57. 勉強
予定になかった家まで増え始めてからも、リーヴァの建築は休むことなく続いていた。
ダグラから仕事に来ていた六人がこのまま村で暮らすと決めたことで最初に考えていた十五軒では足りなくなり、空けておいた区画にも新しい柱が立ち始めている。
さらに数日が経つと、ダグラから大きな荷物を抱えた人たちが続々とやってきた。
「おっ、来た来た!」
作業をしていたドゥルガ人の一人が声を上げ、持っていた木材を置いて駆けていく。
向こうから歩いてきたのは女性や子供を含めた八人ほどのドゥルガ人だった。移住を決めた六人のうち何人かが、里に残していた家族を呼んだらしい。
「思ったより早かったな」
「道ができたおかげね。前みたいに何日も準備する必要なかったから」
久しぶりに家族と会った男たちは嬉しそうに荷物を受け取り、そのまま自分たちで建てていた家へ案内していく。
今日リーヴァについたばかりのドゥルガの人たちも、まだ作り途中の自分たちの家を気にする様子もなく、むしろ柱や壁を確かめながら楽しそうに話していた。
その日のうちにリシアが改めて人数を確認すると、ダグラから新しく移り住むドゥルガ人は十四人になった。
一方、海辺の集落からも少しずつ荷物が運び込まれている。
ネレイスのみんなが持ってくるのは衣類や食器、普段使っている小さな道具が中心で、船や網、大きな漁具は今までの集落へ残してある。以前の集落は今後も仕事場としてそのまま使うため、海辺の景色自体は大きく変わらない。
長く暮らした家から荷物を運び出していた年配のネレイス人が、空になった部屋を振り返る。
「こうして見ると、やっぱり少し寂しくなるな」
隣で荷物をまとめていたナギさんが笑った。
「明日の朝にはまた仕事で来るんだから、そんな大げさな別れじゃないだろ」
「まあ、それもそうだな」
年配のネレイス人は笑いながら残った荷物を持ち上げた。
船も網も残り、朝になればまた仕事でこの集落に集まる。住む場所が変わるだけで、この海辺との付き合いまでなくなるわけではなかった。
新しく建てた家が増えるたび、リーヴァでも引っ越しが進んだ。
フェル人たちは家族や近しい人同士で三人から四人ずつに分かれ、ドゥルガ人も同じように新しい家へ荷物を運んでいく。ネレイス人たちが使う家も次々と完成し、海辺から来た子供たちは自分たちの家が決まると、荷物を運ぶより先に中を見て回っていた。
僕たちが暮らす家をどうするかという話になったのは、その頃だった。
「エイルと私は一緒でいいとして、ミレアさんはどうします?」
新しい家の割り振りをしていたリシアが、人数を書いた板を見ながら尋ねる。
ミレアさんは今まで僕たちと同じ大きな家で暮らしていたけれど、新しい家は三人から四人で使うことを前提に作られている。
「ミレアさんさえよければ、これからも三人で住みませんか?」
声をかけると、ミレアさんは少し意外そうに目を瞬かせたあとすぐに嬉しそうな表情を見せた。
「もちろんです。私も今さら一人で別の家に移るのは寂しかったので嬉しいです」
「じゃあ決まりですね。三人ならそれぞれ自分の部屋を持てそうですね」
新しい家には小さな共有の部屋とは別に、それぞれが一人で過ごせる部屋が作られている。
ミレアさんの部屋は、糸を作る時にも落ち着けるよう家の奥側に置かれている。大きな織機や布を扱う作業は別に作った織物の作業場を使うけれど、自分だけの空間があることにはかなり喜んでいた。
完成した日に三人で荷物を運び込むと、それまで大勢で使っていた家とは随分違って感じる。
「なんだか、本当に自分たちの家って感じがしますね」
ミレアさんが部屋の入口から中を眺めながら笑う。
「今までの家も好きだったけど、こっちの方が静かで落ち着きそうだね」
リシアも荷物を置きながら周囲を見回していた。
僕も自分の部屋へ荷物を運んでみたけれど、今まで一人で使える場所なんてほとんどなかったので何をどこへ置けばいいのか少し迷う。
それを見た二人に笑われながら、新しい家での生活が始まった。
建築を始めてからしばらく経った頃には、予定していた建物のほとんどが完成していた。
住宅は十八軒。
食料を置く倉庫と、道具や資材を置く倉庫も分かれ、広場の近くには以前より使いやすい炊事場がある。木や石を扱う作業場所は住宅から離れた場所へ移され、家畜やグラウス、カルウスたちのいる場所も村の外側にまとまった。
リシアが全員の移動を確認してから、記録していた板を見直す。
「これで六十四人ですね」
少し前まで三十人ほどだった村に、いつの間にか倍以上の人が暮らしている。
