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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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閑話30.5 十年ぶりの来訪



山道を進みながら、男は空を見上げた。


よく晴れている。

この季節なら、山を越えるのもまだ楽な方だ。

もっと寒くなれば、ドラウス人にとってこの山は厄介な場所になる。


「あと半日もあれば着くだろう」


先を歩いていた仲間が言う。


「十年ぶりか」

「ああ」


その言葉に、何人かが少しだけ顔を緩めた。


十年前。


この山を越えた先にあるセリオン人の集落を訪れた時、同じ日に二人の子供が生まれた。


男の子と女の子だった。


「そういえば、あの日に生まれた二人も、もう十歳か」

「早いものだな」

「俺たちにとってはたった十年でも、あの子たちにとっては随分長いだろう」

「どんな子に育ったんだろうな」


一人が背負っていた荷物を少し持ち直す。

中には、ドラウス人の里で作った小さな細工物が入っている。

特別高価なものではない。


十年前に生まれた二人へ渡すつもりで持ってきたものだった。


「名前はなんだった?」

「エイルとリシアだ」

「よく覚えてるな」

「聞いた時に珍しい響きだと思ったからな」

「どっちが泣き虫だったか覚えてるか?」

「生まれたばかりだったんだぞ。二人とも泣いてただろ」


何人かが笑う。

男も小さく笑った。


十年という時間は、ドラウス人にとってそれほど長くない。


けれど、人の子供が育つには十分な時間だ。

前に見た時は腕に抱かれていた二人が、今では自分の足で走り回っている。


そう考えると、少し不思議な気がした。


山を下り、森へ入る。

見覚えのある道だった。

十年前にも通った。


道と言っても、石が敷かれているわけではない。

人が何度も通ることで草が薄くなり、木々の間に細い筋ができているだけだ。


「もう少しだな」


先頭の男が言う。


「そろそろ誰か気づいてもよさそうだが」


その言葉に、男は周囲を見る。


静かだった。


鳥の声はする。

木々が風に揺れる音も聞こえる。


けれど、人の声がしない。


「……妙だな」

「何がだ?」

「前はこの辺まで来れば、誰かしら森にいたと思うが

」


薪を集める者。

狩りへ出る者。

子供たち。


十年前も、集落に着く前に何人かとすれ違った。


今日は誰もいない。


「たまたまだろ」


誰かが言った。

男もそう思うことにした。


さらに進む。

やがて、集落があるはずの方向が見えてくる。


男は足を止めた。


「……煙がない」


全員が顔を上げる。

この時間なら、食事の支度をしている家があってもおかしくない。

十年前には、木々の向こうからいくつもの煙が上がっていた。


今日は何も見えない。


「場所を間違えたか?」

「そんなはずはない」


この道を覚えている者は何人もいる。

間違えるような場所ではない。


全員の歩みが少し速くなった。


最初に見えたのは、倒れた柵だった。

木が折れ、そのまま地面に横たわっている。


その奥に家があった。

屋根は落ち、壁の一部は黒く焼けている。

別の家は半分ほど崩れ、周囲には割れた器や木片が散らばっている。


誰も声を出さなかった。


さらに進む。


一軒。

二軒。

どこも同じだった。


「……なんだ、これは」


誰かが呟く。

男は答えられない。

少し前まで人が暮らしていた場所だということは分かる。


畑には作物が残っていた。

しかし、手入れされずに時が経っているようで、雑草が伸び始めている。


井戸のそばには桶が転がっている。


家の前には片方だけの靴。


戸口のそばには、途中まで束ねられた薪がそのまま残っている。


生活が、途中で止まっていた。


「誰か!」


仲間の一人が声を上げる。


「誰かいないのか!」


何度呼んでも返事はない。

森から鳥が飛び立つだけだった。


彼らは集落の中を分かれて調べた。

生存者はいないか。

何が起きたのか分かるものはないか。


男は壊れた家の近くでしゃがみ込む。

