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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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36. この土地の食材



翌朝。


目を覚まして外へ出ると、ロディはもう起きていた。

昨日まで森で倒れかけていたとは思えないくらい、顔色も戻っている。


「昨日の魚、他にも種類あるのか?」


僕を見るなり、質問してくる。


「……おはようございます」

「ああ、おはよう。それで?」

「それで、じゃないですよ」


後ろから出てきたリシアが呆れたように言う。


「昨日まで死にそうだった人とは思えないね」


ロディは平然としている。


「魚だけじゃない。貝もあるんだろ? 海藻も見た。あと畑には何を植えてる?」

「朝から質問多くない?」


リシアが僕を見る。


「やっぱりこの人、食べ物のことしか考えてないよ」

「昨日の時点で分かってたけどね」


そこへミレアさんも起きてきた。


「おはようございます」

「おはよう」


ロディが返事をして、すぐに聞く。


「ミレアは森の食える植物とか詳しいか?」

「え?」

「木の実とか、草とか」

「少しなら分かりますけど……」

「あとで教えてくれ」


ミレアさんが困ったように僕たちを見る。


元気になった途端これだった。


少し遅れてガドさんも起きてくる。

ロディを見ると、一瞬だけ昨日と同じような警戒した顔をしたけれど、すぐにいつもの表情に戻った。


「もう動けるのか」

「ああ。だいぶ楽になった」

「ならいい」


ガドさんはそれだけ言って、外へ出ていった。

昨日よりは、少しだけ距離が縮まったように見えた。


朝食の準備を始めようとすると、ロディが立ち上がった。


「朝飯なら俺に作らせてくれ」

「…本当に体調は大丈夫なんですか?」

「ああ、もう平気だ」


そう言って、ロディは昨日の残りの魚と豆、それからパンを確認する。


「塩は?」

「そこです」

「香辛料は?」


リシアが昨日の袋を渡す。


朝食は、使っている材料自体はほとんど同じだった。


魚と豆とパン。


それなのに、出来上がったものは昨日まで僕たちが作っていたものとは少し違った。


魚は表面だけしっかり焼いて、中は固くなりすぎていない。

豆には少量の塩と香辛料が使われていて、香りが強すぎることもなかった。


「……同じものなのに」


リシアが魚を食べながら言う。


「美味いだろ?」


ロディが笑う


「とても美味しいです」


ミレアさんも頷く。

ガドさんは黙って食べていたが、最後に口を開く。


「いつもより美味いな」

「だろ?」


ロディが胸を張る。


僕も魚を食べる。

香辛料は昨日使ったものと同じなのに、辛さより香りの方を強く感じる。


「これ、本当に少ししか使ってないんですね」

「ああ。強いものは少しでいい」


ロディは自分の分を食べながら、少し考える。


「ただ、まだ足りないな」

「足りない?」

「油が欲しい」


リシアが首を傾げる。


「油?」

「焼くにも使えるし、味も変わる。あとは酸味のあるものも欲しいな」

「酸味?」

「果物でもいいし、酢みたいなものでもいい。香りのある草なんかも使える」


ロディはどんどん話し始める。


「豆だって、もっとやりようはあるしな。魚も焼くだけじゃなくて、煮たり蒸したりできる。それによって味付けも変わってくる」

「色々と知ってるんですね」


僕が言うと、ロディは当然のように答えた。


「料理人だからな」


最近、よく聞く言葉だった。


朝食を食べ終える頃には、ロディはもう外へ行きたそうにしていた。


「海を見たい」

「見えてますけど」


僕が窓の外を指す。


「そういう意味じゃない。昨日の魚が捕れる場所を見たいんだ」

「まだ休んでた方がいいんじゃない?」


リシアが言う。


「もう体調はバッチリだ!」

「信用できないなあ」


そんな話をしているところへ、ちょうどナギさんがやってきた。


「何の話だ?」

「ロディさんが海を見たいらしいです」


僕が答える。


ナギさんがロディを見る。


「昨日まで倒れてたんじゃなかったのか?」

「もう大丈夫だ」

「本当か?」

「ああ、たぶんな」

「たぶんかよ」


ナギさんが呆れた顔をする。


それでも、海辺までならということで、僕とリシアも一緒に行くことになった。

ミレアさんは糸の作業があるので残り、ガドさんも家の仕事を続けるらしい。


