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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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40. また三人で



セナたちがここで暮らすと決めてから、数日が経った。


ガドさんが作り始めた家も、ようやく形になった。


立派な家というわけではない。

僕たちが最初に直した家と比べても小さく、部屋もほとんど分かれていない。

それでも雨風を凌ぐには十分で、四人で暮らすだけなら困らないはずだった。


「……本当にできたね」


フィアが入口から中を覗き込む。

まだ何も置かれていない室内には、壁と床があるだけだった。


「家はできたけど、何もないね」


フィアが中へ入って、がらんとした室内を見回す。

その後ろから入ったルダが壁を軽く押し、今度は床を踏んで確かめる。


「丈夫だな」

「当たり前だ」


隣にいたガドさんが答える。

二人ともそれ以上は何も言わなかった。


「やっぱり似てるよね、あの二人」


隣でリシアが小さく笑う。


「本人たちに言ったら否定しそうだけどね」


僕も小声で返した。


家が完成したことで、セナたちがここで暮らすために必要なものが、一つ整った。


ただ、これですぐに新しい生活が始められるわけではない。


四人が持ってきたのは、ここで何日か過ごすための最低限の荷物だけだった。

服も道具も、ほとんどは今まで暮らしていた集落に残っている。

何より、ルダが世話をしていた家畜も向こうにいる。



その日の夕方。


みんなで食事をしている時、セナが話を切り出した。


「そろそろ、一度戻ろうと思う」


僕は持っていた器を置く。


「集落にですか?」

「ああ。ここで暮らすって決めた以上、いつまでも荷物を置いたままにはできないからね」


セナは隣にいる三人を見る。

フィアはすでに何度か頷いていて、キアも特に反対する様子はない。

ルダは黙って食事を続けていたけれど、前から決めていたことらしい。


「家畜もいるからな」


ルダが食事の手を止める。


「牛と山羊、それに馬もいる。連れてくるなら準備がいる」


以前聞いた話では、牛が六頭、山羊が十二頭、馬が三頭だった。

それだけの数を四人だけで連れてくるのは大変そうだ。


「全部連れてくるんですか?」


僕が聞くと、ルダは少し考えてから首を振った。


「まだ決めてない。向こうに残る奴もいるからな」


セナも頷く。


「家畜だけじゃない。私たちがここへ移ることも、ちゃんと話さないといけないからね」


セナは少し考えてから続けた。


「ここなら、まだ畑を広げられる。家畜を飼える場所もある。だから、私たち以外にも来たい奴がいるかもしれない」


フィアが顔を上げる。


「来るかな?」

「ま、それを決めるのは私たちじゃないよ」


セナは穏やかに笑った。


「ここがどんな場所なのかは話す。でも、来るかどうかは自分たちで決めてもらうさ」


僕はその言葉を聞きながら、少しだけ安心した。

ここへ来るように誘うことはできる。

でも、それを決めるのは本人たちだ。


「いつ出るんですか?」

「明後日には出ようと思ってる」


思っていたより早い。

フィアが少し残念そうに畑を見る。


「せっかく畑、良くなってきたのになあ……」

「戻ってくるんだろ?」


ロディが言うと、フィアは当然だという顔をした。


「帰ってきた時にエイルたちが元に戻してたら嫌なの」

「元って……」


僕は思わず声を漏らした。


「そんなに信用ないですか?」

「水を全部同じ量あげてた人だからね」

「それはもう覚えましたよ」

「本当に?」


フィアが疑わしそうにこちらを見る。


「……たぶん」

「ほら!」


フィアがリシアを見る。


「リシア、ちゃんと見ててね」

「任せて。エイルにはなるべく触らせないから」

「そこまで?」


みんなが笑った。

僕も笑いながら、ふとガドさんを見る。

ガドさんだけは話に加わらず、何か考えているようだった。


「ガドさん?」


声をかけると、こちらを見る。

少し迷うような間があった。


「……俺も、一度戻る」


その言葉に、今度は僕たちが静かになった。


「戻るって……」


リシアがガドさんを見る。


「里にですか?」


僕が聞くと、ガドさんは腕を組んで頷いた。

ミレアさんも驚いたように顔を上げる。


「大丈夫なんですか?」


ガドさんが故郷へ戻らなかった理由は、僕たちも知っている。

ラウル人に追われていた自分が里へ戻れば、故郷まで巻き込むかもしれない。

だからガドさんは帰らなかった。


「ここへ来てから、だいぶ経ったからな」


ガドさんは静かに続ける。


「追ってくる奴もいない。いつまでも逃げ続ける必要はないだろ」


確かに、この辺りでラウル人の兵を見たことはない。

ロディは遭難して来たけれど、それは全く別の話だ。


「それに」


ガドさんは完成したばかりの家を見る。


「これから本当に人が増えるなら、俺一人じゃ追いつかん」

「家のことですか?」

「ああ。今はまだいい。だが、フェル人が何人も来るなら家もいる。家畜小屋もいる。そのうち倉庫だって必要になる」


