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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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48. リーヴァ村からきました



村に名前がついた翌日から、街へ向かう準備が本格的に始まった。


持っていくのは、干し肉と干した魚、フィアが選んだ農作物、それからミレアさんの布。

今回は稼ぐことよりも、リーヴァ村で作れるものが街でどのくらいの価値になるのか、それを確かめる意味の方が大きかった。

前日のうちにリシアが村に残す量まで確認してくれていたので、朝にはほとんどの荷物がまとまっていた。


「干し肉はこれだけなら持っていっても大丈夫。魚もナギさんに選んでもらった分だけにしたし、フィアの野菜も村で食べる分はちゃんと残してあるよ」


リシアは荷物を一つずつ確かめながら、最後にミレアさんの布を見る。


「布はこれで全部だよね?」

「はい。次に作る服の分は別に残してありますから、それは売ってしまって大丈夫です」


ミレアさんも頷いた。

以前、僕とミレアさんだけで街へ布を持っていった時とはずいぶん違う。

あの時は、小さな布が一枚あるだけだった。

今は畑で採れたものがあり、森で得たものがあり、海から届いたものもある。


それぞれ違う人が作ったり集めたりしたものを、初めて村の商品として街へ持っていく。

そう考えると、昨日決まったばかりの「リーヴァ村」という名前が、急に重みを持ったように感じられた。


荷物をまとめ終えて家の外へ出ると、リシアが僕の格好を見て笑った。


「やっぱり今日はそれを着るんだね」

「せっかく街まで行くなら、こっちの方がいいかなと思って」


僕が着ているのは、ミレアさんが作ってくれた新しい服だ。


ガドさんの最初の一着が完成してからそれなりに日が経ち、その間にもミレアさんは少しずつ布を織り続けていた。

今では僕とリシア、それからミレアさん自身の服まで出来上がっている。


基本になる形は同じで、左右の布を前で重ね、腰を帯で留める。

でも、ガドさんの服をそのまま小さくしたわけではない。


僕のものは歩いたり作業したりしやすい丈に整えられ、リシアのものは少しだけ裾が長い。ミレアさん自身の服には、彼女が昔から着慣れていたアルネア人の服の形も残されているらしい。


