59. 増え続ける仕事
最初は子供たちを街へ連れていくために始めた勉強会だったけれど、その後も数日おきに続けているうちに共有の建物へ集まる顔ぶれは少しずつ変わっていった。
子供たちはほとんど欠かさず顔を出し、大人も聞きたい内容がある時には自然と混ざっている。僕とリシアがお金や街のことを話す日もあれば、グレナさんが建築に関わることを教えたり、フィアが畑の話をしたりする日もあった。
この前はナギさんたちが潮の動きについて話し始め、気づけば僕まで子供たちと一緒になって聞いていた。
そんな勉強会にも慣れてきた頃、僕はミレアさんの織物の作業場を訪れた。
新しく作った作業場は以前より広く、大きな織機を置いてもまだ余裕がある。糸をまとめておく場所も作ってもらったので、建てたばかりの頃にはミレアさんもずいぶん使いやすくなったと喜んでいた。
しかし、入口を開けたところで思わず足が止まる。
壁際に置かれた籠の中へ何着もの服が積まれ、その隣には布や糸とは別に、破れたりほつれたりした衣服までまとめられていた。机の上にも途中まで縫われた服が広げられていて、いつも整っている作業場にしては珍しく散らかっているように見える。
「ミレアさん、これ……全部頼まれてる服ですか?」
織機の前に座っていたミレアさんが振り返り、少し困ったように笑った。
「そうなんです。こっちの籠が直してほしいと言われたもので、向こうがこれから作る予定の新しい服です」
見てみると、修繕を待っている服だけでもかなりの数がある。
袖口が裂けたものや、膝の辺りに穴が開いたもの、縫い合わせた部分がほつれているものがあり、中にはどうやって破いたのか聞きたくなるほど大きく裂けた服まで混ざっていた。
「これは……誰のですか?」
僕が一着持ち上げると、ミレアさんが確認してから答える。
「たしか、ダグラから来た方のものですね。木材を運んでいる時に引っかけたそうです」
「これは直すというより、作り直した方が早そうですけど……」
二人で話している間にも、入口から声が聞こえてきた。
振り返ると、ネレイス人の女性が子供を連れて立っている。
「ミレア、ちょっといいか? この子の服なんだけどさ」
差し出された服は破れてはいなかったものの、子供が着るには明らかに小さくなっていた。袖も短く、裾も以前より上まで来てしまうらしい。
「少し仕立て直せばまだ着られると思いますよ。そこの籠に入れて置いてください」
「いつも助かるよ。急ぎじゃないからいつでも大丈夫だからね」
女性はそう言って服を預けると、子供を連れて帰っていく。
「最近は毎日こんな感じですね」
以前からミレアさんは、リーヴァで暮らす人たちの服を少しずつ作り続けていた。
最初は僕やリシアのものを直したり、ガドさんの体格に合わせて新しい服を試したりするところから始まり、その後フェル人たちが増えてからも、必要な人の分を順番に作ってくれている。
最初は数人しかいなかった村に、今では60人以上が住んでいる。ミレアさん一人では限界なように感じた。
「新しく作る分だけなら順番に進められるんですけど、最近は直してほしいと持ってくる人も多くて……一着直している間に、また何着か増えてしまうんです」
ミレアさんはそう言いながら、途中になっていた服へ視線を戻す。
今のまま仕事が増え続ければ、そのうち本当に追いつかなくなりそうだった。
「一度リシアにも相談したほうがよさそうですね」
「そうですね。私も、誰に何を頼まれているのか分からなくなりそうで……」
その日の夕方、リシアにも作業場へ来てもらった。
「……思っていたよりたくさんあるね」
修繕を頼まれているもの、新しく作っているもの、子供が成長したため大きさを直す必要があるもの。それぞれを分けてみるだけでも、ミレアさんが一人で抱えている仕事の多さがよく分かった。
「とりあえず、急ぎのものからやりましょう。破けちゃってる服の修理からでいいかな?」
リシアがそう言うと、ミレアさんもすぐに頷く。
「簡単な服の修繕くらいなら、やり方さえ分かれば他の人でもできるかな?」
「そうですね。小さなほつれや穴を直すくらいでしたら、難しくないかもしれません」
「それなら、今度手伝ってくれる人がいないか声をかけてきますよ」
「いいんですか? ……正直、すごく助かります」
翌日、勉強会の最後にその話をすると、思っていたより多くの人が手を挙げた。
