54. ダグラまでの道
「道を伸ばすなら、先に里へ話を通す」
ファルナ村の外れから森の向こうを眺めていたガドさんが、ギランさんの提案にそう答える。
ここからさらに山側へ進めば、ガドさんたちが暮らしていた里へ続く細い道があるらしい。
「ダグラって、ガドさんたちの里の名前ですか?」
「ああ、ダグラの里だ。そういや、名前までは話してなかったな」
ガドさんの代わりにギランさんが答えた。
人が歩くための道なら昔から残っているものの、ファルナまでの道と同じように、荷物を載せたグラウスが通れるほどの広さはないという。
それなら整備する価値はありそうだけど、向こうには今も大勢のドゥルガ人が暮らしている。リーヴァだけで勝手に決められることではない。
「せっかく相談に行くなら、道のことだけじゃなくて、これからのことも話してもらえませんか?」
僕がそう切り出すと、三人がこちらを見る。
「これからも家や倉庫を建ててもらう機会は増えると思うんです。道だって今回だけじゃないでしょうし、ガドさんたち七人だけにずっとお願いするのは大変ですよね。もしダグラの人たちにも手を貸してもらえるなら、すごく助かります」
「もしダグラのみなさんがお手伝いに来てくれるなら、お礼として野菜や肉、魚などの食料品をお渡しできます。仕事をしてもらう間の食事もリーヴァで用意できますし」
隣にいたリシアがそう付け加えると、グレナさんが納得したように頷いた。
「そりゃ向こうの連中も嬉しいだろうねえ。仕事の帰りに魚でも持っていけるなら喜ぶ人は多いと思うよ」
山側で暮らすダグラの人たちは、今のリーヴァ村ほど食料が豊かではないらしい。海の魚を食べる機会もほとんどないみたいだ。
道が広がれば、ダグラからリーヴァへ人が来やすくなるだけではなく、こちらから食料や生活に必要な物を運ぶのも楽になる。
「それならダグラ側にも道を作るメリットになるな。仕事を頼まれるたび、今の細道を何時間も歩くのは面倒だしな」
ギランさんの言葉にガドさんも頷き、「全部話してくる」と短く答えた。
翌朝、ガドさんとギランさん、それにグレナさんの三人がダグラの里へ向かった。
二日後。
昼を過ぎた頃、森から戻ってきたグレナさんが広場へ姿を見せた。
「ちゃんと話はまとまったよ。道も広げていいってさ。仕事の話にも興味を持ってるやつが結構いてねえ、魚を持って帰れることまで話したら、みんな食いついてきたよ」
「うまくいったんですね。ガドさんとギランさんはまだ向こうですか?」
「二人は残ってるよ。道具を揃えたり、手伝う人をまとめたりしてから、そのままファルナへ向かうって。十五人くらい来るみたいだから、こっちに残ってる四人も連れていくね」
予想していたよりずっと多かった。
ダグラから十五人。そこにリーヴァで暮らす七人を合わせれば、二十人以上のドゥルガ人が集まることになる。
また村のみんなで手伝うことになるかと思ったけれど、今回はそこまで必要ないらしい。
「これだけ人数がいるなら、道の方は私たちだけで十分だよ。その代わり、食事と水だけお願いしたいかな。たぶんそっちの方が大変になると思うけどねえ」
最後の一言を笑いながら付け足したグレナさんに、僕たちはそこまで深く考えず頷いていた。
整備を始める前日、ファルナ村の水場近くに臨時の炊事場を作ることになった。
石を組んだ竈をいくつか並べ、リーヴァから大鍋や包丁、まな板を運び込む。料理を担当する人も数人ファルナへ移り、向こうの住人にも火起こしや野菜の下ごしらえを手伝ってもらう。
作業場所は整備が進むにつれてダグラへ近づいていくので、リーヴァから完成した料理を運び続けるより途中にあるファルナで作った方がずっと効率がいい。
穀物や野菜だけではなく、肉や魚も何日分か多めに用意することになった。
「今いるのはグラウスが二頭と、カルウスが四頭だったよね?」
荷物を確認しながらリシアが聞くと、キアは近くにいたカルウスの首を撫でながら答える。
「そうだね。ラプルスは六匹いるけど、あの子たちに荷物は運ばせられないからね。グラウスは二頭とも道の整備に回した方がいいと思う」
道具や水だけではなく、ファルナで作った食事も作業場所へ運ばなければならない。
二頭では忙しくなりそうだけど、三日ほどなら何とかなるだろう。
この時は、まだそう思っていた。
翌朝、ファルナ村の外れには二十二人のドゥルガ人が集まった。
見覚えのない顔だけでも十五人いる。
大柄な人たちが斧や槌、縄を持って並ぶと、それだけで随分な迫力だった。
「こっちだ」
ガドさんが先頭に立ち、全員がダグラへ続く細道へ入っていく。
