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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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23/68

23. 家の改修



翌朝。


目を覚ますと、外から音が聞こえていた。


――カン。

――カン。


「……?」


僕は毛布から起き上がる。

隣ではリシアとミレアさんもまだ眠っている。

ガドさんが寝ていた場所を見ると、もう姿はなかった。


外へ出る。


「おはようございます」


ガドさんは小屋の前にしゃがみ込み、昨日持ってきた石を削っていた。


「……起きたか」

「もう始めてたんですか?」

「ああ」


ガドさんは手を止めずに答える。


「日のあるうちに終わらせたいからな」


足元には、形を整えられた石がいくつか並んでいた。

昨日まで森に置かれていたものだろう。


「これ、全部運んできたんですか?」

「全部じゃない。使えそうなものだけだ」

「一人で?」

「そうだが」


何でもないことのように言う。

僕なら一つ運ぶだけでも苦労しそうな石だった。


「……すごいですね」

「これくらい普通だ。たらふく飯も食わせて貰ったしな」


そう言って、ガドさんは立ち上がった。


「それより、お前たちも準備しろ」

「準備?」

「木を取りに行く」


ちょうどその時、小屋からリシアが顔を出した。


「おはよ……何の話?」

「木を取りに行くみたい」

「もう?」

「家を直すんだろ」


ガドさんが言う。


「寝てる暇はないぞ」

「厳しい……」


リシアはまだ眠そうな顔で呟いた。


簡単に朝食を済ませ、僕たちは四人で森へ向かった。


昨日までなら、使えそうな木を見つけても、それが本当に家に使えるのか分からなかったが、今日はガドさんがいる。


「これはどうですか?」


僕は倒れている木を指差した。

ガドさんは近づき、表面を触る。


少し叩く。


「駄目だ」

「どうしてですか?」

「中まで水を吸ってる」

「見ただけで分かるんですか?」

「見て、触って、叩けば大体な」


ガドさんは別の木を見る。


「こっちは使える」

「これは何に?」


リシアが尋ねる。


「柱には細いが、屋根を支えるなら十分だ」

「木って、太ければいいわけじゃないんだ……」

「当たり前だ」


即答だった。

リシアが少しむっとする。


「私たち、今までそんなこと知らなかったんだから仕方ないでしょ」

「だから覚えろと言ってる」

「……はい」


昨日から何度もこんなやり取りをしている気がする。

ミレアさんが横で小さく笑っていた。


僕もエドガーさんと旅をしていた頃、木材を扱う商人を見たことはある。


どこの木が高いとか。

どんな町で木材が不足しているとか。

そういうことは知っていた。


けれど、一本の木を見て何に使えるのかまでは分からない。


知っているつもりでも、知らないことはまだいくらでもあるらしい。




使えそうな木を何本か選ぶ。

問題は、それをどうやって運ぶかだった。


「これ、僕とリシアで持っていこう」

「うん」


二人で木の両端を持つ。


「せーの……」


持ち上げる。


「重っ……!」

「ちょっと、エイルそっち下げないで!」

「リシアが上げすぎなんだよ!」

「二人とも大丈夫ですか?」


ミレアさんが心配そうに見ている。


すると、その横をガドさんが通り過ぎた。

肩には、僕たちが持っているものより太い木を担いでいる。


「「…………」」


僕とリシアは同時にガドさんを見る。


「ガドさん」

「なんだ」

「それ、一人で持てるんですか…?」

「持ってるだろ」

「いや、そうだけど……」


ガドさんは僕たちを見た。


「それくらいなら二人もいれば十分だろ。さっさと運べ」

「はい……」


リシアが小さくため息をつく。


「ドゥルガ人ってみんなあんなに力が強いのかな」

「人によるって言ってたよ」

「ガドさんは絶対強いよね」

「間違いない」


本人に聞こえないように話していると、


「聞こえてるぞ」


前から声が飛んできた。

僕たちは黙って木を運んだ。





小屋へ戻ると、いよいよ本格的な修理が始まった。

僕はてっきり、まず屋根を直すのだと思っていた。

けれどガドさんが最初に向かったのは、傷んだ柱だった。


「屋根からじゃないんですか?」

「先に下だ」


ガドさんは柱を叩く。


「上だけ直しても、支えてる部分が腐ってたら意味がない」

「なるほど……」


僕たちが今までやっていたのは、その場で見つけた壊れた部分を直すだけだった。


雨が漏れたら屋根。

風が入れば壁。


ガドさんは、家全体を見ている。


傷んだ柱を外す。

新しい木と取り替える。

地面に直接触れていた場所には、形を整えた石を置いていく。


「これは何のためですか?」


僕が尋ねる。