中でもネレイス人は普段から網を補修しているため、糸を扱うこと自体には慣れている人が多いようだった。もちろん網と服ではやり方が違うものの、ミレアさんが一度やり方を見せると、器用な人はすぐに真似していた。
グレナさんも当然のように混ざっている。
「ここはこうかい?」
「はい。あまり強く引っ張ると布が寄ってしまうので、もう少し緩くて大丈夫です」
「なるほどねえ。やっぱり石を削ったりするのとは全然ちがって難しいね」
最初のうちは縫い目が大きくなったり、布を引っ張りすぎたりする人もいたけれど、何度か試すうちに簡単なほつれや小さな穴なら直せる人が増えていった。
自分の服くらいは自分で直してみようとする人も出てきたので、数日後には作業場に積まれていた修繕待ちの服が目に見えて減っている。
「だいぶ片づきましたね」
僕が籠の中を覗くと、ミレアさんも嬉しそうに頷いた。
「これなら修理は何とかなりそうです。皆さん覚えるのが早くて、本当に助かりました」
以前なら、破れた服があればミレアさんのところへ持っていくのが当たり前になっていたけれど、これからは自分たちで直せるものも増えていくだろう。
ところが、修繕待ちの服が減っても、新しい服の方はなかなか増えていなかった。
服を一着作るには、まずミレアさんの糸を大量に用意しなければならない。
ミレアさんが指先から出す糸はそのままでは細すぎるため、一度集めて湯で扱いやすくしてから、何本もまとめて実際に使える太さへ撚っていく。そこからさらに織機で布にするので、誰かが縫製を手伝えるようになっても、糸そのものを作ることはミレアさんにしか出来なかった。
「今ある布で、あと何着くらい作れそうなんですか?」
「大人用なら数着くらいだと思います。子供用ならもう少し作れますけど、それを使い切ったらまた糸を貯めないといけませんね」
作業場が広くなり、織機も使いやすくなったことで、以前より布を作る速度は上がっている。
それでも、糸を作る人がミレアさん一人なのは変わらない。
人口が倍になれば、服を必要とする人もそれだけ増える。今は持ってきた服が使えている新しい住民も、何か月、何年と暮らしていれば、いずれ新しいものが必要になる。
「今の人数だと、ずっと追いかけっこになりそうです」
ミレアさんは自分の指先を見ながら呟く。
僕たちができるところを手伝えば負担は減らせるけれど、ミレアさんにしかできない仕事までは難しい。
その後、夕食を終えて家へ戻ると、ミレアさんはいつもより静かだった。
三人で暮らすようになった家にも少しずつ慣れ、それぞれ自分の部屋で過ごす時間も増えたけれど、食事の後は共有の部屋で話していることが多い。
リシアが翌日の予定を書き留めている横で、ミレアさんはしばらく何かを考えていた。
「どうしました?」
声をかけると、ミレアさんは一度こちらを見てから、姿勢を少し正す。
「エイルさん、リシアさん。相談したいことがあるんです」
リシアも手を止めて顔を上げた。
「もしかして服のことですか?」
ミレアさんは少し迷ってから続ける。
「……私と同じアルネアの人たちに、リーヴァへ来てみないかって話をしてみたいんです」
予想していなかった言葉に、僕とリシアは顔を見合わせた。
「アルネアの人たちを?」
「はい。今すぐ来てくれるかは分かりませんし、そもそも来たいと思ってくれるかも分かりません。でも……ここなら、自分の部屋も持てますし、仕事もあります。それに、みんなも普通に接してくれるから」
ミレアさんが自分の部屋の方へちらりと目を向ける。
リーヴァへ来たばかりの頃は、大勢と同じ場所で暮らすことにも慣れていなかった。自分だけの空間を用意してから糸の調子まで良くなったことを思えば、ミレアさんにとって今の暮らしがどれほど大きく変わったのかは僕にも分かる。
「服を作るためだけに呼びたいわけじゃないんです」
ミレアさんは言葉を選びながら話を続けた。
「私みたいに、落ち着いて暮らせる場所を探している人もいると思うんです。もしその人たちがここを気に入ってくれて、その上で一緒に糸や布を作れたら……私も嬉しいです」
リシアが柔らかく笑う。
「いいんじゃない? 家を建てる場所もまだありますし。大きな工事も落ち着いたから、新しい家を増やす余裕もあると思います」
「僕も賛成です。以前ミレアさんが暮らしていた集落で募集してみますか?」
「そうですね。何人か心当たりがある方もいますし、集落に戻ってみようと思います」
ミレアさんの表情が少し明るくなる。
「じゃあ、一度会いに行ってみましょうか」
僕がそう言うと、ミレアさんは嬉しそうに頷いた。




