45. キアの成果
ガドさんたちやフェル人が戻ってきてから、集落は日に日に賑やかになっていた。
畑ではフィアたちが朝から土をいじり、草地ではルダたちが家畜の世話をしている。
ドゥルガ人たちは新しい家を建てたり、壊れかけていた道具を直したりと忙しそうだった。
僕とリシアも、以前ほど一つの仕事に付きっきりになることはなくなった。
必要なところを手伝いながら、少しずつ集落全体を見る時間が増えている。
そんな中、ほとんど姿を見せなくなった人が一人いた。
キアだ。
朝になると森へ入り、日が傾く頃に戻ってくる。
戻ってきても食事を済ませると、何かを考え込んだまま早々に眠ってしまうことが多い。
何をしているのか聞いても、
「まだ調べてる最中だから秘密」
としか言わない。
最初の数日は気にしていたけれど、毎日無事に帰ってくるので、そのうち僕たちも深く聞かなくなっていた。
その日も、キアは朝から森へ向かっていた。
僕はリシアと一緒に、倉庫へ運び込まれた食料を整理していた。
フェル人が増えたことで、畑から採れるものも少しずつ増えている。
魚も毎日必要な分だけではなく、余裕がある日は多めに獲って保存するようになった。
「これ、干しておいた方がいいかな」
リシアが魚の入った籠を見る。
「その方がいいと思う。人数も増えたし」
そんな話をしていると、外から大きな声が聞こえた。
「エイル!」
フィアの声だった。
何事かと思って外へ出ると、フィアが森の方を指差している。
「ちょっと来て!」
「何かあったの?」
「いいから来て!」
リシアと一緒に森の方へ向かう。
近くにいたミレアさんやセナも、騒ぎに気づいてついてきた。
やがて森の入口が見えてくる。
そこで僕たちは足を止めた。
木々の間から、キアが歩いてくる。
そこまではいつも通りだった。
問題は、その後ろだ。
大きな羽毛に覆われた生き物、四頭のカルウスがキアの後をついて歩いていた。
「……え?」
リシアが間の抜けた声を出す。
カルウスは以前森で見た時と変わらず大きい。
二本の太い脚で地面を踏み、長い尾で体のバランスを取っている。
全身を覆う羽毛は場所によって色が違い、首や背中にはやや濃い色が混じっていた。
一頭が立ち止まり、近くの枝に実っていた木の実へ首を伸ばす。
そのすぐ横をキアが普通に歩いていた。
逃げない。
警戒している様子もない。
「キア」
セナが呼ぶ。
キアがこちらを見る。
「戻った」
「それは見れば分かるよ」
セナはカルウスたちを見る。
「その後ろのは何なんだい?」
キアも振り返った。
「カルウス」
「……それも見れば分かる」
僕は四頭を見ながら聞いた。
「……どうやって連れてきたの?」
「慣れさせただけだよ」
キアは当然のように答えた。
「……慣れた?」
「うん、しばらく一緒に生活してた」
説明が足りなさすぎる。
リシアも同じことを思ったらしい。
「しばらくって、毎日森に行ってたのはこれが理由?」
「そうだよ」
キアは一番近くにいたカルウスへ手を伸ばす。
大きな頭がゆっくりと下がり、キアの手に触れた。
それを見て、今度こそ誰も何も言えなくなった。
しばらくして、ルダもやってきた。
柵の向こうからカルウスを眺め、腕を組む。
「よくここまで慣らしたな」
キアの顔が少しだけ得意そうになる。
「この群れは人を見てもすぐ逃げなかった」
「群れ?」
僕が聞く。
「四頭だけじゃないの?」
「まだいる」
キアは森の方を見る。
「でもみんな連れてくる必要はないと思ったから、今日は四頭だけ連れてきた」
どうやら、森の中には他にも仲間がいるらしい。
「最初は近づくと逃げられてさ。でも木の実を置いて離れたところに座ってたら、少しずつ近くに来るようになった」
珍しくキアがよく喋る。
「何日かすると、俺が歩いても逃げなくなった。昨日から触れるようになったから、今日は試しに一緒に森を散策してたんだ」
四頭のカルウス達はリラックスした様子でキアのそばにいる。
本当に人に慣れているようにみえる。
「乗れるのか?」
後ろからガドさんの声がする。
いつの間にかギランさんやグレナさんまで集まっている。
キアは少し考えたあと、一頭のカルウスを見る。
「ちょっと見てて」
キアはカルウスの横へ行くと、首の付け根を軽く撫でた。
それから背中へ手をかけ、慣れた動きで体を持ち上げる。
カルウスは驚く様子もなく、そのまま立っていた。
「……乗れてる」
フィアが呟く。
キアは背中に跨がると、軽く体を前へ傾けた。
カルウスが歩き始める。
最初はゆっくりだった。
けれど少し進むと、歩幅が大きくなっていく。
二本脚で進んでいるのに体の揺れは思っていたより少なく、キアも安定して乗っていた。
集落の端まで行ったあと、そのまま大きく回って戻ってくる。
それを見ていた僕らは全員口を開いて驚いている。
「すごいね……馬より速いのかな?」
リシアが聞く。
キアはカルウスから降りながら首を傾げる。
「整備された道だけなら馬の方がいいかも。でも森だとこっちの方が楽だと思うよ」
カルウスは木々の間を進むことに慣れている。
倒木や地面の凹凸も、馬ほど気にせず越えられるらしい。
僕は森の向こうを見る。
僕たちが街へ向かう時も、道の大半は森と山だ。
「これなら、森の奥や山の近くまで行くのも楽になるのかな」
僕が言うと、キアが頷いた。
僕とリシアは顔を見合わせる。
街へ行く時はいつも、長い距離を歩く。
