第16話 夢に出てきた大きな船――「健一くん、どこに行くの?」
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
――まえがき――
もし、あなたが古い写真の中にいる青年に――
一目惚れしてしまったら、どうしますか?
しかも、その青年が生きていたのは、今から80年も前。
名前しか知らない。
どんな声なのかも、どんな性格なのかも分からない。
もう二度と会うことなんてできない。
……普通なら、そう思いますよね。
16歳の女子高生、五十嵐ひまりも、最初はそう思っていました。
夏休み。
母親の実家で偶然見つけた、古いアルバム。
そこに写っていたのは、昭和十九年の海軍兵学校の学生たち。
その中にいた、一人の青年――如月健一、18歳。
ひまりは、写真を見た瞬間に恋をしてしまいます。
「……かっこいい」
「どんな人だったんだろう」
「どんな声で話すのかな」
「笑ったら、どんな顔をするんだろう」
写真の中の彼を眺めながら、どんどん想像を膨らませていくひまり。
そして、叶うはずのない願いを口にします。
「夢でもいいから……会ってみたい」
ところが、その夜。
写真が不思議な光を放ち――。
気を失ったひまりが目を覚ますと、そこは昭和十九年。
そして目の前には――。
「大丈夫か?」
写真の中の青年、如月健一が立っていました。
「…………え?」
「どうした?」
「……健一さん?」
「なぜ、俺の名前を知っている?」
こうして始まった、80年の時を越えた二人の恋。
現代の女子高生と、戦時中を生きる海軍兵学校の青年。
スマートフォンも、コンビニも、SNSも知らない健一。
そして、昭和の生活や戦時下の常識をまったく知らないひまり。
二人が一緒にいるだけで、毎日が大騒ぎ。
笑ったり、喧嘩したり、嫉妬したり。
時には胸が締めつけられるほど切ない時間を過ごしながら、二人は少しずつ本当の恋を知っていきます。
しかし――。
二人の間には、決して越えることのできない「時代」という壁がありました。
そして健一は、戦艦大和へ。
「必ず帰ってくる」
「待ってる。絶対に待ってるから」
二人は未来を約束します。
けれど――。
戦争という大きな運命が、二人を引き離してしまいます。
それでも、ひまりの恋は終わりません。
80年の時を越えて、もう一度――。
大好きな人に会うために。
これは、写真から始まった恋が、時代を越えて奇跡を起こす物語。
笑えて、キュンとして、時々泣ける。
そして最後には、きっと笑顔になれる。
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
どうぞ、ひまりと健一の80年越しの恋を――最後まで見届けてください。
第16話 夢に出てきた大きな船――「健一くん、どこに行くの?」
「……嫌な夢だった」
朝。
ひまりは目を覚ますと、ぼんやり天井を見つめていた。
昨夜見た夢が、まだ頭から離れない。
暗い海。
大きな船。
そして――。
『ひまり!』
自分を呼ぶ健一の声。
「……」
胸がざわざわする。
「ただの夢……だよね」
ひまりはそう言い聞かせた。
夢なんて、令和でもよく見る。
意味のない夢だってある。
「……でも」
あの船だけは、妙にリアルだった。
---
「おはようございます!」
朝食の席。
ひまりはいつも通り、健一の隣に座った。
「おはよう」
「……」
ひまりは健一の顔をじっと見る。
「どうした?」
「……何でもないです」
「昨日から様子がおかしいな」
「そうですか?」
「ああ」
健一はひまりの顔を覗き込む。
「眠れなかったのか?」
「……ちょっとだけ」
「何かあった?」
ひまりは迷った。
言うべきか。
夢のことを。
「……実は、夢を見たんです」
「夢?」
「はい」
ひまりは昨夜の夢を話した。
暗い海。
大きな船。
そして健一の声。
健一は黙って聞いていた。
「……変な夢ですよね」
「そうだな」
「意味なんてないですよね?」
「夢だからな」
健一は笑った。
「気にすることはない」
「……そうですよね」
ひまりも笑おうとした。
そのとき。
「如月」
玄関のほうから声がした。
健一が振り返る。
「何だ?」
「教官がお呼びだ」
「……分かった」
健一が立ち上がった。
「すぐ行く」
「はい」
ひまりは健一を見送った。
けれど――。
なぜか胸騒ぎが消えなかった。
---
しばらくして。
健一が戻ってきた。
しかし、いつもと少し様子が違う。
「健一くん?」
「……」
「どうしたんですか?」
「いや……」
健一は少し迷った。
「近いうちに、海上での訓練があることになった」
「海上訓練?」
「数日間、兵学校を離れる」
「……数日?」
ひまりの表情が曇った。
「どれくらい?」
「まだ詳しくは決まっていない」
「……」
「そんな顔をするな」
「だって……」
ひまりは俯く。
「寂しいです」
健一が少し驚く。
「数日だぞ?」
「分かってます」
「すぐ戻ってくる」
「……本当に?」
「ああ」
ひまりは健一の袖を掴んだ。
「約束ですよ?」
「約束だ」
「絶対帰ってきてください」
「もちろんだ」
「……」
ひまりは安心したように笑った。
「よかった」
---
その日の午後。
健一は出発の準備をしていた。
ひまりは隣で荷物をまとめるのを手伝っている。
「これ、持っていきます?」
「ああ」
「これは?」
「それも必要だ」
「こんなに荷物あるんですね」
「訓練だからな」
「大変……」
ひまりは荷物を手に取る。
「重い!」
「貸して」
健一が受け取った。
「ひまりには無理だ」
「……私だって力ありますよ」
「そうは見えない」
