53. 道をひらく
街から戻って数日後。
朝食を終えた頃、僕は村のみんなに広場へ集まってもらった。
畑へ向かう準備をしていた人もいれば、家畜の世話を終えてきた人もいる。ガドさんたちドゥルガ人も仕事の手を止め、フェル人の子供たちは大人たちの間からこちらを覗いていた。
リーヴァで暮らすようになってから、人は随分増えた。
リシアが住居ごとに人数を記録していて、今いるのは子供も合わせて三十人ほどらしい。
これだけの人を僕から呼び集めるのは初めてだった。
「今日は、みんなに協力してほしいことがあります」
広場に残っていた話し声が少しずつ静かになる。
「この前、グラウスを連れて街へ行った時、荷物を載せたままだと通りにくいところが何か所もあります。道が狭かったり、枝が荷物に当たりそうになったりして、そのたびに止まらないといけなかったんです」
キアもグラウスの方を見ながら頷いている。
「だから、森の道を少し整えたいと思っています」
「どこまでやるんだい?」
セナが聞いた。
「まずは街へ向かう道で、特に通りづらかったところから。それと……」
そこまで言ってから、ふと思い出す。
「そういえば、セナたちが前に住んでた集落はなんて言うんですか?」
セナが少し意外そうな顔をした。
「言ってなかったかい?ファルナ村だよ」
「セナたちがこっちへ来たあとも、そのファルナ村にはまだ人がいるんだよね?」
「ああ。何家族かはそのまま暮らしてるよ。畑も家畜もあるし、たまにこっちと行き来もしてる」
僕たちのところへ移ってきたフェル人は二十人ほどいるけれど、全員が故郷を離れたわけではない。
ファルナ村には今もフェル人たちが暮らしている。
「だったら、ファルナ村までの道も通りやすくしたいな」
僕が言うと、セナはすぐに頷いた。
「それは助かるね。人が歩くだけなら困らないんだけど、荷物を運ぶとなると意外と大変なんだ」
「向こうで採れた物を運ぶのも楽になるよ。今は持てる分しか運べないし」
フィアも嬉しそうに口を挟む。
「でも歩けば何時間かかかるから、整備には二〜三日くらいかかるかもね」
「それなら人数もいるな。数人でやってたら、それこそ何日かかるか分からんぞ」
ギランさんが腕を組む。
「そこで、村のみんなにもこの作業を手伝ってほしいんです」
広場が少しざわついた。
家を建てる時にはドゥルガ人が中心になる。
畑ならフェル人たちが働く。
誰かの仕事をみんなで手伝うことはあっても、村の大半が一つの仕事へ集まったことはなかった。
フィアが周りを見回しながら笑った。
「村のみんなで同じ仕事するの、初めてじゃない?」
「たしかにそうですね」
リシアも笑う。
「よーし!それなら急いで準備しないとね」
「さすがに今日からは始めないよ」
僕が言うと、フィアが少し残念そうな顔をした。
「えー、せっかくやる気まんまんなのに……」
「斧も縄も確認しないといけないし、畑や家畜を放っておくわけにもいかないでしょ」
まずは誰が何を担当するのかを決めることになった。
「今リーヴァにいるのが、子供たちを除けば大人は二十五人くらい」
全員が道の整備へ出るわけにはいかない。畑や家畜の世話だって毎日行う必要がある。
「畑は二人残れば大丈夫だよ!朝と夕方だけは作業しなきゃだけど、昼頃にはそっちの手伝いに行けると思う」
フィアがすぐに答えると、ルダも続く。
「家畜も二人いれば回せる。俺も朝の世話が終われば手伝う」
畑と家畜で四人。
さらに、作業する人たちの食事を用意する人も必要になる。森の奥まで作業が進めば、昼になるたびに全員が村まで戻ってくるのは大変なので、昼食と水をまとめて準備し、グラウスで運んでもらうことにした。
料理を担当している人の中から二人が残ることになった。
「ミレアさんは、いつもの仕事をお願いします」
僕が言うと、ミレアさんは少し驚いた。
「私も手伝わなくて大丈夫ですか?」
「糸や布を作れるのはミレアさんだけですし、今まで通り作業を進めてもらえると助かります」
「でも、皆さんが外で働いているのに……」
フィアが笑いながら割って入った。
「ミレアは服を作っててよ。みんな仕事から帰ってきた時に新しい服ができてたら、その方が嬉しいじゃん!」
「……分かりました。では、こちらは任せてください」
ミレアさんもようやく頷いた。
これで道の整備へ出られるのは十八人ほどになる。
