43. 増えていく声
ガドさんたちが戻ってきてから、数日が経った。
集落の様子は、また少しずつ変わり始めていた。
草地には長い柵ができ、その奥には簡素な家畜小屋も建ち始めている。
グレナさんは合間を見つけて新しい織機の部品を作り、ガドさんとギランさんたちは他のドゥルガ人たちと一緒に、次に必要になるものを次々と形にしていた。
人が増えると、こんなにも仕事の進み方が違うのかと思う。
僕たちも木を運んだり、削った木屑を片づけたり、できる範囲で手伝っていた。
その日の昼前。
僕はミレアさんと一緒に、家の前で乾かしていた布や道具を片づけていた。
少し離れたところでは、リシアが畑を見ている。
突然、そのリシアが顔を上げた。
「エイル!」
声に振り返る。
「森の方、何か聞こえる!」
前にガドさんたちが戻ってきた時と同じように、森の奥から音がする。
ただ、今回は少し違った。
低い鳴き声。
少し高い鳴き声。
地面を踏む、いくつもの蹄の音。
ミレアさんも森を見る。
僕たちは作業の手を止め、そのまま森の方へ向かった。
音はどんどん大きくなる。
やがて木々の隙間から、見覚えのある耳が見えた。
「戻ったよ!」
先頭から顔を出したのはフィアだった。
その後ろからセナ、ルダ、キアも姿を現す。
「おかえり!」
僕が声をかける。
「ただいま」
セナが手を上げる。
けれど、それで終わりではなかった。
四人の後ろから、さらに人影が続いてくる。
一人や二人ではない。
荷物を背負ったフェル人たちが、次々と森から現れた。
大人もいる。
若い人もいる。
子供の手を引いている人もいる。
その間を縫うように山羊が歩き、その後ろには牛、さらに馬まで続いていた。
「……多くない?」
隣でリシアが呟く。
前にも同じ言葉を聞いた気がする。
僕も途中まで人数を数えてみたけれど、動物まで混ざっているせいですぐに分からなくなった。
「……セナ、どのくらい来たの?」
僕は思わず呼びかける。
セナが後ろを振り返って数え始める。
「私たちを入れて、二十人くらいだね」
「二十人……」
思っていたよりずっと多い。
「もっと来たがった奴もいたんだけどね」
セナは少し笑う。
「さすがに最初から全員は無理だろうってことで、今回はこれくらいになったよ」
どうやら、元の集落で話したところ、この場所に興味を持った人はかなり多かったらしい。
畑をもっと広げたい人。
家畜を増やしたい人。
新しい土地で暮らしてみたい人。
理由はそれぞれ違う。
少なくとも目の前にいる人たちは、ここで暮らしてみることを選んだようだ。
「フィア!」
リシアが呼ぶ。
でもフィアは返事をする前に畑へ走っていった。
「ちょっと見てくる!」
「先に挨拶とかしないの?」
リシアが呆れたように言う。
僕たちも後を追う。
フィアは畝の前まで行くと、しゃがみ込んで葉を確認した。
土を触る。
いくつかの作物を順番に見てから、ようやくこちらを振り返った。
「ちゃんと元気に育ってる!」
「……僕ってそんなに信用ないかな?」
その横でリシアが笑う。
「私も見てたからね」
「あ、それなら安心だ」
フィアが楽しそうに笑った。
戻ってきて早々、何も変わっていない。
それが少し嬉しかった。
一方、ルダは畑にはほとんど目も向けず、家畜を連れて草地へ向かっていた。
ガドさんたちも気づいたらしく、作業を止めてこちらへ来る。
ルダは新しくできた柵の前で足を止めた。
一度、全体を見る。
柵に手をかけて揺らし、次に家畜小屋へ入って中を確認する。
しばらくして戻ってくると、ガドさんを見る。
「よくこの短期間で作れたな」
「間に合ってよかった」
「……そうか、他のドゥルガ人も来てくれたんだな」
ルダは他のドゥルガ人に頭を下げる。
ギランさんが隣から口を挟む。
「こいつ、帰ってきてからほとんど休まず作ってたぞ」
「お前もだろ」
「俺は適当にサボってたからなあ」
「嘘つけ」
ルダは二人のやり取りを横目に見ながら、家畜を柵の中へ誘導し始める。
他のフェル人たちも手伝った。
牛。
山羊。
馬。
今まで空いていた草地に、初めて家畜の姿が並んだ。
山羊の鳴き声が響く。
馬が鼻を鳴らす。
牛がゆっくりと草を食み始める。
