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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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35. 料理人



ロディを連れて家へ戻る頃には、日が少し傾き始めていた。


途中で何度か休みながら歩いたものの、思っていたより時間がかかった。

本人は「歩ける」と言い張っていたけれど、少し進むたびに足取りが怪しくなる。

結局、僕とリシアで荷物を持ち、ロディにはなるべく何も持たせずに歩かせた。


「もう少しですから」

「……助かる」


さっきより声には力が戻っている。

水を飲んだだけでも随分違うらしい。


森を抜けると、家が見えてきた。

ちょうど外にいたガドさんがこちらを見る。


「遅かったな」


それから、僕たちの後ろを歩いているロディに気づいた。

ガドさんの表情が変わる。


「……誰だ、そいつ」

「森で見つけました」

「拾ってきたみたいに言うな……」


ロディが小さく呟いた。

リシアが振り返る。


「ほとんど拾ったようなものでしょ」

「否定できないな」


ガドさんはロディから目を離さない。


「ラウル人か?」

「ああ」


ロディが答えると、ガドさんは少し黙った。


「何しに来た」


さっきまでより低い声だった。


「食材を探してた」

「こんな森まで?」

「見たことのないものがあるかもしれないと思ってな、山を越えてきたんだ」


ガドさんの眉が寄る。


「……一人でか?」

「ああ」

「道も知らずに?」

「途中まではどうにかなってたんだが、森に入ってから分からなくなった」

「それで迷ったのか」

「まあ、そうなるな」


ガドさんはしばらくロディを見ていた。

それから僕へ視線を向ける。


「本当に遭難してたのか?」

「たぶん」


僕はロディを見る。


「少なくとも、僕たちに何かしようとしてる感じはありませんでした」


リシアも頷く。


「歩くのもやっとだったよ」


ガドさんがもう一度ロディを見る。

髪は乱れ、服は泥だらけで、立っているだけでも少しふらついている。

どう見ても余裕があるようには見えない。


ロディが何か言おうとした。

その前に、大きな音で腹が鳴った。


「……」


全員がロディを見る。

ロディは目を逸らした。


「……何日か、まともに食ってなくてな」


ガドさんの眉間の皺が少しだけ緩む。


「腹減ってるのか?」

「かなり」

「……なら、とりあえず飯だな」


その言葉に、ロディが目に見えて安心した。


家の中から出てきたミレアさんは、見知らぬラウル人を見て驚いていた。


「その人は……?」

「森で遭難してたみたいです」


僕が答える。


「ロディだ。料理人をしてる」

「料理人?」


ミレアさんが聞き返す。

ロディはそう答えたものの、今は料理人というより空腹の旅人にしか見えなかった。


僕たちは残っていたパンと焼いた魚、それから豆を温めて出した。


豪華なものではない。

けれどロディは椅子に座るなり、料理を見る目を輝かせた。


「食っていいのか?」


僕が頷くと、ロディはすぐにパンへ手を伸ばす。


最初のうちは、本当に何も話さなかった。

パンを食べ、魚を食べ、豆を口へ運ぶ。

とにかく腹を満たすことしか考えていないようだった。


ガドさんは向かい側に座り、そんなロディを黙って見ている。

まだ警戒しているのだと思う。

けれど、ロディはそんなことに気づいているのかいないのか、食べる手を止めない。

焼いた魚を一匹食べ終えると、ようやく大きく息を吐いた。


「……生き返った」

「大げさじゃない?」


リシアが言う。


「森で何日もまともな飯を食ってなかったんだ」

「何を食べてたんですか?」


ミレアさんが聞く。


「木の実とか、食えると分かる草とかだな。途中で果物も見つけた」

「料理人なのに?」


リシアが言う。


「材料も道具もなきゃ、料理人でもどうしようもない」


ロディは皿に残った魚を見る。

少し前まで腹を満たすことしか考えていなかったはずなのに、今度はじっと身を観察している。


「この魚、どこで捕った?」

「海ですよ」


僕が答える。


「この近くで?」

「ええ」


ロディが窓の外を見る。

ここからでも海は見える。


「……本当に海まで来てたのか」

「山を越えてきたのに知らなかったんですか?」

「この辺に海があることは知ってた。ただ、最初からここまで来るつもりだったわけじゃないからな」

「じゃあ、どこまで行くつもりだったの?」


リシアが聞くと、ロディは少し考える。


