28. 最初の布
翌朝。
朝食を終えると、ガドさんは昨日ミレアさんが描いた織り道具の絵を持って外へ出た。
僕たちもその後をついていく。
「まず木がいるな」
ガドさんは家の近くに置いてある木材を見ながら言った。
家を直した時に余ったものがいくらか残っている。
一本ずつ持ち上げ、曲がりや割れがないか確かめていく。
「これなら使えるか」
ガドさんが一本選ぶと、ミレアさんが隣から覗き込んだ。
「もう少し細くても大丈夫だと思います」
「細く?」
「はい。私が使っていたものは、もう少し小さかったので」
ガドさんは木材を見る。
それから昨日の絵を見る。
「……これくらいか?」
「たぶん」
「たぶんか」
「使ったことはありますけど、作ったことはありませんから……」
「まあ、それもそうか」
ガドさんは木材を置き、別のものを選び直した。
僕とリシアも手伝おうとしたけれど、何をすればいいのかよく分からない。
「僕たちは何をすれば?」
「邪魔しないことだな」
「それは手伝ってることにならないですよ」
リシアが笑った。
「必要になったら呼ぶ」
結局、僕たちは少し離れたところから二人の作業を見ることになった。
ガドさんが木を削り、四角い枠を作っていく。
ミレアさんはその横で、昔使っていた道具を思い出しながら説明する。
「そこに糸を張ります」
「ここか?」
「はい。ただ、もう少し間隔が狭かったと思います」
「これよりもか?」
「もう少しだけです」
ガドさんが削り直す。
しばらくして枠が組み上がった。
思っていたより小さい。
両腕で抱えられるくらいの大きさだ。
「これでどうだ?」
ミレアさんが触りながら確認する。
「たぶん大丈夫だと思います」
「またたぶんか」
「仕方ないじゃないですか」
ミレアさんが少し困ったように笑った。
その表情を見て、ガドさんも何も言わず作業を続ける。
僕たちも頼まれた木を押さえたり、削った木片を片付けたりしながら手伝った。
昼前。
ようやく形になった道具へ、ミレアさんが糸を張っていくことになった。
使うのはもちろん、新しい袋に入っていた糸だ。
細い糸を何本かまとめて撚り、一本の糸にする。
それを一定の間隔で枠へ張っていく。
「結構大変なんですね…」
「布を作る時は、最初の準備が大事なんです」
ミレアさんはそう答えながら作業を続ける。
途中で一本の糸が少し緩んだ。
「あ」
ミレアさんが止まる。
「何か間違えました?」
「ここの張りが弱いですね」
ガドさんが近づく。
「もっと強く張ればいいのか?」
「強すぎても駄目なんです」
「…難しいな」
二人でしばらく道具を眺める。
ガドさんが枠の一部を少し削り、糸を固定する場所を調整した。
もう一度張ってみる。
今度は綺麗に揃った。
「これならいけそうです」
「そうか」
僕とリシアは顔を見合わせる。
なんとなく、二人とも楽しそうだった。
昼食を挟み、午後から織る作業が始まった。
縦に張った糸の間へ、別の糸を通していく。
通して、整えて、また反対側へ通す。
見ているだけなら簡単そうに思えた。
「あっ」
ミレアさんの手が止まった。
「どうしました?」
「…一本飛ばしました」
見ると、横へ通した糸が一か所だけ変なところを通っている。
「直せるんですか?」
「ここまでなら大丈夫です」
ミレアさんは少し戻してやり直した。
リシアがその様子を見て笑う。
「ミレアさんでも間違えるんですね」
「もちろんですよ」
「なんとなく、すごく慣れてるのかと思ってました」
「…小さい頃に教えてもらったくらいです。糸を作る方がずっと慣れています」
そう言いながら、ミレアさんはまた糸を通していく。
少しずつ。
本当に少しずつ、糸だったものが形を変えていった。
最初はただ並んでいただけだった糸が、互いに重なり合い、一枚の面になっていく。
「布になってきたね」
リシアが嬉しそうに言った。