同じ布を使い、似た作りをしているのに、並べてみると少しずつ違う。


「三人で着てると、なんだかお揃いの服みたいですね」


ミレアさんが嬉しそうに僕たちを見ると、リシアも自分の袖を軽く持ち上げた。


「前の服より動きやすいし、なにより肌触りが最高。もう元の服には戻れないかも」

「そう言ってもらえると嬉しいです。次に作る時の改善点もすこしずつ分かってきましたから、楽しみにしていてください」


まだ試行錯誤の途中なのだろうが、今の段階でも十分完成度は高いように思える。


僕たちが服の話をしていると、少し遅れてナギさんがやってきた。

今日は干した魚について説明してもらうため、一緒に街まで来てもらうことになっている。

僕たち三人の格好を見るなり、ナギさんは足を止めた。


「昨日も思ったけど、三人揃うと目立つな。その服、本当に村の中で作ったんだよな?」

「そうですよ。ナギさんも着てみますか?」


ミレアさんがどこか楽しそうに答えると、ナギさんは冗談だと思ったのか笑った。


「実は、もう作ってあります」


ミレアさんが家の中から畳んだ服を持ってくると、ナギさんの言葉が途中で止まった。


「……これ、俺の分か?」

「はい。ナギさんにはここに来てからずっとお世話になってばかりでしたので。ずっと何かお礼をしたかったんです」


ナギさんはすぐには受け取らず、しばらく服とミレアさんを見比べていた。


「大したことはしてないぞ。それなのにこんな良いものを貰ったら、俺の方が得しすぎじゃないか?」

「私たちにとっては、それがとても嬉しかったんです。それに、ナギさん用の服を試しに作ってみたかったので」


そう言われてしまうと、ナギさんも断る理由がなくなったらしい。

服を受け取ると、照れくさそうに頭を掻いた。


「そこまで言ってくれるなら、ありがたく貰うよ。せっかくだし、俺も今日着て行っていいか?」

「ぜひ」


ミレアさんが嬉しそうに頷いた。

ナギさん用の服は、僕たちのものより少し丈が短かった。

海辺で動くことを考えて裾が邪魔になりにくくしてあり、袖も水仕事の邪魔にならない長さにしてある。


着替えて戻ってきたナギさんは何度か腕を動かし、その場でしゃがんでみたりしながら着心地を確かめていた。


「思ったよりずっと動きやすいな。これなら船に乗っても邪魔にならなそうだ」

「濡れた時にどのくらい重くなるかは、まだ分からないんです。使ってみて気になるところがあったら教えてください」

「そこまで考えてたのか。分かった。しばらく着てみるよ」


これで、街へ向かう四人全員がミレアさんの作った服になった。


まだ村のみんなが着ているわけではない。

それでも四人で並ぶと、昨日まで名前すらなかった村に、ほんの少しだけ独自の形ができ始めたような気がした。


荷物を運ぶため、今回は三頭のカルウスにも手伝ってもらう。

二頭には人が乗り、もう一頭には干し肉や魚などを分けて載せた。

カルウスは荷運びを専門にする生き物ではないので、キアからも載せすぎないよう念を押されている。


「森では楽に歩けるからって、ずっと乗りっぱなしにしないでね。荷物を載せてる子は特に、途中で何度か様子を見てあげて」


キアは荷紐を確認しながら、カルウスの体にも触れている。


「あと、街の中には無理に入れない方がいいと思う。村には慣れたけど、知らない人が何百人もいる場所は別だから」

「そうだね。門の近くで預かってもらえる場所がないか聞いてみる」


以前なら、山脈を越えるだけでもかなりの荷物を自分たちで背負わなければならなかったが、今日は違う。

カルウスの背に乗り、村のみんなに見送られながら、僕たちは初めてリーヴァ村の名前を持って街へ向かった。


森の中では、カルウスのありがたさをすぐに実感した。

人なら足を取られる木の根や斜面も、ほとんど迷わず進んでいく。

馬で通るには少し狭い場所でも器用に体を抜けさせるので、森の中に限れば以前よりかなり早い。

途中で何度か人を交代しながら進み、カルウスも休ませる。


「前に街まで歩いた時、帰る頃には足が痛くて仕方なかったよね」


カルウスから降りて水を飲ませながら、リシアが懐かしそうに言う。


「帰り道なんて、しばらく山を見たくないと思ってたよ。これに慣れたら、もう山を徒歩で超えるのは無理かも」

「それは分かるな。俺も森の移動でこんなに楽できるとは思わなかった」


ナギさんもすっかりカルウスに慣れたらしい。

最初に村で見た時には近づいてくるだけで身構えていたのに、今では休憩のたびに首元を撫でている。

ミレアさんも最初こそ乗るのを怖がっていたものの、しばらくすると周囲を見る余裕が出てきた。