「木を地面から離す」

「地面から…?」

「ああ、地面は湿ってる。木がずっと触れていれば傷みやすくなるからな」


昨日言っていた、地面から湿気を吸っているというのはこういうことだったらしい。


「なるほど……」


僕は作業を見ながら頷く。


「見てないで手を動かせ」

「はい」


すぐに材料を渡す。


覚えることが多い。

けれど、不思議と嫌ではなかった。


しばらく作業を続けていると、ガドさんが手を止めた。


「縄はあるか?」

「縄ですか?」


僕は荷車の方を見る。


エドガーさんからもらった荷物の中にも縄はあったけれど、小屋の補修や荷物を縛るためにかなり使ってしまっている。


残っているものを持ってくる。


「これくらいしかありません」


ガドさんが見る。


「…足りないな」

「森で何か代わりになるものを探しますか?」


僕が言うと、


「あの」


ミレアさんが手を挙げた。


「私の糸、使えませんか?」

「糸?」


ガドさんが振り返る。

ミレアさんは小屋から昨日見せてくれた袋を持ってきた。

中には、毎晩少しずつ作っていた糸が入っている。


「一本だと細いですけど、何本かまとめれば丈夫になります」


そう言いながら、ミレアさんは細い糸を何本も取り出した。


束ねる。

さらに撚り合わせていく。

しばらくすると、一本の紐のようになった。


「こんな感じです」


ガドさんが受け取る。

両手で引っ張った。


「……」


さらに力を入れるが切れない。


「強いな」

「本当ですか?」


ミレアさんの顔が明るくなる。


「ああ。これなら十分使える」

「じゃあ、もっと持ってきますね」

「無理に出す必要はないぞ」

「大丈夫です。今まで貯めていた分がありますから」


ミレアさんは嬉しそうだった。

僕たちのために何かできることを探していたと言っていた。

それが思わぬところで役に立った。


ガドさんが石や木の使い方を教える。

ミレアさんの糸が材料を固定する。

僕とリシアが木や石を運ぶ。


いつの間にか、四人で一つの家を直していた。





昼を過ぎても作業は続いた。


その途中、ガドさんが小屋の横をじっと見ていた。


「どうしました?」

「……少し広げるか」

「え?」


一番に反応したのはリシアだった。


「広げられるの?」

「ああ。この辺ならまだ土地もある」

「じゃあ部屋も増やせる?」

「全部は無理だぞ」

「全部?」

「昨日、自分の部屋が欲しいと言ってただろ」

「あ、覚えてたんだ」


リシアが嬉しそうにする。


「まだ作るとは言ってない」

「えー」


ガドさんは小屋を見る。


「ただ、物を置く場所くらいは分けた方がいい」


今までは食料も道具も、僕たちが眠る場所の近くに置いていた。

三人だけならそれでも何とかなっていたけれど、少しずつ物も増えている。


「奥に少し足す」


ガドさんが地面を指す。


「ここを作業する場所にしてもいい」

「作業する場所……」


ミレアさんが呟く。

ガドさんが彼女を見る。


「毎晩、糸を作ってるんだろ。これからはそこでやればいい」

「私が使っていいんですか?」

「他に使う奴がいるのか?」

「いませんけど……」


ミレアさんは少し嬉しそうに笑った。


「ふふ、ありがとうございます」

「まだ出来てないがな」


ガドさんは少しだけ困ったような顔をした。




当然、作業は一日では終わらなかった。


傷んだ柱を取り替えるだけでも時間がかかった。

壁を直す。

屋根を剥がす。

使える部分を残しながら、新しい木を組んでいく。


そして小屋の横に、小さな空間を増やす。

僕たちは朝から夕方まで、ほとんど家の修理をして過ごした。






二日目の昼。


作業をしていると、海岸の方から声が聞こえた。


「おーい」


振り返る。

ナギさんだった。

片手に魚の入った籠を持っている。


「ナギさん」

「近くまで来たから寄ったんだが……」


ナギさんが小屋を見る。


「何してんだ、お前ら」

「見ての通り、家を直してます」

「…家ってこんなに形変わるものなのか?」


以前より屋根は大きく剥がされ、壁も一部なくなっている。


知らない人が見たら、直しているのか壊しているのか分からないかもしれない。


「ちゃんと直してる途中です」


リシアが言う。


「そっちの大きいのは?」


ナギさんがガドさんを見る。

ガドさんも手を止めてナギさんを見る。


「ガドさんです。ドゥルガ人です」

「ガドだ」

「俺はナギ。ネレイス人だ」


二人は互いの姿を少し眺めた。


「身体から石生えてるのか?」


ナギさんが尋ねる。


「ああ」

「へえ」


それだけだった。

ガドさんもナギさんの耳の辺りを見る。


「お前は海で暮らしてるのか?」

「ああ」

「そうか」


会話が終わった。


「……それだけ?」


リシアが呟く。


「他に何を話すんだ?」


ナギさんが首を傾げる。

ガドさんも同じような顔をしている。


僕とミレアさんはその光景を眺めて笑っていた。







