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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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21. 小さな収穫



あれから、しばらくの日が過ぎた。


朝になると畑へ行き、水をやる。

昼になれば魚を捕ったり、森へ薪を集めに行く。

時間があれば小屋を直し、夕方になると三人で食事を作る。


そんな毎日が、少しずつ当たり前になっていた。


魚を捕るのも、最初の頃ほど苦戦しなくなった。


「エイル、そっち行った!」

「分かってる!」


岩場の間を泳ぐ魚を追いながら、仕掛けを動かす。


しばらくすると、小さな魚が中へ入った。


「……よし」

「また捕れましたね」


隣で見ていたミレアさんが笑う。


「最初は一匹捕るだけで大騒ぎだったのにね」


リシアが魚を籠へ入れる。


「誰かさんは三回連続で逃がしてたけど」

「エイルだって全然捕れてなかったでしょ」

「僕は三回も逃がしてないよ」

「そういう問題じゃないでしょ」


僕とリシアが言い合っていると、ミレアさんが小さく笑った。


「二人とも、本当に仲がいいですね」

「十五年も一緒にいますから」

「腐れ縁ってやつね」

「それはちょっと違わない?」


そんな話をしながら、僕たちは小屋へ戻る。


ここで暮らし始めた頃と比べれば、ずいぶん生活にも慣れてきた。


それでも、まだまだ分からないことは多い。



そんな毎日の中で、少しずつ変化しているものもあった。


「エイル!」


小屋へ戻る途中、先に畑を見に行っていたリシアの声が聞こえた。


「どうしたの?」

「早く!」


何かあったのかと思い、僕とミレアさんは慌てて駆け寄る。

畑の前で、リシアがしゃがみ込んでいた。


「見て」

「……?」


指差された場所を見る。

そこには、緑色の葉が並んでいた。

最初は小さな芽だった。

毎日水をやり。

雑草を抜き。

虫がついていないか確認する。

僕たち三人で世話を続けてきた。


それが今では、見違えるほど大きく育っている。


「……大きくなったね」


僕もその場にしゃがんだ。


「そろそろ収穫できるんじゃない?」

「どうでしょう」


ミレアさんも作物を覗き込む。


「集落にいた頃は、収穫の手伝いはしていましたけど……」


作物を育てた経験はある。

正確には、大人たちが育てているものを手伝っていただけだ。

自分たちだけで最初から育てたのは、これが初めてだった。


もうすでに収穫できそうな気もするが、念の為もう少しだけ様子を見ることにした。





それから数日後。


僕たちは最初の収穫をすることにした。

まだ畑の全部ではない。

育ちのいいものだけを選び、一つずつ収穫していく。


「これくらいかな?」


リシアが豆を手に取る。


「それなら大丈夫だと思う」

「こっちは?」

「それはまだ小さくない?」

「二人とも、こっちはどうですか?」


少し離れたところからミレアさんに呼ばれる。

僕たちはそちらへ向かった。

三人とも、結局どれが正解なのかよく分かっていない。


それでも、少しずつ籠の中に作物が増えていった。


豆。

葉物の野菜。

小さな根菜。


まだ量は多くない。


「……思ってたより採れたね」


地面に置かれた籠を見ながら、リシアが嬉しそうに笑った。

ミレアさんも満足そうだった。


僕は籠の中を見る。

エドガーさんからもらった、小さな袋に入っていた種。

それが今は、こうして食べられるものになっている。


「エドガーさんにも見せたかったな」


僕が呟くと、リシアも頷いた。


「ちゃんと育ったよって言いたいね」

「いつか来てもらった時に食べてもらいましょう」


ミレアさんが言う。

その時までには、今よりもっといろいろなものを育てられるようになりたい。


「ところで」


リシアが籠を見る。


「これ、三人で全部食べるの?」

「……食べ切れるかな」


思っていたより多い。


保存できるものもあるだろうが、僕たちはまだ保存方法にも詳しくない。


するとリシアが何かを思い出したように顔を上げた。


「そうだ」

「?」

「ナギさんたちにも持っていかない?」


僕も以前の会話を思い出した。