畑や家畜の仕事を終えた人が途中から加わる日なら、二十人を超えることもありそうだった。
「思ったより大人数だね」
「これだけいるなら作業もだいぶ早く進むぞ」
僕が言うと、ギランさんが笑いながら答える。
今度は、実際の作業を決めていく。
道をどこへ通すかは、セナに任せることにした。
この森を長く歩いてきたフェル人なら、太い木が少ない場所も、雨のあとに水が溜まる場所も分かる。
「私たちが森の先を見てくるよ。道を通す場所に目印を付けとけばいいだろ?」
「ああ、まかせる」
ガドさんが短く答えた。
ガドさんたちドゥルガ人には、木を切ったり岩を動かしたりする作業へ集中してもらう。
太い木を倒す。
邪魔な岩をどける。
必要なら地面を削る。
七人いるドゥルガ人のみんなには、力が必要になる作業を任せることにした。
「俺たちは、セナが決めたところを開ければいいんだな」
「そうだね。途中で変えた方がよさそうなら、こっちから声かけるよ」
「分かった。そっちの方がありがたい」
ギランさんが確認する。
倒した木もそのままにはしない。
枝を落とし、使える部分はある程度の長さに揃えて村へ運ぶ。
「建物に使えそうなのと薪用は分けよう。適当に積んだら、あとでまた全部見直すことになるからね」
木を簡単に加工する人たちも数人決めた。
まとめた木材はグラウスに載せ、村まで運んで保管する。
エイルたちを含む残りの人は、切った枝や小さな石を片づけたり、地面を均したり、必要な場所へ土を運んだりする。
カルウスは先の確認や、村との往復に使う。
グラウスは木材、道具、水、食事の運搬を担当する。
「周りの警戒は俺とキアでやろう」
トアが手を上げた。
「これだけ人間がいれば普通の獣は寄ってこないだろうけど、森の奥じゃ何がいるか分からないからな」
「ラプルスも何匹か連れていくよ」
役割が決まるにつれて、広場のあちこちから声が上がり始めた。
「縄、倉庫にどれくらいあった?」
「斧の刃も見た方がいいな」
「水桶、もう少し増やさない?」
「グラウスに木を載せるなら、枠も少し変えた方がいいかも」
さっきまで僕の話を聞いていた人たちが、それぞれ隣の人と相談を始めている。
フィアがもう一度手を上げた。
「じゃあ作業は三日後でいい?」
「そうだね、それで行こう」
フィアはそのまま拳を高く上げた。
「三日後、みんなで頑張るぞー!」
「おー!」
子供たちが真っ先に反応する。
セナも笑いながら腕を上げる。
「「おー!」」
次々に声が重なった。
ギランさんの大きな声まで響き、広場が一気に賑やかになる。
ガドさんは声こそ出さなかったけれど、隣で少し笑っている。
僕もリシアと顔を見合わせてから、みんなと一緒に手を上げた。
それから三日間、村では準備が進んだ。
斧や鉈の刃を確認し、縄や道具を集める。
グラウスの荷台は木材を運びやすいよう少し手を加えられ、昼食を運ぶ籠や水桶も揃えていく。
セナたちは作業開始を待たずに森へ入り、最初の数日でどこまで進めるかを見て回っていた。
そして三日後。
朝から広場には十八人ほどが集まった。
ガドさんたちドゥルガ人は斧や大きな道具を持ち、フェル人たちも鉈や縄を手にしている。
畑や家畜の仕事を終えれば、あとから何人か加わる予定だ。
セナを先頭に、みんなで森へ入っていく。
少し進むと、木の幹や地面の何か所かに目印が残されていた。
セナが前方を指さす。
「今使ってる道をそのまま広げると、あっちの太い木を何本も倒すことになるんだ。だからここから少し右へ曲げる。向こうの方が木も細いし、地面も固い」
ガドさんたちは何も言わず、目印の方へ向かう。
すぐに森の中へ斧の音が響き始めた。
太い木にはドゥルガ人が入り、その周囲では別の人たちが細い木や枝を払っていく。
「倒れるぞ!」
ギランさんの声が飛ぶと、全員が一度手を止めて距離を取る。
大きな木がゆっくりと傾き、枝を揺らしながら地面へ倒れた。
すぐに人が集まり、枝を落として使える幹を切り分ける。
「これは残そう。真っすぐだから建材に使えるよ。そっちのは薪にしよう」
グレナさんが木を見ながら指示を出す。
僕とリシアも他の人たちと一緒に枝を運ぶ。
ある程度木材が集まると、グラウスの背中へ載せられた。
村へ向かったグラウスは、戻ってくる時には水や道具を積んできている。
少し離れたところでは大きな岩を動かしていた。
