56. 村の作り直し
「魚を獲る仕事場としてここは残して、もっと土地に余裕のあるところに家を建てた方がいいと思うよ」
グレナさんの言葉に、僕たちは自然とリーヴァの方角へ目を向けていた。
ナギさんもしばらく黙っていたけれど、やがて海辺に並ぶ家々を見回す。
「……リーヴァに住むってことか」
「ここからなら毎日でも行き来できるだろ? 家まで海の真横に置いておく必要はないんじゃないかなって思っただけさ」
グレナさんはそう言いながら、船を引き上げる浜辺の方へ顎を向けた。
今の集落は漁をするには都合がいい。船も網も魚を干す場所も揃っていて、ここを手放す理由はないけれど、だからこそ無理に家まで増やして狭くする必要もなさそうだった。
「リーヴァなら海から離れるわけでもないですし、ここまで来るのもそんなに時間はかかりませんよね」
リシアが言うと、ナギさんも頷く。
「俺なんか普段から魚持ってふらっと行ってるくらいだからな。漁に来るのが大変になるような距離じゃないだろう」
少し離れたところで話を聞いていたネレイス人たちも、いつの間にかこちらへ集まっていた。
家が足りなくなりそうだという話は、もともと集落のみんなでしていたらしい。
「だったら、三軒だけじゃなくてみんなで移っちまうのもありじゃないか?」
一人がそんなことを言うと、周りからも声が上がる。
「こっちは船と道具だけ残せばいいしな」
「子供らもリーヴァ行くの好きだろ」
「家が新しくなるなら俺は賛成だぞ」
誰もがすぐに決めたわけではなかったけれど、反対する人もほとんどいなかった。もともと二つの集落は頻繁に行き来していて、知らない土地へ移る話ではないからだろう。
ナギさんはそんなみんなの様子を眺めてから、僕たちへ向き直る。
「一回ちゃんと話してからになるけど、たぶん全員そっちに住むことになると思う。二十人くらい一気に増えるけど、大丈夫か?」
「二十人……」
三軒の家を建てるつもりで来た話が、一気に大きくなった。
「土地ならまだありますし、まずはリーヴァに戻って考えてみましょう。ガドさんたちにも、どこへ建てるのがいいか見てもらいたいです」
その日はネレイスのみんなで改めて話し合うことになり、僕たちは一足先にリーヴァへ戻った。
翌日には、ナギさんたちから全員で移ることにしたと返事が届いた。
大人が十四人、子供が六人。
合わせて二十人が加われば、リーヴァで暮らす人は五十人ほどになる。
「……ずいぶん増えるね」
リシアが手元の記録を見ながら呟く。
これまでも新しい人が来るたびに家を増やしてきたけれど、二十人が一度に加わるのは初めてだった。
とりあえず家を建てる場所を決めるため、ガドさんやグレナさん、それにセナたちにも集まってもらい、村の中を歩いて回ることになった。
最初に向かったのは、今まで僕たちが暮らしてきた家の周りだった。
人数が少なかった頃に作った大きな家で複数人が暮らし、その後は人が増えるたびに必要な小屋や建物を近くへ足している。少し離れた場所には倉庫があり、その向こうでは家畜を飼っていた。
僕たちにはすっかり見慣れた景色だけれど、ガドさんは何度も立ち止まりながら周囲を眺めている。
「ここにネレイスのみなさんの家を増やすのは難しそうですか?」
僕が尋ねると、ガドさんは近くの家ではなく、その先に目を向けた。
「いや、増やせる」
それだけ答えてから、しばらくして言葉を足す。
「だが、全部作り直した方がいい。家だけでなく、道も倉庫も全てだ」
思っていたより話が大きく驚いている僕の横で、グレナさんは冷静に足元を見ながら口を開く。
「私もそれがいいと思うよ。今までは必要になる度に家を建ててきたから、ちょっとごちゃごちゃしてきてるしね。もっと人や建物が増えてからじゃ作り直すのも難しくなるから、やるなら今だね」