――ちゃんと育ったら見せてくれよ。


ナギさんはそう言っていた。


「いいですね」


ミレアさんも賛成する。


「魚の捕り方も教えていただきましたし」

「じゃあ、少し持っていこうか」


僕たちは収穫した作物の一部を籠へ分けた。

海岸を歩き、ネレイス人たちが暮らしている場所へ向かう。

最近では、この道もすっかり見慣れた。

向こうから僕たちに気づいたナギさんが手を上げる。


「おう」

「こんにちは」


僕たちも近づいていく。


「今日はどうした?」

「これを持ってきたんです」


僕は籠を見せると、ナギさんが中を覗き込んだ。


「……野菜?」

「はい。畑で採れました」

「もう採れたのか」


少し驚いたように籠を見る。


「ちゃんと育ったら見せてくれって言ってたでしょう?」


リシアが得意そうに言う。


「せっかくなので、皆さんで食べてください」


ナギさんは僕たちと籠を交互に見る。


「いいのか?」

「もちろんです」

「魚の捕り方も教えていただきましたから」


ミレアさんがそう言うと、ナギさんは少し考えたあと籠を受け取った。


「じゃあ、ありがたく貰うよ」


近くにいた他のネレイス人たちも集まってくる。


「なんだ、それ」

「山の方で作ってるやつか?」

「畑で採れたらしい」


珍しいのか、何人かが籠を覗き込んでいた。


「そんなに珍しいんですか?」


僕が尋ねると、ナギさんが答える。


「まったく食わないわけじゃない。ただ、俺たちは畑をほとんど作らないからな」

「魚や貝の方が身近なんですね」

「ああ。そっちなら毎日でも捕れるしな」


そう言って、ナギさんは籠から豆を一つ手に取った。


「これ、どうやって食うんだ?」

「えっと……」


僕は少し考える。


「これはそのままじゃなくて、茹でたり火を通した方がいいと思います」

「そうなのか」

「僕たちも自分で育てたのは初めてなので…あまり自信はないですが…」


ナギさんが僕を見る。


「……貰い物にこんなことを言うのもなんだが、大丈夫なんだろうな?」

「たぶん」

「おいおい…」


後ろでリシアとミレアさんが笑っている。


「まあ、ありがたく頂くよ。味の感想はまた今度な」


ナギさんは僕たちにお礼をいい、手を振る。

僕たちもそのまま帰ろうとした。


すると、後ろから声をかけられる。


「あ、ちょっと待て」


振り返る。

ナギさんが近くに置かれていた籠を持ち上げていた。

中には魚が数匹と、いくつかの貝が入っている。


「これ、持っていけ」

「え?」

「今日捕れたやつだ」


ナギさんが籠を差し出す。


「こっちだけ貰うのも落ち着かねえしな」

「でも……」

「俺たちは魚ならいくらでも捕れるから心配するな」

「……分かりました」


僕は籠を受け取った。


「ありがとうございます」

「こちらこそな」


ナギさんは軽く手を上げた。


「また余ったら持ってきてくれ」

「はい」

「その時はまた魚なら分けてやる」


ネレイス人の人達に手を振り、僕たちは魚と貝の入った籠を持って小屋へ戻った。


その日の夕食は、いつもより少し豪華になった。


自分たちで捕った魚。

ナギさんたちからもらった貝。

そして、自分たちの畑で初めて収穫した野菜。


「……おいしい」


リシアが嬉しそうに野菜を食べる。

ミレアさんも頷いた。


「おいしいですね!」


僕も口にする。

思っていたより、少し硬い気がする。

街で食べていたものの方が、出来はよかったかもしれない。


それでも、とても美味しく感じるのはなんでだろう。


「次はもっと上手く作りたいね」

「そうだね」

「種類も増やしてみたいですね」


三人でそんな話をしながら食事を続けた。





その日の夜。


雨が降った。

最初は小さな雨だった。

けれど、時間が経つにつれて雨音が強くなっていく。

僕たちは小屋の中で眠る準備をしていた。


「結構降ってきたね」


リシアが窓の外を見る。


「屋根、大丈夫かな」

「この前直したところですよね?」


ミレアさんが天井を見る。

僕も見上げる。

しばらく三人で天井を見つめていた。


何も起こらない。


「……大丈夫そうですね」


ミレアさんが安心したように言った。


「今回はちゃんと直せたんじゃない?」


リシアが笑う。


「僕も少しは上手くなったってことかな」


その時だった。


