49. 銀貨の使い道
街からリーヴァ村へ戻った翌朝。
僕が家の外へ出ると、リシアはすでに倉庫の前に座り込んでいた。
膝の上には昨日持ち帰った硬貨の袋があり、その隣には街へ行く前から使っていた木の板が何枚か並んでいる。
「朝から何してるの?」
声をかけると、リシアは顔を上げた。
「昨日の分を整理してるの。帰ってきた時にはもう暗かったし、ちゃんと数えるなら明るくなってからの方がいいと思って」
僕も隣へ座る。
リシアは袋の中から硬貨を取り出し、種類ごとに分けていた。
布を売った銀貨四枚。
それ以外にも、干し魚や干し肉、農作物を売って受け取った銀貨と銅貨がある。
街では調味料や必要な道具も買ってきたので、その分はすでに使っている。
「まず、何をいくらで売ったかを書いて、そのあと買ったものを引こうと思ってる」
リシアは昨日のことを思い出しながら、板へ順番に印を付けていく。
「布が銀貨四枚。干し魚が合わせて銀貨一枚と銅貨六枚。干し肉が銀貨一枚と銅貨二枚。野菜は銅貨七枚だったね」
「野菜はやっぱり安かったね」
「街の近くでも作ってるものが多かったからね。でも、売れなかったわけじゃないし、最初なら十分だと思う」
そこから、買ってきた調味料や道具の代金も確認する。
昨日のうちにリシアが一つずつ記録していたらしい。
「調味料と針、それから細かい道具を合わせて銀貨二枚と銅貨五枚。だから、全部引くと……」
リシアは硬貨を並べ直し、しばらく数える。
僕も横から見ていたけれど、途中でどの銅貨を数えたのか分からなくなった。
「残ったのが銀貨四枚と銅貨十枚だから、銀貨に直せば全部で銀貨五枚だね」
「そんなに残ったんだ」
思っていたより多い。
前にミレアさんの小さな布を売った時は、それだけで銀貨一枚だった。
今回は村の中で余ったものまで合わせて売ったことで、買い物をしたあとにも銀貨五枚分が残っている。
リシアは並べた硬貨を見ながら、少し考え込んだ。
「問題は、これをどうするかなんだよね」
「どうするって?」
「誰が持っておくのかってこと。今までは自分たちのお金しかなかったでしょ。でも、これは違うよね」
言われて、僕も硬貨を見る。
ミレアさんの布を売ったお金が一番大きい。
けれど、その布を作るための織機はガドさんやグレナさんが作ったものだ。
ミレアさんが布を織っている間にも、別の誰かが食事を用意し、畑を耕し、魚を獲っている。
干し肉も、キアやトアだけでなく、カルウスやラプルスがいたから以前より多く作れるようになった。
農作物だってフィア一人で育てているわけではない。
「誰か一人のものにするのは違う気がするね」
僕がそう言うと、リシアも頷いた。
「私もそう思う。今はみんなで食べ物も家も使ってるし、売ったものだけ『これは誰のお金』って分ける方が変な気がする」
しばらく二人で考える。
やがてリシアが、硬貨を袋へ戻しながら言った。
「じゃあ、これは村のお金にしようか」
「村のお金?」
「うん。誰か一人のものじゃなくて、リーヴァ村のみんなで使うお金。食べ物を買ったり、道具を買ったり、必要なものが出た時にそこから使うの」
それなら分かりやすい。
僕もすぐに頷いた。
「それがいいと思う。でも、誰が持っておく?」
「とりあえずは私が保管しておくよ」
迷いのない返事だった。
「昨日みたいに何を売ったかも、何を買ったかも一緒に記録しておけば、あとで分からなくならないし。使う時も、ちゃんと残りが分かるようにしておきたい」
「やっぱりこういうの好きなんだね」
「好きっていうより、分からないままにしておくのが落ち着かないの」
リシアらしい答えに、思わず笑ってしまった。
昼前。
仕事の合間に人が集まる時間を見計らって、街での売行きをみんなにも伝えることにした。
ミレアさんの布が銀貨四枚で売れたことに、みんな驚いていた。
一方、フィアは野菜の値段を聞いて少し考え込んでいる。
「やっぱり普通の野菜はそんなに高くならないんだね」
「品質が悪いって言われたわけじゃないよ。街の近くでも普通に作ってるから、珍しくないんだって」
リシアが説明すると、フィアは畑の方へ目を向けた。
「だったら、次は向こうであまり作ってないものを持っていけたらいいのかな」
「それはありそうだね。でも、売るためだけに作物を全部変えないでね。自分たちで食べる分を作るのが優先だよ」
セナが横から口を挟む。
「分かってるよ。ただ、せっかくなら考えてみたいなって」
フィアはそう言って笑った。
次に干し肉の話になると、トアは予想より売れたことを素直に喜んだものの、キアは少し違う反応をした。
「売れたからって、今より狩る量を急に増やすのはやめようね」
「そこは心配しなくても分かってる」
トアもすぐに答える。
「これからも余った分だけ持っていくくらいで十分だろ」
キアもそれなら納得したようだった。
狩りが楽になったからといって、森の獲物が無限にいるわけではない。
街で売れると分かったことで、むしろ今まで以上に考えて取らなければならなくなるのかもしれない。