今回は僕たちが工事そのものを手伝う必要はないというので、ファルナに残って炊事や運搬を手伝いながら、昼食を届ける時に様子を見に行くことにした。
昼前になり、料理を積んだグラウスと一緒に道へ入る。
しばらく進んだところで、妙なことに気づいた。
「この辺で作業してると思ってたんだけど……」
朝まで細かった道はすでに広げられ、大きな木も岩も脇へ退けられているのに、肝心のドゥルガ人たちが見当たらない。
さらに進んでいくと、ようやく森の奥から斧の音が聞こえてきた。
「エイル、飯はこっちだ!」
ギランさんの声を頼りに向かうと、二十人以上のドゥルガ人が一斉に作業している。
一方では数人が太い木を倒し、そのすぐ横では岩の周りを掘っている。少し先へ目を向ければ別の組が斜面を削り、後ろから続く人たちが切った木をどかしながら地面を均していた。
一つの場所へ全員が集まるのではなく、何組にも分かれて同時に道を広げているらしい。
「朝から始めて、もうこんなところまで来たんですね」
「まあな。これがドゥルガ人たちの本気ってやつさ」
ギランさんはそう言いながら、さっさと食事の方へ向かっていく。
驚いたのは、工事の速さだけではなかった。
かなり多めに用意した料理が、有り得ないペースで減っていく。
大きな器へ山盛りによそったと思ったら、いつの間にか食べ切りもう一度鍋の前へ並んでいる。魚も肉も野菜も大量に用意してきたのに、気づけば大鍋の底が見え始めていた。
「もう一杯もらっていいか?」
「少し待ってください。まだ食べてない人の分を先に取り分けますから」
料理を担当していた人が慌てて鍋を確認する横で、グレナさんが笑っている。
「だから言ったじゃない。力仕事してるドゥルガを二十人以上集めたら、そりゃ食べるよ」
昼食だけでこれなら、夕食はもっと多く作った方がよさそうだった。
実際、その日の夕食は昼よりかなり量を増やしたものの、それでも用意した料理はほとんど残らなかった。
翌朝。
「このままだと、今日の夜までは持たないですね」
ファルナの炊事場で食材を数えていたリシアが、残っている肉と魚を見ながら眉を寄せる。
初日だけでも予想以上の量がなくなっている。
穀物や野菜ならファルナの畑から多少分けてもらえるけれど、肉や魚まで同じように増やすことはできない。
しかも、二頭のグラウスは朝から両方とも出払っている。
一頭は道具や水を載せ、もう一頭は炊事場と作業場所を往復していた。初日のうちに道がかなり伸びたせいで、料理を届けるだけでも昨日より時間がかかる。
「だったらカルウスを使えばいいよ。グラウスほどは載せられないけど、食材なら十分運べるし、ファルナまでならこっちの方がずっと速いから」
キアの提案で、四頭いるカルウスのうち三頭を急ぎの輸送へ回すことにした。
あとは運ぶ食料をどうするかだ。
「ナギさんたちに魚を少し多めに譲ってもらえないかな。今なら朝の漁から戻ってる頃だと思う」
僕がそう言うと、キアもすぐにカルウスの準備を始める。
急いで海辺へ向かうと、ナギさんたちはちょうど獲ってきた魚を仕分けているところだった。
ナギさんはカルウスに乗ってきた僕に気づくと、手を振って声をかけてくれる。
「おう。今日は珍しくカルウスに乗ってるんだな」
「実は、折り入ってご相談がありまして……」
事情を話すと、ナギさんは納得したように笑う。
「ガドみたいに食うやつらが二十人以上も集まってたら、そりゃ用意した飯もなくなるわな。ちょうど今朝の魚がまだあるから、必要なだけ持っていきな」
ナギさんが周りにいたネレイス人に声をかけると、皆快く魚を譲ってくれた。
どれも保存用に干した魚ではなく、今朝海から揚げたばかりのものだった。
「明日も必要なら少し多めに獲っておくよ。せっかく道を作ってるんだろ? 途中で飯がなくなっちまったら大変だろうからな」
「助かります。たぶん明日もお願いすることになると思います」
僕はネレウスのみんなにお礼を言い、魚を籠へ詰めてカルウスへ載せていく。途中でリーヴァへ寄って肉も追加すると、そのまま三頭でファルナへ急いだ。
昼前には炊事場へ到着し、届いた魚はすぐに捌かれていく。
大きなものは切り分けて鍋へ入れ、小さなものは塩を振ってまとめて焼く。夕食へ回す分も分けながら調理が進み、出来上がった料理から順番に戻ってきたグラウスへ積まれていった。
料理を運ぶ距離が伸び続けるせいで、グラウスたちも休んでいる暇はなかった。
三日目になると、ナギさんたちはこちらから頼みに行く前に魚を多めに用意してくれていた。