「面白そうな食材が見つかるところまで」

「…それで海まで?」

「そういうことになるな」


ガドさんが呟いた。


「……本当に食い物のことしか考えてないのか」


ロディがガドさんを見る。


「料理人だからな」

「……そういうものなのか?」


さっきまでより、ガドさんの声から少しだけ硬さが抜けていた。

しばらくすると、ロディにもかなり余裕が戻ってきた。


皿に残っている魚を指で示す。


「これ、身がいいな」

「分かるんですか?」


僕が聞く。


「そりゃ料理人だからな」


ロディは魚の身を軽く押した。


「焼きすぎてないし、塩も悪くない。ただ、もう少しやりようはある」


リシアが僕を見る。

僕もリシアを見る。

昼に食べた、香辛料を入れすぎた魚を思い出した。


「そういえば」


リシアが立ち上がる。

町で買ってきた香辛料の袋を持って戻ってきた。


「これ、使い方分かります?」


ロディが受け取る。

袋を開けて匂いを嗅ぐ。


「ああ、分かるぞ」

「本当ですか?」


僕も思わず聞く。

ロディがこちらを見る。


「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「昼に失敗したんです」


リシアが、魚に振りかけた量を指で示した。

ロディの動きが止まる。


「……その量を一匹に?」

「はい」

「全部食ったのか?」

「もったいないですし」


ロディがガドさんを見る。


「お前も?」

「ああ」

「よく食えたな」

「食えなくはなかった」


ガドさんは平然としている。

ロディは呆れたように香辛料を見る。


「これはそんなに入れるもんじゃない。ほんの少しでいい」

「エイルがあんなにいれるから」

「リシアだって止めなかったでしょ」


ロディが僕たちを見て笑った。


「まあ、あとで俺が使い方を教えてやるよ」

「本当ですか?」

「ああ。飯を食わせてもらった礼くらいはするさ」


ガドさんがロディを見る。


「本当に料理人なんだな」

「疑ってたのか?」

「まだ疑ってる」

「はは、正直だな」


ロディの表情が少しだけ変わった。


ガドさんも黙る。


けれど、ロディはすぐに肩をすくめた。


「まあ、俺はラウル人だしな。警戒されても仕方ないさ」


ガドさんは少し意外そうにロディを見る。

ロディは香辛料の袋へ視線を戻した。


「とりあえず、料理人かどうかは飯を作れば分かるだろ」

「……それもそうだな」


そこで話は終わった。

その時、外から聞き慣れた声がした。


「おーい」


ナギさんだった。

今日も魚を持ってきてくれたらしい。

僕が外へ出ると、ナギさんは籠を持って立っていた。


「今日はいいのが捕れた」


そう言ってから、家の中を見る。


「……誰だ?」

「森で見つけたラウル人です」

「また増えたのか?」

「まだ住むとは言ってませんよ」


後ろからロディが出てくる。


「ロディだ。料理人をしてる」

「ナギだ」


ナギさんはそれだけ言うと、特に気にした様子もなく籠を下ろした。


ロディはすぐ魚へ近づく。


「これもこの近くで?」

「ああ」


ロディが籠の前にしゃがみ込む。

一匹ずつ見る目は、森で倒れていた時とはまるで違っていた。


「この魚は?」

「焼くとうまい」

「こっちは?」

「煮る方がいいな」

「これは?」

「そいつは身が柔らかい」


ロディが次々と魚を指し、ナギさんが答えていく。


「あんた、魚に詳しいんだな」

「そりゃあ海で暮らしてるからな」

「……いいな、ここ」


ロディが小さく呟いた。




夕食の準備を始めることになった。


ロディはある程度食べて元気を取り戻したものの、まだ完全に回復したとは言えない。

ナギさんは籠から何匹か魚を選ぶと、そのうち一匹を火にかける準備を始めた。


「それ、俺のか?」


ロディが聞く。


「ああ」

「他のは焼かないのか?」

「こっちのはそのまま食う」

「……そのまま?」


ロディが首を傾げる。

ナギさんは答える代わりに、別の魚を手早く捌き始めた。

新鮮な身を食べやすい大きさに切り、皿へ並べていく。


僕たちにはもう見慣れてきた光景だった。

ガドさんが当然のように一切れ取る。


ロディの動きが止まった。


「……待て」


ガドさんが手を止める。


「なんだ?」

「それ、生だよな?」

「ああ」


ガドさんは気にした様子もなく、そのまま口へ入れた。

ロディの目が大きくなる。


「この魚、生で食えるのか!?」


ナギさんが振り返る。


「食えるぞ。今日捕ったばかりだからな」


ロディは皿の前まで来ると、並べられた魚をまじまじと見た。


「……これ、刺身じゃないか?」

「さしみ?」