ナギさんは、干し魚の値段を聞いて満足そうに頷いていた。
「最初ならそんなもんだろ。向こうじゃ見ない魚も混じってたし、味を知ってもらえれば次はもう少し話が早くなるかもしれないな」
「次に持っていくなら、どの魚がいいと思います?」
僕が聞くと、ナギさんは少し考える。
「今回売れたやつを中心にしてもいいけど、保存の仕方ももう少し試したいな。同じ魚でも干し方を変えれば、味も持ちも変わるから」
「じゃあ、今度いくつか試してみましょうか」
「いいぞ。売るなら売るで、ちゃんと美味いもの持っていきたいからな」
ナギさんもすっかり次のことを考え始めている。
一度街で売っただけなのに、村の中のいろいろな仕事が少しずつ外を意識し始めていた。
一通り報告を終えたところで、リシアが昨日持ち帰った硬貨の袋をみんなに見せた。
「それと、街で買ったものを引いて、今回は銀貨五枚分が残ったよ」
銀貨五枚。
今までほとんどお金を使わずに暮らしてきた僕たちにとっては、まとまった額に感じる。
「このお金なんだけど、エイルと話して、村のみんなのお金として残しておこうと思ってる」
リシアがそう説明すると、何人かが顔を見合わせた。
セナが代表するように尋ねる。
「誰が稼いだかで分けないってことかい?」
「今のところは、その方がいいと思ってます」
リシアは少し言葉を選びながら続ける。
「布を作ったのはミレアさんですし、野菜を育てたのはフィアたちです。でも、その間に別の人が食べ物を用意したり、家を作ったり、道具を直したりしてますよね。今の暮らし方で、売ったものだけ誰の仕事かを分けるのは難しいと思うんです」
少し考えるように顔を見合わせる人はいたものの、すぐに反対する声は出なかった。
ミレアさんが最初に頷く。
「私はそれでいいと思います。私が布を作れるのも、ここで安心して暮らせているからですし」
フィアも同意する。
「私もいいよ。お金が必要になった時に、村で使える方が分かりやすいもんね」
ガドさんも特に異論はないらしく、黙って頷いた。
セナは周囲を見回してから笑う。
「今はそれでいいんじゃないかい。いつか人数がもっと増えたら、また考えればいいさ」
リシアもその言葉に安心したようだった。
「じゃあ、しばらくは私が預かります。何に使ったかも全部残しておきますね」
「ますますリシアの仕事が増えるな」
僕が言うと、リシアは少しだけ呆れたように僕を見る。
「そう思うなら、せめて使った時はちゃんと教えてね。勝手に持っていかれたら数が合わなくなるから」
「気をつけます」
その返事に周囲から笑い声が上がった。
その日の午後になると、ガドさんが木箱を一つ持ってきた。
大きくはないけれど、厚い板で作られていて、簡単には壊れそうにない。
「これを使え」
「え、もう作ってくれたんですか?」
リシアが驚く。
「袋のまま置いておくよりいい」
ガドさんはそれだけ言って、箱を倉庫の奥へ置いた。
蓋には簡単な留め具まで付いている。
「ありがとうございます。これなら帳面代わりの板も一緒に入れておけますね」
リシアは嬉しそうに箱を開け、その中へ硬貨の袋と記録用の板を収めた。
箱の中に入っているのは銀貨五枚分だけで、まだ決して多くはない。それでも、その箱だけは倉庫に並ぶ食料や道具とは少し違って見えた。
それから数日。
街へ売りに行ったことで、村の暮らしが急に変わったわけではなかった。
フィアたちはいつも通り畑へ出るし、ルダたちは家畜の世話をする。
キアやトアたちも森へ入り、ミレアさんは織機の前に座っている。
ただ、それぞれが以前とは少し違うことを考えるようになった。
フィアは畑の一角で、新しく育てられそうなものを相談していた。
ナギさんは魚の干し方をいくつか試し始めた。
ミレアさんも、服に使う分とは別に、街へ持っていける布を少しずつ織っている。
でも、誰も売ることだけを優先してはいない。
まずは自分たちが暮らすために必要なものを作り、その中で余ったものを街へ持っていく。
今のリーヴァ村には、そのくらいがちょうどいいのだと思う。
そんなある日、倉庫の前を通ると、リシアがまた中身を確認していた。
棚には以前より干し肉が増え、魚や畑から採れた作物も少しずつ保存されていた。
「また増えてきたね」
僕が声をかけると、リシアは棚を見ながら頷いた。
「うん。しばらくしたらもう一度街へ持っていけそう」
「今度は前より多くなりそうだね」
「そうだね。布も増えるだろうし」
二人で倉庫を眺める。
前回はカルウス一頭で運べる程度だった。
「……これ、全部持っていくなら結構な荷物になりそうじゃない?」
リシアが倉庫の物を数えながら呟く。
カルウスはもともとたくさんの荷物を運ぶための生き物ではない。
前回くらいの量であれば問題なかったけれど、売るものが増え続けたらいつか載せきれなくなる。
「まあ、その時は何回かに分ければいいんじゃない?」
今はそれくらいしか思いつかなかった。
リシアも「そうだね」と頷き、それ以上は気にしなかった。
いずれ、街との行き来にもまた新しい工夫が必要になるのかもしれない。