三日目の夕方。


「……終わった」


ガドさんが言った。

僕たちは少し離れたところから家を見る。


「これ……」


リシアが目を丸くする。


「本当に同じ小屋?」


最初の形は残っているが、ずいぶん見た目は変わった。


傷んでいた柱は取り替えられた。

地面と木の間には石が置かれている。

壁の隙間もほとんどなくなった。

屋根もしっかりと組み直されている。


中へ入る。


「……風が入ってこない」


リシアが壁を優しく撫でながら感動している。


ミレアさんは新しく作られた場所へ向かう。


そこはこじんまりとした小さな部屋だった。

けれど、糸を作ったり、道具を置いたりするには十分だった。


「すごい……」


嬉しそうに中を見る。


「ここ、使っていいんですよね?」

「ああ」


ガドさんが答える。


「ありがとうございます」

「礼はいい」

「でも、わたし本当に嬉しくて…」

「……そうか」


ガドさんはそれ以上何も言わなかった。


僕も家の中を見る。

豪華ではない。

街で見てきた家と比べれば、まだ簡素だ。


それでも。


ここへ来たばかりの頃に比べれば、ずっと家らしくなった。



その日の夜。

偶然なのか、また雨が降った。


「……」


僕たちは全員、天井を見ていた。

雨音が屋根を叩く。

ざあざあと音がする。


「……大丈夫かな」


リシアが小さな声で言う。


「大丈夫だ」


ガドさんは気にする様子もなく食事をしている。

僕たちはまだ天井を見る。


少し待つ。


何も落ちてこない。


さらに待つ。


やっぱり落ちてこない。


「……漏れてない」


リシアが言った。


「本当ですね」


ミレアさんも嬉しそうに天井を見る。

僕も安心した。


「すごい……」


ガドさんが僕たちを見る。


「家なんだから当たり前だ」

「僕が直した時は漏れたんですけど」

「それは直したとは言わない」

「うっ、やっぱりそうですよね……」


ガドさんが呆れた表情をしながら、僕たち三人は笑い合った。





翌朝。


雨は止んでいた。

ガドさんは外で、残った石や木を片づけていた。

僕も手伝う。

しばらくして、ふと気になった。


「ガドさんは、これからどうするんですか?」


ガドさんの手が止まった。


「……森に戻る」


やっぱり。

もともとガドさんは、森で一人で暮らしていた。

食事のお礼として家を直してくれただけだ。


「また一人で?」


後ろからリシアの声がした。

いつの間にかミレアさんと一緒に出てきている。


「そうだ」


ガドさんが答える。


「でも、まともに食事も摂れてなかったじゃない」

「…何とかする」

「何とかするって言ったって…」

「リシア」


僕が止める。


「だって……」


気持ちは分かる。

僕も同じことを考えていた。


ガドさんがなぜここまで逃げてきたのか。

何から逃げているのか。

まだ僕たちは知らない。


それでも、一人で森へ戻ればまたまともに食事ができなくなるかもしれない。

それがみんな心配だった。


僕はガドさんを見る。


「よかったら、もう少しここにいませんか?」

「……」

「家も広くなりましたし」

「それは俺が直したからだろ」

「それはそうですけど…」


僕は少し笑う。


「食事なら、三人分も四人分も変わりませんよ」


ガドさんは何も言わない。


畑を見る。

海を見る。

それから、自分が直した家を見る。


「……邪魔にならないか」

「なりませんよ」


僕が答える。

リシアも頷く。


「むしろガドさんがいた方が助かるよ」

「私もそう思います」


ミレアさんも言った。

ガドさんはしばらく黙っていた。


「……それなら、もうしばらくだけ」

「はい」


僕は頷いた。


「好きなだけいてください」

「好きなだけとは言ってない」

「分かってますよ」


そう答えると、リシアとミレアさんが横で笑った。




その日の夜。


以前より静かになった家の中で、僕たちはそれぞれ眠る準備をしていた。


風が壁の隙間から入ってくることもない。

雨の心配もしなくていい。

ミレアさんは、新しく作られた小さな場所に座っていた。


いつものように、指先から細い糸を出している。


「ミレアさん」


僕が声をかける。


「はい?」

「部屋、使いやすいですか?」

「はい、とっても素敵です」


ミレアさんは笑った。


「前より落ち着きます」


足元には、今まで糸を貯めていた袋が置かれていた。

ミレアさんが中を見る。


「……こっちはそろそろいっぱいですね」

「結構作りましたもんね」


ミレアさんは棚から新しい袋を取り出した。


「今日からこっちに入れようかな」


そして、その夜に作った糸を新しい袋の中へ入れる。


今までと同じように。

細い糸を少しずつ束ねて。


ミレアさんは静かに糸を作り続けていた。



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