ガドさんが指を折るように挙げていく。

言われてみれば、その通りだった。


今までは必要になったものを、その都度ガドさんが作ってきた。

でも、ここで暮らす人が十人、二十人と増えていけば、一人ですべてを作るのは無理がある。


「だから、里の奴らにも話してみる」


そう話すガドさんの横顔を、リシアがじっと見ていた。


何か気になったのだろうか。

僕が視線を向けると、リシアは小さく首を振る。

そのまま何も言わなかった。


ガドさんが里へ帰る。


考えてみれば、それは僕たちが思っている以上に大きなことなのかもしれない。


ずっと帰れなかった場所だ。

本当なら、もっと色々なことを考えているはずだった。

けれどガドさん自身が何も言わないのなら、僕から聞くことでもない気がした。


「……じゃあ、明後日は一緒に出るか」


ガドさんがセナを見る。


「途中までは同じ方向だろ」

「ああ。そうしよう」


話がまとまりかけた、その時だった。


「じゃあ、俺も出るか」


魚を食べていたロディが何気なく言った。


リシアがロディを見る。


「え、ロディさんも?」

「なんだよ、その反応」

「……どこに行くの?」


聞かれたロディは、少し考える。


「うーん、まだ決めてない」


ガドさんの眉が寄った。


「お前、また遭難する気か?」

「しねえよ!」


すぐに否定する。


「今度はちゃんと目的があるからな」


ロディは自分が食べていた魚を指した。


「こいつに合うものを探したい」


今度はフィアが不思議そうな顔をする。


「合うもの?」

「調味料だよ」


ロディは魚の身を少し取る。


「塩だけでもうまい。香辛料も使える。でも、ここで毎日魚を食ってたら、他にも試したくなってきた」


少し楽しそうに話し始める。


「油も欲しい。酸味のあるものも欲しいな。あとは香りのいいもの。それに、生の魚にも何か合うものがあると思うんだよ」


ナギさんたちが食べている刺身のことだろう。


「そんな都合のいいものが見つかるんですか?」


僕が聞く。


「分からん。だから探すんだろ」


いかにもロディらしい。


「町へ行けば、俺が知らない調味料だってあるかもしれない。それに、森や他の土地にも新しい食い物が見つかるかもしれんしな」


そこでフィアを見る。


「お前が教えてくれた野草みたいにな」

「変なもの食べて倒れないでよ?」

「……ちゃんと確認してから食うよ」


今さら言ってもあまり説得力はなかった。

ロディは少し気まずそうに魚を食べてから、話を続ける。


「食えそうな野菜や植物があったら、種も持って帰る。ここなら畑もあるだろ」


その言葉に、フィアの耳が動いた。


「種?」

「ああ。お前が戻ってきたら育てられるかもしれない」

「それはちょっと面白そう」


今度はフィアも乗り気になった。


「でも、どうやって育つ植物なのかは覚えてきてね。種だけ持ってこられても困るから」

「分かったよ」

「土とか、水の多さとかも」

「……覚えること多くないか?」

「育てるんだから当たり前でしょ」


ロディが少し嫌そうな顔をする。

けれど、断る様子はなかった。




結局、セナたち四人だけではなく、ガドさんとロディも、この場所を一度離れることになった。

翌日は、それぞれが出発の準備に使った。


セナたちは荷物をまとめる。

そもそも持ってきたものが少ないので、それほど時間はかからない。


ガドさんは自分の道具を整理していた。


全部を持っていくわけではない。

必要なものだけを選び、残りはいつもの場所へ片づけている。


何度も中身を確認しては、入れ替える。

その様子を、少し離れたところからリシアが見ていた。


「……やっぱり緊張してるみたい」


二人きりになったところで、リシアが小さな声で言った。


「ガドさんが?」

「たぶんね。顔にはあんまり出てないけど」


リシアには、僕には分からないものが分かる。


僕が感じ取れるのは、誰かが向ける悪意や害意、攻撃しようとする意思。

リシアが感じ取るのは、もっと普通の感情だ。


「久しぶりなんだもんね」

「そうだね」


僕はガドさんを見る。


長く帰っていない故郷。

そこにいる人たちが今どうしているのか。

ガドさん自身、知らないことも多いはずだ。


「何も言わない方がいいかな」


リシアが聞く。


「たぶん、その方がいいと思う」


本人が話したくなれば、その時に聞けばいい。

リシアもそう思ったのか、それ以上は何も言わなかった。



そして、出発の日。


まだ朝の空気が少し冷たい時間から、みんなが外へ集まっていた。


セナたちは荷物を背負っている。

ガドさんも旅装に着替えていた。

ロディだけは最後まで家の中を行ったり来たりしていた。


「何してるんですか?」


僕が聞く。


「塩をどれくらい持っていくか迷ってる」

「そこ?」

「大事だぞ」


結局、少し多めに持っていくことにしたらしい。


フィアは出発前だというのに畑を確認していた。


「エイル!」


嫌な予感がする。


「なんですか?」

「水!」

「分かってますって」

「作物によって変えるんだからね。それと、葉の色がおかしかったら――」

「リシアに聞きます」