馬もいるけれど一頭連れていくのが限界で、荷物を持たせれば僕たちはほとんど歩くしかなかった。
もしカルウスに乗れるなら、これから生活圏は大きく広がるかもしれない。
その日の午後。
今度はキアに連れられて、僕たちは森へ入った。
僕とキア、それから狩りが得意なフェル人の二人。
カルウスも二頭ついてくる。
目的は、実際に森の中でどれくらい動けるのかを見ることだった。
僕も一頭に乗せてもらう。
「急に走ったりしない?」
「大丈夫。こいつらは賢いし、仲間の動きもよく見てるから」
少し不安になったけれど、キアは気にせず先へ進む。
僕の乗っているカルウスも、その後を追った。
最初は落ちそうで怖かった。
でも、しばらくすると意外と慣れる。
馬より体が高く感じるけれど、木の根が張り出した場所や小さな倒木も気にせず進んでくれる。
歩くよりずっと早い。
いつもなら時間がかかる森の奥まで、あっという間だった。
途中、前を歩いていたカルウスが突然立ち止まる。
首を伸ばし、森の奥を見る。
「何かいる」
僕たちは声を抑える。
フェル人の二人が武器を構え、ゆっくりと進む。
しばらくすると、茂みの向こうに草を食べている獣が見えた。
僕たちだけなら気づかず通り過ぎていたかもしれないが、カルウスが狩りの獲物を見つけてくれるようだ。
これなら今後の狩りも、いつもよりずっと早くなりそうだ。
カルウス自身が直接獲物を仕留めたわけではないが、森の中を速く移動できて、周囲の動物にもよく気づく。
森の中での行動にこれほど役に立つとは思わなかった。
仕留めた獲物を持って戻る頃には、日が沈むまでまだかなり時間が残っていた。
「随分早かったね」
集落へ戻ると、セナが驚いたように言った。
獲物を見たルダも頷く。
「これなら狩りに出る人数を減らせるかもしれないな」
その分、畑や家畜の仕事に人を回せる。
あるいは同じ人数で狩りに行けば、もっと多くの肉を確保できるかもしれない。
僕はカルウスを見る。
一頭は草を食べ、もう一頭はキアから木の実を受け取っていた。
少し前まで、森の奥で見かけるだけの生き物だった。
それが今では、僕たちのすぐそばにいる。
「すごいな、キア」
キアはカルウスの首を撫でながら答える。
「まだまだこんなものじゃないよ」
キアが森の方を見る。
「カルウスの近くには、いつもあの子たちが着いてきてるからね」
僕はすぐに思い出した。
以前、森で見つけた小さな足跡。
それから、キアが拾っていた羽。
「もしかして、前に見つけた足跡のこと?」
「うん。たぶんラプルスだ」
キアの表情が少しだけ明るくなる。
「カルウスよりずっと小さい獣でね。肉を食べるし、爪も牙もある。でも、カルウスを獲物として追いかけてるわけじゃないみたいなんだ」
「……もしかして、その二種は一緒に生活してるの?」
リシアが聞く。
「正解」
キアはしゃがみ込み、近くにいたカルウスの首を撫でる。
「何日か見てたけど、ラプルスはカルウスの群れの近くからほとんど離れない。カルウスが移動すれば一緒に動くし、休む時も近くにいる」
「カルウスは襲われないの?」
「ああ。むしろ狩りを一緒にしてる」
キアが頷く。
「カルウスは賢いし大きいから、森の中を走って獲物を追い込めるんだ。ラプルスは小さくて速いから、木の間を回り込んで逃げ道を塞ぐ。俺が見た時は、カルウスが追い込んだ獲物をラプルスが仕留めてたんだ」
どうやら、ただ同じ場所で暮らしているだけではないらしい。
「獲った肉も一緒に食べる。カルウスは普段は木の実とか葉を食べてるけど、肉も食べるからな」
「お互い別の動物なのに役割分担してるってこと?」
「おそらくそうだね」
キアはカルウスの羽毛を指先で整えながら続ける。
「カルウスとラプルスは、それぞれ苦手な部分を補い合ってるみたいなんだ」
僕はカルウスを見る。
大きな体でのんびり木の実を食べている姿だけを見ていると、とても狩りをする生き物には見えない。
「群れの仲間みたいなものなのかな」
僕が言うと、キアは少し考える。
「それに近いと思う。種類が違うのに、ずっと一緒にいるんだ。そこがこいつらの面白いところ」
最後だけ少し声が弾んだ。
普段は必要なことしか話さないのに、生き物の話になると本当に分かりやすい。
「ラプルスはキアには慣れてないの?」
「カルウスより警戒心が強いからまだだね」
キアはすぐに答える。
「俺一人で近づくと逃げられる。姿を隠すことも多い。でも、カルウスの近くにいる時は少し違う。こいつらが俺を警戒しない様子を見て、ラプルスも前より逃げなくなった」
その言葉で、キアが考えていることがなんとなく分かった。
「もしかして、カルウスが人に慣れたら、ラプルスも慣れるかもしれないってこと?」
「ああ」
キアは迷わず頷く。
「ラプルスは仲間の動きをよく見てる。カルウスが俺たちの近くで普通にしてれば、少なくともすぐには危険だと思わなくなるはずだ」
キアはもう次にやることを決めている顔をしていた。
「もちろん、ラプルスを無理に捕まえるつもりはない。まずはカルウスと一緒にいるところで、俺たちが危なくないって覚えさせるつもりさ」
カルウスを連れて帰ってきたばかりなのに、もうその先を考えている。
けれど今度は、誰も止めようとはしなかった。
今日だけで、キアが森へ通い続けていた時間が、この場所の暮らしを大きく変えるかもしれないと分かったからだ。