そう言われて村を見渡してみる。
倉庫へ向かう人と畑から戻ってくる人が同じ細い道を通り、家と家の間には後から作った物置まで置かれている。カルウスたちが水場へ行く時にも、住居のすぐ近くを横切る必要がある。
「だったら、村全体の配置から決め直すか?あっちのあの辺りなら地面もしっかりしてるよ。雨が降っても水は溜まりにくいし、畑にも海にも行きやすいと思う」
セナに案内されて歩くと、今の住居が集まっている場所より少し高くなった平坦な土地へ出た。
木は何本か生えているものの、森というほど密集してはいない。
「たしかに、ここなら広く使えるねえ」
グレナさんが歩幅を測るように行き来する。
「家同士の間隔もちゃんと空けよう。人が通るところに後から物置を置かれたら、また同じことになるからさ」
「今後新しく家を建てる時のことも考えて、あらかじめ場所を整理しておこうか」
ガドさんも反対しなかった。
そのまま縄と杭を持ってきて、大まかな位置を決めてみることになった。
広場から海へ向かう道。
ファルナや街へ向かう道。
畑へ続く道。
最初に生活の中心となる三つの道を決め、バランスを考えながら居住区や倉庫の場所を考える。
「ここから向こうまでを居住区に使うなら、かなり余裕あるね」
セナが杭を打った場所から先を見る。
「今いる人数だけなら、居住区全部を使う必要はなさそうですね」
リシアは人数を数えながら、必要になりそうな家の数を考えていた。
「一つの家に三人から四人くらいなら、十五軒あれば今の人数は入れそうです。ただ、今後のことを考えるなら二十軒以上建てられる場所は残しておきたいですね」
これから新しく作る家は今まで暮らしてきたような大きな家とは違い、少人数で暮らすことを前提とした家らしい。完成した家から順次引越しを行う予定だ。
一番大きな建物だけは取り壊さず、みんなで集まったり、誰かが泊まったりする時に使うことになった。
倉庫も今の一棟だけでは手狭になってきているので、食料を置くものと道具や資材を置くものと用途ごとに分ける。
炊事場も広場の近くへ移動させる。
ガドさんたちが木や石を加工したりする作業場所も、住宅から少し離してまとめることになった。
家畜やグラウス、カルウスたちがいる場所はさらに外側へ移す。
杭を打つ場所が増えるほど、何もなかった土地に少しずつ形が見えてきた。
「これ、ドゥルガの七人だけでやるつもりかい?」
一通り決まったところで、グレナさんがガドさんを見る。
家だけでも十五軒もあり、さらに倉庫や作業場まで増やすとなれば相当な作業になる。
ガドさんは少し考えたあと、ダグラへ続く道の方角へ目を向けた。
「人を呼ぶ。せっかく道もあるしな」
誰を呼ぶのかは聞くまでもなかった。
翌朝、ガドさんとギランさんがダグラへ向かい、二日後には二十人以上のドゥルガ人を連れて戻ってきた。
これだけたくさんのドゥルガ人に手伝ってもらえるのであれば心強い。
それからのリーヴァは、朝からずっと槌や斧の音が響くようになった。
最初に作るのは住宅だった。
地面を均し、柱を立て、骨組みを組んでいく。
道路工事の時にも驚いたけれど、家を作る時のドゥルガ人たちはさらに手際がいい。
一軒目の柱を組んでいる横ではすでに二軒目の土台が作られ、その先では別の人たちが使う木材を揃えている。
僕たちは木材や食事を運んだり、建て終わった家へ荷物を移したりしながら、その後を追うだけでも忙しかった。
ネレイス人たちも、二十人以上いるドゥルガ人たちの為に大量の魚を用意している。海辺へ戻る時には空いた籠を持ち帰り、次の日になると魚をぱんぱんに詰めて戻ってくる。
道の整備の時のことを思い出したのか、料理を担当している人たちは最初から大鍋をいくつも用意していた。
