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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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39. フェル人との暮らし



翌朝。


外から木を叩く音が聞こえてきた。


目を覚まして家を出ると、ガドさんがすでに作業を始めている。

昨日セナたちが泊まったのは、僕たちが使っている家の空いている場所だった。

一晩くらいならどうにかなるけれど、四人がしばらく暮らすとなれば、このままというわけにはいかない。


ガドさんの前には、森から切り出してきた木材が何本か並んでいた。


「早いですね」

「作るなら早いほうがいいからな」


そう言いながら、木材の長さを確認している。


「一人でやるんですか?」

「お前も手伝え」

「やっぱりそうなりますよね」


僕が木材を運ぼうとすると、後ろから足音が聞こえた。


「それ、どこに持っていけばいい?」


振り返るとセナが立っていた。


「起きてたんですか?」

「さすがに自分たちが使う家を作ってもらうのに、寝てるわけにはいかないだろ」


その後ろからルダも出てくる。


「何をすればいい」


ガドさんが二人を見る。


「……じゃあ、まず木を運ぶぞ」


短くそう言うと、ルダは黙って木材の端を持った。

ガドさんも反対側を持つ。


「そっちだ」

「ああ」


それだけで二人は歩き始めた。


「……昨日から思ってたけど、あの二人ってほとんど喋らないね」


いつの間にか隣に来ていたリシアが言う。


「でも通じてるみたいだよ」

「不思議ね…」


リシアと話していると、畑の方からフィアが呼ぶ声が聞こえる。


「エイル!」


振り返る。

フィアが畑の中から手を振っていた。


「ちょっと来て!」


朝から元気だ。

僕とリシアは顔を見合わせ、そのまま畑へ向かった。

フィアはすでに畑の端にしゃがみ込んでいた。

昨日もかなり見ていたはずなのに、今日も土を触っている。


「どうしました?」

「これみて」


フィアが一つの株を指す。


「葉っぱの色、こっちと少し違うでしょ」

「……そうですか?」


隣の株と見比べる。


言われてみれば、少し薄いような気もする。

けれど、知らなければ気づかなかったと思う。


「こっち、ちょっと元気ないよ」

「枯れそうなんですか?」

「そこまでじゃないけど」


フィアは土を指先で掘る。


「昨日も言ったけど、水が多いと思う」


フィアが立ち上がる。


「育てるものによって、水の量は変えた方がいいよ」

「今まで普通に育ってたから、全然気にしてなかったです」


僕が言うと、フィアが少し笑った。


「ただ育つのと、元気に育つのは違うよ」


そう言って畑の中を歩き始める。


「こっちは今のままでも大丈夫。こっちはもう少し水を減らして……あ、これとこれは少し離した方がいいかも」

「どうして?」


リシアが聞く。


「根の張り方が違うから。近すぎると取り合っちゃうことがあるよ」


僕とリシアも後についていく。


今まで僕たちなりに畑を作ってきた。

芽が出れば喜んだし、実がなれば成功だと思っていた。

けれど、フィアが見ると改善できるところが次々と出てくる。


「あと、ずっと同じ場所で同じものを育てない方がいいよ」

「場所も変えるんですか?」

「うん。ものによるけどね」


知らないことばかりだった。


「フィアさんって、誰かに農業を教わったんですか?」

「最初は家族かな。小さい頃から手伝ってたから」


フィアは少し考える。


「でも、失敗しながら覚えたことの方が多いかも。虫に全部食べられたこともあるし」


昨日から畑を見ている姿だけなら、何でも知っているように見える。


「最初から上手だったわけじゃないんですね」

「当たり前でしょ」


フィアが笑う。


「だから、ここの畑も悪くないと思うよ。ちゃんと育ってるし」


少し嬉しくなる。


「ただ、もっと良くできるよ!」


フィアは楽しそうに畑を見た。

どうやら、本当に畑仕事が好きらしい。


少し離れたところでは、ガドさんとルダがまだ話していた。

家を作っているのかと思ったけれど、二人は草地の端に立っている。