カルウスのおかげで山越えにかかる時間や労力が大きく変わった。


以前なら街へ着くまでに数日かかっていたけれど、この調子なら明日の午前中には着けそうだ。

とはいえ、今日中に無理をして進めば、街へ着く頃にはとっくに日が落ちてしまう。僕たちは森の中で一晩休み、翌朝あらためて街を目指すことにした。



翌朝。


山脈を越え、街道が見える場所まで来ると、それまでとは様子が変わった。

すれ違う旅人が、露骨にこちらを見るようになったのだ。


最初はカルウスが珍しいからだと思っていた。

けれど、すれ違った荷馬車の男が何度も振り返っているのを見て、その視線がカルウスだけに向けられているわけではないことに気づいた。

ミレアさんとナギさんは、一目でラウル人ではないと分かる。

しかも僕たちは、山脈の向こう側から続く道を進んできた。

リシアも同じことに気づいたらしく、少しだけ声を落とす。


「……思ったより見られてるね」

「そうだね。前に来た時とは人数も違うし、ナギさんもいるから余計に目立つのかも」


ミレアさんも少し緊張しているようだった。

ナギさんは周囲の視線を気にしながらも、いつもの調子を崩さない。


「まあ、見たことのない連中が見たことのない獣に乗って山から下りてきたら、俺だって見ると思うぞ。何もされてないうちは気にしすぎても仕方ない」


もっともな話だった。


問題は、街の門だった。

門へ近づくと、二人いた兵士が僕たちに気づき、すぐに表情を変えた。

一人はカルウスを見ながら槍へ手を添え、もう一人は僕たち四人を順番に見ている。


「そこで止まれ。これ以上近づけるな」


声は強かった。

僕たちは素直にカルウスを止め、全員が背から降りる。


「そいつはカルウス……だよな? 森で見たという話は聞いたことがあるが、人を乗せる生き物じゃないはずだぞ」


兵士の視線がミレアさんへ移り、次にナギさんを見る。


「そっちの二人はラウル人じゃないな。山向こうの森には亜人の集落がいくつもあると聞くが、そこから来たのか?」


やはり、そこを気にされた。

僕はできるだけ落ち着いて答える。


「山脈の向こう側にある村から来ました。今日はそこで作ったものを売るために街へ来ただけです」

「村?」


兵士が眉を寄せる。


「山の向こうに、ラウル人の村があるなんて話は聞いたことがないぞ」

「ラウル人だけの村ではありません。いくつかの種族が一緒に暮らしています」


それを聞いた二人の兵士が顔を見合わせた。

すぐに拒絶されるほどではなかったが、警戒は明らかに強くなった。


「名前は?」


今度は別の兵士が尋ねる。

僕は一瞬だけリシアを見る。

昨日決めたばかりの名前を、初めて外の人間に伝えることになる。


「リーヴァ村です。山脈を越えた先の海辺にあります」

「リーヴァ村……聞いたことがないな」

「名前が決まったのは昨日ですから」


思わずそのまま答えると、兵士が怪訝そうな顔をした。

隣でナギさんが小さく笑ったので、僕も少し言い方を間違えた気がした。


「もともと小さな集落だったんです。最近人が増えて、ようやく村として名前を付けました」


そう付け加えると、兵士も多少は納得したようだった。

それでも簡単には通してもらえない。


何を売りに来たのか、武器は持っているのか、カルウスは本当に人を襲わないのか。

いくつか質問され、荷物の中まで確認された。

特にミレアさんとナギさんについては、どの種族なのかまで聞かれた。


ナギさんがネレイス人だと答えると、一人の兵士は名前を知っていたらしく、少しだけ警戒が薄れる。


「ネレイス人か……初めて聞く名だな。そっちの女性は?」

「アルネア人です」


ミレアさんが自分で答えた。


兵士はアルネア人のことは知っていたのか、しばらく彼女を見る。


「なるほどな。君も山の向こうに?」


ミレアさんが一瞬だけ僕を見る。


「はい、今はリーヴァ村で暮らしています」


兵士もそれ以上は聞かなかったが、僕たちのことを覚えておこうとしているのは伝わってきた。



最終的に、売買目的で街へ入ること自体は認めてもらえた。


ただしカルウスは街の中へ入れない。

門の外側にある馬や荷車を休ませる場所の端を使わせてもらい、様子を見ることになった。


「問題を起こしたら、次からは入れないと思え」


兵士に念を押され、僕たちはようやく門を通る。

以前来た時より、街へ入るだけでずっと時間がかかった。


見たことのない亜人や獣が山から現れたのだから、確かめるのは当然だとも思う。

