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帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


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18. 新しい土地



僕たちは、ネレイス人に教えてもらった小屋へ向かっていた。

海岸から少し離れた場所にあるという、使われていない小屋。


昨日出会ったネレイス人に簡単な場所を教えてもらっただけなので、正確な道が分かっているわけではない。


それでも、海岸沿いを歩いていけば見つかるはずだと言われていた。


「……あっちじゃないですか?」


ミレアが前方を指差した。

木々の間から、古びた屋根が少しだけ見える。


「あれかな?」


僕は馬をゆっくり進めた。

近づいていくにつれて、小屋の全体が見えてくる。


小さな木造の建物だった。

壁はところどころ傷んでいる。

屋根にも古い跡が残っている。

けれど、完全に壊れているわけではない。


「……思ったより、ちゃんとしてるね」


リシアが荷台から降りる。

僕も馬を止めて、小屋の周りを歩いた。


「屋根は少し直せば使えそうです」


ミレアが小屋を見上げる。


「壁も大きく壊れてはいませんね」


僕は扉を開けてみる。

ギィ……

乾いた音が響いた。


中は薄暗かった。

長い間、人が使っていなかったのだろう。

床には埃が積もっている。

けれど、雨風をしのぐ場所としてなら、十分使えそうだった。


「……悪くないと思う」


僕は呟いた。

リシアが僕を見る。


「じゃあ、ここに決めちゃう?」

「……決めるのはまだ早いよ」


僕は苦笑した。


「エドガーさんなら、もっといろいろ確認してから決めると思う」

「ああ……」


リシアも納得したように頷く。

僕は小屋の外へ出た。

そして、周囲を見渡す。


海。

森。

そして、その間にある小さな土地。

ここで暮らすなら、まず確認しなければならないことがある。


「……水は?」

「水?」


リシアが首を傾げる。


「うん。海の水は飲めないから」

「あ……」

「食べ物も必要だし、薪もいる。畑を作れる場所があるかも見ておきたい」


僕は周囲を見渡す。


「それに、荷車がここまで来られる道があるかも重要だよ」


リシアが笑った。


「本当に商人みたいになったね、エイル」

「五年間、誰に教えてもらったと思ってるの?」

「エドガーさん」

「そういうこと」


僕たちは顔を見合わせて笑った。






まず、小屋の裏側へ回った。

そこから少し歩くと、木々の間に細い水の流れが見えた。


「……川?」


僕が近づく。


山から流れてきた水が、森を抜けて海へ向かっているようだった。

水は透き通っている。


「これなら、水には困らないかもしれませんね」


ミレアがしゃがみ込む。


「森の水は比較的きれいです。でも、飲むなら一度沸かした方がいいと思います」

「そうだね」


僕も水を見る。


「これなら、少なくとも水を探すために毎日遠くまで行く必要はなさそうだ」


リシアが川の先を見る。


「畑にも使えるかな?」

「たぶん。でも、海に近いから……」


僕は少し考える。


「畑は川の近くでも、海から少し離れたところにした方がよさそうだね」

「どうして?」

「海水が混ざったら、畑にはよくないと思うから」

「……海の水って、畑には使えないんだ」

「たぶんね。詳しいことは分からないけど」


商人だった頃なら、こんなことを考える必要もなかった。


商品を仕入れて。

売って。

利益を計算する。

それが商人の仕事だった。


でも今は違う。


ここでは、自分たちが暮らしていかなければならない。

食べ物も。

水も。

住む場所も。


全部、自分たちで考える必要がある。






川沿いを歩いていくと、森が少し開けた場所に出た。

木々の間に、平らな土地が広がっている。


「ここ……」


僕は周囲を見渡した。


「畑にできそうじゃない?」


リシアも辺りを見る。


「結構広いね」

「三人で使うなら、十分すぎるくらいです」


ミレアも頷いた。


「森の中では、こういう場所は貴重ですよ」


僕は地面を踏んでみる。

柔らかすぎない。

石もそれほど多くない。


「最初から大きな畑を作る必要はないと思う。少しだけ耕して、食べる分を作る。それくらいから始めよう」