僕が近づくと、ルダが地面を指していた。


「ここは駄目だ」

「なんでだ?」

「雨が続いたら水が溜まる」


ガドさんが周囲を見る。


「なら、少し上か」

「ああ」


僕は二人の後をついていく。


「何の話ですか?」

「家畜小屋だ」


ガドさんが答えた。


「もう家畜小屋の話してるんですか?」

「今すぐ作るわけじゃない」


ルダが言う。


「もし連れてくるなら、どこに置くか見てるだけだ」


草地の向こうには川がある。

ルダはそこまでの距離を確かめる。


「牛なら、この辺がいい」

「昨日もそう言ってましたね」

「ああ。ただ、寝床はもう少し高い場所がいい」


僕には昨日と同じ草地にしか見えない。

ルダは少し歩き、別の場所で止まった。


「囲いはこっちまで」

「広くないか?」


ガドさんが聞く。


「いや、むしろ狭いくらいだ」

「何頭置くつもりだ」

「牛を六頭連れてくるなら、このくらいは欲しい」

「全部連れてくる気か?」

「……まだ決めてない」


ルダは淡々と答える。

ガドさんも最低限の質問だけする。


少しして、二人はまた家の作業へ戻っていく。


「……気が合ってるんですかね」

「二人ともそっくりだな」


近くにいたセナが笑った。


「ルダは元々必要なことしか喋らないからな」

「ガドさんも似たようなものです」

「なら気が合いそうだ」


そういうものなのだろうか。



昼になる頃には、家の骨組みらしいものが少しずつ形になり始めていた。


さすがに一日で完成するものではない。

それでも人手がある分、ガドさん一人で作るよりずっと早い。


昼食の準備をしていたロディが外へ顔を出した。


「フィア!」


呼ばれたフィアが畑から顔を上げる。


「どうしたの?」

「昨日の野草、他にもあるか?」

「どれのこと?」

「茹でたやつだ」

「ああ、あるよ」


フィアが畑から出てくる。


「でも、あれ苦かったでしょ?」

「だから別のやり方を試す」


フィアは不思議そうにしながらロディについていった。


僕も気になって家の近くへ戻る。

ロディの前には、昨日フィアが教えた野草が置かれていた。


「今日はどうするんですか?」

「昨日は茹でただけだったからな。今日は細かく切って豆と一緒に煮てみる」


ロディが葉を刻む。


「苦くないですか?」


ミレアさんが聞く。


「苦味を全部消す必要はないんだよ。少し残した方がうまいものもある」


フィアが横から覗き込む。


「これなら、もう少し若い葉の方がいいかも。若い方が柔らかいよ。それに苦味も少ないと思う」

「それなら先に言ってくれよ」


フィアが笑う。


「取ってこようか?」

「おう、頼む」

「一人で森の奥に行っちゃダメよ?」


リシアが横から言った。


「遭難しちゃうかもしれないからね」

「それ俺に言ってんのか?」


不満げなロディを置いて、フィアが笑いながら野草を取りに歩いていった。




昼食は、昨日までとはまた少し違うものになった。


豆と野草を一緒に煮たもの。

焼いた魚。


使っているものは、ほとんど今までと変わらない。

それでも味が違う。


「これなら食えるな」


ガドさんが野草の入った豆を食べながら言う。


フィアも食べる。


「ほんとだ。あの野草なのにあんまり苦くない」

「若い葉に変えたのも良かったな」


ロディが言う。


「じゃあ、今度は別の野草も試してみる?」

「何がある?」

「いっぱいあるよ」

「全部教えてくれ」


二人の話が始まる。


最近、食べられるものが少しずつ増えている気がする。

今まで森にあっても使い方が分からなかったものをフィアが見つけ、それをロディが料理する。


一人ではできなかったことが、少しずつみんなでできるようになってきた。



午後。


僕はガドさんたちの作業を手伝っていた。

木材を運び、必要な長さに揃える。

しばらく作業していると、森の方からキアが戻ってきた。


「どこ行ってたの?」


セナがすぐに聞く。


「森の入口まで」

「勝手に遠くまで行くなよ」

「すぐそこまでしか行ってないよ」


キアの手には、何かが握られていた。


「それ、何ですか?」


僕が聞くと、キアが手を開く。


それは細い羽だった。

茶色と灰色が混じったような色をしている。


「鳥?」


