↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/68

22. 森の石工



翌朝。


僕たちは昨日拾った石を持って、もう一度森へ入った。

昨日と同じ道を歩き、加工された石を見つけた場所を目指す。


「確か、この辺りだったよね」


リシアが周囲を見回す。


「はい。もう少し奥だったと思います」


ミレアさんも木々の間を覗き込んでいる。

僕は手に持っていた石を見る。

片側が平らに削られた、不自然な石。

昨日はこの近くから、何かを叩くような音が聞こえていた。


けれど――


「……聞こえないね」


森は静かだった。

聞こえるのは木々の葉が揺れる音と、鳥の鳴き声くらい。


「昨日は確かに聞こえたんですけど……」


ミレアさんが呟く。


「もう少し探してみましょう」


僕たちは森の奥へ進んだ。


しばらく歩くと、昨日見つけたものと似た石が地面に落ちていた。


「これ」


リシアが拾い上げる。

やはり表面が綺麗に削られている。


さらに進む。


一つ、また一つと加工された石が少しずつ増えていく。


「……やっぱり、この先に誰かいるみたいですね」


ミレアさんが少し不安そうに言う。

僕も周囲を警戒しながら進む。

やがて、木々の向こうに何かが見えた。


「……あれは?」


石が積まれている。

近づいてみると、腰ほどの高さまで石を積み上げた簡単な壁だった。

その近くには、木の枝と葉を組み合わせて作られた雨よけのようなものもある。

焚き火をした跡。

削りかけの石。

木を加工したもの。


「誰かがここで暮らしている…?」


僕が呟いた、その時だった。


「――何をしている」


突然、背後から低い声がした。


「……っ!」


三人同時に振り返る。


そこに、一人の男が立っていた。

僕よりもずっと大きい。

太い腕。

がっしりとした身体。


けれど、その姿にはどこか違和感があった。


身体は大きいのに、頬が少し痩せている。

着ている服もところどころ破れ、泥で汚れていた。


そして何より――


「……石?」


リシアが小さく呟いた。


男の肩や腕の一部。

そこから、まるで岩の中から顔を出す鉱石のようなものが生えていた。


黒灰色の結晶。


最初は何かを身につけているのかと思ったが違う。

明らかに、身体から直接生えている。


男は僕たちを警戒するように見つめていた。


「お前たち……ラウル人か?」


低い声。

僕は首を横に振った。


「いいえ、僕と彼女はセリオン人です」


男の表情がわずかに変わる。

僕はミレアさんを見る。


「私はアルネア人です」


ミレアさんも答えた。


「……セリオン人」


男は聞いたことがないようだった。


「はい。あまり知られていない種族みたいですが」


男はしばらく僕たちを見る。

完全に警戒を解いたわけではない。

けれど、最初より少しだけ雰囲気が変わった。


「あなたは?」


僕が尋ねる。

男は少し黙ってから答えた。


「……ドゥルガ人だ」

「ドゥルガ人……」


また知らない種族だった。

僕が男の身体に生えている鉱石を見ていると、それに気づいたらしい。


「珍しいか」

「あ……すみません」

「別にいい。慣れているからな」


男は自分の腕を見る。


「それ、本当に身体から生えてるんですか?」


リシアが興味深そうに尋ねる。


「そうだ」


男は短く答えた。


近くで見ると、石というよりも鉱石に近い。

皮膚と結晶の境目もはっきりしておらず、本当に身体の一部なのだと分かる。


「すごい……」


ミレアさんも興味深そうに見ていた。


「……それで、お前たちは何をしに来た」


男が僕たちを見る。

僕は持ってきた石を見せた。


「昨日、これを見つけたんです」


男の視線が石へ向かう。


「それと、この辺りから石を叩くような音が聞こえて……誰かいるのかなと思って」


男は石を受け取った。


「……俺が削ったものだ」


リシアが石を見る。


「何に使うんですか?」

「何にでも使えるぞ」


男は石を地面へ置いた。


「壁にもなる。炉にも使える。土台にもなる」

「土台……」


昨日の小屋を思い出した。


「ドゥルガ人は、こういうのが得意なんですか?」

「まあな」


ミレアさんが尋ねると、男は頷く。


「石を切る。山を掘る。家を建てる。そういう仕事は昔からやってきた」

「へえ……」


思わず声が出る。

僕たち三人には、どれもできないことだった。


「そういえば、まだ名前を聞いてませんでしたね」


僕が言うと、男は少し間を置いた。


「……ガド」

「ガドさんですね。僕はエイルです」

「リシアです」

「ミレアです」


三人で名乗る。


「よろしくお願いします」

「…………」


ガドさんは答えなかった。

やっぱり、まだ警戒されているらしい。


少し話をして分かった。

ガドさんは、この森に来てそれほど長くないらしい。


どこから来たのか。

どうして一人なのか。


「……ここには一人で暮らしてるんですか?」


僕が尋ねる。

ガドさんの表情が変わった。


「……今はな」


短い答えだった。

