第28話 出航――「行ってきます」は、最後の言葉じゃない
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
――まえがき――
もし、あなたが古い写真の中にいる青年に――
一目惚れしてしまったら、どうしますか?
しかも、その青年が生きていたのは、今から80年も前。
名前しか知らない。
どんな声なのかも、どんな性格なのかも分からない。
もう二度と会うことなんてできない。
……普通なら、そう思いますよね。
16歳の女子高生、五十嵐ひまりも、最初はそう思っていました。
夏休み。
母親の実家で偶然見つけた、古いアルバム。
そこに写っていたのは、昭和十九年の海軍兵学校の学生たち。
その中にいた、一人の青年――如月健一、18歳。
ひまりは、写真を見た瞬間に恋をしてしまいます。
「……かっこいい」
「どんな人だったんだろう」
「どんな声で話すのかな」
「笑ったら、どんな顔をするんだろう」
写真の中の彼を眺めながら、どんどん想像を膨らませていくひまり。
そして、叶うはずのない願いを口にします。
「夢でもいいから……会ってみたい」
ところが、その夜。
写真が不思議な光を放ち――。
気を失ったひまりが目を覚ますと、そこは昭和十九年。
そして目の前には――。
「大丈夫か?」
写真の中の青年、如月健一が立っていました。
「…………え?」
「どうした?」
「……健一さん?」
「なぜ、俺の名前を知っている?」
こうして始まった、80年の時を越えた二人の恋。
現代の女子高生と、戦時中を生きる海軍兵学校の青年。
スマートフォンも、コンビニも、SNSも知らない健一。
そして、昭和の生活や戦時下の常識をまったく知らないひまり。
二人が一緒にいるだけで、毎日が大騒ぎ。
笑ったり、喧嘩したり、嫉妬したり。
時には胸が締めつけられるほど切ない時間を過ごしながら、二人は少しずつ本当の恋を知っていきます。
しかし――。
二人の間には、決して越えることのできない「時代」という壁がありました。
そして健一は、戦艦大和へ。
「必ず帰ってくる」
「待ってる。絶対に待ってるから」
二人は未来を約束します。
けれど――。
戦争という大きな運命が、二人を引き離してしまいます。
それでも、ひまりの恋は終わりません。
80年の時を越えて、もう一度――。
大好きな人に会うために。
これは、写真から始まった恋が、時代を越えて奇跡を起こす物語。
笑えて、キュンとして、時々泣ける。
そして最後には、きっと笑顔になれる。
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
どうぞ、ひまりと健一の80年越しの恋を――最後まで見届けてください。
第28話 出航――「行ってきます」は、最後の言葉じゃない
翌朝。
まだ空が薄暗い時間。
ひまりは目を覚ました。
「……」
なぜだろう。
胸がざわざわする。
昨日、健一と別れたばかりなのに――。
「……嫌な感じ」
ひまりは胸元に手を当てた。
枕元には、健一から返された四つ葉のクローバー。
そして、軍服のボタン。
「大丈夫」
ひまりは自分に言い聞かせる。
「健一くんは、帰ってくるって言った」
何度も聞いた言葉。
「俺は帰ってくる」
だから、信じる。
---
その頃。
港では、戦艦大和が出航の準備に入っていた。
健一は甲板に立ち、静かに海を見ていた。
「如月」
同期の声に振り返る。
「今日も手紙か?」
「ああ」
健一の手には一通の封筒。
まだ出していない。
「出航前に書いておきたい」
「彼女に?」
「ああ」
健一は苦笑した。
「心配性だからな」
そして便箋を取り出す。
『ひまりへ。
今日、大和は出航する。
詳しいことは書けない。
ただ――』
健一は少し考えた。
『必ず帰る。
昨日の約束を忘れていない。
また海を見よう。
それから、君の時代の話をもっと聞かせてくれ。
俺はまだ、スマートフォンというものをよく分かっていないからな。
帰ったら、実物を見せてほしい。
楽しみにしている。
健一』
最後に――。
『大好きだ。』
そう書いて、健一は少し照れた。
「……よし」
封筒に入れる。
「これを頼む」
「任せろ」
---
一方。
ひまりは家の中を歩き回っていた。
「……」
何をしても落ち着かない。
時計を見る。
まだ朝。
「健一くん、もう出航したかな」
その瞬間――。
遠くから。
ボォォォォ……
低い汽笛が聞こえた。
ひまりの顔が強張る。
「……!」
窓を開ける。
遠くの海。
大和の姿は見えない。
それでも、なぜか分かった。
「……行ったんだ」
胸が締めつけられる。
「健一くん……」
ひまりは手を握りしめた。
「行ってらっしゃい」
声が震える。
「……気をつけて」
---
その頃。
大和の甲板。
健一もまた、遠くの空を見ていた。
「ひまり……」
懐から、四つ葉のクローバーを入れていた小さな紙包みを取り出す。
しかし――。
「あ……」
もう手元にはない。
昨日、ひまりに返したのだ。
健一は少し笑った。
「ちゃんと持ってるだろうな」
そして胸ポケットに手を入れる。
そこには――。
ひまりからもらった小さな手紙が入っていた。
『大好き』
たった一言。
それを見て、健一は静かに微笑む。
「……俺もだ」
---
数時間後。
ひまりのもとに、手紙が届いた。
「……!」
封筒を見た瞬間、ひまりはすぐに分かった。
「健一くん……!」
急いで開く。
一行。
また一行。
読み進める。
「……ふふ」
ひまりの顔に笑顔が戻る。
「スマートフォン、見せてあげる」
思わず声に出す。
「映画も見せてあげるし……」
目に涙が浮かぶ。
「東京も案内する」
そして――。
最後の一文。
『大好きだ。』
