4. 嘘
男は村長を見下ろしたまま、小さく息を吐く。
「……なるほど。だから厄介なのだ」
兵士たちは静まり返る。
「人は都合のいい嘘を信じる。だが、お前たちは信じない」
男はゆっくりと村人たちを見渡す。
「王国に従えば豊かな暮らしが待っている。普通の人間なら、その言葉だけで十分だ。しかし、お前たちは違う」
男は剣の柄に手を置く。
「その力は便利だ。だが、あまりにも危険すぎる」
一歩、また一歩。
ゆっくりと村長と距離を詰める。
「人は嘘で支配できる。だが、お前たちは、それを許さない。」
すでに剣の届く間合いだった。
「王国に従うなら生かす。従わぬなら――」
「ここで絶やす」
村は静まり返る。
誰一人、声を上げない。
その沈黙を破ったのは、村長だった。
「ひとつ、お聞きしてもよろしいですかな」
男は眉一つ動かさない。
「……何だ」
「あなたは、ご家族を大切にされていますかな」
予想外の問いだった。
兵士たちも怪訝そうな顔をする。
男は鼻で笑う。
「当然だ。守るべき者があるからこそ、人は剣を取る」
村長は小さく頷いた。
「ならば、あなたにも分かるはずです」
村長は振り返る。
「我々にも、守るべき家族がおります。この子たちには、この子たちの未来があります。」
「だからこそ――」
ゆっくりと男を見据える。
「その未来を、他人に委ねることはできません」
男は静かに目を細める。
「愚かな」
「そうかもしれません」
村長は笑った。
「ですが、それがセリオン人なのです」
男は静かに剣を抜いた。
金属が鞘を滑る音だけが、広場に響く。
村長は逃げない。
ただ、穏やかな笑みを浮かべたまま、その男を見つめていた。
「最後まで、その目か」
男が小さく呟く。
村長は静かに頷いた。
「疑うより、信じて生きる方が幸せですからな」
男は何も答えない。
ゆっくりと剣を振り上げる。
村長は最後まで目を逸らさなかった。
そして――
剣が振り下ろされた。
村長の身体がゆっくりと崩れ落ちる。
「……村長!」
誰かの叫びが響く。
広場から一斉に悲鳴が上がった。
エイルはその場に立ち尽くしたまま、目の前で起きた光景を理解できずにいた。
さっきまで笑っていた村長が。
自分たちを祝福してくれた村長が。
「……隊長」
後ろにいたガルドの震える声が聞こえる。
「ここまで、する必要が……」
男は振り返りもしなかった。
「命令だ」
短く、それだけを告げる。
そして、ゆっくりと兵士たちを見渡す。
「セリオン人は国家に仇なす危険因子である」
冷たい声が広場に響いた。
「───全員、始末しろ」
その言葉を合図にしたかのように、兵士たちが一斉に剣を抜く。
「なっ……!」
「逃げろ!」
「子どもたちを連れて行け!」
静寂だった広場は、一瞬で阿鼻叫喚へと変わった。
祭りのために並べられていた料理が踏み散らされる。
酒瓶が割れる音。
家族を呼ぶ声。
金属がぶつかり合う音。
さっきまで祝祭の象徴だった焚き火が、今は逃げ惑う人々の影を不気味に揺らしていた。
「父さん!母さん!」
エイルが駆け出そうとした、その腕を誰かが強く掴む。
「行っちゃ駄目!」
リシアだった。
その顔は青ざめ、瞳には涙が浮かんでいる。
「でも……!」
「駄目!」
震える声で叫ぶ。
「みんな……すごく怖がってる……!」
リシアには村中の感情が押し寄せていた。
恐怖。
殺意。
悲しみ。
絶望。
そして――
耐えきれず、リシアはその場に膝をつく。
「いや……」
耳を塞いでも、感情は消えない。
エイルは歯を食いしばる。
目の前では、兵士たちが容赦なく村へ押し寄せていた。
家々から悲鳴が上がる。
燃え移った火が夜空を赤く染め始める。
僕はリシアの手を引き、森の中に走り出す。
十歳の誕生日。
村中がお祝いしてくれたはずの日は、
ほんの数分で、
終わりを迎えた。