「うん」
僕も近くから眺める。
不思議だった。
ミレアさんが毎晩指先から作っていた細い糸。
それをまとめ、並べ、織っていくだけで、ちゃんと一枚のものになっていく。
しばらくして。
「……できました」
ミレアさんが小さく息を吐いた。
道具から布を外す。
大きさは僕の両手を並べたくらい。
服を作るには到底足りない。
けれど、確かに布だった。
「見せてください」
リシアが真っ先に近づく。
ミレアさんが布を広げる。
僕も横から触ってみた。
「……すごく滑らかですね」
思っていたより柔らかい。
薄い。
けれど頼りない感じはしない。
指でなぞると、表面にほとんど引っかかりがなかった。
光の当たり方によって、ほんの少しだけ艶が見える。
「綺麗……」
リシアが呟いた。
ミレアさん自身も、出来上がった布を何度も触っている。
「集落で作っていたものより、ずっと滑らかです」
「そんなに違うんですか?」
「ええ、いつもの糸だともっと太く撚らないと安定しないんです。だから布も、どうしても厚くなってしまいます」
言われてみれば、この布はずいぶん薄い。
それなのに、目が細かく詰まっている。
「ちょっと貸してくれ」
ガドさんが手を伸ばした。
その手が布の両端へ向かう。
「待ってください」
ミレアさんがすぐに布を引いた。
「なんだ」
「何をするつもりですか?」
「引っ張ってみようかと」
「駄目です」
即答だった。
ガドさんが少し黙る。
「強いか確認するだけだ」
「初めて作った布ですよ?」
「だからこそ――」
「駄目です」
「……そうか」
ガドさんが手を引っ込めた。
リシアが笑いを堪えている。
「そんな顔しなくても」
「どんな顔だ」
「ちょっと残念そう」
「してない」
最近、ガドさんは否定する時の顔がだいたい同じな気がする。
「でも、確かに丈夫さは気になりますね」
「少しだけ余った部分ならありますよ」
ミレアさんが布の端を整えた時に出た細い切れ端を拾う。
ガドさんが受け取る。
今度は誰も止めない。
両手で持ち、ゆっくり引っ張る。
「……ほう」
「どうです?」
「薄い割には強い」
少し力を込める。
それでもすぐには裂けない。
ガドさんがさらに力を加えると、ようやく端から少しずつ崩れた。
「前の糸で作った布もこんな感じなんですか?」
僕がミレアさんへ尋ねる。
「いえ、もっと厚く作ってもここまで丈夫にはならなかったと思います」
僕はもう一度、完成した布を見る。
エドガーさんと旅をしていた頃、他の商人が取り扱う布を見たことがある。
僕自身が布を専門に扱っていたわけではないから、これがどれくらいの価値を持つのかまでは分からない。
それでも。
「これ……結構いい布なんじゃないでしょうか」
「やっぱりそう思う?」
リシアが聞く。
「たぶん。でも、僕には正確なことまでは分からないよ」
「エイルさんでも?」
ミレアさんが少し意外そうにする。
「布を売ったことはありますけど、専門ではないですから」
僕は布を手に取る。
「ただ、町で見たものと比べても綺麗だとは思います」
ミレアさんが少し嬉しそうに布を見る。
「もう一度作ってみたいです」
「もう一枚?」
「はい。同じように作れるか確かめたいので」
確かに、一枚だけなら偶然上手くできただけかもしれない。
「糸は足りますか?」
「まだあります。それに、足りなければまた作れますから」
ミレアさんは出来上がった布を丁寧に畳んだ。
それから、自分の部屋へ持っていく。
僕たちも使った道具を片付け始めた。
ガドさんだけが、机の上に残った織り道具をしばらく眺めていた。
「どうしました?」
「いや」
ガドさんは枠の一部を指で押す。
「次に使う前に、ここだけ少し直した方が良さそうだ」
「また直すんですか?」
「せっかく作ったなら、使いやすい方がいいだろ」
そう言って、ガドさんは早速道具箱を取りに向かった。