ドゥルガ人たちが縄と棒を使い、何人かがその周りを掘っている。
岩が道の外へ動くと、今度は僕たちが残った穴を土と小石で埋めていった。
全員で役割分担をし、流れるように作業を進めていく。
昼前になる頃には、朝に始めた場所から随分遠くまで来ていた。
昼食を積んだグラウスがやってくると、作業をしていた人たちも順番に手を止めた。
ちょうど近くに細い沢が流れていたので、木陰に座って食事を取ることになった。
キアは先にグラウスとカルウスを沢へ連れていく。
しばらくして戻ってくると、セナへ声をかけた。
「この辺、少し広く均してもいい?」
「いいけど、何かあったの?」
「うん。ここをグラウスたちが休める場所にしたいんだ。水もすぐそこで飲めるし」
セナは立ち上がると、沢と道の間を歩いて確かめた。
大きな倒木が一本あるものの、周囲は比較的平らだ。
「ここならいいよ。道もこっちには伸ばさないようにしとくね」
「じゃあ午後に少し整えようか」
何人かが休憩所の作業へ回り、倒木を切り、尖った石をどける。
グラウスが沢まで近づきやすいよう、足元も少し均した。
大きな頭を並べて水を飲む姿を見て、キアが満足そうに笑っていた。
切った倒木の一部は、座れるようそのまま残してある。
水が飲めて荷物を下ろして簡単に休めるだけの場所だが、あるのとないのでは大違いだった。
翌日も、その翌日も作業は続いた。
セナたちは少し先まで森を見て回り、翌日に通す場所を決める。
朝になると、ドゥルガ人たちがその目印を追いかけるように木や岩を片づけた。
その後ろを他の人たちが整えていく。
作業場所が村から離れるにつれ、行き来にも時間がかかるようになった。
カルウスに乗って先へ向かう人も増え、道具や食事を運ぶグラウスも何度も往復する。
途中に最初と同じような休憩場所もいくつか用意した。
水場が近いところではグラウスやカルウスが水を飲めるようにする。
水のない場所でも、荷物を積んだ動物を道から外して休ませられるくらいの広さは残した。
朝から作業へ出て、日が傾く前に村へ戻る。
そんな日が何日か続いた。
街へ行く道の整備もある程度終わり、ファルナ村へ続く道の作業に入ってからもさらに数日続いた。
低い枝を払い、必要なところだけ木を切る。
雨で崩れた場所には土や石を入れ、倒木をどかす。
途中でファルナ村から来たフェル人と会うこともあった。
「何してるんだ?」
広くなった道と大勢の人を見て、向こうも驚いている。
「リーヴァから道を直してるんだよ。グラウスたちがここを通れるようにね」
「こっちの集落までか?」
「ああ。このままファルナまで行くよ」
セナから話を聞いたフェル人は嬉しそうに笑い、その日はそのまま作業を手伝ってくれた。
翌日には別の人もファルナから来てくれた。
いつの間にか、リーヴァ側だけで始めた仕事に、向こうの人たちも混ざるようになっていた。
そして作業を始めてから何日も経った頃。
目の前の森が開いた。
ファルナ村の家々が見える。
「ふぅ、着いたねえ」
セナが額の汗を拭う。
その声を聞いて、作業していた人たちからも小さな歓声が上がった。
ファルナ村からも何人かがこちらへ出てくる。
子供たちはグラウスを見つけると、真っ先に駆け寄ってきた。
「グラウスだ!大きい!」
「これ、リーヴァにいるやつ?」
キアが近づきすぎないように子供たちを止めながら笑っている。
少し遅れて大人たちもやってきた。
一人が整えられた道を振り返る。
「ずいぶん広くなったな」
「これなら荷物も運びやすいだろ?」
セナがファルナの住人に言う。
フィアは早速、村の畑へ向かっていた。
「採れた野菜も、これなら簡単にやりとりができそうだね!」
「家畜を移す時にも使えるな」
ルダも家畜のいる方を見ている
僕はファルナ村の入り口から、今通ってきた道を振り返った。
森の向こうまで続いている。
そこをグラウスがゆっくり歩いてくる。
「何日もかかったけど、やった甲斐はありそうだね」
「そうだね、間違いない」
セナとそんな話をしていると、少し離れたところからギランさんの声が聞こえた。
ガドさんとギランさんが、ファルナ村の外れからさらに森の向こうを見ている。
「なあ、ガド。ここまで道を広げたなら、ダグラまで繋げるのも悪くないんじゃないか?」
ガドさんは何も答えず、しばらくその方向を眺めていた。




