↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/68

19. 暮らしの始まり



翌朝。


目を覚ますと、波の音が聞こえた。


ザァ……

ザァ……


一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。

五年間、朝になれば聞こえていたのは街の喧騒や、馬の鳴き声だった。


けれど、今は違う。

僕は身体を起こし、辺りを見回す。


古い木の壁。

荷車から運び込んだ荷物。

床に敷いた毛布。


そして、少し離れたところではリシアとミレアさんが眠っている。


僕は静かに立ち上がった。

扉を開ける。

朝の冷たい風が頬に触れた。

目の前には、昨日と変わらず広い海がある。


これからは、ここで暮らしていく。

そう考えると、不思議な気持ちだった。


しばらくすると、リシアとミレアさんも起きてきた。


「おはよう、エイル」

「おはようございます」

「おはよう」


三人で簡単な朝食を済ませる。

食事が終わると、僕たちは小屋の中を見回した。


昨日は寝る場所を確保するだけで精一杯だった。

改めて見ると、やらなければならないことはたくさんある。


床には埃が残っている。

壁には小さな隙間がある。

棚も一部が壊れていた。


「まずは掃除かな」


リシアが袖を捲る。


「そうですね。せっかく住むなら綺麗にしましょう」


ミレアさんも立ち上がった。

僕たちは荷車に積んであった道具を取り出した。


床を掃き、使えなくなったものを外へ運び、窓を開けて風を通す。

壊れかけていた棚も、使えそうな板だけ残して整理した。


三人で作業をしていると、思っていたよりも早く片付いていく。


「……結構変わったね」


リシアが小屋の中を見渡す。

昨日まで埃だらけだった床が見えるようになり、荷物も壁際に綺麗に並べられている。


「これなら、ちゃんと暮らせそうだね」

「次は屋根も直したいですね」


ミレアさんが上を見る。


「雨が降る前に確認した方がいいと思います」

「そうですね」


僕は頷いた。


まだ直すところはたくさんある。

でも、焦る必要はない。

一つずつやっていけばいい。






昼前。


僕たちは小屋の前に座り、これから必要になるものを考えていた。


「水は、昨日見つけた川がある」


僕は指を折りながら確認する。


「薪は森から集められると思う。畑にできそうな場所もあった」

「食べ物は?」


リシアが聞く。


「エドガーさんがくれた分がまだあるけど……」


僕は荷車を見る。

食料はそれなりに残っている。

けれど、当然いつまでも食べ続けられるわけではない。


「自分たちで手に入れられるようにしないとね」

「畑を作りますか?」


ミレアさんが尋ねる。


「それも必要だと思います。でも、作物が育つまでには時間がかかりますよね」

「そうですね」


ミレアさんが頷く。


僕は海を見る。

昨日、ネレイス人から聞いた話を思い出した。

この辺りには魚が多い。


「……魚か」

「私も同じこと考えてた」


リシアが笑う。


「昨日の人たちに教えてもらえないかな?」

「聞いてみようか」


僕は立ち上がった。


海のことなら、僕たち三人で考えているより、海で暮らしている人に聞いた方がいい。


「行ってみましょう」

「はい」


僕たちは昨日ネレイス人と出会った場所へ向かうことにした。

海岸を歩いていると、やがて昨日見た木造の建物が見えてきた。


その周囲では、何人かのネレイス人が作業をしている。


砂浜に網を広げる者。

籠の中から魚を取り出す者。

小さな舟のようなものを手入れしている者。


僕たちが近づくと、一人の男性がこちらに気づいた。

昨日、最初に話をした人だった。


「また来たのか」

「昨日はありがとうございました」


僕は頭を下げる。


「教えていただいた小屋を使わせてもらうことにしました」

「……本当にあそこに住むのか?」


少し驚いたような顔をする。


「はい。三人で暮らしていくつもりです」


僕が答えると、男はしばらく僕たちを見たあと、笑った。


「そうか。物好きな奴らだな」

「……そうでしょうか?」

「この辺りにわざわざ移り住んでくる奴なんて、滅多にいないからな」


男は手に持っていた網を置く。


「そういや、まだ名乗ってなかったな」

「あ……そうですね」

「俺はナギだ」


ナギさんは僕たちを見る。


「お前たちは昨日聞いたな。エイルとリシア、それとミレアだったか?」

「覚えてたんですね」


リシアが少し驚く。


「三人揃って山を越えてくるような奴らは、そう簡単に忘れねえよ」


ナギさんが笑った。

確かに、それもそうかもしれない。


「それで?今日はどうした?」

「実は……」


僕は海を見る。


「魚の捕り方を教えていただきたいんです」


ナギさんは少し意外そうな顔をする。


「お前たち、魚を捕ったことは?」

「ありません」

「全員?」


僕たちは頷いた。

ナギさんは頭を掻いた。


「……それなのに海の近くに住もうって決めたのか」

「…これから覚えれば大丈夫かなと思いまして」


僕が答えると、ナギさんが一瞬黙った。

そして笑う。


「違いない」


ナギさんは近くに置かれていた道具を手に取った。


「まあ、食う分くらいなら難しいことを覚える必要はない」

「本当ですか?」

「ああ。ただし、最初から俺たちみたいに網を使おうなんて考えるなよ」


そう言いながら、ナギさんは砂浜を歩き始める。


「ついてこい」


僕たちは慌ててその後を追った。


連れてこられたのは、砂浜から少し離れた岩場だった。

岩と岩の間に海水が溜まっている。


「ここなら初心者でもやりやすい」