リシアが聞くとキアは首を振る。


「たぶん違う」

「じゃあ何?」


フィアも近づいてくる。

キアは羽を指先で回しながら見る。


「昨日見つけた足跡の近くに落ちてた」


僕は昨日見つけたカルウスより小さい足跡のことを思い出した。


「何の動物か分かったんですか?」


キアはすぐには答えなかった。


羽を見る。

それから森の方へ視線を向ける。


「……たぶん」

「何の動物か分かったんですか?」


キアは羽と森を交互に見た。


「…でも、まだ確証はない。痕跡が少なすぎるんだ」


キアはそう言って羽をしまった。

セナが嫌そうな顔をする。


「言っておくけど、一人で追うなよ」

「分かってるよ」

「本当に?」

「分かってるってば」


フィアが僕の方を見て、小さな声で言う。


「たぶん追うよ」

「聞こえてる」


へそを曲げたキアの答えに、僕は少し笑ってしまった。



夕方。


作業を終えた僕は、川の近くで手を洗っていた。

少し離れたところでは、セナとリシアが座って話している。


「今日はずっと動いてたね」

「いつもこんな感じだよ」


リシアが答える。


「エイルが森に行って、私が畑を見る日もあるし、逆もあるし。決まってるわけじゃないけど」

「誰が何をするかは、その日に決めるの?」

「だいたいはね。その日にやらなきゃいけないことを考えながら」


リシアが続ける。


「…でも、人が増えたらもう少しやり方を考えないと駄目かもね」


僕も少し気になっていた。

今までは、誰かが気づいたことをやればよかった。


水が足りなければ運ぶ。

薪が減れば森へ行く。

畑を見て、壊れた場所があればガドさんに頼む。

けれど、すでにあの頃より人数は増えており、各々が好きに作業しているわけにもいかなくなってきた。


セナがリシアを見る。


「リシアって、いつも周りを見てるよね」

「え、そう?」

「昨日から見てたけど、誰がどこにいるか大体分かってるだろ」


リシアは少し考える。


「……昔からエイルが勝手にどこか行くから、周りを見る癖がついたのかも」

「え、僕のせい?」


思わず口を挟む。

リシアがこちらを見る。


「そうだよ」


即答された。


セナが笑う。


「でも、セナも同じじゃない?」

「え、私?」

「今日ずっと、みんなのこと見てたでしょ」


今度はセナが少し黙った。


「……まあ、私も癖みたいなもんさ」


二人が顔を見合わせる。

なんとなく似ているのかもしれない。

得意なことは違っても、どちらも自分より先に周りを見る。


そんなところが。





それから数日が経った。


フィアは毎日のように畑へ行った。

水の量を変え、植えている場所を少し整理し、僕たちにも何を見ればいいのか教えてくれた。


ルダはガドさんを手伝いながら、暇があれば草地を歩いていた。

どこまで囲いを作るか。

家畜を連れてきた場合、餌がどれくらい必要になるか。

川までどうやって連れていくか。


まだ一頭もいないのに、頭の中ではもう家畜のことを考えているらしい。


キアは森や海辺に残された生き物の痕跡を探していた。

ナギさんが来ると海の生き物について質問し、森へ入れば足跡を見ている。


そしてロディは、フィアから食べられる植物を教えてもらいながら、毎日のように何かを試していた。


そのおかげで、食事の種類も少しずつ増えた。


ガドさんが作り始めた家も、少しずつ形になっていった。


まだ完成してはいない。

それでも、ここで四人が暮らす姿が少しずつ当たり前になり始めていた。





ある日の夕方。

僕はセナと一緒に海を見ていた。


フィアたちは少し離れた場所にいる。

畑ではリシアとフィアが何か話していて、家の近くではガドさんとルダが木材を運んでいた。


浜の方を見れば、キアが今日も何かの痕跡を探している。

そのさらに向こうでは、ロディがナギさんの持ってきた魚を覗き込んでいた。


四人がここへ来てから、数日が経った。


最初は試しに暮らしてみるだけだったはずなのに、こうして眺めていると、もうずっと前から一緒にいたような気さえする。


「エイル、決めたよ」


隣にいたセナが僕を呼んだ。

セナは海を見たまま、少しだけ間を置いた。


「私たち四人、ここに移ろうと思う」


思わずセナの表情を見ると、それが本気なことが伝わってきた。


