↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所をなくした僕らは、新しい故郷を作る  作者: うみのもずく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/68

14. 旅の終わりと始まり



「エイル」

荷車を止めたエドガーさんが、僕を呼んだ。


「少し話がある」

「……何でしょうか?」

エドガーさんは、いつものように笑ってはいなかった。


「俺は、そろそろ商人を引退しようと思ってる」

「……え?」

思わず聞き返した。

隣にいたリシアも驚いた顔をしている。


「引退……ですか?」

「ああ」

エドガーさんは荷車にもたれかかる。


「もう五十を越えたしな。昔みたいに何年も旅を続けるのは、さすがに疲れる」

「でも……」


言葉が出てこなかった。


エドガーさんと旅をすることが、当たり前になっていた。


朝になれば荷車を準備する。

昼になれば街道を歩く。

街に着けば商品を売る。

夜になれば三人で食事をする。


そんな毎日が、ずっと続くような気がしていた。


「……そうですか」

リシアが小さく呟いた。


エドガーさんは僕たちを見る。


「お前たちは、もう十分一人でやっていける」


その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけざわつく。


嬉しいような。

寂しいような。

そんな不思議な気持ちだった。


「それにな」

エドガーさんは続ける。


「お前たちももうガキじゃない。俺がいなくなった後のことは、お前たち自身で決めなきゃならない」

「……」


僕は黙り込んだ。


これから僕たちは、どうするのだろう。


商人として旅を続ける?

どこかの街に住む?

仕事を探す?