リシアが頷いた。


「じゃあ、最初は野菜を育てる?」

「そうだね」

「何を植える?」

「……それは、これから考えよう」


まだ何も決まっていない。

でも、少しずつ形が見えてきている。






次に、海岸へ戻る。


昨日、ネレイス人に魚の話を聞いた。

この辺りには魚が多いらしい。

砂浜には、いくつかの貝殻も落ちている。


「食べられるものもあるんでしょうか?」


ミレアが尋ねる。


「魚の捕り方もわからないね…」


リシアが海を見る。


「……網とか必要かな」


僕は昨日見たネレイス人の網を思い出す。


「たぶん、簡単にはいかないよね…」

「じゃあ、今度教えてもらおうよ」


リシアが笑う。


「せっかく海の近くに住むんだから」

「そうだね」


僕も頷いた。


海がある。

それだけで食料が手に入るわけではない。

魚を捕る方法も、保存する方法も、いずれは覚えなければならない。






しばらくして、僕たちは小屋へ戻った。

調べてみると、思っていたよりも条件は悪くない。


飲み水に使えそうな川がある。

畑にできそうな土地もある。

森には木がたくさんある。

海には魚がいる。


そして、小屋も少し直せば使える。


「……エイル」


リシアが小屋の前に座る。


「うん?」

「ここ、結構いいんじゃない?」


僕は答えず、海を見る。

確かに、悪くない。

むしろ、僕たちが探していた場所に近い。


ラウル人の大きな街はない。

森には、いくつもの亜人の集落がある。

海にはネレイス人が暮らしている。

人の少ない土地もある。


そして、エドガーさんからもらった荷車と馬がある。


最初から何もかも揃っているわけではない。


けれど――


何もないわけでもない。


「……ここなら」


僕は口を開いた。


「暮らせるかもしれない」


リシアが笑う。


「私もそう思う」


ミレアも小屋を見ながら頷いた。


「私も……ここが好きです」

「ミレアさんも?」

「はい」


ミレアは海を見る。


「海があって、森もあって……私の集落も、そんなに遠くありません」


そして、少しだけ笑った。


「それに、お二人と一緒ですから」


その言葉を聞いて、僕も笑った。






その日の夕方。

僕たちは小屋の前で簡単な食事を作った。

エドガーさんからもらった食料を少しずつ使う。


火を起こして。

鍋を置いて。

三人で食事をする。


「……なんだか、変な感じですね」


ミレアが周囲を見渡す。


「昨日まで森の中を歩いていたのに、今日は海のそばでご飯を食べてる」


リシアが笑った。


「でも、こういうのも悪くないね」


僕は海を見る。


波の音が聞こえている。


ザァ……

ザァ……


街にいた頃とは、何もかも違う。


馬車の音も。

市場の声も。

人の話し声もない。


聞こえるのは、波と風の音だけだった。


「……エドガーさんにも見せたいね」


リシアが呟く。

僕は頷いた。


「いつか、ここに呼べたらいいな」

「ミレアさんの家族もね」

「そうですね」


ミレアが嬉しそうに笑った。


僕は三人で囲んでいる食事を見る。


ほんの少し前まで、僕たちは旅をしていた。

エドガーさんについていけばよかった。

行先も。

泊まる場所も。

売る商品も。

全部、エドガーさんが考えてくれた。


でも、もう違う。

ここからは自分たちで決める。


何を食べるのか。

どこに住むのか。

何を作るのか。

誰と暮らすのか。


自分たちで生きていくのは、思っていたよりも大変で、でもそれ以上にワクワクした。





夜。


食事を終えた僕たちは、小屋の外に出た。

空にはたくさんの星が見えていた。

海にも星の光が映っている。


「……綺麗」


リシアが呟く。

ミレアも静かに海を見ていた。

僕はその二人の隣に立つ。


もう一度、海を見る。



五年前。


僕たちは、何も持たずに集落を逃げ出した。

エドガーさんに拾われて。

五年間、旅をした。


そして今。


僕たちは初めて、自分たちで選んだ場所に立っている。




まだちゃんとした家はない。

畑もない。

仕事もない。

僕たち三人しかいない。


それでも、この場所で生きていくと決めた。


波の音を聞きながら、僕たちは静かに海を眺めていた。




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