38. 見学
翌日。
昼を少し過ぎた頃、森の方から四人が姿を見せた。
昨日会ったフェル人たちだ。
先頭を歩いているのはセナ。
その後ろにルダとフィアが続き、少し離れてキアが歩いている。
「本当に来たね」
隣にいたリシアが言う。
僕たちが近づいていくと、セナもこちらに気づいた。
「やあ、昨日ぶりだね」
「こんにちは。迷いませんでした?」
「このくらいの道なら忘れないよ」
フィアは僕たちよりも、その向こうを見ていた。
家。
畑。
そのさらに向こうに広がる海。
「……本当に海だ」
耳がぴくりと動く。
「昨日言ったでしょ?」
セナが笑う。
「聞いてたけど、見るのは初めてだもん」
フィアは海から目を離さない。
ルダも周囲を見回していた。
ただ、フィアとは見ている場所が違う。
畑の向こうにある草地。
川。
森との距離。
何かを確かめるように、ゆっくり視線を動かしている。
キアは――
いなかった。
「あれ?」
さっきまで後ろにいたはずなのに。
周囲を探すと、少し離れた場所にしゃがみ込んでいた。
「キア?」
セナが呼ぶ。
「……足跡がある」
キアは地面を見たまま答える。
「カルウスより小さい…この足跡はもしかして…」
「また始まった……」
フィアが呟いた。
セナがため息をつく。
「キア。今日は動物を探しに来たんじゃないよ」
「分かってる」
そう言いながら、まだ足跡を見ている。
「分かってないだろ」
ルダが低い声で言った。
ようやくキアが立ち上がる。
昨日会ったばかりなのに、四人が普段どういう関係なのか、少し分かってきた気がした。
家の近くまで来ると、ガドさんとミレアさんも外へ出てきた。
ガドさんは四人を見る。
「そいつらか?」
「はい。昨日話したフェル人のみなさんです」
僕が答えると、セナが一歩前へ出た。
「セナだ。昨日、エイルたちと森で会った」
それから三人も簡単に名乗った。
ガドさんも自分の名前を告げる。
「ガドだ」
フィアがガドさんを見る。
「ドゥルガ人って初めて見た」
「そうか」
ガドさんは特に気にした様子もない。
ミレアさんも少し緊張しながら頭を下げた。
「ミレアです」
「アルネア人だよね?」
フィアが聞く。
「はい」
「アルネア人も初めて見た!」
フィアは珍しそうにミレアさんを見ている。
「……あんまりじろじろ見ない方がいいんじゃない?」
セナに言われ、フィアが慌てて視線を逸らした。
「ご、ごめん」
「大丈夫ですよ」
ミレアさんが笑う。
昨日、セナたちが言っていたことを思い出す。
違う種族同士が一緒に暮らしているのは珍しい。
僕たちにとっては、いつの間にか当たり前になっていた。
けれど、こうして初めて来た人の反応を見ると、やっぱり普通ではないらしい。
「ロディは?」
セナが聞いた。
「いますよ」
家の中へ声をかける。
少しすると、ロディが出てきた。
「おう、来たのか」
その手には何か食べ物が握られている。
「……何食べてるの?」
フィアが聞く。
「昨日採ってきた実だ」
「それ、まだ早いって言ったよね?」
「試しに食ってみた」
「酸っぱいでしょ?」
「おう、めちゃくちゃ酸っぱい」
それでも食べている。
フィアが呆れたような顔をした。
「料理人って変な人なんだね」
「こいつだけだと思うぞ」
ガドさんが言った。
「昨日も同じこと言われたんだが」
ロディが不満そうにする。
少し笑いが起きた。
昨日森で会った時より、ずっと穏やかな空気だった。
まずは周囲を案内することにした。
最初にフィアが向かったのは、やっぱり畑だった。
僕たちが作った畑は、最初に比べればかなり広くなっている。
何種類かの野菜が育ち、町から持ってきた種も一部は芽を出していた。
