44. 最初の一着
フェル人たちが戻ってきてから、さらに数日が経った。
畑ではフィアを中心に新しく来たフェル人たちが動き、草地ではルダたちが家畜の世話をしている。
人が増えたことで、僕たちが畑や家畜のことを気にする時間はずいぶん減った。
集落のあちこちでは新しい家が建ち始めている。
そして今日。
待ちに待った新しい織機がようやく完成しようとしていた。
「これでどう?」
グレナさんが木でできた部品を取り付ける。
以前の小さな織機とは比べものにならないほど幅も広くなり、前後には長い布を巻き取るための棒が取り付けられている。
骨組みはガドさんが作り、糸を動かす細かな部品はグレナさんが作ってくれた。
グレナさんが何度か動かしてから、ミレアさんを見る。
「たぶんこれで大丈夫。あとは実際に使ってみて」
「はい!」
ミレアさんが織機の前に座る。
準備していた糸を一本ずつ通していく。
僕とリシアも手伝ったけれど、数が多くてそれだけでもかなり時間がかかった。
ミレアさんが慎重に織機を動かした。
木が軽くぶつかる音がする。
糸の間を別の糸が通り、また織機が動く。
少しずつだけれど、目の前に布ができていく。
「……すごいです」
ミレアさんが嬉しそうに呟く。
織った部分を前へ巻き取れば、そのまま続きを作ることができる。
「これなら、かなり長い布が作れますね」
ミレアさんの声がいつもより少し弾んでいる。
「これだけ幅があれば、私が想像していた形の服が作れると思います」
僕たち三人は顔を見合わせた。
ずっと話していた服を、ついに作ることができる。
「よかったな」
後ろからガドさんの声がする。
振り返ると、ギランさんと一緒に立っていた。
ガドさんは完成した織機を一度見て、それからミレアさんの手元にある布を見る。
「ちゃんと使えそうか?」
「はい!ありがとうございます」
ミレアさんが笑う。
ガドさんは短く頷くと、また外へ向かう。
その背中を見ながら、僕たちは何も言わなかった。
最初に誰の服を作るのか、ガドさんはまだ知らない。
それから数日。
ミレアさんは空いた時間のほとんどを織機の前で過ごしていた。
糸も作りつつ、少しずつ布を伸ばしていく。
布がある程度できると、今度は服の形を考える。
ミレアさんが昔着ていた服を参考にしながら、なるべく布を無駄にしない形にすることになった。
前で左右を重ね、細長い布で腰を留める。
腕を通す部分は広く取り、体を締めつけすぎない。
ただし、そのままではガドさんには合わない。
「やっぱり、肩が全然違いますね」
少し離れたところで作業しているガドさんを見る。
ドゥルガ人は僕たちより体が大きい。
特に肩と腕は太く、皮膚の一部には硬そうな外皮もある。
「ここはもっと広くした方がいいと思います」
ミレアさんが布を広げる。
「腕を動かした時に引っかからないようにして……丈も少し短い方がいいかもしれません」
「仕事の邪魔にならないようにですか?」
「ええ」
そこへグレナさんがやってきた。
広げてある布を見る。
「だいぶ形になったね」
「でも、ガドさんのサイズに合わせるのが難しくて……」
僕が言うと、グレナさんは笑った。
「そりゃそうだよ。あいつ、ドゥルガの中でも大きい方だから」
そう言いながら布を持ち上げる。
「脇はもう少し余裕があっていいかも。こっちも少し広げよう」
「分かりました」
いつの間にか、グレナさんも手伝ってくれるようになっていた。
ガドさんには見つからないようにしながら、少しずつ形を整えていく。
縫う作業は簡単ではない。
ミレアさんも昔から服を作ってきたわけではないから、尚更だった。
何度かやり直しもした。
一枚の布が、少しずつ服の形になっていく。
そして、その日の夕方。
「……できた」
リシアが呟く。
僕たちの前に、一着の服が置かれていた。
左右を前で重ねる上着。
腰を留めるための帯。