地面に何かが落ちていた。


錆び始めた矢尻。


形を見ると、男の表情が変わる。


「……これは」


仲間が近づいてくる。


「どうした?」


男は矢尻を見せる。


「見覚えがある」


相手の顔から表情が消えた。


「ヴァルディアか」

「断定するな」


すぐに別の男が言った。

年長のドラウス人だった。


「矢尻一つだ。拾われたものかもしれん」

「だが、この形は――」

「分かっている」


年長者は静かに答える。


「だが、決めつけるな」


誰も反論しなかった。


ドラウス人にとって、確かではないことを確かだと言うのは好まれない。


彼らはさらに集落を調べた。


すると別の場所から、壊れた金具が見つかった。

その近くには折れた槍の穂先。

どれも、過去に彼らが見たヴァルディア王国軍の装備によく似ていた。


家屋には刃物でつけられた跡も残っている。

地面には、複数の人間が一度に通った痕跡がまだ薄く残っていた。


「……軍が来たのか」


誰かが言った。

今度は、すぐに否定する者はいなかった。


男は集落の奥へ歩いていく。

十年前の記憶を頼りに、ある家を探していた。


「この辺だったはずだ」

「あの二人の家か?」

「ああ。二人とも、この辺りに住んでいたはずだ」


エイルとリシア、それぞれの家だった。


男は辺りを見回す。

そして、立ち止まる。


家は残っていなかった。

壁の一部だけが残り、その周囲には焼けた木材が散らばっている。

近くに、小さな木片が落ちていた。


拾い上げると、それは子供の手に収まる小さな玩具だった。


「……」


後ろから来た仲間も何も言わない。


男は木片を手の中で握る。


十年前、小さな赤ん坊を抱いたセリオン人たちは笑っていた。


十年後にまた来よう。

そう言って別れた。


その十年後の未来が、これなのか。


「生き残った者はいないのか」


誰かが呟く。


「分からん」

「子供なら、どこかへ逃げた可能性もある」


年長者が答えた。


「だが、痕跡がない」


森は広い。


襲撃から何日、あるいは何か月経っているのかは分からない。

ただ、何年も前のことではないことだけは分かった。


逃げ延びた者がいたとして、どこへ向かったのか。

それを今ここから追うのは難しかった。


男は周囲を見る。


「エイルとリシアも……?」


誰も答えられなかった。


日が傾くまで、彼らは集落を調べた。


何人かの埋葬された跡も見つけた。

誰が埋めたものなのかは分からない。


生き残った者なのか。

襲撃した側なのか。

それすら確かではなかった。


分かったのは一つだけ。


ここで、多くの人が命を落とした。

そして、セリオン人の集落はもう存在しない。


夜。


彼らは集落から少し離れた森で火を囲んでいた。


普段なら、訪問した日はセリオン人の家で食事をし、互いの十年間について話す。


しかし、今日はその相手が誰もいない。


持ってきた荷物も、そのままだ。

男の隣には、二人へ渡すはずだった小さな細工物が置かれている。

誰もそれについて触れなかった。


「明日、戻る」


年長者が言った。

一人が顔を上げる。


「…このままにするのか?」

「ここに残っても、できることはない」

「だが――」

「里へ知らせる必要がある」


その言葉で、誰も何も言えなくなった。


セリオン人の集落がなくなった。

その事実を、山の向こうへ持ち帰らなければならない。


「ヴァルディアのことは?」

「見つけたものをそのまま報告する」


年長者は火を見る。


「我々が見たものだけをな」


王国軍の武器が残っていた。

戦いの跡があった。


だが、誰が命令したのか。

なぜ襲ったのか。

そこまでは分からない。


だから、それ以上のことは言わない。


それが彼らのやり方だった。




翌朝。


ドラウス人たちは帰る準備をした。


持ってきた土産は誰にも渡せず、来た時より荷物は軽くならなかった。


男は最後に一度だけ集落を振り返る。


風が吹く。


崩れた家の間で、伸び始めた草が揺れている。


「……行くぞ」


男は頷く。


そして、十年ぶりに訪れたセリオン人の集落を後にした。

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