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潮待ちの駅、最後の夏  作者: ぴよ団長
帰ってきた海

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16/18

潮待ち

八月の瀬戸内は、朝から暑い。


港へ出ると、潮風がじっとり肌へ張りつく。


僕は店のシャッターを開けながら、大きく伸びをした。


《潮待ち》。


元は古い乾物屋だった建物を改装した、小さな喫茶店。


木の匂いがまだ少し残っている。


「おはようございますー」


背後から声。


振り返ると、麦わら帽子をかぶった少女が立っていた。


高校生くらい。


白い半袖シャツに、紺のスカート。


肩には古いフィルムカメラ。


「今日から手伝います、朝倉陽菜です!」


ぺこりと頭を下げる。


僕は苦笑した。


「そんな固くならなくていいよ」


「でも初バイトなんで!」


元気がいい。


町では珍しいタイプだった。


汐浦の若者は大抵、進学と同時に外へ出ていく。


残るのは年配ばかり。


だから陽菜みたいな存在は、少し眩しく見える。


「じゃあ、とりあえず店内掃除お願い」


「はい!」


陽菜は元気よく返事をすると、すぐ箒を持って動き始めた。


店に朝日が差し込む。


窓の向こうには瀬戸内海。


波は穏やかだ。


僕はコーヒー豆を挽きながら、ふと去年の夏を思い出していた。


潮待駅。


紗江。


最後の満月。


全部、夢みたいだった。


でも確かに存在した。


証拠みたいに、今も店の棚には青いラムネ瓶が飾られている。


誰も置いた覚えのない瓶。


陽菜が棚を見て声を上げた。


「わ、これ可愛い!」


ラムネ瓶を手に取る。


カラン、とビー玉が鳴った。


その瞬間。


店の奥で、風鈴が鳴った。


チリン。


窓は閉まっているのに。


僕は反射的に振り返る。


誰もいない。


けれど、一瞬だけ。


白いワンピースが見えた気がした。


「店長?」


陽菜の声で我に返る。


「……ああ、ごめん」


疲れているんだろうか。


いや。


違う。


胸騒ぎがした。


その日の昼。


店はそこそこ賑わった。


観光客。


漁師。


近所のおばあちゃん。


小さな町だから、みんな顔見知りになる。


陽菜は不器用ながら一生懸命働いていた。


「すみません、アイスコーヒーです!」


危なっかしい。


でも客受けはいい。


老人たちが嬉しそうに笑っている。


「若い子がおると店が明るいのう」


「ほんまじゃ」


陽菜は照れながら頭を下げる。


そんな光景を見ていると、なんだか少し安心した。


汐浦は、まだ終わっていない。


町はちゃんと息をしている。


夕方。


店を閉めたあと、陽菜が海を撮っていた。


フィルムカメラを覗き込みながら、真剣な顔をしている。


「写真好きなの?」


僕が聞くと、陽菜は笑った。


「はい。古い景色撮るの好きで」


シャッター音。


カシャ。


夕陽が海へ沈んでいく。


「汐浦って、時間止まってるみたいなんですよね」


その言葉に、胸がざわついた。


時間。


止まった駅。


待ち続けた人。


僕は無意識に海を見る。


もちろん、列車なんて見えない。


でも。


時々思う。


潮待駅は、本当に消えたのだろうか。


「店長?」


陽菜が不思議そうにこちらを見る。


「どうしたんです?」


「……いや」


そのときだった。


カシャ。


陽菜が何気なく撮った一枚。


直後、彼女が首を傾げた。


「……あれ?」


「どうした」


陽菜はカメラを見つめている。


「今、変なの写った気が」


嫌な予感がした。


「見せて」


僕はカメラを受け取る。


当然、フィルムだからその場じゃ確認できない。


でも。


ファインダーの奥に、確かに映っていた。


夕暮れの海。


岸壁。


そして。


白いワンピースの少女。


僕の心臓が止まりそうになる。


紗江だった。


陽菜が困った顔をする。


「店長の知り合いですか?」


僕は答えられなかった。


だって。


紗江は消えたはずなのだ。


その夜。


僕は眠れなかった。


窓の外では波の音がしている。


満月ではない。


だから列車は来ない。


来ないはずだ。


なのに。


午前二時を過ぎた頃。


遠くから、低い音が聞こえた。


ガタン。


ゴトン。


僕は飛び起きた。


耳を澄ます。


間違いない。


列車の音だ。


しかも。


近づいてくる。


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