広場から伸びる道の両側には新しい家が並び、その間にはまだ何も建っていない区画も残っていた。新たに住人が増えてもすぐに家を建てられるようになっている。
以前使っていた小さな家や小屋は少しずつ取り壊されたものの、一番大きな建物だけはそのまま残した。
「これだけ広いなら壊すのも勿体ないだろう」
セナの言葉もあり、みんなで相談した結果、集会や来客の時に使う共有の建物にすることになった。雨の日に何か作業をしたい人が集まってもいいし、誰かが一時的に泊まる場所としても使える。
そんな新しい使い方が決まってから数日後、僕はその建物でリシアと一緒に荷物を整理していた。
以前使っていた箱の中から、街へ行く時に持っていく袋や、エドガーさんと旅をしていた頃に使っていた古い道具が出てくる。
「それなにー?」
いつの間にか入口から覗いていたフェル人の子供が、僕の手元を興味深そうに見ていた。
「昔、街に住んでいた時に使ってたものだよ」
「街?」
その言葉を聞いた途端、近くで遊んでいた子供たちまで寄ってくる。
「エイルって街に何回も行ってるんだろ?」
「この前も魚とか布を売りに行ったんでしょ?」
「俺も行ってみたい!」
一人が言い出すと、すぐに別の子まで「私も!」と続き、気づけばフェル人だけではなくネレイスとドゥルガの子供たちまで混ざっていた。
街がどれくらい大きいのか、何が売っているのか、人がどれくらいいるのかと質問攻めにあった。
「連れていくのはいいけど、街ではリーヴァ村と違うこともとても多いよ」
僕がそう言うと、騒いでいた子供たちが少しだけ静かになった。
「お店で物を買うならお金を計算しなきゃだし、勝手に入っちゃいけない場所もある。人も多いから、何も知らないまま連れていくのはちょっと心配かな」
「じゃあ、どうしたら連れてってくれるの?」
真剣な顔で聞いてくる子供に、リシアと顔を見合わせる。
昔の僕も、街のことなんて何も知らなかった。
銅貨と銀貨の違いも、店で物を買う方法も、王国の中にどんな決まりがあるのかも、ほとんどエドガーさんとの旅の中で覚えたものだ。
「だったら、みんなで勉強してみる?」
「勉強?」
「そう。お金の使い方とか、街でのルールや気をつけることとか。ちゃんと覚えられたら今度一緒に街へ行こうか」
その瞬間、さっきまで真剣な顔をしていた子供たちが大きな声で手を挙げ始める。
「私やりたい!」
「僕も勉強してみたい!」
「俺、お金くらい分かるぞ!銅貨をいっぱい集めたら金貨になるんだろ?」
僕とリシアは思わず笑ってしまう。
ちょうど入口の近くを通りかかったフェル人の大人も、話が聞こえていたらしい。
「金の話なら俺も混ざっていいか? 最近は村でも銀貨とか銅貨の話をよく聞くけど、正直ぴんと来てなくてな」
その後ろにいたネレイス人も足を止める。
「そういえば、俺もちゃんと教わったことなかったな。魚と物を交換するだけなら困らなかったけど、今は俺らの魚を街で売ってるんだろ?それならお金のことは知っておいた方が良さそうだよな」
子供たちのために始めるつもりだった話に、村の大人まで興味を示し始めた。
「それでしたら、みなさん一緒に勉強会をやりましょうか」
「いいじゃん!村のみんなに声をかけてみて、興味がある人には参加してもらおうよ」
リシアも乗り気みたいなので、僕とリシアで基本的な街で必要な知識の勉強会を開くことになった。
僕たちも簡単に話す内容を決めたかったので、勉強会は翌日の夕方から開催することになった。
そして、翌日。
日が少しづつ傾いてきた頃、以前僕たちが使っていた共用の建物へ行くとすでに十人以上が集まっていた。
子供たちが前の方に座り、その後ろには大人たちがいる。端の方ではグレナさんも腕を組んで座っていた。
「グレナさんも来たんですか?」
「もちろんさ。何事も知っておいて損することなんてないからねえ」
グレナさんの言葉に、他の大人たちも頷く。
僕は部屋全体を見回してから、ゆっくりと深呼吸をする。
最初に話すのは、街へ行けば必ず使うことになるお金について話す予定だ。
「じゃあ、今日は貨幣…つまりお金のことについて話をするね。僕も人に教えるのは初めてだから、分かりにくいところがあったら教えてね」
子供たちが真剣な顔でこちらを見る。
後ろにいる大人たちも、思っていたよりずっと集中していた。
簡単な数字を書いていると、ふと昔のことを思い出す。
エドガーさんも、何も知らない僕とリシアにこんなふうに一つずつ教えてくれていた。
今度は僕が、それをみんなへ伝える番だった。




