布ではなく紐や糸そのものとして使われることが多かったです」
ミレアさんからアルネア人の話を聞いていると、以前に一度来たことのあるアルネア人の集落が見えてきた。
家々の間では何人かが作業をしており、軒先にはまとめた糸や洗った衣服が掛けられている。作業場のような所では湯を沸かしている人もいて、以前訪れた時と大きく変わった様子はなかった。
集落に入る前にカルウスから降り、みんなを驚かせないよう集落の外でカルウスを待機させる。
僕たち三人だけで集落へ入ると、家の前にいた女性がこちらを見て動きを止める。
「……ミレア?」
声を聞いたミレアさんの表情が一気に明るくなった。
「お母さん!」
ミレアさんが駆け寄ると、お母さんも驚きながら嬉しそうに娘を迎える。しばらく顔を見合わせて話していたけれど、少し遅れて僕たちにも気づく。
「あら、エイルさんとリシアさんも一緒だったのね。二人とも久しぶりね」
「お久しぶりです」
挨拶を返している間にも、お母さんはミレアさんの姿を何度も眺めていた。
「元気そうでよかったわ。前に会った時より、なんだか顔色も良いんじゃない?」
「そ、そうかな?」
「そうよ。ちゃんと楽しく暮らしてるって顔してるわ」
ミレアさんが少し照れながら頷くと、お母さんも安心したように笑った。
僕たちはそのまま家へ招かれ、久しぶりに訪ねてきた理由を話すことになった。
「それで、今日はどうしたの? 顔を見せに来てくれたのは嬉しいけど、それだけじゃないんでしょう?」
「実はちょっと相談したいことがあるの。でもその前に、今の村の話も聞いてほしくて」
ミレアさんは僕たちが暮らしている村にどんな変化があったか話し始めた。
フェル人やドゥルガ人が増え、その後ネレイス人たちも移り住んできたこと。住民が急に増えたのをきっかけに家や道の配置まで見直し、今では六十人以上が暮らしていることを聞くと、お母さんは驚いたように目を見開く。
「六十人以上? 最初はあなたたち三人だけで暮らしていたのよね?」
「そうなの。でも今は家もたくさん建って、ちゃんと村らしくなってるんだよ」
「すごいじゃない。ミレアは今どこで暮らしてるの?」
「エイルさんとリシアさんと三人で同じ家に住んでるよ。新しく建ててもらったの」
お母さんが少し意外そうな顔をしたので、ミレアさんはすぐに言葉を続ける。
「自分だけの部屋もあるんだ。糸を作りたい時とか、ゆっくりしたい時はその部屋を使ってるの」
「へぇ。自分だけの部屋があるの?」
「そう!しかも自分の部屋で糸を作るようになってから、前よりいい糸が出るようになったの」
ミレアさんは持ってきた荷物を開き、中から今作っている糸と布を取り出した。
お母さんはまず糸を手に取ると、指先で太さを確かめながら何度も眺め、その後に布も広げて表面を撫でる。
「前よりずっと綺麗になってるじゃない。太さも揃ってるし、布にしてもこんなに滑らかになるのね」
昔からミレアさんの糸を見てきたからこそ、その違いがすぐ分かったのだろう。
お母さんはもう一度糸を確かめながら、興味深そうに眺めていた。
しばらく糸や布を確認したあと、改めて今日戻ってきた理由を尋ねられた。ミレアさんは少し姿勢を正す。
「実はね、ここにいる人たちの中で、私たちの村に来てみたい人がいないか聞きに戻ってきたの」
お母さんも真剣にミレアさんの話に耳を傾ける。
「新しく家を建てる準備もできてるから、そこは心配しなくて大丈夫。色んな種族の人たちと一緒に暮らしてて、初めは慣れないこともあったけど、 私は今の暮らしがとても気に入ってるの。だから、もし興味がある人がいたら一度見に来てもらいたいなって」
ミレアさんは少し間を置いてから話を続ける。
「それと……村の仕事をみんなに手伝ってもらいたくて」
「糸づくりのこと?」
「うん。最近、人が増えてきて私一人じゃ限界になってきて……服の修理はみんなも手伝ってくれるけど、新しい服を作るための糸や布が全然追いつかないの」
お母さんは事情を聞くと、納得したように笑う。
「でも仕事をお願いするなら、向こうでちゃんと暮らしていけるのかも大事ね」
「それは大丈夫だよ。畑で採れた野菜もあるし、ネレイスのみんなが魚も獲ってきてくれるの」
「魚ももらえるのは良いわね…… そこまでしっかり考えているなら大丈夫そうね。それなら興味がありそうな人に声をかけてくるからちょっと待ってなさい」
お母さんが家を出ていき、しばらくすると何人かのアルネア人を連れて戻ってきた。
「久しぶりね、ミレア」
最初に声をかけてきたのは、ミレアさんより少し年上に見える女性だった。落ち着いた雰囲気で、久しぶりに会ったミレアさんの姿を見て嬉しそうに笑っている。
「お久しぶりです、マティアさん」
「元気そうね。そちらのお二人が今一緒に暮らしてる人たち?」
「エイルです。よろしくお願いします」
「私はリシア。よろしくね」
紹介されて僕たちも挨拶を交わしていると、後から入ってきた男性が、僕たちよりも先に机の上へ置かれた糸に気づいた。
「これ、ミレアの糸か?」
「メイルさん、来て早々それですか?」
「昔と全然違うじゃないか。ちょっと見せてくれ」
ミレアさんから一本受け取ると、メイルさんは指で撚りを確かめ、今度は少し力を入れて左右へ引っ張った。