それだけで、景色が全く違って見えた。
「すごいですね……」
ミレアさんが少し離れたところから眺めている。
僕も同じことを思っていた。
最初は僕たちが連れてきた一匹の馬しかいなかった。
動物が増えるだけでこんなにも生活感が増すとは思わなかった。
「エイル」
後ろからキアに呼ばれた。
「どうしたの?」
キアは少し期待するような顔をしていた。
「あの足跡、その後どうだった?」
すぐに何のことか分かった。
以前、森で見つけた爪跡のある足跡だ。
「特に探してないから分からないよ」
「そうか、それなら今すぐ探しに行かなきゃ」
「まず荷物を下ろしたらどうだい」
セナが後ろから言う。
「今日じゃなくても逃げないよ」
「いや、逃げるかもしれないだろ」
キアは真剣だった。
リシアが僕の方を見る。
僕も何も言わずに頷いた。
やっぱり、キアも変わっていない。
新しく来たフェル人たちは、その日のうちに荷物を運び始めた。
もちろん、全員分の家があるわけではない。
セナたちの家を使いながら、空いている建物にも分かれて寝てもらうことになった。
しばらくは少し窮屈になる。
けれど、ガドさんたちがいる。
ギランさんは新しく来た人数を聞くと、少し顔をしかめた。
「また家がいるな」
ガドさんも周囲を見る。
「何軒くらいだ?」
「最低でも三つ」
「……最低で?」
ギランさんがため息をつく。
「お前、俺たちを連れてきて正解だったな」
近くで聞いていたグレナさんが笑う。
その横では、もう他のドゥルガ人たちが新しい家を建てる場所について話していた。
フェル人たちも黙って見ているだけではない。
畑が得意な者はフィアと一緒に土地を見に行き、家畜を扱える者はルダのところへ向かう。
子供たちは新しい場所が珍しいのか、あちこちを見て回っている。
人が増えた。
それだけなのに、集落全体が急に動き出したようだった。
夕方。
ようやく少し落ち着いた頃、セナが僕の隣へやってきた。
新しく来た人たちは、簡単な食事を取りながら思い思いに話している。
「驚いたかい?」
「ええ、かなり」
僕は素直に答えた。
「こんなに来るとは思ってませんでした」
「私も最初は、もう少し少ないと思ってたよ」
セナが笑う。
「でも、話してみたら意外と多くてね」
元の集落が狭くなっていたこと。
畑を広げる場所が少なかったこと。
家畜を増やしたくても、使える土地に限りがあったこと。
そういう不満を抱えていた人は、思っていた以上に多かったらしい。
「あっちでの暮らしが好きな奴もいるし、急に知らない土地へ移るのが嫌な奴だっているからね」
セナは森の方を見る。
「そういう奴らは、しばらく向こうで暮らすってさ」
「そうだよね」
「だから、しばらくは向こうとも行き来するつもりさ」
セナは森の方を見る。
新しい場所を作るために、古い場所を捨てる必要はない。
どちらで暮らすかは、それぞれが決めればいい。
その間を人が行き来するようになれば、今までとは違う関係もできるかもしれない。
これから行き来する人が増えるなら、森の中の道も少しずつ整えていく必要があるだろう。
やることも、考えることも増えていく。
それなのに、不思議と嫌ではなかった。
日が沈む頃。
僕は少し離れた場所から集落を見る。
少し前まで、ここには僕とリシアとミレアさんしかいなかった。
それが今では、家の前で何人もの人が話している。
畑からはフィアと新しく来たフェル人たちの声が聞こえる。
草地では山羊が鳴いている。
牛が低い声を上げ、馬が柵の向こうを歩いている。
少し離れたところでは、ガドさんたちが明日から建てる家について話していた。
どこを見ても誰かがいる。
静かだった海辺が、すっかり別の場所になったようだった。
「賑やかになったね」
いつの間にか隣に来ていたリシアが言う。
「そうだね」
少し前なら、波の音と風の音ばかり聞こえていた。
今は、それにいろいろな音が混ざっている。
人の話し声や子供の笑い声に、家畜の鳴き声や木を運ぶ音まで重なっていた。
うるさいとは思わなかった。
むしろ、それらの声が増えていくたびに、この場所が少しずつ誰かの暮らす場所になっていくように感じた。