ぽた。


冷たいものが額に落ちた。


「…………」


僕は黙って額を触る。

水だった。


ぽた。


今度は床に落ちた。

リシアが天井を見る。


「……そこ、この前直したところじゃなかった?」

「直したよ」

「直ってないじゃない」


「エイルさん」


ミレアさんが別の場所を指差す。


「こっちもです」


ぽた。

ぽた。


「……増えてる」


慌てて鍋や器を持ってくる。

雨漏りしている場所の下へ置いていく。


「こっちも!」

「今行く!」

「エイルさん、ここもです!」

「ちょっと待ってください!」


結局、その日は三人で小屋の中を走り回ることになった。





翌朝。


雨は止んでいた。

僕は小屋の外から屋根を見上げる。


「……どうしよう」


隣でリシアも腕を組んでいる。


「また直すしかないんじゃない?」

「でも、また雨が降ったら同じことになりそう」

「じゃあ、もっとちゃんと直さないと」

「それができたら困ってないよ」


僕たちは揃って屋根を見る。

ミレアさんも外へ出てきた。


「木が傷んでいるところもありますね」

「材料から替えた方がいいのかな……」


僕は壁にも触れてみる。

屋根だけではない。

長い間使われていなかった小屋だ。


壁にも隙間がある。

柱も一部は傷んでいる。

三人で補修を続けてきたけれど、そろそろ限界なのかもしれない。


「とりあえず、使えそうな木を探してきます」


僕は言った。


「私も行く」

「では、私も」

「三人で行きましょうか」


道具を持ち、僕たちは森へ向かった。

森に入ってしばらく歩く。


薪なら簡単に見つかる。

けれど、屋根や壁を直すとなると、どんな木でもいいというわけではない。


「これなら使えるかな」


僕は倒れている木を見る。


「少し細くない?」

「じゃあ、あっちは?」


リシアが別の木を指差す。


「大きすぎませんか?」


ミレアさんが言う。


「……難しいね」


三人で森を歩きながら、使えそうなものを探していく。


その時。

僕は足元に何かが落ちていることに気づいた。


「……ん?」


拾い上げると、それは石だった。


けれど――


「どうしたの?」


リシアが近づいてくる。

僕は拾った石を見せた。

片側が、不自然なくらい平らになっている。


「……石?」

「うん。でも、これ……」


僕は指で表面をなぞる。

自然に割れたようには見えない。

何かで削ったような跡が残っている。

ミレアさんも覗き込んだ。


「誰かが加工したんでしょうか?」

「たぶん」


僕は周囲を見る。

近くに人が暮らしているとは聞いていない。

少なくとも、ミレアさんも知らないようだった。


「誰かがここまで持ってきたのかな」


リシアが言う。


「かもしれない」


石を持ったまま、もう少し進んでみる。

すると、少し離れた場所にも似たような石が落ちていた。


今度は一つではない。

いくつかの石が、森の端にまとめて置かれている。

どれも形が整っている。


「……やっぱり、誰かいますね」


ミレアさんが周囲を見回す。

僕も頷いた。

その時だった。


――カン。


「……?」


三人とも動きを止めた。

森の奥から、小さな音が聞こえた。


――カン。


少し間を置いて。


――カン。


何か硬いものを叩いているような音。


「……何の音?」


リシアが小さな声で尋ねる。


「分からない」


僕は音のした方向を見る。

木々が重なっていて、その先は見えない。

もう一度。


――カン。


――カン。


ミレアさんが僕を見る。


「……行ってみますか?」


僕は少し考え、空を見上げた。

木々の隙間から見える日は、すでに傾き始めている。


「……今日はやめておきましょう」

「そうですね。戻る頃には暗くなってしまいそうです」


僕は手に持っていた石をもう一度見る。


「明日、もう一度来てみませんか?」

「そうだね、そうしよう」


ミレアさんも森の奥を見る。


僕たちは加工された石を一つだけ持ち、小屋へ戻ることにした。


森を出るまでの間も、しばらく後ろから音が聞こえていた。


――カン。


――カン。


やがて森を離れると、その音も聞こえなくなった。

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