「細いのに結構強いな。以前とは見た目も大違いだ」
「丈夫になったとは思いますけど、メイルさんの糸ほど頑丈じゃないですよ」
「俺のは固くて丈夫すぎるんだ。紐を作ることくらいしか用途がない」
ミレアさんの糸を満足いくまで確認すると、僕たちの顔を改めて確認する。
「遅くなった、メイルだ。ミレアとは昔からの付き合いなんだ」
「僕はエイル、隣がリシアです。メイルさんの糸は布作りには使わないんですか?」
「ああ。男の糸は硬すぎるからな。布にすると使い勝手が悪いんだ。」
メイルさんは腕を組みながら、話を続ける。
「いつか男の糸にも、紐以外の使い道を見つけたいんだよ。それが俺の目標みたいなもんだ」
僕としては紐に使えるだけでも十分すごいように思える。だが、確かにミレアさんの糸を見ていると、男性のアルネア人の糸にも可能性を感じられるような気がした。
何人かが腰を下ろし、ようやく全員が落ち着いたところでミレアさんはリーヴァ村について話し始めた。
六十人以上が暮らしていることや、フェル人、ドゥルガ人、ネレイス人がそれぞれ得意な仕事をしながら生活していること、新しい住人が増えたことで村全体の家や道まで作り直したことを伝えていく。
自分が僕とリシアの三人で暮らしながら自分だけの部屋があることを話すと、興味を示す人は多かった。
「他の種族と一緒に住んでて、困ったりすることはないの?」
一人の女性から尋ねられ、ミレアさんは少し考えてから答える。
「習慣や今までの生活様式が違うので、最初は慣れないこともありました。でも今はほとんど困ることはないですね」
「本当に一人で使える部屋があるの?」
「もちろんです。三人か四人で一つの家に暮らすことになりますが、各々の部屋は用意してあります」
ミレアさんがバッグから自分の糸を取り出して、話を聞いているアルネア人に手渡す。
「私はリーヴァ村にきて、日に日に糸の品質が良くなってきました。自分だけの落ち着いた環境があるからなのか、村のみなさんが美味しい食材を採ってきてくれるからなのか、理由はまだはっきり分かりません」
ミレアさんはみんなの顔を見ながら、今日一番伝えたかったことへ話を移した。
「もしリーヴァ村に興味がある人がいたら、一度来てみてほしいと思ってます。村に住むかどうかは、実際に見てから決めていただいて大丈夫です」
そこまで話し、今度は少しだけ表情を改める。
「そして、私からもお願いがあります。もし村に来ていただけるなら、糸や布を作る仕事を手伝ってほしいんです」
マティアさんをはじめ、集まった人たちは黙って続きを聞いている。
「最近、リーヴァ村の人数が増えてきて一人では仕事が追いつかなくなってしまいました……」
ミレアさんはそこで変に遠慮することなく、まっすぐみんなを見る。
「……どうか、みなさんの力を貸していただけないでしょうか?」
マティアさんは少し考えてから、柔らかく笑った。
「そういうことなら分かりやすいね。ミレア一人で六十人以上いる村の服を見るなんて無茶だもの」
周りから小さな笑い声が上がる。
「私は一度行ってみたいかな」
「ミレアがどんなところで暮らしてるのか見てみたいし、自分の部屋ってのも興味あるね」
「こんな綺麗な糸が出るようになるなら、私も行ってみたい!」
何人か女性のアルネア人が声を上げる。
「俺も行く。リーヴァ村にはドゥルガ人がいるって本当か?」
メイルさんが真剣な表情で質問する。
「ええ、いらっしゃいますよ。ドゥルガ人のみなさんがいつも家の整備などもしてくださってます」
「……それなら、アレを試せるかもしれない」
メイルさんが小さな声で呟く。
ハッキリとは聞き取れなかったが、ガドさんたちとなにか試してみたいのかもしれない。
その後も質問は続き、家や食事、仕事については僕やリシアからも説明した。
「本当に、私たちのことも受け入れてもらえるの?」
そう尋ねられ、僕は頷く。
「リーヴァで一緒に暮らしたいと思ってくれるなら大歓迎です」
「居住区にもまだ余裕はありますし、新しい家も準備できますよ」
リシアが続けると、集まった人たちの間で相談する声が少しずつ増えていった。
ミレアさんのように糸の状態が変わるのか試してみたい人もいれば、他の種族が暮らす村そのものに興味を持った人もいる。すぐに移住すると決める人はいなかったけれど、一度リーヴァまで行ってみたいという人を数えていくと、女性六人と男性四人の合わせて十人になった。
リーヴァ村へ向かう日を決める相談が始まったところで、ミレアさんがお母さんの方へ目を向けた。
「お母さんはどうする?」
「私はここに残るわ。こっちでの仕事だってあるしね」
少しだけ残念そうな顔をしたミレアさんへ、お母さんは笑いかける。
「そんな顔しなくてもそのうち遊びに行くわよ。あなたがそんなに楽しそうに話す村なら、私だって一度くらい見てみたいもの」
「絶対来てね。私が案内するから」
「ええ、楽しみにしてるわ」
ミレアさんは嬉しそうに頷いた。
相談の結果、アルネア人のみなさんは二日後にリーヴァへ向かうことになった。
僕たちはカルウスを待たせたままだったので、先に村へ帰り 必要な準備を進めることにした。
帰り道のミレアさんは、来た時よりもずっと楽しそうな表情をしていた。