リシアが隣で笑っている。


「ちゃんと見ておくから大丈夫だよ」

「リシアなら安心だね」

「僕との差がすごいな……」


フィアは満足そうに頷くと、ようやく畑から離れた。


少し向こうでは、キアが森を見ている。


「ねえ、エイル」


キアは僕を呼ぶと、荷物からあの細い羽を取り出した。

以前、足跡の近くで見つけたものだ。


「もしあの足跡の主を見つけても、僕より先に追わないでくれ」

「追いませんよ」


僕はすぐに答えた。


ルダはすでに準備を終えていた。

ガドさんと二人で荷物を見比べ、何か短く話している。

最後まであの二人は変わらなかった。


そこへナギさんもやってきた。

見送りに来てくれたらしい。


「本当に行くのか」


ナギさんがロディを見る。


「おう、色々と世話になったな」

「せっかく他の魚のことも教えてやろうと思ってたのにな」

「そりゃ楽しみだ、帰ってきたら教えてくれ」


ロディは笑う。

ナギさんは持ってきた包みを渡した。


「これ持ってけ」


ロディが受け取る。


「何だ?」

「魚。日持ちするように干してある」


ロディの顔が明るくなった。


「いいのか?」

「ああ、旅の途中で食え」


ロディは包みを大事そうに荷物へ入れる。


「ありがとな」


それから海を見る。


「次は、こいつに合うものを持って帰ってくる」

「別に今のままでもうまいぞ」

「それは分かってるよ」


ロディは笑った。


「その上でもっと美味くできるかもしれないだろ?」


ナギさんは少し呆れたように笑う。



全員の準備が終わった。

セナが僕たちを見る。


「じゃあ、行ってくるよ」

「気をつけてください」

「エイルたちもな」


フィアがリシアに手を振る。

キアは最後まで森を気にしている。

ルダは軽く手を上げた。

ガドさんも僕たちを見る。


「留守は任せたぞ」

「大丈夫ですよ」


僕が答える。


「ガドさんこそ、気をつけてください」

「分かってる」


ミレアさんが少し心配そうにガドさんを見る。


「無事に帰ってきてくださいね」


ガドさんは一瞬だけ黙った。

それから、いつものように小さく笑う。


「お前らもな。俺が帰ってくるまでに家を壊すなよ」


僕たちは笑った。


そして六人は、森へ向かって歩き始めた。


最初は声が聞こえていた。


フィアが何かを話し、セナが答える。

ロディも途中から話に入っているようだった。

ルダとガドさんは少し後ろを歩き、キアは相変わらず森の中を見ている。


少しずつ姿が小さくなる。

やがて木々の間へ入り、一人、また一人と見えなくなった。


最後にセナがこちらを振り返り、大きく手を振った。

リシアも手を振り返す。

そして、その姿も森の中へ消えた。


しばらく誰も何も言わなかった。


波の音が聞こえる。

風が木々を揺らす音も。

いつも聞こえていた音のはずなのに、今日はやけに大きく感じた。


「……静かになりましたね」


ミレアさんが呟いた。

僕は周囲を見る。

少し前まで、朝になればガドさんが木を叩く音がした。

畑からフィアさんの声が聞こえた。

ロディさんは食材を見つけるたびに誰かを呼び、キアさんは気づけば森や浜を歩いていた。


それが、今日はない。


「三人に戻ったね」


リシアが言った。

僕とリシア、そしてミレアさん。


ここへ来たばかりの頃と同じだった。


けれど、目の前にある景色はあの頃とは全然違う。


僕たちが最初に使っていた家の隣には、新しい家が建っている。

畑はずっと広くなった。

フィアさんが整えた場所には、種類ごとに野菜が並んでいる。

少し離れた草地には、ルダさんとガドさんが家畜小屋を建てるならここだと決めた場所がある。

家の中には、ロディさんが使っていた料理道具も残っていた。

ミレアさんの織機もある。


「なんだか、変な感じですね」


ミレアさんが新しくできた家を見る。


「最初にここへ来た時みたいなのに、全然違います」

「そうですね」


僕も海を見る。

あの頃は、本当に三人しかいなかった。

これからどうやって暮らしていくのかも分からなかった。


食べ物を探して、家を直して。

明日のことだけを考えていた。


今は違う。


みんなは、いなくなったわけじゃない。


「帰ってくるんだよね」


リシアが言った。


「そうだね」


僕は頷く。

その時には、セナさんたちだけじゃないかもしれない。

フェル人の仲間が増えているかもしれない。

ガドさんも、誰かを連れてくるかもしれない。

ロディさんは――たぶん、よく分からない食材や調味料を大量に持って帰ってくる気がする。


想像すると、少し笑ってしまった。


「どうしたの?」

「いや。ロディさん、何持って帰ってくるのかなって」


リシアも少し考えて、笑う。


「変なの持ってきそう」

「食べられるものだといいですね」


ミレアさんも笑った。

三人の声だけが聞こえる。


でも、あの頃とは何もかも違う。

家は増え、畑は広がり、食べるものも増えた。


そして何より、今の僕たちには帰ってくる人がいる。


僕たち三人で始まったこの場所は、もう三人だけのものではなくなっていた。

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