その瞬間、僕はそれ以上聞くのをやめた。

何となくだけれど、話したくないのだと分かった。


僕も昔、エドガーさんに何も聞かれなかった。


どこから来たのか。

どうして子供二人で暮らしていたのか。

家族はどうしたのか。


僕たちが話さなかったことを、エドガーさんは無理に聞こうとしなかった。


「……そうですか」


僕も一言だけ返答した。

ガドさんが少し意外そうに僕を見る。


その時。


ぐぅぅ……



「「「「……………」」」」



妙な音が聞こえた。


僕はリシアを見る。

リシアも僕を見る。

ミレアさんは首を傾げる。


そして三人同時にガドさんを見た。


「…………」


ガドさんは何も言わない。


「……ガドさん」

「なんだ」

「お腹、空いてます?」

「空いてない」


即答だった。


ぐぅぅ……


もう一度鳴った。


「…………」

「…………」

「空いてない」

「いやいや……」


リシアが困ったように笑う。


「ガドさんのお腹は空いてるって言ってる気がするけど……」

「空いてない」


頑なだった。

僕はガドさんを見る。

近くで見れば、やっぱり少し痩せているし、服も汚れている。

それに、この場所を見ても食料らしいものがほとんど見当たらない。


「ちゃんと食べてるんですか?」

「食べてる」

「今日も食べましたか?」

「…………」

「昨日は?」

「…………」


ガドさんが目を逸らした。

ミレアさんが心配そうにする。


「もしかして……あまり食べていないんですか?」

「……森に来てから、食えるものがあまり見つけられていないだけだ」

「それなら、僕たちのところで一緒に食事をしませんか?」


ガドさんが僕を見る。


「いらない」

「でも――」

「必要ない」


やっぱり警戒している。

するとリシアが僕の服を軽く引っ張った。


「エイル」


小さな声。


「……本当は食べたいみたい」

「……だよね」


僕にも、ガドさんから悪意は感じない。

あるのは警戒と、それ以上に迷いだった。

僕はもう一度ガドさんを見る。


「僕たちも三人で食べるつもりだったので、一人増えても変わりませんよ」

「……」

「それに、僕たちの家もそんなに遠くありませんし、食事はみんなで食べた方がおいしいですよ」


ガドさんはしばらく黙っていた。


やがて。


「……それじゃあ、少しだけお邪魔する」

「分かりました」


リシアが小さく笑う。


「素直じゃないね」

「聞こえてるぞ」


僕とミレアさんも軽く笑いながら、四人で歩き出した。




森を抜ける。


ガドさんは僕たちから少し離れて歩いていた。

まだ完全に信用しているわけではないのだろう。


やがて木々の向こうに海が見えてくる。

ガドさんが足を止めた。


「……海か」

「ガドさんも初めてですか?」

「……ああ」


僕たちと同じだった。

ガドさんはしばらく海を眺めていた。


「僕たちの家はこっちです」


小屋へ向かう。

到着すると、ガドさんが足を止めた。


「……これか?」

「はい」

「ここに三人で住んでるのか?」

「そうです」

「……そうか」


何だろう。

少し嫌な予感がした。





昼。


僕たちは小屋の前で食事を作った。


魚を焼く。

畑で採れた野菜を煮る。

保存していた食料も少しだけ使った。


ガドさんは少し離れたところに座っていた。


「できましたよ」


僕が器を渡す。


「……悪い」

「気にしないでください」


ガドさんは食事をまじまじと見つめ、一口食べる。


「…………」


何も言わない。


二口目。

三口目。

明らかに食べる速度が上がっている。


「まだありますよ」


僕が言う。

ガドさんの手が止まる。


「いや、十分だ」

「でも、まだ――」

「俺はこれでいい」


するとリシアが鍋を見る。


「食べてくれないと余っちゃうよ」

「……そうなのか」


ガドさんは少し迷ってから、器を差し出した。


「……なら、もう少しだけ」


リシアが嬉しそうに料理をよそう。


僕はリシアを見る。

目が合った。

少しだけ笑っている。


嘘だ。

別に余るほど作ってはいないが、僕は何も言わなかった。


「エイルも食べないと無くなるよ」

「分かってる」


僕も食事を続けた。

結局、ガドさんは何度かおかわりをした。


食事が終わる。


「……うまかった」


ガドさんが小さく呟いた。


「それならよかったです」


ミレアさんが笑う。


「久しぶりに、まともなものを食った」


その言葉に、僕たちは少しだけ黙った。

やっぱり、ずっとまともな食事を取れていなかったらしい。


ガドさんは立ち上がる。


「飯の礼をしたい」

「お礼なんていいですよ」

「そういうわけにはいかない」


ガドさんは周囲を見る。

そして、小屋へ視線を向けた。


「……さっきから気になっていた」

「何がですか?」


ガドさんは小屋へ近づいた。


壁に触れる。

次に柱を見る。

しゃがみ込み、地面との境目を確認する。


「……お前たち」

「はい?」

「この家、自分たちで直したのか」

「そうです」


僕は少し得意になって答えた。