むしろ今後何度も街へ来るなら、僕たちが何者なのか少しずつ知ってもらう必要があるのかもしれない。


街へ入ってからも、視線はなくならなかった。

特に目立つのはミレアさんとナギさんだ。

すれ違った人が振り返ることもあれば、少し距離を取る人もいる。

逆に、興味深そうに服を眺める人もいた。

以前は僕とミレアさんだけだったうえ、すぐに目的の店へ向かったので、ここまで周囲の反応を気にしたことはなかった。


今日は四人とも同じ系統の服を着ている。

明らかに見慣れない亜人が、見慣れない服を揃って着て歩いているのだから、目立たない方がおかしい。


「服まで揃えたのは失敗だったかな」


僕が小さく言うと、ナギさんは自分の袖を見ながら首を振った。


「俺は気に入ってるから別にいいさ。それに、これからこの村の物を売りに来るなら、覚えてもらうのも悪いことばかりじゃないだろ」

「そうですね。怖がられるのは嫌ですけど、服を見てもらえるのは少し嬉しいです」


ミレアさんも、最初よりは落ち着いた様子で答える。

リシアは周囲を見ながら、少し楽しそうに笑った。おそらく、周りのラウル人の感情もそこまで悪くないのだろう。僕自身も特に悪意などは感じられなかった。


「そのうち『あの服を着てる人たちはリーヴァ村の人だ』って覚えられたりしてね」


今は冗談にしか聞こえないがいつか本当にそうなる日が来るのかもしれない。



最初に向かったのは、以前ミレアさんの布を買い取ってくれた店だった。


店主は僕たちが入ってくると、最初は警戒するようにこちらを見たものの、僕とミレアさんに気づいた途端に表情を変えた。


「お前たち、前にあの布を持ってきた二人か。しばらく来ないと思ってたら、ずいぶん連れが増えたな」

「お久しぶりです。今日は前より少しまとまった量を持ってきました」


僕が答えると、店主の視線はすぐに荷物へ向かった。

ところが布を出すより先に、今度は僕たちの服を見て動きが止まる。


「ちょっと待て。その服は何だ?」

「これはミレアさんが作った服ですよ」

「前に持ってきた布と同じものか?」


ミレアさんが頷く。


「はい。あれから糸も少し良くなって、大きな布を織れる織機も作ってもらったんです」

「見せてもらってもいいか?」


ミレアさんが袖を差し出す。

店主は指で布を挟み、光に透かし、何度か軽く引っ張って確かめた。


前回とは明らかに確認する時間が長い。


「前より薄い。それなのにとてもしっかりしているな」

「前より少ない糸でも、同じくらいの強さが出せるようになったんです」

「それでこの軽さか……」


店主はそこでようやく、持ってきた布を見せてくれと言った。


今回用意した布は、前に持ってきたもののおよそ二倍の大きさがある。

織り目も、前回の小さな織機で作った時よりずっと整っていた。


店主は台の上いっぱいに布を広げ、端から端まで丁寧に確かめる。

しばらくしてから顔を上げた。


「前の布は銀貨一枚で買ったな。あの時、織り方まで良くなれば同じ大きさでも銀貨二枚くらいはいくと言ったのを覚えてるか?」

「覚えてます」


僕が答えると、店主は布をもう一度撫でた。


「今回のは大きさがほぼ倍で、織りも前よりずっといい。俺なら、この一枚に銀貨四枚出す」


はっきり提示された金額に、僕は思わずリシアを見る。


前に持ってきた時の四倍だ。

ミレアさん自身も予想していなかったらしく、少し目を丸くしている。


「銀貨四枚……本当にいいんですか?」

「高すぎると思えばそんな値段は出さないさ」


店主は笑ったものの、すぐに真面目な顔へ戻った。


「ただ、これは普通の布と同じようには扱えない。欲しい奴がいても次がいつ入るか分からないんじゃ、店の定番商品にはできないからな。今は珍しい布として売るしかない」

「それは仕方ないですね。まだ大量には作れませんから」


ミレアさんもそこは分かっているようだった。


店主は銀貨四枚を用意しながら、僕たちの服へもう一度視線を向ける。


「それより、俺はこっちも気になる。この服は誰が考えた?」

「アルネア人が着ていた服を元にして、村のみんなに合わせて作り直してる途中です」


ミレアさんが説明すると、店主は僕とリシア、それからナギさんまで順番に見る。


「なるほど。似てるのに全部同じじゃないのはそのせいか。そっちの男は袖も丈も短いな」


ナギさんが自分の服を軽く引っ張る。


「俺は海に入るからな。長いと邪魔になっちまう」

「なるほどな……」


布を扱う人だけあって、店主は僕たちとは違うところを見ている。