「……」
ひまりは手紙を胸に抱きしめた。
「私も……」
涙が頬を伝う。
「大好き」
---
それから数日。
大和からの手紙は届かなかった。
ひまりは待った。
一日。
二日。
三日。
「……忙しいのかな」
そして一週間。
「……」
郵便屋の姿を見るたびに、ひまりは玄関へ走った。
けれど。
健一からの手紙は来ない。
---
ある夜。
ひまりは眠りについた。
すると――。
また、あの光景が現れた。
暗い海。
巨大な戦艦。
空には黒い雲。
「……ここ、どこ?」
ひまりは立っていた。
遠くに――。
健一がいる。
「健一くん!」
駆け寄ろうとする。
「ひまり!」
健一が叫ぶ。
「来るな!」
「え?」
「ここに来ちゃ駄目だ!」
「健一くん!」
その瞬間――。
空が光った。
大きな爆発音。
「きゃあっ!」
ひまりは耳を塞ぐ。
そして、健一の姿が炎の向こうに消えていく。
「嫌!」
ひまりは必死に手を伸ばす。
「健一くん!」
「ひまり――!」
そこで――。
目が覚めた。
「……っ!」
ひまりは飛び起きる。
息が苦しい。
心臓が激しく鳴っている。
「……夢?」
頬を触る。
涙が流れていた。
「嫌……」
ひまりは首を横に振る。
「こんなの……ただの夢」
けれど。
以前とは違う。
今度の夢は、あまりにも鮮明だった。
「健一くん……」
---
翌朝。
ひまりは祖母のところへ行った。
「ばあば……」
「どうしたの?」
「私……変な夢を見た」
「どんな夢?」
「健一くんが……」
そこで言葉が詰まる。
「……怖い夢だった」
祖母はひまりを優しく抱きしめた。
「大丈夫よ」
「……うん」
「心配しているから、夢に出てきたのかもしれないね」
「……そうだよね」
ひまりは頷いた。
でも――。
胸の奥に残る不安は消えなかった。
---
数日後。
ひまりの元へ、一枚の葉書が届いた。
「……?」
差出人は――。
海軍
ひまりの手が震える。
「……健一くん?」
封を開ける。
しかし、そこに書かれていたのは健一の文字ではなかった。
『如月健一氏について――』
「……」
ひまりは息を止めた。
その先を読もうとした瞬間。
手紙が手から落ちた。
「……嘘」
ひまりの顔から血の気が引いていく。
まだ、すべてを知らされたわけではない。
けれど――。
何かが起きた。
そのことだけは分かった。
「健一くん……」
ひまりは震える手で、胸元のボタンを握った。
「……お願い」
涙がこぼれる。
「無事でいて……」
そして――。
遠い海の上では。
大和が戦場へ向かっていた。
ひまりの知らない場所へ。
二人の運命は――。
少しずつ、最後の瞬間へ近づいていた。
――第28話・終――
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
――あとがき――
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』はいかがでしたでしょうか?
この物語は、令和を生きる16歳の女子高生・五十嵐ひまりが、古いアルバムの中に写っていた青年・如月健一に一目惚れするところから始まりました。
「写真の中の人に恋をする」
普通なら、絶対に叶わない恋です。
けれど、ひまりの「会いたい」という強い想いが時を越え、二人は昭和十九年で出会います。
最初は、現代っ子のひまりと、真面目で少し不器用な健一。
時代も違えば、生活も価値観も違う二人でした。
それでも、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、少しずつ惹かれ合い、恋人になっていきました。
二人の恋を描くうえで大切にしたかったのは、戦争そのものではなく、その時代の中でも誰かを好きになり、笑い、未来を夢見た若者たちの気持ちです。
健一にも、ひまりと一緒に過ごしたい未来がありました。
ひまりにも、健一と一緒に見たい未来がありました。
「また海を見よう」
「必ず帰る」
そんな普通の約束が、戦争によってどれほど大切なものだったのか。
だからこそ、二人が離ればなれになる場面は、物語の中でも特に大切にしました。
そして最後は――。
80年前には叶わなかった二人の約束を、令和の時代でもう一度。
健一の生まれ変わりとひまりが再会することで、二人の恋にもう一度、未来を与えました。
80年前にできなかったこと。
一緒に映画を見ること。
令和の街を歩くこと。
スマートフォンを見ること。
そして、何より――。
誰にも引き裂かれることなく、好きな人の隣にいること。
今度こそ、二人にはそんな普通の幸せを手にしてほしい。
そんな願いを込めています。
もし、物語を読み終えたあとに、
「ひまりと健一、この先どうなるんだろう?」
「令和で二人はどんな恋愛をするんだろう?」
そんなふうに想像していただけたなら、とても嬉しいです。
写真の中の一人の青年に一目惚れした少女。
そして、80年という長い時間を越えて、もう一度巡り合った二人。
恋は、時代が変わっても消えない。
そんな奇跡を、二人から感じてもらえたら嬉しいです。
最後まで、ひまりと健一の恋に付き合ってくださり、本当にありがとうございました。
またどこかで、二人に会える日が来るかもしれません。
そのときはきっと――。
「健一くん、令和へようこそ!」
「……ひまり。まずはスマートフォンの使い方を教えてくれ」
「そこから!?」
そんな二人の声が聞こえてきそうです。
それでは――。
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
これにて、二人の最初の物語は幕を閉じます。
最後まで読んでくださったあなたへ。
本当に、ありがとうございました。