ナギさんが首を傾げる。

僕たちもロディを見る。


「知ってるんですか?」

「ああ。海沿いの町で、魚を生のまま切って食う料理があるって聞いたことがある」


ロディは皿の魚から目を離さない。


「実際に見たことは無かったが……どこでも食えるようなもんじゃないからな」

「確かに、私達もナギさんに初めて教えてもらったもんね」


リシアが答える。


「魚は傷むのが早いからな。捕った場所から運んでる間に悪くなることもある」


ナギさんが頷く。

ロディはもう一度皿を見る。


「なら、俺にも一切れくれ」

「駄目だ」

「なんでだ!」

「さっきまで森で倒れてたんだろ?」


ナギさんが呆れたように言う。


「弱ってる奴には生の魚は食わせない。腹を壊しやすいからな」

「頼む、一切れだけでいい」

「駄目だ」

「味を見るだけだ」

「同じことだろ」


ロディは引かなかった。

その横で、ガドさんがもう一切れ口へ入れる。

ロディの視線がそちらへ向く。


「……」

少しして、ナギさんがため息をついた。


「……腹を下しても知らんぞ」

「構わない!」

「俺は止めたからな」


ナギさんが皿から一切れ取って渡した。

ロディはそれを受け取ると、しばらく眺める。

匂いを確かめてから、口へ入れた。

何度か噛む。


「……」


誰も何も言わずに見ていた。

ナギさんが先に口を開く。


「どうだ?」


ロディは魚を飲み込む。


「……うまい」

「そうだろ」

「いや、待て」


ロディは皿を見る。


「もう一切れくれ」

「一切れだけじゃなかったのか?」

「まだよく分からん」

「うまいって言っただろ」

「うまいのと、料理として分かるのは別なんだよ」


ナギさんが眉を寄せる。


「面倒くさい奴だな」


それでも、もう一切れ渡した。

ロディは今度はさっきよりゆっくり食べる。


「身に弾力があるな。脂もある」

「その魚はたしかにそうだな」

「他の魚も生で食うのか?」

「全部じゃない。生で食えるやつだけだ」

「どうやって区別してるんだ?」

「魚の種類と、捕ってからどれくらい経ったかだな。子供にはあまり食わせないし、弱ってる奴にも出さない」


ロディがナギさんを見て、少し考え込む。

それから、皿に並んだ魚を見る。


「切り方はいつも同じなのか?」

「食いやすい大きさにしてるだけだぞ」

「ちょっと刃物を借りてもいいか?」

「何するんだ?」

「切り方を変えてみたい」


ナギさんは不思議そうな顔をしながらも、使っていた刃物を渡した。


ロディは魚の身を持ち上げ、少し角度を変えて眺める。


「筋がこっちに入ってる」

「すじ?」

「身の流れだ。こっちから切った方が、口に残りにくいと思う」


そう言って、さっきとは違う向きから切る。


「食ってみろ」


ナギさんが一切れ取る。

口へ入れ、何度か噛む。

少しして、もう一切れ取った。


「……違うな」

「だろ?」


ロディの顔に、初めて料理人らしい笑みが浮かんだ。


「ほら、切り方だけでも結構変わるだろ?」


ナギさんも魚を見る。

今度は別の部分を指した。


「じゃあ、そこも切ってみろ。そっちの方が脂が多い」

「どこだ?」

「こっちだ」


二人で魚を覗き込む。

さっき会ったばかりとは思えなかった。


「なんか仲良くなってない?」


リシアが小声で言う。


「食べ物の話しかしてないけどね」


僕も小声で返した。

ガドさんは二人を見ながら、焼いた魚を食べている。


「……本当に料理人だったな」


小さくそう呟いた。



その日の夕食は、いつもより少しだけ時間がかかった。


ロディが魚の切り方を変えたり、焼く魚には町で買ってきた香辛料をほんの少しだけ使ったからだ。


同じ香辛料なのに、昼とは全然違った。

魚の香りを消すのではなく、少しだけ引き立てている。


「……これ、昼に使ったやつだよね?」


リシアが聞く。


「量が違うだけですか?」


ミレアさんも不思議そうだった。


「量もあるけど、使うタイミングも違う。何でもかければいいってもんじゃない」


僕とリシアは黙った。

昼に何でもかけたばかりだった。


ガドさんも焼いた魚を食べる。

しばらく噛んでから言った。


「こっちの方がうまいな」

「だろ?」


ロディが少し得意そうに笑う。

それから自分の皿に置かれていた焼き魚を食べ、隣の生魚を見る。


「……そっちももう一枚」


ナギさんが呆れた顔をする。


「腹壊しても知らんって言ったぞ」

「もう二枚食った。今さら一緒だ」


ロディは笑った。

森で見つけた時とは、別人のようだった。


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