新しい家が少しずつ完成していくと、古い住居から最初の引っ越しが始まった。
それまで大人数で一緒に暮らしていたフェル人たちも、家族や近しい人同士で荷物を運んでいく。
新しい家と家の間には十分な間隔があり、荷物を抱えたままでも楽に行き来できる。
子供たちは新しい家に興奮しており、家の周りを走り回っている。
「こら、自分の荷物は自分で運びな!」
セナの声が飛ぶと、遊んでいた子供たちが笑いながら走っていく。その横を、ネレイス人の子供たちまで一緒になって走っていた。
まだ住み始めてもいないが、すっかり村に溶け込んでいる姿を見て少し安心した。
建築が始まって数日が経過した頃。
僕は新しい住宅が増えている辺りを歩いていて、見覚えのない場所に柱が立っていることに気づいた。
杭で区切った場所なので、家を建ててもいい区画ではあるが、そこはまだ使う予定がなかったはずだ。
「ガドさん、あそこも建てることになったんですか?」
少し離れたところで作業していたガドさんへ聞くと、一度だけそちらを見る。
「俺は知らん」
「え、知らないんですか?」
ちょうど家の中から、ダグラから仕事に来ていた男達が顔を出した。
「お、ちょうどよかった。この辺に水を汲む場所も欲しいんだけど、どの辺りを使えばいい?」
「いや、その前に……その家、誰の家ですか?」
「うん?俺らのだぞ?」
あまりにも普通に返されて、すぐには理解ができなかった。よく見ると、その隣の区画でも別の二人が土台を作っている。
「俺もこっちに住むことにしたんだ」
家から出てきた男が、何でもないことのように言う。
「ダグラに帰らないんですか?」
「帰ろうと思えばいつでも帰れるだろ。道もできたしな。こっちにも仕事はあるし、なにより飯がうまい。せっかくだから里で待ってる奥さんと子供も連れてこっちで暮らそうと思ってな」
どうやら一人だけではないらしい。
仕事に来ていた人のうち六人が、リーヴァに残ることを決めたという。里に残ってる家族を連れてくる人もいるようだった。
「それで追加で家を建て始めたんですか?」
「ああ。ここなら家を建ててもいいって聞いたぞ?」
悪びれる様子がまったくない。
後ろからやってきたギランさんが、出来かけの家を見て大笑いする。
「お前ら、せめて先に言えよ!」
「建てちゃ駄目だったか?」
「駄目じゃないだろうが、リシアがきちんと管理してるんだぞ」
話を聞いてやってきたリシアは、怒るというより呆れた顔で六人を眺めていた。
「昨日まで五十人で計算してたんですけど……」
手元の板へ何かを書き足す。
「……まあ、正確な人数は全員の引越しが終わったら改めて記録します。家も予定より増やさないと…」
近くにいた人たちから笑い声が上がる。
リシアも呆れた顔をしているが、村に人が集まってくれることは嬉しいようで少し笑顔が溢れていた。
その日の夕方、僕とリシアは村全体を歩いて見回る。
まだ完成していない家も多く、土台だけの場所もあれば柱だけ立っているところもある。
それでも、今までとは明らかに景色が変わっていた。
広場から伸びる道の両側に家が並び始め、その先にはまだ何も建っていない区画が続いている。
海側ではネレイス人たちが荷物を運び、反対側ではフェル人が畑から戻ってくる。ダグラから来たドゥルガ人たちは、明日の作業に使う木材を積み上げていた。
「十五軒じゃ足りなかったね」
「まさかね……最初から余分に区画を空けておいて本当によかった」
二人で話している間にも、少し離れたところから槌の音が聞こえてくる。誰かがまだ作業を続けているらしい。
この分だと、完成する頃には最初に考えていたものより、もう少し大きな村になっていそうだった。