フィアは畑の端にしゃがみ込む。
土を手に取り、指先で崩す。
次に葉を一枚持ち上げて裏側を見る。
少し歩いて、別の場所でも土を触る。
僕たちはその様子を見ていた。
「どうですか?」
しばらくして聞くと、フィアが顔を上げた。
「悪くないと思う」
少し安心する。
「でも、ここは水をあげすぎかも」
「ここ?」
僕もしゃがむ。
見たところ、他の場所とそれほど違わない。
「少し土が固くなってる」
フィアが指で土を崩す。
「どの植物にも同じくらい水をあげてる?」
「そうですね、ほとんど同じ量だと思います」
「育ててるものによって変えた方がいいよ。水が多い方がいいものもあるし、少ない方がいいものもあるから」
知らなかった。
リシアも僕の隣にしゃがむ。
「全部同じようにあげてた……」
「枯れてないなら大丈夫。でも、もう少し分けて育てた方がいいと思う」
フィアは立ち上がると、畑全体を見る。
「それと、ぱっと見た感じだと、あっちの方まで畑にできそうだね」
フィアが指したのは、今の畑よりずっと先だった。
「そんなに?」
「ちゃんと土を見ないと全部は分からないけどね」
そう言いながらも、フィアは楽しそうだった。
昨日、畑があると聞いた時から見たがっていた。
本当に農業が好きなのだろう。
一方、ルダは畑よりもその周囲を歩いていた。
川の近くへ行ったかと思えば、今度は草地へ向かう。
僕も後を追った。
「何を見てるんですか?」
「家畜を置ける場所を見てた」
短い答えだった。
ルダは草を掴んで見る。
「ここなら牛は飼える」
「本当ですか?」
「ああ」
少し離れた場所を指す。
「山羊なら、あっちでもいい」
「馬は?」
いつの間にかついてきていたロディが聞く。
ルダは少し考える。
「馬もいける。ただ、数を増やすなら囲いがいる」
ルダは川を見る。
「水場と、餌と、寝る場所。それぞれ考えないと駄目だ」
僕にはただの草地に見える。
けれど、ルダにはここで家畜を飼う姿が見えているらしい。
「今いるところでは、どれくらい飼ってるんですか?」
僕が聞く。
「牛が六。山羊が十二。馬が三」
思っていたより多い。
「全部連れて移動するの、大変そうですね」
「ああ。一人だとさすがに無理だな」
ルダはそれだけ言った。
セナは、フィアやルダほど一つの場所を長く見ることはなかった。
家を見て、川を見る。
森までの距離を確かめ、海へ続く道を見る。
「どうですか?」
僕が聞く。
「思ってたよりいい場所だね」
セナは素直に答えた。
「水が近い。森もある。畑も作れる」
それから家を見る。
「問題は、住む場所かな」
「家ですか?」
「ああ」
セナが今ある建物を数える。
「家が余ってるわけじゃないだろ?」
その通りだった。
僕たちだけなら困らない。
ロディも今は一時的に場所を作って寝ている。
けれど、さらに四人増えれば話は変わる。
「必要なら俺が手伝う」
後ろからガドさんが言った。
セナが振り返る。
「作れるの?」
「簡単なものならな」
ガドさんは少し考える。
「四人分くらいなら、今ある建物を使いながら増やせる」
ガドさんはそう言って歩いていった。
フィアが小さく笑う。
「もう住むことになってるみたい」
セナも笑っていた。
最後に海へ向かった。
浜が見えた瞬間、フィアが駆け出した。
「ちょっと、フィア!」
セナが呼ぶ。
けれどフィアはそのまま砂浜まで走っていく。
ルダは波打ち際まで行くと、少し離れたところから海を見ていた。
セナも隣に立つ。
キアだけは別だった。
浜に残っている跡を見たり、打ち上げられた貝殻を拾ったりしている。
「ルメウスは?」
突然聞かれた。
「今日は見てませんね」
僕が答える。
「どの辺に出る?」