「最初はもっとボロボロだったんですよ」

「…………」


ガドさんが黙った。


「どうしました?」

「屋根は?」

「僕が直しました」

「……そうか」


なぜだろう、褒めてもらっている気がしない。


「この前の雨では少し雨漏りしましたけど」


リシアが言った。


「少しじゃないでしょ」

「最初よりは減ったよ」

「そういう問題じゃないと思います」


ミレアさんまで加わる。

ガドさんは三人の会話を聞きながら、今度は柱を強く押した。


ギシ……


嫌な音がする。

ガドさんがため息をつく。


「屋根だけの問題じゃない」

「そうなんですか?」

「この柱も傷んでる」


別の場所へ移動する。


「こっちもだ」


壁を見る。


「板も何枚か替えた方がいい。それに、地面から湿気を吸ってる。土台も良くない」


次々と言われる。

僕たち三人は黙って聞いていた。


「……そんなに悪いんですか?」


僕が恐る恐る尋ねる。

ガドさんは小屋を見る。


「よく今まで倒れなかったな」

「「「そんなに!?」」」


三人の声が重なった。


「すぐ倒れるわけでは無いが、このまま暮らすなら直した方がいい」


ガドさんはもう一度柱を見る。

僕には、何をどう直せばいいのか分からない。


「……直せるんですか?」


ガドさんが僕を見る。


「これくらいなら」


あっさり答えた。


「ドゥルガ人は家を建てるのも得意なんですか?」

「まあな」


ガドさんは自分の腕に生えた黒灰色の鉱石を軽く叩いた。


「俺たちは昔から山や岩場で暮らしてきた。石を切るのも、山を掘るのも、家を建てるのも生活の一部だ」

「なるほど……」


僕は小屋を見る。

僕たちが何日も悩んでいたものを、ガドさんはほんの少し見ただけで問題を見つけてしまった。


「飯の礼だ」


ガドさんが言った。


「もう少し詳しく見てやる」

「本当ですか?」

「ああ」


僕たちはガドさんと一緒に、小屋の状態を確認することになった。





夕方。


確認が終わる頃には、僕の頭の中はいっぱいになっていた。


柱。

屋根。

壁。

土台。


直す場所が想像以上に多い。


「……今までよく住んでたね」


リシアが呟く。


「住めてたんだから別にいいでしょ」

「でも、雨漏りしてたよ」

「それは……」


何も言い返せない。

ガドさんは小屋の前で腕を組んでいた。


「材料がいる」

「やっぱりですか?」

「ああ。今あるものだけじゃ足りない」

「森から集められますか?」

「木はな。石は俺がいた場所の近くに使えるものがある」


ガドさんは少し考える。


「……明日、持ってくる」

「え?」


思わず聞き返した。


「そこまでしてもらっていいんですか?」

「飯を食わせてもらった」

「でも、一食だけですよ?」

「俺には十分だ」


ガドさんはそれだけ言った。


「じゃあ、僕たちも手伝います」

「当然だ」

「そこは当然なんですね……」


リシアが笑う。

ガドさんは小屋を見る。


「俺一人で全部やるつもりはない。自分たちが住む家なら、自分たちでも覚えろ」

「はい」


その言葉を聞いて、少しだけエドガーさんを思い出した。


失敗したなら覚えろ。

次に同じことをしなければいい。

教え方は全然違うのに、少しだけ似ている気がした。





夜。


ガドさんは森へ戻ると言っていたけれど、もう暗くなっていた。

僕たちが引き止めると、渋々小屋に泊まることになった。

四人で眠るには少し狭い。


「明日から直すなら、広くできたりするんですか?」


リシアが尋ねる。


「材料次第だ」

「部屋を増やしたりも?」

「できなくはない」

「じゃあ、私の部屋も――」

「まず倒れない家にするのが先だ」

「……はい」


リシアが大人しくなった。

僕は思わず笑った。


少し離れたところでは、ミレアさんが何かをしている。

指先から細い糸が伸びていた。


「ミレアさん、何してるんですか?」

「あ、これは糸を作ってるんですよ」


ミレアさんは当たり前のように答えた。


「こんな時間に?」

「はい、毎晩作ってましたよ」

「そうだったんですか」


僕は首を傾げる。


「ここに来てから、寝る前に少しずつ作っているんです」


ミレアさんは小屋の隅に置いていた袋を持ってくる。

中には、細い糸がいくつもまとめられていた。


「こんなにあったんですね」

「毎日少しずつですけどね」

「何に使うんですか?」

「まだ決めてません」


ミレアさんは少し恥ずかしそうに笑った。


「私にもできることを何かしたいなって思って。作っておけば、いつか何かに使えるかもしれませんし」


ミレアさんは再び指先から糸を出し始めた。


細い、細い糸。

初めて出会った五年前にも見た、アルネア人の糸だった。


僕は少しだけ眺めてから、自分の毛布へ戻った。


明日は朝から家を直すことになった。

何をすることになるのかは、まだ分からない。

ガドさんはすでに横になっている。

リシアも眠る準備をしている。


その隣では、ミレアさんが静かに糸を作っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。