3. 侵攻
祭りの広場。
先ほどまで笑い声で満ちていた場所は、静まり返っていた。
村人たちの前へ、一人の青年兵が歩み出る。
年齢は二十代半ばほど。
まだ若く、どこか緊張した面持ちをしている。
腰の剣に手を添え、深く頭を下げた。
「突然の訪問をお許しください」
その礼儀正しさに、村人たちの緊張が少しだけ和らぐ。
青年は胸に手を当てた。
「私はヴァルディア王国軍所属、ガルドと申します」
村長も一歩前へ出る。
「ようこそお越しくださいました。このような小さな集落へ、何用でしょうかな」
ガルドは真っ直ぐ村長を見る。
その目には敵意はない。
「王国は皆様を迎えに参りました」
広場がざわつく。
「迎えに……ですか」
「はい」
ガルドは力強く頷いた。
「皆様がセリオン人であることは承知しております。その力は王国にとって、そして民にとって必要不可欠です。」
エイルは無意識にリシアを見る。
リシアも不思議そうな顔をしていた。
ガルドは続ける。
「王都には住居を用意いたします。畑もございます。食料も不足することはありません。そして、子どもたちは教育を受けられます。皆様が安心して暮らせる環境を、ヴァルディア王国が責任を持ってお守りします」
エイルは息を呑む。
嘘がない。
一つ一つの言葉が、まっすぐ胸に届く。
この人は本気だ。
本当にそう信じている。
村長はしばらく黙っていた。
やがて穏やかに微笑む。
「ありがたいお話です」
ガルドの表情が少し明るくなる。
しかし次の言葉で、その笑顔は止まった。
「ですが、お断りします」
「……え?」
思わずガルドが聞き返す。
「どうしてです。皆様には何一つ不自由はさせません。王国は必ず――」
村長はゆっくり首を横に振る。
「貴方は嘘をついておられません。それは分かります」
その一言に、ガルドの目が大きく見開かれた。
「しかし…」
村長は静かに続ける。
「我らは人を疑うためではなく、人を信じるために、この力を授かりました。だからこそ、自分たちの生き方は自分たちで選びます」
村長は責めるような口調ではない。
どこまでも穏やかだった。
「我らの力は、国にとって便利なものでしょう。ですが、その便利さこそが争いを生みます」
村長が続ける。
「だから我らは、どこの国にも属さず生きてきたのです」
ガルドの表情が曇る。
「それは……」
沈黙。
ガルドは何も言えなくなる。
その時だった。
後方から、低い声が響く。
「……もういい」
空気が変わった。
兵士たちが左右へ道を開ける。
一人の男がゆっくり歩いてくる。
年老いているわけではない。
だが、その目だけは氷のように冷たかった。
エイルは男を見た瞬間、息が止まる。
胸が締めつけられる。
全身が総毛立つ。
まるで目の前に、巨大な獣が現れたような圧迫感。
「(……何だ、この人)」
リシアが小声で呟く。
「この人…さっきの人と感情が違う」
「あぁ」
この男から溢れているのは、ただ一つ。
害意。
「エイル……」
リシアが小さく袖を掴む。
その手は震えていた。
「この人……怒ってる」
男は村長の前で足を止める。
ガルドを横へ下がらせると、冷たい目で村長を見下ろいた。
「交渉は終わりだ」
村長は静かに目を閉じる。
「……最初から、そのつもりだったのでしょう」
男は口元だけを歪めた。
「察しがいい」
「さすがはセリオン人だ。」




