55. ナギさんからのお願い
新しくやってきたグラウスとカルウスも、少しずつ村で過ごすことに慣れ始めていた。
先にいた仲間たちの近くで草を食べたり、水場まで一緒についていったりする姿も見かけるようになったけれど、キアはまだ仕事をさせるつもりはないらしい。毎日のように新しい三頭の様子を見ている。
ダグラまでの道を作り終えてから、リーヴァもようやく普段の暮らしに戻りつつあった。
道が繋がった日の夜には、三日間使い続けたファルナの炊事場で、そのまま簡単な宴会も開いた。
僕たちもダグラからファルナまで戻り、料理を作ってくれていた人たちも交えて大鍋の料理をみんなで囲んだ。ナギさんたちから譲ってもらった魚もたくさん並び、三日間働き続けたドゥルガ人たちは、仕事が終わったあとでも相変わらずよく食べていた。
「これだけ食べてもまだ入るの?」
呆れながら笑うフィアの横で、ガドさんは何事もないように次の魚へ手を伸ばす。
炊事を担当していた人たちからも笑い声が上がり、最後まで賑やかなまま三日間の作業は終わった。
あれから何日か経ち、ファルナとダグラを行き来する人も少しずつ増えている。
まだ毎日のように荷物が行き交うほどではないけれど、完成した道を試すようにダグラからリーヴァを見に来る人もいた。
そんな日の昼頃。
海の方から、魚を入れた籠を背負った見慣れた人が歩いてくる。
「エイル、いるかー?」
「あれ、ナギさんじゃないですか」
僕が声を返すと、ナギさんはいつもの調子で片手を上げた。
「今日も魚を持ってきてくれたんですか?」
「ああ。それもあるんだが、今日はちょっと別の用事があってな」
魚の入った籠を下ろしながら、ナギさんが少しだけ言いづらそうな顔をする。ナギさんがこんな表情をするのは珍しい。
「何か困ったことでもありました?」
「困ってるっていうほど大げさでもないんだけどな。ちょっと頼みたいことがあるんだ」
ちょうど倉庫から出てきたリシアもこちらへ寄ってくる。
ナギさんは二人が揃ったのを確認すると、村の家々へ目を向けた。
「……ガドたちに、俺らの家を建ててもらうことってできるか?」
思っていなかった頼みに、僕とリシアは顔を見合わせる。
ナギさんたちが暮らしている海辺の集落には、前に何度か行ったことがある。
海のすぐ近くに家が集まり、その周りには網や漁具を置く場所がある。リーヴァほど広い土地を使っているわけではないけれど、今までそこで困っている様子を見たことはなかった。
「今の家が壊れたとか?」
「そういうわけじゃないんだ。ただ、最近子供も増えて狭くなってきてな」
ナギさんは地面に置いた籠へ腰を預ける。
「小さかったやつらも大きくなってるし、めでたい事に集落で新しい子供も最近産まれてな。このままだといずれ住む場所が足りなくなりそうなんだ」
言われてみれば、ネレイスの集落の子供たちをよく見かける気がする。いつも元気に走り回っている姿を思い出す。
「自分たちでも建てられないことはないんだがな。ここの家を見てたら羨ましくなっちまってな」
ナギさんが少し恥ずかしそうにガドさんたちが建てた家を指さす。
海辺の集落にある家より広く、雨や風にも強い。住む人に合わせて少しずつ形も変えてある。
「そう言ってもらえるとガドさん達も喜びますよ。ちなみに何軒くらい必要なんですか?」
「うーん…急ぎでほしいのは三軒くらいだな」
ガドさんたちドゥルガ人七人だけでも建てられない数ではないと思うが、今はもうダグラへと道が繋がっている。
あの時一緒に作業した人たちの中には、仕事があるなら呼んでくれと言っていた人も何人かいたはずだ。
「ちょうどダグラの人たちにも、これから仕事をお願いしたいって話をしたところなんです」
「そうなのか!できればお願いしたいんだが…」
「まずガドさんたちに相談してみます。僕個人としてはぜひお手伝いさせてください。この間の道の整備の時も、ネレイスのみなさんにはかなり助けてもらいましたし」
ナギさんは少し困ったように笑った。
「あれくらい気にしなくていいって。余ってた分の魚を回しただけなんだから」