「この作りなら、体格が多少違っても合わせやすそうだ。それに布を切り刻まなくて済むから、無駄も少ない」


僕たちは着やすさばかり考えていたけれど、商品として見ると別の利点もあるらしい。


「服も売るつもりはあるのか?」

「今はまだ無理だと思います」


ミレアさんは少し申し訳なさそうに答える。


「村のみんなの服も足りていませんし、まずはそっちを作りたいので」

「それなら今はいい。だが、余裕ができたら一着持ってきてくれ。布だけじゃなく、服として欲しがる客もいるかもしれない」


すぐに新しい商売になるわけではない。

それでも、前回は小さな布一枚だったものが、今は服という形にまで広がっている。

ミレアさんは受け取った銀貨四枚をしばらく眺めてから、僕ではなくリシアへ渡した。


「リシアさん、お願いします」


リシアはすぐに大事そうに袋へ入れる。


「ちゃんと布の売上として記録しておくね」


それを聞いて、店主が少し不思議そうな顔をした。


「作った本人の金じゃないのか?」


僕たちは顔を見合わせた。

今まで、そこまで深く考えたことはなかった。


織機を作った人がいて、食事を作る人がいて、今は村全体で協力して暮らしている。


「今のところは、村のお金にするつもりです」


ミレアさんが答える。


「村全体で必要な物を買う時に使うつもりですので」


店主は少し意外そうにしながらも、それ以上は何も言わなかった。


その後、僕たちは魚や干し肉、農作物もそれぞれ扱ってくれそうな店へ持ち込んだ。


魚についてはナギさんがいたおかげで話が早かった。

どういう魚で、どう食べるのがいいのかまで本人が説明できるからだ。

中には見慣れない魚を警戒する店もあったが、少し炙って味を確かめてもらうと、試しに置いてみたいと言ってくれるところもあった。


干し肉も少量ながら売れた。


一方で農作物は、街の周囲でも作られているものが多く、大きな値段にはならなかった。


同じだけ手間をかけても、何が高く売れるかは全く違う。

そのことをリシアはかなり気にしているようで、店を出るたびに何をいくらで売ったのか確認していた。


全ての売買を終える頃には、来た時に持っていた荷物の多くがなくなっていた。

代わりにリシアの袋には、銀貨と銅貨が入っている。


「帰ったら、全部ちゃんと書き出さないとね。何をいくつ売って、いくらになったのか。次に来る時に比べられるようにしたい」

「もう完全にリシアの仕事になってるね」


僕が言うと、リシアは否定せずに笑った。


「エイルに任せたら、布が銀貨四枚だったことだけ覚えて、他を忘れそうだから」

「さすがにそこまでは忘れないよ」

「じゃあ、今日売った魚の値段を全部言える?」


そう聞かれて、僕は答えに詰まった。

隣で聞いていたナギさんが声を上げて笑う。


「諦めろ。こういうのはリシアに任せた方が良さそうだ」


僕としても反論しにくかった。


街で必要な塩や道具をいくつか買い、その代金もリシアがその場で確認する。

残ったお金は、誰か一人の財布へ入れるのではなく、リーヴァ村へ持ち帰ることになった。


街を出る時、門にいた兵士は朝とは少しだけ態度が違っていた。

僕たちを見つけると、預けていたカルウスの様子を確認しながら声をかけてくる。


「問題は起こさなかったみたいだな」

「おかげさまで。無事に色々と買い取ってもらえました」


僕が答えると、兵士はカルウスへ荷物を載せる僕たちを眺めた。


「また来るのか?」

「たぶん。村で余るものがあれば、これからも時々来ると思います」


兵士は少し考えてから頷く。


「なら、次も門ではちゃんと止まれよ。リーヴァ村だったな。こっちも話を通しておく」


その名前を覚えてもらえていたことが、少し嬉しかった。


朝には存在すら知られていなかった村だ。

今は少なくとも、ここにいる兵士二人には名前を知ってもらえた。

ナギさんがカルウスの背を撫でながら笑う。


「一日で村の名前も服も布も覚えられたんだから、大したもんじゃないか」

「カルウスの方が一番覚えられてそうですけどね」


リシアが返すと、みんなが笑った。

帰りの荷物は、行きよりずっと軽い。

けれどリシアが持つ小さな袋の中には、リーヴァ村のものを売って得た硬貨が入っている。


村で作ったものを持ち出し、代わりに必要なものとお金を持ち帰る。


昨日ようやく名前がついたばかりのリーヴァ村と、山の向こうにある街。


その二つの間に、初めて細い道がつながったような気がした。

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