「僕も一度しか見てないので……」
キアが少し残念そうな顔をする。
ちょうどその時だった。
海の方から小さな舟が近づいてきた。
「あ」
ナギさんだった。
浜へ舟を寄せ、こちらにいる人数を見て目を丸くする。
「……増えてないか?」
「昨日会ったフェル人のみなさんです」
僕が答える。
ナギさんが四人を見る。
「おう、俺はナギだ」
「セナ。こっちはルダ、フィア、キア」
簡単に紹介を済ませる。
ナギさんは舟から籠を下ろした。
その瞬間、ロディが近づく。
「今日は何だ?」
「お前は俺より魚に挨拶するのが先なのか?」
ナギさんが呆れる。
「昨日とは違う魚がいるだろ」
「…いるけどな」
その横を、キアが通り過ぎた。
「ルメウスがこの辺に来るって聞いた」
今度はナギさんがキアを見る。
「来るぞ」
「どの時期に多い?」
「時期?」
「群れの大きさは? どこまで浜に近づく? 子供も一緒に来るのか?」
ナギさんが黙った。
ロディが笑う。
「俺より酷いのが来たな」
フィアが笑った。
「キア、動物のことになるとずっとこうだから」
「そうなのか……」
ナギさんが少し引いている。
それでもキアに聞かれると答え始める。
キアはすぐに隣へ座る。
その少し離れたところでは、ロディが籠の中を覗いている。
食材を見るロディ。
生き物の話を聞くキア。
「似てるね」
リシアが言った。
僕も頷く。
その日は、四人も一緒に夕食を食べることになった。
ロディが魚を料理し、フィアが森で採れる食べられる草をいくつか教える。
「これも食べられるのか?」
ロディが聞く。
「食べられるよ。でも、そのままだとちょっと苦い」
「茹でたら?」
「やったことないから分からないよ」
「じゃあ試すか」
「食べられなくなっても知らないよ?」
「それを確かめるんだろ」
二人で何か始めている。
ルダは焼いた魚を黙々と食べていた。
ガドさんも隣で黙って食べている。
しばらくして、ルダが言った。
「うまいな」
「だろ」
ガドさんが答える。
二人とも表情はほとんど変わらない。
けれど、険悪というわけでもなさそうだった。
夕食を食べ終えた頃には、空が赤く染まっていた。
セナはしばらく海を眺めていた。
やがて僕の方を見る。
「エイル」
「はい?」
「一つ相談していい?」
少しだけ真面目な声だった。
「もちろんです」
セナは残りの三人を見る。
フィアはミレアさんと畑の話をしている。
キアはまだナギさんから海の生き物について聞いている。
ルダは草地の方を眺めていた。
「私たち、しばらくここで暮らしてみてもいい?」
僕は少し驚いた。
「今日一日見ただけじゃ分からないからね。水も土地も悪くない。でも、本当に暮らせるかは実際に生活してみないと分からない」
それはもっともだった。
「村のやつら全員ってわけじゃない。まずは私たち四人だけさ」
セナは海を見る。
「それで本当に良さそうなら、一度戻ってみんなに話してみようと思う」
僕はリシアを見る。
リシアは少し笑って頷いた。
「僕はいいと思います」
「本当か?」
「はい。ただ――」
家を見る。
「寝る場所は考えないといけませんけど」
セナが笑った。
その時、少し離れた場所にいたガドさんが口を開いた。
「明日から作る」
全員がガドさんを見る。
「寝る場所、必要なんだろ」
ガドさんはそれだけ言って立ち上がった。
セナが少し笑う。
ガドさんもきっと、少し嬉しいのだと思う。
人が増える。
今まで僕たちが暮らすためだけに直してきた場所に、また新しい誰かが加わる。
まだ四人だけだ。
ずっとここに住むと決まったわけでもない。
それでも、海辺にあった小さな暮らしが、少しずつ大きくなり始めていた。