「失礼!」
健一が笑う。
「でも……」
ひまりは健一を見る。
「本当に数日で帰ってきますよね?」
「ああ」
「……」
「どうした?」
「昨日の夢が気になって」
健一は少し黙った。
「夢は夢だ」
「……はい」
「俺は戻ってくる」
「約束?」
「ああ」
健一はひまりの小指に、自分の小指を絡めた。
「約束だ」
---
夜。
ひまりは眠れなかった。
布団の中で何度も寝返りを打つ。
「……嫌な予感がする」
自分でも理由が分からない。
ただ――。
健一がいなくなることが、怖かった。
「……」
ひまりは髪飾りを握りしめる。
健一からもらった、大切なもの。
「これをつけて待ってよう」
そう決めた。
そして、ようやく眠りについた。
---
翌朝。
「行ってきます」
健一が玄関に立っていた。
「……」
ひまりは何も言えない。
「ひまり?」
「……」
「どうした?」
ひまりは健一の制服の袖を掴んだ。
「……寂しい」
健一は少し驚いた。
「数日だけだ」
「分かってます」
「すぐ戻る」
「……はい」
健一は優しく笑った。
「帰ってきたら、また海へ行こう」
「……!」
ひまりの目が輝いた。
「本当?」
「ああ」
「約束ですよ?」
「約束だ」
「……絶対ですよ?」
「何度言わせるんだ」
健一は笑った。
「絶対に帰ってくる」
その言葉を聞いて、ひまりも笑った。
「……いってらっしゃい」
「ああ」
健一が歩き出す。
ひまりはその背中を見送った。
「……健一くん」
姿が見えなくなるまで、ずっと。
---
そして数日後。
ひまりは一人で海辺に立っていた。
「……遅いな」
約束では、今日には戻ってくるはずだった。
夕日が沈んでいく。
「……健一くん」
そのとき――。
遠くから、船の汽笛が聞こえた。
「……!」
ひまりが海を見る。
大きな船が、ゆっくりと近づいてくる。
「帰ってきた……?」
ひまりは駆け出した。
しかし――。
その船は健一が乗っている船ではなかった。
「……違う」
ひまりは立ち止まる。
胸の奥がざわつく。
そして、その夜。
兵学校から戻ってきた健一の同期生が、ひまりに告げた。
「ひまりさん」
「はい?」
「健一から伝言がある」
「……!」
「予定より少し戻るのが遅れるそうだ」
「……よかった」
ひまりは胸を撫で下ろした。
「怪我は?」
「ない」
「本当に?」
「ああ」
「……よかった」
けれど――。
ひまりは知らなかった。
健一が受け取った新しい命令が。
二人の未来を少しずつ変えていくことを。
そして、ひまりが夢で見た「あの大きな船」が――。
やがて二人の運命を大きく左右することになる。
――第16話・終――
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
――あとがき――
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』はいかがでしたでしょうか?
この物語は、令和を生きる16歳の女子高生・五十嵐ひまりが、古いアルバムの中に写っていた青年・如月健一に一目惚れするところから始まりました。
「写真の中の人に恋をする」
普通なら、絶対に叶わない恋です。
けれど、ひまりの「会いたい」という強い想いが時を越え、二人は昭和十九年で出会います。
最初は、現代っ子のひまりと、真面目で少し不器用な健一。
時代も違えば、生活も価値観も違う二人でした。
それでも、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、少しずつ惹かれ合い、恋人になっていきました。
二人の恋を描くうえで大切にしたかったのは、戦争そのものではなく、その時代の中でも誰かを好きになり、笑い、未来を夢見た若者たちの気持ちです。
健一にも、ひまりと一緒に過ごしたい未来がありました。
ひまりにも、健一と一緒に見たい未来がありました。
「また海を見よう」
「必ず帰る」
そんな普通の約束が、戦争によってどれほど大切なものだったのか。
だからこそ、二人が離ればなれになる場面は、物語の中でも特に大切にしました。
そして最後は――。
80年前には叶わなかった二人の約束を、令和の時代でもう一度。
健一の生まれ変わりとひまりが再会することで、二人の恋にもう一度、未来を与えました。
80年前にできなかったこと。
一緒に映画を見ること。
令和の街を歩くこと。
スマートフォンを見ること。
そして、何より――。
誰にも引き裂かれることなく、好きな人の隣にいること。
今度こそ、二人にはそんな普通の幸せを手にしてほしい。
そんな願いを込めています。
もし、物語を読み終えたあとに、
「ひまりと健一、この先どうなるんだろう?」
「令和で二人はどんな恋愛をするんだろう?」
そんなふうに想像していただけたなら、とても嬉しいです。
写真の中の一人の青年に一目惚れした少女。
そして、80年という長い時間を越えて、もう一度巡り合った二人。
恋は、時代が変わっても消えない。
そんな奇跡を、二人から感じてもらえたら嬉しいです。
最後まで、ひまりと健一の恋に付き合ってくださり、本当にありがとうございました。
またどこかで、二人に会える日が来るかもしれません。
そのときはきっと――。
「健一くん、令和へようこそ!」
「……ひまり。まずはスマートフォンの使い方を教えてくれ」
「そこから!?」
そんな二人の声が聞こえてきそうです。
それでは――。
『私の彼は、80年前の軍服男子でした‼』
これにて、二人の最初の物語は幕を閉じます。
最後まで読んでくださったあなたへ。
本当に、ありがとうございました。