朝早く海辺まで向かったカルウスが新鮮な魚を受け取り、リーヴァから追加した肉と一緒にファルナへ運ぶ。
炊事場の方も二日間でドゥルガ人たちの食べる量が分かってきたので、最初から大鍋をいくつも火にかけていた。初日の倍近く作って、ようやく余裕を持てるくらいだった。
昼食を届けるために道へ入ると、周囲の景色も変わっている。
森は少しずつ疎らになり、代わりに岩肌が目立つようになってきた。
「もうかなり山側まで来たな……」
そう思いながら進んでいると、向こうからギランさんがやってくる。
「ちょうどいいところに来たな。飯食ったら最後までやるぞ。この調子なら今日中にダグラまで繋がる」
三日目でそこまで来たことに僕は驚く。
ドゥルガ人たちは食事を済ませるとすぐに作業へ戻っていった。
午後になってしばらくすると、道の先から大きな声が聞こえてくる。
カルウスで向かうと、疎らになった木々の向こうに建物が見えた。
ダグラの里だ。
最後に残った大きな岩を何人かで道の脇へ動かし、その後ろから別の人たちが地面を均している。
やがてガドさんが少し離れたところで待たせていたグラウスを呼ぶと、大きな体が新しく広げた道へ入る。
背中には道具や空になった水桶を載せたままだったけれど、途中で止まることもなく、そのままダグラの里まで歩いていった。
「本当に三日で繋がったんですね」
思わずそう言うと、近くで汗を拭いていたグレナさんが笑う。
「二十人以上も集めたからねえ。これくらい働かなきゃ、あれだけ食べさせてもらった分に合わないよ」
その間にも、ダグラの里から何人ものドゥルガ人が道の入口へ集まってきていた。
荷物を載せたグラウスがそのまま里へ入ってきたのを見て、道の両脇から声が上がる。
「本当に通れるようになったのか」
「これなら森を歩くのもだいぶ楽だな」
工事に参加していなかった人たちも、広げられた道を確かめるように何度も行き来している。
リーヴァから持ってきた食料を下ろしていると、その中の魚を見つけた人がすぐに寄ってきた。
「これが話してた海の魚か?」
「そうです。今日は少しだけですけど、道が使えるようになったのでこれからはもっと運びやすくなると思います」
近くにいた男が魚の入った籠を覗き込みながら笑う。
「仕事がある時はいつでも呼んでくれよ」
「お前、魚目当てだろ」
「仕事もきっちりこなすから問題ないだろ」
周りから笑い声が上がっていた。
ガドさんのところにも何人かが集まり、リーヴァへ行くならいつがいいか、どんな仕事があるのかと次々に聞いている。
まだ具体的な予定はないけれど、道ができたことで、今までよりずっと簡単に行き来できるようになったのは間違いなかった。
帰る頃には日が傾き始めていた。
僕たちは空になった籠や道具をグラウスへ載せ、完成したばかりの道を戻っていく。
来る時には整備の途中だった場所が、今は快適に歩けるようになっている。
ファルナへ着く頃には、炊事場の片づけも始まっていた。
「三日間、お疲れさま!」
フィアの声に、帰ってきた人たちから疲れた笑い声が返ってくる。
三日しか経っていないのに、ファルナの先にはもうダグラまで続く道ができていた。
大掛かりな森の整備が終わり、数日が経った。
朝食を終えた頃、キアが森へ入る準備をしていた。
「今日は狩り?」
「狩りじゃないよ。この前の道の整備のときに思ったんだけど、グラウスが二頭しかいないと今後また困りそうでしょ。前からもう少し慣らせそうな子がいたから、様子を見てくる」
そう言いながら、キアは森へ入っていった。
その日の夕方になると、さっそくキアの後ろから一頭のグラウスがゆっくり歩いてきていた。
さらに少し距離を空けて、二頭のカルウスもついてきている。
「すごい、カルウスまで連れてきたんだ」
「この子たちは前に一度連れてこようとしたグラウスとカルウスだよ。あの時は途中で森に戻っちゃったけど、時間をかけて慣らした甲斐があったよ」
キアは新しいグラウスたちの首元へ触れながら嬉しそうに話す。カルウスの二頭も今日初めて会ったわけではなく、以前から森へ行くたびに少しずつ距離を縮めていたらしい。
まだすぐに人を乗せたりすることはできないみたいで、以前と同じようにまずは村や他の動物たちに慣らしていくようだ。
新しく来たカルウスたちは、先にいた仲間たちの元へ近づいていく。
今回みたいに急に荷物が増えることは、これからもあるかもしれない。
そう考えると村に人が増えるだけではなく、その暮らしを支えてくれる動物たちが増えていくことも同じくらい大事なのかもしれなかった。