海へ向かう途中も、ロディは落ち着かなかった。


「この草は食えるのか?」

「知らないよ」

「じゃあ、あの実は?」

「それも知らないです」

「意外と知らないな」

「僕は料理人じゃないので」


僕が答えると、ナギさんが笑った。


浜へ着くと、ロディはしばらく海を眺めていた。


「広いな」

「海だからな」


ナギさんが言う。


「そりゃそうなんだが……」


ロディは浜に置かれていた籠や網を見て、すぐにそちらへ向かう。


「これで魚を捕るのか?」

「ああ」

「貝は?」

「あっちの浅いところでも採れるぞ」

「海藻は?」

「あっちだ」

「昨日の魚はどの辺にいる?」

「時期によるが、今ならもう少し沖だな」


ナギさんが答えるたびに、ロディは次の質問をする。


しばらくすると、ナギさんがうんざりした顔になった。


「お前、昨日まで森で死にかけてた奴だよな?」

「ああ」

「本当に元気になったな」

「色々と食わせてもらったからな」


ナギさんはため息をついた。

それでも、聞かれればちゃんと答えていた。


魚には時期があること。

同じ魚でも季節によって脂の量が変わること。

貝の中には時期によって食べないものがあること。

海藻も全部が同じように食べられるわけではないこと。


ロディはそれをひとつひとつ聞いていく。


「それ、誰かに教わったのか?」

「だいたい親や周りの大人から教わって、その大人も昔に誰かから教わってる」

「なるほどな……」


ロディは感心したように頷いた。


「町じゃ、ここまで魚のこと知ってる奴は少ないぞ」

「海がないからじゃないか?」

「まあ、そうなんだけどな」


昼近くまで浜を見て回ってから、僕たちは家へ戻った。

けれどロディはまだ満足していないらしい。

食事をしながら、今度は森の話を始めた。


「よし、海の次は森だな」

「昨日まで遭難してたのに、また行くんですか?」

「……」


ロディは少し気まずそうに目を逸らした。


結局、午後は僕とリシア、それからロディの三人で森へ入ることになった。


遠くまでは行かない。


昨日ロディを見つけた場所よりもずっと手前で、普段僕たちが薪や木の実を探す範囲だけだ。

ロディは歩きながら、あちこちを見ていた。


「この辺、実のなる木が多いな」

「そうですか?」

「ああ。あれ、町で売ってる実に似てるな」


ロディが指差した先に、小さな実をつけた低木がある。


「同じものなんですか?」

「たぶんな。町で見るものより小さいけど」


近づいて実を見る。

ロディは一つ取ろうとして、途中で手を止めた。


「……ん?」

「どうしました?」


僕が聞く。


ロディが枝を見る。

実はいくつか残っている。

けれど、その周りだけ妙に少なかった。


「誰か採ったな」

「動物じゃなくて?」


リシアが聞く。


「たぶん違う」


ロディは枝を指す。


「全部食われてるわけじゃない。熟してるのだけなくなってる」


僕も近づいて見る。

確かに、実は残っている。

けれど緑色のものが多く、色づいたものはほとんどなかった。


「僕たちじゃないよね?」

「最近この辺りでは採ってないよ」


リシアが答える。


ロディは周囲を見回す。

少し進むと、別の木にも同じような跡があった。

枝を折った様子もない。

必要なものだけ選んで取っているように見える。


「誰かこの辺に来てるな」


僕は足元を見る。

柔らかい土の上に、薄く跡が残っている。

人の足跡に似ている。

けれど、僕たちのものとは少し形が違った。


「これ……」


リシアも気づいたらしい。

しゃがんで地面を見る。


一つだけではない。

何人かが通ったような跡が、森の奥へ続いていた。


「誰かいるみたいだね」


リシアが言う。


僕は足跡の先を見る。

木々の向こうは静かだった。

ロディも同じ方向を見る。


「……行ってみるか?」

「今日はやめておきましょう」


僕が言うと、ロディがこちらを見る。


「なんでだ?」

「昨日遭難した人を連れて、知らない足跡を追いかけるのはちょっと」


リシアが吹き出した。


「それもそうね」

「俺だけ足手まといみたいに言うなよ」


ロディは納得していないようだったけれど、それ以上は言わなかった。

僕たちは場所だけ覚えて、その日は家へ戻ることにした。


森の中には、僕たちの知らない誰かがいる。


そう思うと少し気になったけれど、今すぐ追いかける必要はない。


少なくとも、木の実の採り方を見る限り、森を荒らしているようには見えなかった。

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