ナギさんが海を指差す。


「潮が動けば魚も動く。場所と時間を覚えれば、食う分くらいなら捕れる」


僕は海を覗き込んだ。

小さな魚が泳いでいる。


「本当にいる……」

「海なんだから当たり前だろ」


ナギさんが笑う。


それから、簡単な仕掛けの作り方や、魚が集まりやすい場所を教えてもらった。

説明を聞いている時は、それほど難しいとは思わなかった。


けれど――


「……あっ!」


リシアの声が響く。

目の前まで来ていた魚が、勢いよく逃げていく。


「また逃げた……」

「三回目ですね」


ミレアさんが笑う。


「ミレアさんだって一匹も捕まえてないじゃないですか」

「私はまだ二回しか逃がしてません」

「そういう問題?」


二人が言い合っている。

僕も仕掛けを確認する。


「……こっちも駄目か」


魚はいる。

見えている。

なのに捕まらない。


「商売より難しい……」


僕が呟くと、近くで見ていたナギさんが吹き出した。


「魚は値切っても捕まらないからな」


(…エドガーさんにも同じことを言われそうだ)


ナギさんは笑いながら海を見る。


「まあ、最初はそんなもんだ。焦るな」


僕たちはもう一度挑戦した。


どれくらい経っただろう。


「エイル!」


突然、リシアが叫んだ。


「来て!」


慌てて駆け寄る。

仕掛けの中で、小さな魚が暴れていた。


「捕れたよ!」


リシアが嬉しそうに笑う。


「やったね!」


僕も思わず笑った。


「リシアさん、すごいです!」


ミレアさんも駆け寄ってくる。

三人で魚を覗き込んだ。

小さな魚だった。

街の市場で見た魚と比べれば、大した大きさではない。


それでも――


「……本当に捕れたんだ」


不思議な感覚だった。


商人として旅をしていた頃。

食べ物は、お金を出して買うものだった。

僕たちは商品を売り、そのお金で食事をする。

それが当たり前になっていた。


でも今は違う。

目の前の魚は、自分たちで捕ったものだった。


「一匹だけですけどね」


ミレアさんが笑う。

すると、ナギさんが首を振った。


「最初の一匹が捕れたなら十分だ」


ナギさんは笑った。


「一匹捕れたなら、二匹目はそう難しくはないだろう」


その言葉に、リシアが嬉しそうに頷いた。






それから少しして、僕たちはもう何匹か魚を捕ることができた。

ナギさんから魚の処理の仕方も簡単に教えてもらう。


「食いきれない時は、こうやって干す方法もある」

「干すだけでいいんですか?」

「何でも同じってわけじゃない。魚によっても違うし、天気にも気をつけろ」

「難しいですね……」

「慣れだ、慣れ」


ナギさんは慣れた手つきで魚を扱っている。

僕は少しでも覚えられるよう、その手元をじっと見つめていた。






「ありがとうございました」


帰る前に、僕はナギさんへ頭を下げた。


「本当に助かりました」

「別にいいさ」


ナギさんは手を振る。


「これから近くで暮らすんだろ?だったら、困ったことがあればまた聞きに来ればいい」


僕は少し驚いた。

昨日出会ったばかりの僕たちに、そこまでしてくれるとは思っていなかった。


「……ありがとうございます」


もう一度頭を下げる。

ナギさんは少し困ったように頭を掻いた。


「いちいち頭下げなくていいって」


そう言って笑った。





夕方。


僕たちは小屋へ戻った。

今日捕った魚を火で焼く。

パチパチと薪が弾ける音がする。

香ばしい匂いが漂い始めた。


「……そろそろかな?」


リシアが魚を覗き込む。


「まだじゃない?」

「焦げませんか?」


ミレアさんも心配そうに見ている。

結局、少しだけ焦げてしまった。


それでも――


「いただきます」


三人で魚を口にする。


「……おいしい」


リシアが笑った。

僕も頷く。


少し焦げている。

味付けだって大したものではない。

街で食べた料理の方が、ずっと美味しかったと思う。


それなのに、今日食べた魚は、不思議なくらい美味しく感じた。


「明日はもっと捕りましょう」


ミレアさんが言う。


「三匹?」


リシアが尋ねる。


「もっとです」

「欲張りだね」


三人の笑い声と波の音だけが響いていた。




夜。

僕は小屋の外に出た。

波の音が聞こえる。

後ろから、リシアとミレアさんも出てきた。


「明日はどうする?」


リシアが尋ねる。

僕は少し考える。


「畑かな」

「やっぱり?」

「うん。魚だけじゃなくて、自分たちで作物も作れるようにしたい」

「じゃあ、明日は畑ですね」


ミレアさんが頷いた。

僕は二人を見る。


やらなければならないことは、まだたくさんある。

小屋も直したい。

畑も作りたい。

魚の捕り方も覚えたい。

荷車が通りやすい道も作りたい。


きっと、明日になればまた新しい問題が見つかる。


でも、不思議と嫌ではなかった。


今までとは違う。

誰かに言われたからやるのではない。

自分たちがここで暮らしていくために、自分たちで考えている。


「……忙しくなりそうだね」


僕が言うと、リシアが笑った。


「今さら?」

「そうですね。もう始まってますよ」


ミレアさんも笑う。


「……確かに」


僕もつられて笑った。


目の前には、静かな海が広がっている。

まだ小さな家が一つあるだけ。

暮らしているのも、僕たち三人だけ。


それでも。

今日、自分たちで食べるものを手に入れた。

明日は、自分たちの畑を作り始める。


一つずつ。

本当に少しずつだけれど――

僕たちの暮らしは、確かに始まっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。