袖は広めで、丈は動きやすいように少し短い。
ヴァルディアの街で見た服とはずいぶん違う。
ミレアさんが昔着ていたアルネア人の服とも少し違う。
ガドさんが着るために、僕たちなりに変えた服だった。
布そのものも、以前街へ持っていったものより薄い。
それでも十分な強さがある。
触ると柔らかく、僅かに光沢もあった。
僕は外を見る。
ガドさんは少し離れたところで、ギランさんたちと新しい家の骨組みを見ていた。
「じゃあ、呼んできます」
立ち上がると、なんだか急に緊張してきた。
「ガドさん」
声をかけると、ガドさんが振り返る。
「何だ」
「ちょっと来てもらえますか?」
ガドさんは僕の顔を見る。
「何か壊れたか?」
「違います」
どうして最初にそれが出てくるんだろう。
ギランさんが横で笑う。
「行ってこいよ。呼ばれてるぞ」
ガドさんは少し不思議そうな顔をしたまま、僕についてきた。
家の前まで来る。
そこにはリシアとミレアさん、それからグレナさんが待っていた。
ミレアさんの手には、畳んだ服がある。
ガドさんがそれを見る。
「できたのか」
「はい」
ミレアさんが答える。
「最初の一着です」
「そうか、よかったな」
ガドさんは服を見る。
「誰の服を作ったんだ?」
僕とリシアが顔を見合わせる。
グレナさんは少し笑っていた。
ミレアさんが一歩前へ出る。
「ガドさんのです」
ガドさんが止まった。
「……俺の?」
「はい」
ミレアさんが服を差し出す。
「いつも私たちのために色んなものを作ってくれたのに、まだなにもお礼ができてなかったので……」
リシアも続ける。
「最初の服はガドさんにしようって、三人で決めたんですよ!」
「僕とリシアは簡単な手伝いくらいですけどね」
ガドさんは服を見たまま動かない。
こんなに長く黙っているのは珍しい。
「……俺は頼まれたことをやっただけだ」
ようやく出てきたのは、そんな言葉だった。
最初にこの場所へ来た時、雨漏りする家しかなかった僕たちに新しい家を作ってくれた。
ミレアさんの部屋を作り、織機を作り、人が増えるたびに新しい家を建ててくれた。
今ある集落のほとんどに、ガドさんが関わっている。
「ガドさんがいなかったら、今みたいに暮らせてませんから」
ガドさんは何も言わない。
横からギランさんが覗き込む。
「いいじゃねえか、貰っとけよ。照れてんのか?」
「うるさい」
グレナさんが吹き出した。
リシアも笑う。
ガドさんは少しだけ眉を寄せたあと、ミレアさんから服を受け取った。
大きな手で、柔らかな布をそっと持つ。
「……ありがとう」
小さな声だった。
服を持ったまま、ガドさんは外へ出る。
少しして、新しい服を着て戻ってきた。
「どうですか?」
ミレアさんが少し不安そうに聞く。
ガドさんは肩を動かし、腕を上げる。
「動きやすい」
「本当ですか?」
「ああ」
ミレアさんの顔が明るくなる。
丈もちょうどいい。
肩や腕には余裕があり、ガドさんが動いても布が突っ張る様子はない。
腰の帯を締めることで、思っていたよりずっと形も整って見えた。
「似合ってるじゃん」
グレナさんが言う。
ギランさんも腕を組んで見る。
「へえ。悪くないな」
ガドさんが二人を見る。
「何だ」
「いや」
ギランさんが笑う。
「俺の分もそのうち頼むわ」
「私も欲しい」
グレナさんまで言い出す。
ミレアさんが驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「みなさんの分も、順番にお作りしますね」
最初は、ミレアさんの糸が売れるのかを確かめるために、小さな布を作った。
あの時は、それが銀貨になることに驚いていた。
でも今、その糸は誰かが着る服になっている。
ガドさんが新しい服の袖を確かめるように腕を動かしている姿を見ていると、ここでまた一つ、新しい暮らしが始まったような気がした。