いろいろな考えが頭に浮かんでは消えていく。


どれもしっくりこなかった。






その日の夜。


宿の部屋で、僕とリシアは向かい合っていた。


「……これからどうしようか」

リシアが呟く。


沈黙が続く。


「……私」

リシアが口を開いた。


「……帰れる場所が欲しい」

「自分たちの?」

「うん」


リシアは窓の外を見る。


「誰かに追われることもなく、安心して普通に暮らせる場所」


それはきっと、この国から出ていくことを意味している。


リシアの目には強い決意が見える。


僕も、同じ意見だった。







翌朝。


僕たちはエドガーさんに、そのことを話した。


「自分たちの居場所を見つけたい?」

「はい」

エドガーさんはしばらく僕たちを見ていた。


そして、少しだけ笑った。


「探すのはとても大変だろうが…一つだけ心当たりがある」

エドガーさんは続ける。


「海だ」

「海……?」

「ああ」


エドガーさんは街道の向こうを見る。


「この国の端から、山を越えて、その先の森を抜ける。そうすれば海に出られる。海の近くなら、人が少ない場所もはずだ」

「そこにも街があるんですか?」

「いや、むしろ人の少ない場所だ」

エドガーさんは首を横に振る。


「森には、亜人の集落があるんですよね?」

「そうだ」

「人間の街は?」

「ほとんどないはずだ」


エドガーさんは少し間を置いてから続けた。


「少なくとも、俺が知っている範囲ではラウル人はほとんど住んでいない」

「ラウル人?」

「この国に住んでるほとんどの人間がラウル人だ。もちろん俺もな」


エドガーさんはそれだけ説明する。


「海の近くには、ラウル人の大きな街はない。亜人の小さな集落はいくつかあるらしいがな」


僕はリシアを見る。


「……そこなら」

「うん」


リシアも頷いた。


誰かに追われることもなく。

誰かに決められた場所でもなく。

自分たちで暮らす場所を作れるかもしれない。


「行ってみたいです」


僕は言った。


エドガーさんは少し驚いた顔をした。


「本気か?」

「はい」

「簡単な事じゃないぞ」

「分かっています」


エドガーさんは苦笑する。


「山を越えて、その先の森を抜ける必要がある。しかも、森に関しては俺も詳しくない。ラウル人とは縁のない場所だからな」


僕とリシアは悩む。


「……どうしようか」


その時だった。


「エイルさん?」

聞き覚えのある声がした。

僕たちは振り返る。


そこに立っていたのは――


「……ミレアさん?」


黒い髪。

蜘蛛の巣のような模様。

そして、背負った袋。


数年前に出会ったアルネア人の少女だった。


いや。

もう少女とは呼べない。

僕たちと同じように、ミレアも大人へ近づいていた。


「お久しぶりです」

ミレアが笑う。


「本当に……久しぶりですね」

僕も笑った。


「どうしてここに?」

「いつものように、糸を売りに来ていたんです」


ミレアは背負った袋を軽く叩いた。


「それで、エイルさんたちを見かけて……」


僕は今話していたことをミレアに伝えた。

海へ行きたいこと。

でも、道が分からないこと。


すると、ミレアは少し考え込んだ。


「私たちの集落は森の中にありますから、森の途中までは案内できます」

「本当ですか?」

「はい」


ミレアは少し笑った。


「海へ続く道を知っているわけではありません。でも、森の中の道なら、私の方が詳しいと思います」


僕は嬉しくなった。


「それなら、ぜひお願いします!」

「……はい」


ミレアは少しだけ考える。


「それと……」

「?」

「私も、一緒に行っていいですか?」


僕たちは驚いた。


「ミレアさんも?」

「はい」


ミレアは自分の糸を見つめる。


「私も……今のままでいいのかなって、ずっと思っていたんです」

「……」

「糸を作って、売って。それが私たちの当たり前でした」


ミレアは少し笑った。


「でも、エイルさんたちが新しい場所へ行くと聞いて……」


顔を上げる。


「私も、新しいことをしてみたくなりました」


僕はリシアを見る。

リシアも笑っていた。


「じゃあ、一緒に行きましょう」

「……はい!」

ミレアが嬉しそうに頷いた。


「そうか、それなら心強いな」

エドガーさんも腕を組みながら話を聞いていた。


「……お前たち、着いてこい」

エドガーさんはどこかへ歩いていく。

三人でついて行くと…


「これは……」


僕は目を見開いた。


そこにあったのは、僕たちが五年間ずっと乗ってきた荷車だった。


その前には、見慣れた馬が一頭いる。


「これは俺からの餞別だ」

「え…この馬もですか?」

「そうだ」


エドガーは笑った。


「もう俺には必要ないからな」

「でも……」

「お前たちは、この馬の世話もしてきただろ」

「……はい」

「これからもお前たちが面倒を見てやってくれ」


僕は馬の首を撫でる。


五年間、一緒に街道を歩いてきた馬だった。


「……ありがとうございます」

「荷車の中には、最後に少し残っちまった商品や食料、道具も入れてある。しばらくは困らないだろう」

「こんなにもらっていいんですか?」

「ああ」


エドガーは少しだけ笑った。


「五年間、俺の仕事を手伝ってくれた給料だと思えばいい」

「……」

「それに――」


エドガーは僕たちを見る。


「お前たちは、自分たちの場所を作るんだろ?

何もないところから始めるには、これくらい必要だ」


僕は荷車を見た。


これまで僕たちを乗せて、いくつもの街を巡ってきた荷車。


「……本当にありがとうございます」

僕とリシアは頭を下げる。


「礼なんていい」

エドガーさんは笑った。


「ただし、一つだけ約束しろ」

「はい」

「無茶だけはしないでくれ。それから――」


エドガーさんは少しだけ寂しそうに笑った。


「もう、自分たちの居場所を失わないようにな」


その言葉に、心臓が跳ね上がる。

エドガーさんは、僕たちが何者なのかを知っていたわけではない。

それでも、僕たちが普通の子供ではないことには、きっと気づいていた。

五年前、何も聞かずに僕たちを受け入れてくれたのも、そのことに気づいていたからなのかもしれない。


それでも気付かないふりをして、僕たちを匿いながらこの世界で生きていく術を教えてくれていたのだ。


「はい、もう同じことは繰り返しません」

僕は拳を強く握りながら、返事をした。






翌朝。


僕たちは荷物をまとめた。

十五年間生きてきて、初めてだった。

自分たちの意思で、これから行く場所を決めたのは。


荷台に荷物を載せていると、エドガーさんが顔を出した。

「お前たち、忘れ物はないか?」

「大丈夫です、昨晩に何度も確認しましたから」

念の為まとめあげた荷物を数え直し、僕とリシアはエドガーさんと向き合う。


「五年前、僕たちを拾ってくださって本当にありがとうございました。何も出来ない僕たちに、生きる術を与えてくれたのはエドガーさんです」


涙が込み上げてくる。リシアも目を赤くして泣いている。


「…あんな小さかった2人が、今じゃこんなに大きくなってなあ」

まるで自分の子供を見るかのように、エドガーさんは僕たちを見つめる。

「お前たちと一緒に過ごした五年間、にぎやかで楽しかったぜ」

「…僕たちも、エドガーさんと暮らせて幸せでした」


エドガーさんは恥ずかしそうに笑い飛ばす。


「勘弁してくれ、ジジイは涙腺が緩くなっちまってんだ。これ以上話してたら街中で一人泣いちまうだろうが」


僕たち二人の頭を撫でる。出会った頃よりシワの増えた腕で、僕たちを強く抱きしめる。


「…もし、お前たちが安心して暮らせる居場所ができたら、その時は呼んでくれ。これでもかとたくさんの土産をもって行ってやる」


僕とリシアも、エドガーさんに強く抱きつく。

リシアはずっと泣き続けており、僕も流れる涙が止まらない。


「はい、必ず。エドガーさんに自慢できるような居場所を作ってみせます」

「はは、楽しみだな。俺がくたばっちまう前に招待してくれよな」


エドガーさんは僕とリシアの顔を見つめる。


「よし! もうお前たちに言うことはないな。あとは無事に旅ができることを祈ってるよ。」


エドガーさんはミレアさんに向き直す。


「泣き虫二人組のお守りは大変かもしれないが、よろしくお願いします」

「…はい!無事に森を抜けられるように案内させていただきます!」

ミレアさんが軽く自分の胸を叩く。


「よし、じゃあさっさと出発しな。いつまでも泣いてちゃ旅なんて出来ないぞ」


僕とリシアは涙を拭いながら、上を向く。

これ以上泣いていたら、エドガーさんを心配させてしまう。


「…それじゃあ、エドガーさんもお元気で。必ずまた会いに来ます」

「おう。三人とも元気でな。」


僕はリシアとミレアさんを荷台に乗せ、馬の手綱をにぎりゆっくりと歩き出す。




背後には、五年間を共にしたエドガーさん。


僕は一度だけ振り返った。


「エドガーさん!」

「なんだ?」

「行ってきます!」


エドガーさんは笑った。


「ああ」


そして、いつものように手を上げた。


「元気でな」


僕たちは前を向く。


まずは山を越える。

その先には、亜人たちが暮らす深い森がある。

そして、その森の向こうには――


まだ誰も知らない、海が待っている。


僕たちの新しい人生は、ここから始まる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。