「それでも本当に助かりました。あの魚がなかったら、途中で食事が足りなくなってましたから」
「まあ、あの人数を三日も食わせてたらそうなるよな」
あの時のことを思い出して笑っているナギさんの横で、リシアはすでに何か考えているようだった。
「建てる場所はもう決めてあるんですか?」
「ある程度目星はつけてる。ただ、俺たちが決めるよりガドたちにも見てもらった方がいいかなと思ってさ」
それなら一度現地へ行った方がよさそうだ。ガドさんたちに実際の土地を見てもらった方が間違いない。
ちょうど昼を過ぎた頃、建物の修理から戻ってきたガドさんにも話をしてみる。
「三軒か」
「今すぐ必要なのはな。これからもう少し増えるかもしれないが」
ナギさんが答えると、ガドさんは少し考えてから海の方を見る。
「土地を見てみるか」
ガドさんが近くで別の作業をしていたグレナさんにも声をかけた。
「一緒に来てくれ」
「あら、私も行くの?」
「二人の方が間違いない」
「まあ、それもそうだねえ。準備するからちょいと待ってな」
グレナさんがキリのいい所まで作業を進め、出発の準備をする。せっかくなら今日のうちに見に行こうということになり、僕とリシアも一緒についていく。
ナギさんが持ってきてくれた魚を倉庫へ運んでから、五人で海辺へ向かった。
ネレイスの集落へ行く道は、何度も通っている。
リーヴァを出て海沿いへ進む。しばらくすると、見慣れたネレイスの集落が見えてきた。
集落へ入ると、網を直していた人や魚を捌いていた人たちがこちらに気づいた。
「お、ナギ。もう話してきてくれたのか?」
「ああ。とりあえず立地を見てもらうことになった」
それを聞くと、何人かが仕事の手を止めてこちらへ寄ってくる。
「こっちだ。ついてきてくれ」
ナギさんに案内され、家々の間を抜けていく。
家と家の間には網や籠が置かれ、海側には船を引き上げるための場所も必要になる。魚を干す場所や道具を置く場所まで含めると、思ったより手狭に感じる。
少し離れた場所で、子供たちが狭い隙間を縫うように走り回っていた。
「ここに一軒。それから向こうに二軒くらい作れないかと思ってる」
ナギさんが示した場所へ、ガドさんとグレナさんが向かう。ガドさんは地面を踏みながら周囲を見渡し、グレナさんは海からの距離や近くの家との間隔を確かめている。一軒目が終わると、そのまま二軒目を確認しに向かう。
土地を見ている間、二人はまったく口を開かない。
「難しそうですか?」
僕が聞くと、グレナさんが少し考えてから答える。
「一軒なら何とかなると思うよ。でも三軒全部この辺りに増やすのはちょっと窮屈そうだねえ」
「やっぱりそう思うか」
ナギさんは反論せずに周りを見渡す。
「家だけ建てればいいってわけじゃないからねえ。人の通路やら荷物を置く場所だっているだろ? 無理に家を建てると後で困ると思うよ」
少し離れた海側へ向かっていたガドさんも戻ってくる。
「ここは漁にも使ってる場所だろ」
「そうなんだよ。正直、あっちまで家を増やすと船から荷物を降ろす時に少し邪魔になるんだよなあ」
ナギさんは頭を掻きながら苦笑する。自分たちでも分かっていたからこそ、ガドさんたちにも一度見てもらいたかったのかもしれない。
「もう少し離れたところに建てるのは?」
「場所だけならあるけど、あまり集落から離れすぎるのもなあ」
リシアが聞くと、ナギさんは海岸の先へ目を向ける
家を増やしたいが、漁に使う海辺の場所も残したい。
今の集落の周りだけで両方を叶えるのは、思った以上に難しそうに感じた。
しばらく何かを考えていたグレナさんが口を開く。
「……家をここに増やすことにこだわらなくてもいいんじゃない?」
グレナさんは海辺の家々と、その向こうに続く道を交互に見ながら続けた。
「魚を獲る仕事場としてここは残して、もっと土地に余裕のあるところに家を建てた方がいいと思うよ」
その言葉を聞いて、僕達は自然と同じ方角へ目を向けた。
視線の先にあるのは、リーヴァ村だった。