「水には困らないし、食べ物もある。フィアは畑をもっと広げられるって言ってるし、ルダも家畜を連れてこられるって言ってる」


少し離れた浜へ目を向ける。


キアはしゃがみ込み、砂の上に残っている何かを真剣に調べていた。


「あいつについては……見てれば分かるだろ?」

「気に入ってそうですね」

「気に入りすぎて、放っておいたら一日中森か浜にいそうだけどね」


僕は少し笑った。

確かに、キアについては聞くまでもなさそうだった。


「セナさんは?」


僕が聞くと、セナがこちらを見る。


「私?」

「三人の話ばかりだったので」


セナは少し意外そうな顔をしたあと、海へ視線を戻した。


「私は……みんながここなら暮らせると思ったなら、それで十分だよ」


いかにもセナらしい答えだった。


「でも、それだけじゃないでしょう?」


僕がそう言うと、セナは少し黙った。

やがて小さく笑う。


「そうだね。私も気に入ってるよ」


目の前には海がある。

振り返れば森があって、その間を川が流れている。


「いろんな種族がいるのに、思ってたより普通なんだよね」

「……普通?」

「ああ、もっと気を遣うと思ってたんだよ。種族が違えば、暮らし方だって違うだろ?」


セナは家の方を見る。


「でも、フィアはロディやリシアと畑の話ばっかりしてるし、ルダはガドとほとんど喋らないくせに毎日一緒に作業してる。キアなんてナギを見つけるたびに海の生き物のことを聞きに行くだろ?」

「確かにそうですね」

「だから、ここなら大丈夫だと思った」


セナの言葉を聞いて、僕もみんなを見る。


僕たちは最初から、違う種族が集まる場所を作ろうとしていたわけではない。


一人ずつ知り合って。

一緒に食事をして。

困った時には助け合って。


気づけば、こうなっていただけだ。


「他の三人とは、もう話したんですか?」

「昨日の夜にね。全員ここに移りたいってさ」


セナは少し笑った。


「だから、今日エイルたちにもちゃんと話しておこうと思ったんだ」

「僕たちは大歓迎ですよ」


そう答えてから、僕は少し考える。


「ただ、引っ越すとなると荷物もありますよね」

「もちろん。今使ってる道具もあるし、ルダなんて家畜をどうするかで朝からずっと悩んでるよ」


全部置いてくるわけにはいかない。

フィアにも農具があるだろうし、生活に必要なものもある。

ここへ移ると決めたのなら、一度今の集落へ戻る必要がある。


「じゃあ、一度戻るんですね」

「家ができるまではこっちにいるつもりだよ。そのあと一度戻って、必要なものを持ってくる」


そこでセナは少しだけ表情を変えた。


「それと、向こうのみんなにも話してくる」

「ここのことを?」

「そう。私たちはここに移るってね」


セナは森の向こうへ目を向けた。


「今の集落が狭くなってきてるのは、私たちだけの問題じゃないからさ。ここなら暮らせるって分かった以上、黙って出ていくわけにもいかないだろ?」


僕は頷く。

ただ、セナはすぐに続けた。


「でも、みんなを連れてくるって話じゃないよ」

「分かってます」

「ここへ来るかどうかは、それぞれが決めることだからね。私たちは、こういう場所があったって話すだけさ」


それで十分だと思う。

僕たちだって、無理に誰かを集めたいわけではない。

ここで暮らしたいと思った人が来ればいい。


「もしかしたら、誰か来たがるかもしれないけどね」

「その時は――」


僕は家の方を見る。

ガドさんが作っている新しい家は、まだ完成していない。

四人分だけなら何とかなる。


けれど、その先は。


「……また家が必要になりますね」


セナも同じ場所を見て、笑った。


「その時はガドに頑張ってもらうしかないね」


少し離れたところで木材を運んでいたガドさんが、なぜかこちらを見た。

聞こえていたのだろうか。

僕とセナは顔を見合わせて笑った。


まだ、他のフェル人がここへ来ると決まったわけではない。

それでも、セナたち四人はここで暮らすことを決めた。


試しに置かれていた荷物も。

ガドさんが作っている家も。

フィアが手を入れ始めた畑も。


もう、数日だけのためのものではない。


また四人。


ここで暮らす仲間が増えることになった。

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