5. 残された灯火
夜の森。
さっきまで聞こえていた祭りの音は、もう聞こえない。
聞こえるのは、遠ざかる悲鳴だけだった。
足が痛い。
息が苦しい。
「……エイル」
後ろから聞こえた声に、僕は足を止める。
振り返ると、リシアが肩で息をしながら立っていた。
「少し……休もう…」
僕は何も答えなかった。
村長の姿が頭から離れない。
いつも優しく笑っていた。
祭りの準備をしていた。
僕たちの成長を喜んでくれた。
なのに。
たった数分で。
全部が壊された。
嘘が分かる。
悪意が分かる。
でも。
分かったところで、何もできなかった。
リシアは何も言わなかった。
ただ、僕の手を握った。
その時。
「……見つけた」
背後から声が響く。
二人は驚いて振り返る。
月明かりの下。
一人の青年兵が立っていた。
「……」
僕は無意識に身構える。
ヴァルディア王国軍のガルドと名乗っていた、最初に村長と会話をしていた男だ。
怯えている子供二人を前に、ガルドは悲しそうに目を伏せた。
「……そうだな。君たちからすれば、俺もあいつらと同じだ」
剣を持っている。
鎧を着ている。
ヴァルディア王国の兵士だ。
だけど――
僕には分かる。
この人からは、あの男のようなものを感じない。
──僕たちへの害意
「……僕たちを捕まえて、みんなと同じように殺すんだろ」
僕は体の震えを押さえ込み、問いかける。
ガルドはしばらく黙った。
そして、小さく答える。
「命令だからな」
その言葉に、僕は警戒する。
しかし次の瞬間。
「……だが」
ガルドは拳を握る。
「俺は、あの命令には従えない」
「ガルド!」
遠くから兵士の声が響く。
ガルドの表情が変わる。
「時間がない」
彼は腰から小さな袋を取り出した。
中には食料と水、それに丸く平たい金属が何枚か入っていた。
「……これ、何?」
ガルドは少し驚いたような顔をした。
「硬貨だ。街では、これがなければ食べ物も宿も手に入らない」
「……金属で?」
「ああ。王国では、それに価値があるんだ」
ガルドは矢継ぎ早に説明する。
「この先をまっすぐ進め」
「……え?」
「この森の先に町がある。ラウル人のだがな」
ガルドは僕を見る。
「幸い、君たちの見た目はラウル人とそう変わらない。髪の色は若干目立つかもしれないが、セリオン人のことを知っている民間人はほとんどいない」
ガルドは続ける。
「このマントにはヴァルディア王国軍の刺繍がされているから、街に行っても亜人とは疑われないだろう。多分だがな」
亜人という言葉が妙に耳に残った。ガルドは話し続ける。
「いいか、君たちはこの集落に戻ってきては行けない」
僕の胸が締めつけられる。
「村のみんなは……。」
言葉にした瞬間。
ガルドの表情が苦しそうに歪んだ。
「……すまない」
それだけだった。
嘘ではない。
言い訳でもない。
ただ、本当に悔やんでいる。
再び、二人の兵士の声が近づいてくる。
「ガルド!」
「どこにいる!」
ガルドは二人を見る。
「急いで行くんだ」
「でも――」
「行け!」
初めて、強い声だった。
「生きろ。それが、俺にできる唯一の償いだ」
僕は動けなかった。
でも、リシアが僕の手を引く。
「エイル…」
その目には涙が浮かんでいた。
「行こう」
僕は最後にガルドを見る。
ガルドは、すでに僕たちに背を向けて他の兵士たちの元へ向かっている。
「こっちには誰もいない!反対方向に逃げたのかもしれない!」
ガルドの大きな声が聞こえた。
嘘だ。僕たちを逃がすための嘘。
僕達は、小さな袋とマントだけを握りしめ、夜の森の中に消えていった。




